chapter 2
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カンカンカン、と本日最後の授業終了を意味する鐘が鳴り響く。『きりーつ、礼、ありがとうございましたー』のコンボが無いと終わった気がしないが、それも幾分か慣れた。他の生徒同様筆記用具と参考書を片付けると、特にする事も無いので自室に向かう。
「ルーズベルト君、ちょっと良いかしら」
しかし、突如として現れた先生が俺の行く手を遮る。思わずうげっ、とエンカウントした事に対する不平という名の呻き声を漏らすが、先生は特に気にした様子を見せない。寧ろ、少し嬉しそうだ。
「最近は頓に授業態度が良くなったわね。頑張ってるルーズベルト君にご褒美よ」
そう言い、懸命に背伸びをして俺の頭を撫でて来る。よく見ると僅かに浮いており、しょうもない事で先生の優秀さが窺える。俺も魔力量が多ければ飛べるのだろうか…………なんて考えてみるが、仮に魔力が足りたとしても圧倒的に技術力が無い。
僅かでも滞空する魔法を唱えるとしたら、多分今の俺じゃあ数時間はかかるだろう。同時詠唱になるから、魔力領域も常人の数では足りない。…………結果、さりげにこの人が化物である事が分かった。
「そんで、先生。用件は? 頭を撫でるためだけに呼び止めたわけじゃないんだろ?」
もしそれだけだったら軽く引く。
どちらにせよ、わざわざ呼び止めるだけあって面倒事である可能性が高い。それならば何も無い方がまだマシか。
「もちろんよ。――――はい、これ。学園長直筆の認可証」
手渡されたのは一枚の羊皮紙。
要約するとそこには、俺が短期間学園を休むのを公的に認めるという文章が綴ってある。無論学園長の直筆で。…………というか、前世じゃあるまいし直筆じゃないなんて有り得ない。
「それにしても気をつけてね。滅多に戦争なんて起こらないけど、万が一って事があるから」
「あー、まぁ何とかなると思いますよ」
テキトーに答え、今度こそ自室に戻る。
フィーはまだ戻っていないらしく、俺は荷物を纏める作業に入った…………と言っても、荷物なんて殆ど無い。数日分の服と勉強用に参考書を数冊。あとは火打石とアルコール度数の高めな酒くらいか。
我ながら面白味の無い荷物だ。やはりこの世界でも出来る、手頃な趣味でも見付けるべきか…………と割と真剣に思案していた所、フィーが帰って来た。
「ただいま…………って、ルカ君どうしたの」
「おかえり。…………まぁ、何というかな。少し部屋を空ける」
とてとてと俺の横に座り、フィーは「また?」と聞いて来る。確かに停学が解けたばかりではあるが、今回ばかりは仕方が無い事なんだ。因みにミサの依頼は、学校が長期休暇に入ってからになっているため今回の事には全く関係無い。
…………しかし、どう説明したものか。危険ではあるけど何だかんだで安全で、だがそれだけを聞くととても危険に聞こえる。
悩んだ末、俺は正直に話す事にした。
「南の国との戦争…………まぁ、簡単な小競り合いに、ルーズベルト家の代表として参上する事になった」
戦争は大体、一家に一人の割合で徴兵される。高齢者は徴兵されず、年貢等の租税を払いきれていない家は代わりに兵役が課されるが、基本は家の三男とかそこら変の末子が行く事になる。
俺は家を相続する長男だから強制はされないが、その代わりに父さんが連れて行かれる。先生が行った通り費用がかかり過ぎるため戦争は滅多に起こらないが、しかし父さんが居ないと農作業に影響する。
それ故に俺はこうして実家に帰省する準備をしているのだが…………ぶっちゃけ、俺が仕送りしている金を渡せば徴兵なんてされない。だというのに、こうして呼ばれたのは疑問でしか無い。
「戦争…………」
フィーは不安気な表情でこちらを見る。
この国と南の国は即戦が起こる程仲が悪いわけでは無いが、かと言って仲良く交易する事も無い。たまにこうやってお互いに攻め込み、『隙があれば侵略するぞ』と圧力をかける。敵さんの軍を統率する人間も、王に命じられて仕方無く攻め込むフリをするといった感じ。戦をするのは建前ってやつでしかない。
「多分大丈夫さ。ここ数年、小競り合いすら起きてないし」
大丈夫な確証は微塵も無いが、フィーを安心させるために嘘八百を並べる。
それに、万が一戦争になったとしてそう簡単に人は死なない。前世のように銃弾が飛び交うわけでも無いし、魔法が使える貴族は全体の一パーセントを遥かに下回る。
半径数十メートル規模で生物を殲滅出来るような化物…………もとい先生のような人間も居るが、大抵は国を守るために王都から離れられ無い。だから軍隊といえども魔法が使える人間は精々二桁くらいだろう。
