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「…………ルーズベルトさん、お疲れ様です」
「ありがとう。これ、今回の魔石」
停学になってから実に一週間が経過した。残念な事に明日からはまた学園で勉強の日々だ。
しかし今日に至るまでの七日間を、ただひたすら依頼を受ける事だけに費やした結果、ついに俺は受付嬢に名前を覚えられた。
こうして俺は少しずつ有名になって――――有名になって、何をするつもりなのだろうか。
「こちらが依頼料になります。――――ルーズベルトさん?」
「あぁいや、悪い。なんでもない」
有名になったところで、俺は実家に帰る事に変わりはない。となると今の俺の行動に意味はあるのだろうか。
金を稼ぐという意味はあるが、はっきりいって金はもう必要無い。既に、質素に生きれば一生暮らせる程度の金は稼いだ。狙撃の腕も十分磨いた。ならば、依頼を受ける意味は無い。
だとしたら、残りの選択肢はテキトーに学園で暮らす事だけだが…………それだとつまらない。
――――そう、つまらない。
俺は前世では味わう事の出来ない非日常を楽しんでいた。それは忌避すべき事だ。殺しを楽しむなんて、あってはならない。
だが、狙撃という間接的な殺しが俺から罪悪感を消していた。トリガーを引けば敵は死ぬ。それはボタン一つで敵を殺すゲームと何ら変わりはない。
「…………帰りたい」
今になって訪れるホームシック。何て事だ。しかも前世の家に帰りたいという叶えようの無い願い。
――――そういえば、最果ての地付近で、新たな城郭が見付かったって誰かが言っていたな……。なんでも、最奥に辿り着いた者たちは、一つだけ願い事が叶うとか叶わないとか…………
不意に脳裏に浮かぶスパーダの言葉。
あれから多少調べてみたが、ギルドではわざわざ調べなくてもいいくらい有名になっていた。
――――神の座。
それは一番最初に座した者たちの願い事を、一つだけならば叶えるというもの。今回見付かったダンジョンの最奥には、そんな眉唾物が存在するという噂があちらこちらで流れている。
既に冒険ギルドの連中がダンジョンに潜ったらしく、ダンジョンは地下構造であることが判明している。そしてフロアを十階下りるごとに強力な個体――フロアボス――が居り、一度倒せば二度は出現しないらしい。その『二度は出現しない』とは、一度倒した人間の前にはという意味で、その現象が『神の座』は存在するという噂を助長している。何故二度出現しないかは誰にも分かっておらず、正に神の所業だと言われている。
…………はっきり言って嘘臭い。そもそも、その神の座とやらはどこから広がったんだ? 神が噂を流した? そんなわけ無い。
しかし、火の無い所に煙は立たない。倒したら二度出現しないフロアボスなど、気になる事は幾つかある。…………一度、足を運んでみるのも良いかも知れない。
「――――さん。ルーズベルトさん!」
「…………っ」
呼ばれて、没頭していた事に気が付く。目の前では受付嬢がこちらを(無表情で分かりにくいため、恐らく)心配そうに見る。
「…………悪い、少し呆けてた」
「お疲れのようですね。…………無理もありません。ここ一週間、毎日依頼を受けていらっしゃったのですから」
関係無いが、俺は受付嬢さんの名前を知らない。今のところ困る事は無いため聞いていないが、出来れば向こうから教えて欲しいものだ。
「明日から学園なんで、それは問題無いかな」
「…………御貴族様、ですか?」
「いや、ただの平民だよ」
それだけ言い、依頼料を受け取って外に出る。
本来なら、一昨日受けた依頼は今日の夜に完遂する予定だったのだが、予想より早く終わってしまい未だ太陽は頭上で輝いている。要するに暇、という事だ。
俺の中での暇潰しといえば、『籠』に行くか居酒屋に行くかだ。我ながら女か酒かのニ択しかないなんて嘆かわしい事だが、前世での趣味――ゲーム等――はこの世界では出来ないため仕方が無い。
読書なんて柄じゃないし、一人ではスポーツも出来ない。依頼を受ける意味が無いし、わざわざ受けようなんて思う依頼は今日中に終わらない。
「――――散歩するか」
女か酒か散歩か。
謎の選択肢の中から選ばれたのは、何故か散歩だった。そもそも散歩という選択肢は無かったのだが…………そこはまぁ、気分としかいいようが無い。街を散策がてらに歩くのも、土地勘がつくため悪い事では無い。
