chapter 3
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「と、いうわけで。暫く旅に出る」
戦争も無事終わり、帰ってみれば学校は残り数日となっていた。別に卒業というわけではなく、ただ長期休暇に入るだけだ。
確かに学園では魔法など色々な事を学べるが、人によってはその先を学ばなくてはならない。この学園には大公や公爵も在籍しており、そんな人間に王やそれに準ずる存在の在り方を教えられる人間は居ない。となると必然的に帰省が必要となるため、前世同様に長期休暇は存在する。
そういうわけで長期休暇に入る以上、前から約束していた『神の座』の探索に向かわなければならない。既にミサは呼んでおり、今から半刻後に学園の門で待ち合わせとしている。無論フィーにその事は伝えていない。というか、俺自身すっかり忘れていた。
「またぁ!?」
突然の事に驚くフィーだが、何故か予想していた驚き方とは異なるようだ。…………まぁ、確かにいつも突然いなくなっている自覚はある。自覚はあるが、ちゃんと報告しているだけまだましだと思って欲しいところだ。
ちなみに前回いなくなる原因であった戦争は無事終わり、今はアシュラが東奔西走として事後処理にあたっている。一応、他国が攻めて来たわけだから王宮から直々に隊が組まれ、南の国に赴いている。兵を撃退したに過ぎないが、人数が人数であるため敵国には殆ど余剰部隊しか残っていないだろう。
問題は敵国から身代金があまり取れず、戦死した人間の遺族に払う金が無い事くらいか。敵国はかなり無理な税を強いたらしく、日夜国境を越えてこちらに流れる人間が跡を絶たないらしい。そこまでして敵のお偉いさんは何をしたかったのだろうか。流石に
「ちょっとルカ君っ! 聞いてるの!?」
「うぉ!?」
肩を揺さぶられ、止むを得ず思考を中断する。キス出来る程近付いた顔をまじまじと見つめながら、今回は本当に怒っているんだなと考える。
まぁ確かにフィーには悪いなとは思う。停学になった時も先生に掛け合ってくれたみたいだし、戦争の時も心配をかけた。しかしそれでも、男にはやらねばならない事がある。…………嗚呼でも、もし『神の座』が本物だとして、願い事が叶うとしたら俺は何を願うのか。前世に戻りたいという願望もあるが、そうするとフィーたちは――――いや、そこはまだ考えないでおこう。『神の座』が本物だという証拠も無いのだし、辿り着けるかも分からない。
「悪い、聞いてなかった」
と悪びれた様子を見せない俺に嘆息すると、背を向けて自分のベッドに上る。そしてそのまま布団を頭まで被る。なんて分かりやすい反応だ。
「悪かったって」
喧嘩したまま旅立つのも気分が悪いし、なんとかフィーの機嫌を良くしようと試みる。しかしフィーは物で釣られるタイプじゃないため、こういう時に困る。いやまぁ、物で釣られる程度の人間ならそもそもご機嫌取りなんてしないが。
俺は整理中の荷物をそのままにフィーのベッドに上る。反応は無い。面白くないので俺も布団の中に入る。予想以上の女の匂いにくらくらするが、なんとか理性を保ったまま抱き締める。今度は僅かに反応があった。
「前回も前々回もちゃんと帰って来ただろ? 今回も帰ってくるって」
もちろん約束は出来ない。前世に戻ってやりたいゲームとか、読みたい漫画は数え切れない程ある。……まぁ、こっちだと好きなだけ女は抱けるし、金も腐る程あるわけだから悩み所だな。
「でもっ……!」
振り返ってこっちを見るフィーの瞳には涙が浮かんでいた。そんな大袈裟な……と思うかも知れないが、基本的に長距離を旅する事なんて無い世界だから仕方がない。特に俺のような不自由民(農民など、職業選択が出来ない人間)は一生に一度、旅に出るか出ないかぐらいの頻度だ。旅に出るとしても村の代表として聖地の巡礼に行く……とかそんなレベル。
しかし戦争とは違い、今回は新しいダンジョンを目指すだけだ。ダンジョンも危険かも知れないが、そこは伏せて説明すれば何とかなるだろう。北に無かった宿駅も、新ダンジョンの恩恵を与ろうとする付近の村が作ったらしいし、移動自体苦にはならないはずだ。