俺みたいな平民がばんばん魔法を使えたら、きっとこの世界は違った発展の仕方をしていただろう。魔法が使える人間の絶対数が少ないため、この世界の文化レベルは前世でいう古代ローマ帝国から近世のヨーロッパ程度でしか無い。しかし前世で誰もが科学的なアクションを起こせたように、こちらでも魔法が使えたら高層ビルが建ち並んでいたかも知れない。インターネット網は全て自前。携帯不要。ディスプレイも要らない。…………とんだSF世界だ。いや、FFか。
もしもまた転生が出来るなら、来世はそういう世界が良い…………っと、話が逸れたか。
取り敢えず彼方に飛んでいた意識を呼び戻し、考えていた戦争の安全性についてフィーに講義する。…………フィーに何かを教える日が来るなんて、少し前は考えもしなかった。
「ルカ、準備は終わったか?」
三度扉が叩かれ、ドア越しにアシュラの声が響く。
俺の家はブリジット家の領地にあり、今回の戦争はブリジット家に従軍する。本来ならまともに会話すら出来ない程度には身分の差があるが、アシュラとは学友であるため、会話どころか家まで同じ馬車に乗せて貰える。
一人だと膨大な時間と旅費がかかる上、生きて辿り着く自信が無い。因みに、初めてこの学園に来た時は学園が用意した馬車(護衛付き)に乗って来たため問題は無かった。
「悪い、今行く! ――――んじゃ、そういうわけで。多分二月くらいで帰ると思う」
「ちょっと待ってよルカ君! まだ僕は――――んんっ!?」
納得していないのか、言葉を紡ぐフィーの唇を自身のそれで塞ぎ、旅の餞別として堪能する。
記憶が戻ってから籠に行っていない所為か、唇を重ねただけで昂る自分が居る。その衝動を舌の動きに変え、フィーの口内を蹂躙する。
酸素が足りないのか顔を真っ赤にしているフィーをバッチリ脳内のハードディスクに保存し、唾液を啜ってから解放する。べちゃべちゃになった口の周りを拭ってやり、放心しているフィーにもう一度触れるだけのキスをしてからその場を後にする。
「待たせたな」
「…………いや、それは構わないがお前…………やっぱり何でも無い」
何故か言葉を濁すアシュラに違和感を抱くも、わざわざ言及するまでも無いと判断し放っておく。
そして何故か、この日から俺に対するアシュラの態度が変化した。具体的に言うならば少し距離を取っている気がする。…………まぁ、特に気にするような事でも無いし、気のせいなのかも知れない。
――――その時すぐさま気が付いたら…………いや、結果は変わってなかったか。ただ一つ言えるのは、部屋の防音は大事だって事。無事帰ったら防音系の魔法を取得する。俺はそう心に誓ったのだった。
※※
「ルカ、着いたぜ」
「うん? ――――ああ、サンキュー」
アシュラに揺り起こされ覚醒する。固まった身体を伸ばし、大きく息を吸って脳に酸素を送る。
それじゃあ、また明日。とアシュラに別れを告げ、馬車から降りて大地に立つ。見渡す限り畑で、その先に実家が見える。
現在育てている小麦の収穫にはまだ二月近くかかると思われる。今年は天候に恵まれた年だったので豊作に違いない。
丁度帰れる時期には収穫が出来そうで、フィーへの土産は我が家特製の小麦粉料理になりそうだ。麺類とかブレッドは俺の得意料理でもあったりする。
「ただいまー」
一週間振りにちゃんとした場所で休む事が出来る。腰やら尻やらが壊滅的なダメージを被っており、早急に柔らかいベッドでの休息を欲している。…………いや、残念ながら寮のベッドとは違い、柔らかさの微塵も感じられないようなベッドしか無いが。
そんな事を暢気に考えていた俺は何の身構えも無く家に入り、そして思わず持っていた荷物を落とす。
予想外な光景…………というか雰囲気。実家に何らか変わりは無い。知らない人間が居たわけでも無い。ただただ単純に…………空気が重かった。思わず揃っている面子を見回す。
両親、妹、近くに住んでいる幼馴染み。
欠けている人間は見当たらない。誰かが亡くなったわけではなさそうだ。
「――――兄さん、座って」
「あ、はい」
思わず敬語を使いながら席――妹と幼馴染みの間。正面には両親が居る――に座り、背筋を正す。
何だろうか。ただ単に、俺が戦争に行くからこんな雰囲気になっているのだろうか。
「――――ルカ、この金はどうした」
厳かな父の声。ガチャリ、と音を立ててテーブルに置かれる大量の革袋。無論それに入っているのは水では無くギルドで稼いだ金だ。――――もしかしなくても俺、疑われている?