俺はテキトーに露店を冷やかし、たまに商品を購入しながら街を歩き回る。背中には相棒の火縄銃――銘は種子島――をぶら下げているが、物珍しそうな視線を頂戴するもののそれ以外には何も無い。
「――――あ、あの!」
銘が種子島なのは、単純過ぎて語る必要が無いと思う。ありきたりな名前ではあるが、分かりやすいし良いと思いたい。
それにしてもこいつ、種子島はなかなかの曲者だった。何がってアレだよ。こいつ、スコープが無いんだよ。
自分の限界に挑戦しようと思い、ニキロという馬鹿げた距離からの狙撃を試みて、ようやくスコープが無いという驚愕の事実に気が付いた。無論、流石の俺もそんな距離での狙撃は不可能だった。
それでもスコープ無しで、目算八百メートルの狙撃を成功させた。凄いのか凄く無いのかは全く分からないが、少なくともこの世界でトップクラスの腕だと自負出来る。
「すみませんっ!」
「ん?」
突然服の袖を引っ張られ、何事かと思い振り返ると――――そこにはシスターが居た。
確かに俺には妹と妹っぽいやつが居るが、そっちでは無く神の僕たる方のシスターだった。白とグレーを基調とした地味な服で、首には銀のロザリオを提げている。
この世界にも宗教の押し売り? は存在するのだろうか。…………いや、俺は例外だが、この国で神の存在を否定する者は全体の一割も存在しない。シスター程敬虔な人間はあまり多くは無いが、それこそ神を崇めて信仰している人間はいくらでも居る。
宗教勧誘では無いとなると、何故俺はシスターに声をかけられたのか。
まぁ、考えても答えは出ないため、俺は素直にシスターに用件を聞いた。
「何か用ですか?」
これがただの神父であったら、俺は一言「結構です」と告げて去った。しかしベール越しに見えるシスターの顔は、近寄りがたさを孕む程整っていた。
どこか幼さの残る、しかし大人っぽさもあるその
「あ、あの、それ…………」
そう言ってシスターが指し示したのは俺…………正確に言うならば俺が背中に引っ提げている、種子島だった。
確かに珍しい物ではあるが、こうも銃に反応するシスターというのも珍しい。シスターに銃…………珍しいが十分に有りだな。こんな美少女に、スコープ越しに見詰められたら激しく興奮する。いや、種子島にスコープは無いけど。
「珍しいですよね。これ、南方の武器で銃っていうらしいです」
「あっ、そうなのですか…………」
俺が得意気に説明すると、シスターの表情が僅かに暗くなった。
当たり前だ。人を殺す道具を見て、シスターが好印象を残すはずが無い。
失敗したなーとか軽く後悔するが、過ぎた事を気にしても仕方が無い。こんなに綺麗な銀髪を拝む事はこれから先そう無いだろうが、そもそもシスターと色恋沙汰になるはずが無い。
シスターは神に身を捧げる――――言わば既婚者であるのだ。無論人妻もストライクゾーンだが、別に俺の好みは問題じゃない。非常に残念だが諦めるより他は無い。
「それじゃあ、自分はこれで」
さっさと諦め、散策に戻る…………いや、戻ろうとする俺のローブの袖を、シスターは握ったまま離さない。どうしたのかと表情を窺うと、何か思案しているのか瞳が揺れている。
微妙に話しかけづらい雰囲気を醸し出していたので、取り敢えず紳士的に無言で促してみる…………が、こちらを見ていないシスターにそれは無意味だった。シカトでは無く単に気が付いていないだけなのだが、少し精神的にダメージを受けた。
時間が有限で無いのならばこのまま過ごすのも悪くは無いが、現実そうはいかない。取り敢えず、どうやって意識を向けさせようかと俺も思案し始めた瞬間、ようやく意を決したのかシスターは口を開いた。
「あの、武器を持っているという事は、冒険者様ですか……?」
その質問に何の意図があるかは分からない。しかし秘匿する意味は無いし、嘘を吐く必要もないため普通に答える。
「いや、冒険者じゃなくて傭兵です」
俺が冒険者じゃなくて傭兵になった理由は単純で、傭兵の方が金を稼げるからだ。一攫千金を狙うならダンジョンに潜る冒険者が良いが、そうでないなら傭兵の方が良い。近場で、何が起こるか分からないダンジョンよりは比較的安全に依頼をこなせる。あとは、冒険者をやっている暇が無い、という理由も大きい。普段は学園だし。
…………って、明日から学園だよ。フィーと会えるのは嬉しいが、それ以外は最悪だ。前世の記憶がある俺は普通に勉強をして授業を受けるつもりだが、それは長年の慣習でしかない。もちろん勉強は嫌いだ。