――――なんて事を説明しようと思ったが、うるうると涙腺を緩ませるフィーの破壊力が高すぎて、俺の僅かな理性が崩壊した。
戦争から帰ってから『籠』に行ってない所為か、溜まるものが溜まってる。ましてや処理しようにもこの部屋にはフィーが居る。それに、『籠』に行けばいくらでも女を抱けるのに自分で処理するのは虚しい……という理由もあったりする。
「ちょ、ルカ君!?」
手の平に収まる程度の胸に手を這わせる。小さい所為かあまり弾力は無いが、その分軟らかさが手に馴染む。喚き立てる口に吸い付き黙らせ、ショートスカートを捲り上げる。
この世界、一応下着という物はある。コルセットとかガーターとか…………しかし、俗に言う『パンツ』は未だ普及していない。存在はするものの、上流貴族しか履いていない状態だ。つまり――――フィーは履いていなかった。
当初は興奮したが、やはり下着はあった方が良い。今度プレゼントしようか…………なんて馬鹿な事を考えつつ、フィーの軟らかな太股に手を這わせる。冷たくすべすべとした肌を楽しみつつ、その手を更に上へと――――
「ルカさんのお部屋はここで間違いないでしょうか!」
ガチャ、と。そんな声と共に何者かが扉を開け、内部へと侵入した。その銀髪を靡かせる何者かはベッドの上で抱き合う俺たちを視界に収めると、引くわけでも申し訳なさそうにするわけでもなく、瞳をキラキラと輝かせながら口を開いた。
「衆道、ってやつですね!」
それだけを言うと、扉はパタンと閉じられた。フィーと目が合うが、最早そんな雰囲気じゃない。俺は近くにあった枕を掴み、扉へとぶん投げた。
「誰が男色だッ!?」
衆道……つまり男色、ホモ。これから旅をする仲間が腐女子であると判明した俺は、一体どうすればいいのか。
一応約束の時間をすっかり忘れていた俺にも非はあるわけで。取り敢えず準備がまだ終わっていないため、ベッドから降りて最終的な荷物チェックに入る。
一日に大体六十キロ移動出来ると仮定して、宿駅がおよそ二十キロ毎にあるため、ぶっちゃけた話金さえあればどうとでもなる。しかし『神の座』に向かう人間が複数居たとすると、下手すれば宿駅に泊まれない可能性がある。宿駅自体村の物資を売るために設けられているため、最悪村が飢饉になっている場合食料が買えない事もある。そのため、一応鍋なども持っていく。
食料が無ければ自然の動植物を狩ればいいし、最悪魔物を食えばいい。魔物の肉は不味いらしいが、香辛料をたっぷり使えばある程度は誤魔化せるだろう。無論香辛料は比較的高価な部類だが、そこは金に物を言わせて買い占めた。最近市場に於ける香辛料の価値が高騰しているが、大体俺の所為だったりする。
「――――そうだ」
前から思っていたが、俺の戦い方には決め手という物が欠けている。もちろん銃の弾丸を弾くような化け物はそう居ないが、あまり居ないというだけで存在する可能性は高い。そうなると対物狙撃銃の出番だが、魔法で飛ばすと実はあまり威力が高くない。
前回の戦争で火薬入りの弾を創ってみたが、反動や音が半端ない分何故か威力も桁違いだった。一応数発奥の手というか、必殺技みたいなノリで創ってみたが、如何せん数が少ないため心許ない。
ここは優等生のフィーに弾丸を創って貰うべきだろう。ミサに創って貰ってもいいが、本音を言うならあまり信用出来ない。その点フィーなら安心だ。
「フィー、創造魔法でこれを創ってくれ」
言って、弾を投げる。一瞬暴発の可能性を考えたが、そんなに柔な造りではなかったようだ。無事に弧を描いてフィーの手の中に収まる。
「いいけど……これ、何で出来てるの?」
問われ、考えてみるが……なんだろう。魔力、とか言ったらシカトされそうなので黙っておく。しかし弾っていったら鉛なイメージがある。火薬は……硫黄とか硝石だよな。硫黄は火山で取れるんだっけ? 硝石糞と死体で作れたような…………。
「……考えてみたが、よく分からん」
転生するって知っていたら、火薬の作り方とか調べておいたというのに。
…………ん? いや、その前にフィーは何故そんな事を聞いたんだ? ただ目の前にある物体を創造すればいいのだから、構成物質なんて理解しなくても――――
「えー、細部まで分からないと創りようがないよー」
…………は?