「兄さん、私は非常に残念です。兄さんは才能を買われて王都へ行き――――今回の行為は寂しくも誇らしくあった、私たち家族への裏切りです。冒涜です!!」
妹の演説(?)に頷く我が御家族様御一行。取り敢えずアレだね。真っ当な行いで得た金と思われていない様子。…………アンタらこそ俺を冒涜していないか?
いやまぁ、今までの俺だったら仕方が無いけど。少し前まで農業に青春を費やしていた人間が、こんな大金を稼げるわけがないし。
さて、どうするか…………何て考えるよりも実行に移した方が早い。百聞は一見にしかず――この世界風に言うならば『見る事は信じる事』――とも言うし、実際に魔法という神秘を見せた方が手っ取り早い。経験則だが、言葉で信じて貰うのは諦めた方が良い。特に俺は。
「εκκίνηση,《起動》δημιουργία《指定》…………σπαθί《構築》」
銃を見せても理解出来ないだろうし、比較的馴染みのある無骨なロングソードを創造する。
薄青く光る粒子が消え、鈍色の剣が現れる。初歩も初歩。この程度の魔法なら使えない人間を捜す方が難しい。そもそも同学年で、この魔法を無詠唱で使えない人間の方が圧倒的に少ない。それ故に俺は劣等生。…………だが、今この場に居る人間には関係無い。そもそも『魔法を使えない』のだから、ただ使えるだけで称賛に値する。
魔法は神の恩恵と言われているため、ただの平民にとっては正に神の所業。自分たちの息子が、兄が、幼馴染みがその神の恩恵を披露したのだから、驚かない方が無理は無い。
「…………兄さん、本当に魔法が使えたのですね」
視線は俺が持っているロングソードに固定されたままだ。それは他も一緒で、皆同様に見詰めている。…………何か逆に申し訳なく思えてきた。
「まぁ、こんな感じで魔法を使って、ギルドの依頼をこなしていたらそれだけの金が貯まったんだ」
実際はその数倍の貯金がある。因みに、俺は既に商人ギルドに登録していたりする。登録は無料で、口座(のような物)を開設するにはそれなりの金が必要だったが、預けていれば現在のように利子(ただし低金利)が付くので、将来への投資として諦めた。いや、一瞬足りとも迷いはしなかったが。しかも商人ギルドはこの国にしか無い弱小ギルドであるため、受付の人にはかなり喜ばれた。
弱小ギルドとはいえ仮にも組合ギルドである。それこそ国の大多数の商人が所属しているため、国が傾かない限り問題は無い。むしろ冒険者ギルドや傭兵ギルドのような、国を跨いで存在するギルドの方が怖い。新しい国でも出来るんじゃね? 的な意味で。まぁ、ある種の権利団体であるため黙認されているが。
「凄いね、ルゥ君」
幼馴染みであり姉のような人でもあるマリカが、剣ではなく俺を見ながらおっとりと笑う。魔法が凄いって事では無く、弟代わりの俺が凄いって意味だと思う。
別に否定するつもりは無いし、俺もマリカの事を姉のように思っているが、実際俺とマリカは同年代である。マリカが一月だけ早く生まれて来た。ただそれだけ。
「それじゃあみんな。ルカの容疑も晴れた事だし、ご飯にしちゃいましょう!」
母さんの言葉に頷くと、皆は食事の準備に取りかかる。何か手伝おうとするがマリカにやんわりと断られたため、仕方なく椅子に座る。周りは動いているのに自分は何もしないのは少し気まずくもある。
しかしこれは『お帰りなさい』と『頑張ってね』を足し合わせたパーティーで、主役はもちろん俺。となると主役らしく振る舞うのが俺の仕事だ。黙って席に着いて料理を待つ…………が、何かおかしい事に気が付く。普通に考えてパティーなのだから料理が出て来る事に問題は無い。だが、俺の記憶能力が蠅並みじゃない限り先程まで俺は謎の審問を受けていた。
料理の準備をしている事は端っから俺を歓迎しているというわけで――――なるほど、完全に騙された。みんなは最初から俺を疑って……いたとしても、少なくとも気にはしてないって事か。じゃないと用意された金額の少なさの説明がつかない。
十分な大金、と俺に言わせた額が革袋一つに納まるはずが無い。…………いや、そもそもの前提がおかしい。本来俺はこの戦争に出なくてもいい。だというのに俺が呼ばれたのは……なかなか帰省しない俺への当て付けか!?