それは、どういう意味だ? こうやって目の前に本物が存在するというのに、細部まで分からないと創れないのか?
そんな疑問が顔にも出ていたのか、フィーは「先生の話を聞いてなかったの?」と呆れつつも説明をしてくれた。
フィー曰く、創造魔法とは発動自体は誰でも出来る、魔法の中でも比較的簡単な部類に入るらしい。しかしそれを実行するとなると魔力や魔法のセンスとは別の物が必要となるため、難易度はぐっと上がる。
まず形状を細部まで完璧に覚えなければならない。それに加え、構成物質を完全に理解する必要がある。そしてそれらを踏まえ脳内で設計図を作成し、それ通りの手順で魔力を運用してからようやく完成するとの事。
創造魔法とは手で作るのを魔法に変えただけで、手順に何ら変わる事は無い。もちろん複数の部品から成る複雑な物は、全体では無くパーツ一つ一つを作製しなければならない。創造魔法は鍛治師など、何かを生み出す人間が使う高等魔法の一つである――――というのが、フィーの講義内容だった。
学校の授業とは違い、非常に分かりやすかった。…………分かりやすかった故に、何も分からなかった。
フィーの言い分が正しいとすると…………いや、フィーの言い分は正しいのだろう。しかし、そうだとすると俺はどうなる? 銃の細部なんて分かるわけが無い。あるとしても映画やらゲームの知識程度で、当たり前だが部品の一つ一つなんて分からない。なのに銃は創れた。ハンドガンも、狙撃銃も。剣だってそう言われれば、創れるはずも無い。
確かに不思議ではあった。知らない武器を何故創れるのか疑問だった。狙撃についてもそうだ。初めての狙撃で見事ヘッドショットを決めたし、スコープの無い種子島で長距離狙撃を決めた。最早米粒に近い敵を、なんとなく決めた位置でトリガーを引いただけで見事ワンショット・ワンキル。己の特異さはなんとなく理解していたが……ここまでとは思わなかった。
しかし、何故自分がこの学園に居るかを考えれば、確かに分からない事でも無いのかも知れない。
平民であるのに魔力がある。それはこの国を創った王と同じ特性だ。貴族でも無いのに魔力を持って生まれた人間は、魔力量が多かったり特殊な魔法が使えると聞いたが…………例に漏れず、俺もその『特殊な魔法』が使える人間の一人だったのだろう。
「結局決め手は無し、か」
数ヶ月の旅に出るとは考えられない程軽い荷物を担ぎ、立ち上がる。そのまま外に向かうが、今度はフィーも俺を止める事は無かった。
「……はぁ」
結局俺は必殺技ならぬ必殺弾の作製を諦め、大量のマジック・ポーションを持っていく事で魔力量を誤魔化す事にした。作戦が物量に物を言わせてものとは……まぁ、現代兵器ならではの作戦か。
「どうしました?」
そんな俺の溜め息を聞いてか、ミサは振り返って問う。心配する素振りは無く、旅が楽しいのか笑顔だ。能天気なやつめ……とは思うが、まぁ可愛いから許す。
「……何でも無い」
現在俺たちは馬で最果ての地に向かっている。最果ての地は人間が生きていられる環境では無いらしいが、今回『神の座』が見つかったのはあくまでも最果ての地『付近』であり、魔物のレベルが異常に高い以外に問題は無いらしい。
一応方位磁石と地図を買ったのだが…………どうやら不要だったらしい。深い轍が道の先まで続いており、これを目印に移動すれば道に迷う心配はなさそうだ。
今回も賄賂……もといチップにより手に入れた馬は中々上等なようで、人間と荷物が乗っているのに力強く進んでいる。まぁ、宿駅の存在を考慮して荷物は二十キロも無いため、並みの馬ならそうそう潰れる事は無いだろう。
「――――ルカさんっ、あれは何ですか?」
ぼーとしながら馬を歩かせていると、たまにミサが質問して来る。聞いてみると都市の外に殆ど出た事が無いらしい。とんだ箱入り娘だ。
ちなみに今回の疑問は宿駅だった。
「あれは宿駅と言って、宿屋と酒場を兼ねた建物だ」
「あれが宿駅……」
何でも初めて見るのだから、新鮮に見えるのだろう。確かに、森の中にぽつんと建っている宿駅は不思議に見える。まぁ、見慣れた俺にとっては騒がしい酒場と大して変わりはない。