そう思い色々と準備に取りかかるマリカを見ると、誤魔化すように微笑むだけだった。
取り敢えず今回の事は俺にも非はある。何も無かった事にして料理を待とう。
「お待たせ~」
マリカによって運ばれて来たのは『野うさぎのシチュー』だ。
慣れ親しんだ家庭の味。高価なので香辛料はアクセント程度に使い、基本的な下味は山羊の乳だけ。食材本来の味を引き立てるルーズベルト家特製のシチューだ。
早速木匙で一口掬い、口内に運び入れる。
「うわぁ…………」
鼻を抜けるミルクの匂いと、舌の上でとろける肉が何とも言えない味を生み出している。堅めのブレッドをシチューに浸して食べると、また違った味わいを楽しめる。
飲み合わせはもちろん辛口の白ワインだ。シチューの濃厚でまったりとした味に、切れ味の鋭い白ワインは正に最上。
この国の貴族は『三度の飯より魔法』と言っても過言では無い程魔法に力を入れているが、残念ながら料理にあまり力を入れていない。そのため貴族の料理も、最高級の食材同士を足し合わせた物でしかない。料理で重要なのは、シチューと白ワインのように掛ける存在だ。足し算では無く掛け算。
まぁ、偉そうな事を言っているが、やはり貴族の方が美味しい食べ方を知っていると思う。アシュラが「ワインで大事なのは色、味、香りだ」とか言っていたけど、ぶっちゃけよく分からないし。香りは何となく分かる気がするけど、色って何だよ色って。あー、そういえば温度も重要って言ってたな。白ワインは確か、冷やすと美味いんだっけ?
「兄さん、料理はまだまだ沢山あります」
妹――リオナ――が運んで来たのはまたまたシチュー。しかし、色合いや匂いからお代わりでは無く、全く別の料理であるらしい。
「ああ、頂くよ」
シチューは嫌いどころか好きだし、味付けが違うなら別に苦では無い。丁度出している白ワインでそのまま食べられるし、あまり問題は無さそうだ。強いて問題点を挙げるなら、リオナの料理に関する腕前だな。俺にリオナの手料理を食べた記憶は無いが…………『下手だから作らなかった』ではなく、『マリカが居るから作る必要が無かった』だと非常に助かる。
出されて口を付けないのは不自然を通り越して失礼であるため、意を決して一口運び入れる。
「…………お」
「お?」
「美味しいな、これ」
食べて分かった。マリカは『うさぎのシチュー』だが、リオナは『鹿のシチュー』だ。どちらも家の近くで獲れる新鮮な肉である。
うさぎの肉はとろける旨さがあるが、鹿の肉はしっかりと歯ごたえがある。無闇に堅いのでは無く、肉を食べているという実感が湧いてくる程よい堅さだ。
なるほど。野菜とミルクは同じ、家で作られた物だ。違いは下味と肉くらいか。だが、それだけで全然感じ方が違う。
「――――どっちも良いけど、俺はリオナの方が好きかな」
「…………へ、変な風に言うのは止めて下さい」
しかし満更でも無さそうだ。まぁ、誉められて嫌って事は無いだろう。
「ルカ、お母さんの事を忘れて貰っては困るわね」
思わぬ伏兵が現れた――――シチューと共に。
もうシチューはいいよとか、お腹一杯だとか、幾つかの選択肢が俺の脳裏に浮かび上がる。…………しかしこれも主役の運命さだめ。断るという選択肢を片っ端から排除し、残った美味しく頂くという行動を取る。
やはり違いは味付けと肉だけ。肉は鳥だったが、うさぎと鹿の中間って位置取り。可もなく不可もなく、やはり一番好みなのは鹿肉だった。
――――それでもまぁ、母の名は伊達じゃない。母さんはそんなハンデをものともせず、見事俺の中で首位を獲得した。やっぱり母さんが作る料理が一番だよな。慣れ親しんだ家庭の味……ってやつか。
夕食より若干の時が過ぎ去り、時刻は体感的に八時頃。陽が沈み闇が跋扈するこの時間、平民は普通なら就寝している。
「んっ、二人だと少し狭いね」
しかし俺とマリカは星空の下――――月明かりを頼りに、二人っきりで入浴していた。
両親とリオナが寝たのは確認済みで、これは秘密の逢瀬だ…………と言ってもマリカは家に泊まっているので、秘密の会瀬って言う程のものでは無い。秘密って事に変わりは無いが。
「そうだな…………」
俺の意識の九割は別の物に集中しているため、少し上の空な答えになる。しかし男としてそれは当然だ。目の前で浮力により水に浮かぶ、二つの果実があるというのに反応しない方がおかしい。登頂部分は赤に近い茶色の髪により隠れているが、そのチラリズムが逆にそそる。
前回一緒に入浴した時より一回り大きくなっている気がする。…………これ以上大きくなってどうするのか。いや、俺的に何の問題も無いが。
『着痩せする』という控え目な表現では無く、ただ単純に『巨乳』となる日は近い。揉めば大きくなるというのは虚言かと思ったが、意外と真実であるらしい。となるとこの胸は俺が育てたわけで、色々と頑張った甲斐があった。
「ルゥ君はさ、」
一度区切り、僅かに身動ぐ。
この世界で平民が風呂に入りたければ、殆どの人間は公衆浴場に赴く事になる。個人で風呂を持っている人間なんてそれこそ王族貴族くらいだ。
無論そのどれにも当てはまらない俺は執念と気合いで風呂を創ったが、魔力の関係上かなり小さな金だらいしか創れなかった。熱した部分に触れないように木の板を敷いて、そこに座ってギリギリ肩が浸かる程の深さしか無い。かなり狭いためマリカは俺の上に座る形となっている。もちろん脚は伸ばせず、マリカは俗に言う体育座りをしている。
「随分、変わったね」
朗らかに笑いながら、いつものように何の代わり映えも無い姿で言う。しかし、眼が笑っていなかった。
「――――は?」
突然の言葉。
俺の変化は両親もリオナも気付かなかった。フィーは劣等生の俺が勉強をし始めたため、もちろん変化には気が付いただろう。しかしそれはただの違和感で、時が経てば当然の事となる。――――しかしその違和感をマリカは看過しなかった。
離れて過ごし、しかも今まで平民の生活を送っていた人間が突然貴族の暮らしを送る事になったのだ。変わらない方がおかしい。だけど理屈じゃない。論理とかそんな物は二の次として、マリカは俺の変化を見抜いた。
「貴族の生活なんて知らない。魔法なんて分からない。――――でも、ルゥ君の事だけは知ってる」
妹も両親も、当時最も近い存在だったフィーですら分からなかった変化を、ただ一人マリカだけは気が付いた。驚愕を通り越して驚異的だ。
「俺、は…………」
言うか、言わざるか。言わなければ疑惑を助長させ、言えば気が狂ったとでも思われる。いや、嘘を吐き逃げていると思われる可能性の方が高いか。何にせよ死活問題だ。
考えろ。最善の選択を。答えは必ずある。だから考えれば――――と、そこで気が付いた。どんな答えを出せば良いのか。
今俺はどんな答えを出せば良いのか、という事について考えを巡らしているが、そもそもそれに正解は無い。俺が変わって何か不利益があるわけでは無いし、俺は本物のルカだ。偽者ならばまだしも、本物であるのだから怯える必要は無い。
そもそも、マリカは何を考えているのだろうか。マリカは、俺が尋常じゃない変わり方をした事に気が付いただけだ。何も言及はされていない。ただ俺が一人で驚いただけだ。驚き過ぎて、何故か俺は警戒している。
…………ああ、いや。一つだけ問題があった。俺はマリカに嫌われたくないんだ。
言わなければ信頼に亀裂が生じ、言えば受け入れて貰えるか分からない。
…………何か、我ながら相当小さい男だと思う。意中の女子に嫌われたくないとか、俺は思春期の中学生かっての。
覚悟を決める。決めた所で揺らぐのは仕方が無いと思いたい。だから揺らぎ過ぎる前に、勢いで言うために息を吸い――――吐く直前、俺の唇はマリカの唇によって塞がれた。
「んんっ…………」
艶かしい声を上げながら、マリカの舌が俺の口内で蠢く。妖しげに舌を這わせ、絡ませながら唾液を嚥下する。こくりと鳴る喉に俺の身体は否応なしに昂る。
「例え変わっても…………ルゥ君はルゥ君だから」
耳元で囁き、耳朶を甘噛みする。その形容しがたい快感に襲われながらも、俺は心中でマリカの言葉を反芻した。
「…………ありがとう、マリカ」
それ以上は口にせず、俺とマリカは再度口付けをする。
そのまま腕の中の華奢な身体を抱き締めると、俺は逆上せるまでその身体を堪能した。
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