本来なら一個目の宿駅に泊まる予定は無かったが、出発が昼過ぎだった事や観光感覚でゆったり移動していた事もあり、時間的に厳しい。初日だという事を考慮して、今日はこの辺で移動を止めておく。
「今日はここに泊まるぞ」
「本当ですか!? 楽しみですっ」
ミサは嬉しそうに答えるが、俺としては若干憂鬱だ。何せミサはそんじゃそこらじゃお目にかかれ無い程度には美人だ。貴族に囲まれる生活をしている俺が言うのだから、相当なレベルだと思っていい。
つまり何が言いたいかというと、十中八九絡まれる、という事だ。面倒臭くて仕方がない。……それもダンジョンまでの辛抱だと我慢するしか無い。流石にダンジョンでまで絡んで来る馬鹿は居ないだろう。居たら割りと真面目に殺す。
「こいつを頼む」
厩舎に居る村人に貨幣を渡し、引換券の代わりとなる数字が彫られた板状のプレートを受け取る。これを無くしたら馬の返還が出来なくなるらしい。無くさないよう懐に仕舞う。
馬鹿みたいに重たい荷物は俺の代わりにミサが持ってくれた。魔法で重量を変化させる事が出来るらしい。相変わらずのチートさだ。俺もそんな便利魔法を使ってみたいぜ。無論、魔力が足りないため数分しか持たないが。
それでも覚えておいて損は無いだろうと考えつつ、宿駅の中に足を踏み入れる。前回他の宿駅に泊まった時は数グループが居る程度だったが…………ぱっと見、数十のグループがある。テーブルは大体埋まっているようで、改めて『神の座』効果の凄さを知った。やはり宗教国家だけあって、その臣民も敬虔深い人間が多いのだろうか。元日本人かつ無宗教たる俺には理解出来ない事だ。
「結構広いですね」
ミサが内部を見渡しながら呟く。確かに宿駅の中でもここはそこそこ広い部類だ。
俺もその言葉に同意しようとし――――数多の視線を感じ、言葉を詰まらせた。正確に言うとその視線の全てはミサを見ているのだが、ミサは俺の後ろに居るため必然的に殆どの視線を浴びる事になる。しかし俺には野郎に視姦されて喜ぶ趣味は無い。
やっぱりミサの容姿は目立つよな……と、あまり対策を練っていなかった過去の自分を呪う。一応フードを被らせてはいるが、その程度で紛れるような容姿だったらこんな事にはならない。
「良い女じゃねえか!」
一番奥に座っていた男が立ち上がる。周りの反応を見るに、どうやらあの男が一番強いらしい。これはあれだな。九死に一生を得るとか、地獄に仏とかそんな類のやつだな。平たく言えばラッキーってやつだ。
「どうだ姉ちゃん。そんな冴えない男より俺と――――」
「失せろ。それ以上近付くと撃つ」
刀のように腰に差していた種子島を抜くと、男の顔面やや右に狙いを付ける。格好付けているみたいであれだが、余裕を見せるために右手一本で構える。左手はポケットの中だ。
ただの『冴えない男』の予想外の動きに男は僅かにたじろぐ――――事も無く、にやりと笑った。
「はっ! その距離で何をす――――」
引き金を、引いた。
弾丸が音速の壁を突破し、衝撃波を発生させる。それが鼓膜を痛い程刺激し、慣れないやつは耳を押さえる。ビビりなやつは踞って警戒する。撃たれた男は――――呆然と自分の左耳を押さえていた。
「あ、ああ――――嗚呼あああ!? 耳ッ!! 俺の耳があああッ!?」
ふと思った。あれ、そういえばあの男、まだ一歩も近付いてないわ。…………まぁ、いいか。
叫ぶ男をシカトし、ミサを連れてカウンターに向かう。
「一部屋貸してくれ」
「……あまり騒ぎは起こさないでくれよ」
「善処する」
鍵を貰い、この騒がしい場所から逃げるように二階へと続く階段を上る。…………そういえば、シスター的に今の俺の行動はどうなんだろうか。
ふと浮かんだ疑問。それを解消すべく振り向いた俺は――――笑顔を浮かべるミサと目があった。
「どうしました?」
その問いに答えは返さず、俺は借りた部屋の鍵を開けた。
なんとなくだが、深淵を覗いた人間の気持ちが分かった気がした。
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