「そう、…………ですか」
シスターは冒険者の方が都合が良かったのか、声のトーンが若干下がった…………ような気がする。
人生諦めが肝心だよ、と俺が諭す前に、シスターは伏せた顔を勢いよく上げて告げた。
「では、傭兵さんとして私に雇われて下さいっ!」
鼻腔を掠める甘い香り。幻想的な銀の髪。憂いを帯びた懸命な表情。
気が付くと俺は、無意識のうちに首肯していた。
「ありがとうございます!」
しかしシスターのその笑顔を見て、俺から断るという選択肢はあっさりと消え去った。
依頼内容も聞かずに承諾するなんて…………俺も馬鹿だな。ハニートラップに引っ掛かって痛い目をみるタイプだと自己分析。
「…………取り敢えず、依頼内容について教えてくれるかな」
俺は自分に辟易しつつ、シスターに尋ねた。
※※
「目的地まで、どれくらいで着きますか?」
シスターが俺の腕の中から聞いてくる。無論それは比喩的表現で、端的に表すならばシスター…………もとい、ミサは俺に抱かれている。
抱かれている、と表現するとエロティックな想像をしてしまうが、現在俺とミサはとある場所に向かって移動中である。…………つまり、乗馬中なのだ。
ミサは馬に乗れないため、俺と一緒に乗っている。ただそれだけ。
「多分、あと数分ってところだな」
俺とミサは現在、傭兵ギルドで請け負った依頼を遂行するため目的地に向かっている。依頼内容は『ヘルハウンド十体の討伐』という非常に簡単なものだ。
何故俺が傭兵ギルドの依頼を受けているかというと、それこそがミサからの依頼だったからだ。正確に言うならば依頼の一部、になるか。
ミサは『神の座』に用があるらしく、俺にそこまで護衛して欲しいらしい。俺も神の座に行きたいという願望はあったものの、それは元の世界…………というか前世に戻りたいという願いを叶えるためのものだ。
だから丁重に断ろうとしたが、不可思議な事にミサは願い事自体に興味は無いらしい。シスターとして、神の奇跡を拝見したいとの事。まぁ、シスターとしてならば分からない事も無い…………という事で、俺はミサの依頼を受諾した。
受諾したのは良いが、ミサは一応命を預ける俺の腕前を見たいと言い出し、仕方なく近場の依頼を請け負った――――という単純なようで面倒な経緯があったりする。
「着いたぜ」
腕の中の感触が消えると思うと名残惜しいが、ヘルハウンドさえ討伐出来ればまた体感出来る。ここは早々に腕前を披露し帰路に着かなければ。
俺は馬から降りると、鐙に足をかけたまま困惑するミサに向かって手を広げた。その動作で俺の言いたい事を理解したミサは僅かに逡巡した後、覚悟を決めて俺の胸に飛び込んで来る。その際ベールが外れ、勢い良く飛び出た銀の髪が俺の顔を叩いた。
その幻想的な一場面に思わず呆け、直ぐさま気を取り直し、何故幻想的に感じるのか思考する。――――答えは、簡単に出た。その容貌の美しさは言わずもがなだが、何よりも髪の色。銀の髪が全ての原因を担っている。
元より銀色と金色は神を象徴する色だ。
鉄や銅と比べ、金と銀は魔力の伝達率が非常に高く、現存する物質の中でもトップクラスに魔法と相性が良い。
さらに昼の太陽は金、夜の月は銀というイメージがこの国にはある。偶像崇拝は禁止だが、神を象徴する物は幾つもあり、それらの中の一つが銀だ。
この国で綺麗な金髪を持って生まれるのは王族だけで…………しかし、これ程までに綺麗な銀髪の持ち主は見た事が無い。
金は圧倒的な稀少性があるが、ミサが首から提げているロザリオが銀である事から分かる通り、神に近い色は金よりも銀だ。
となるとミサは、この世界で何か重要な役目を担っているのかも知れない――――なんて考えてみるが、所詮それは想像の域を出ない。魔法が蔓延るこの世界は、明らかな根拠や原理よりイメージ等が優先される。だから何かしらの関係があると思われる。特に、『神の座』について言っていた事に色々と違和感がある。
果たして、どんな願いでも叶える願望器があったとして、何も願わずに居られる人間は存在するのだろうか。
確かにシスター等の聖職者は一般人より二次的欲求の度合いは低いかも知れない。しかし聖職者ならではの願いはあるだろう。
神に会いたい、人々を救いたい…………俗な願いを挙げるなら、孤児院の運営費が欲しい等。
だからミサは怪しい。非常に怪しい…………が、引き受けてしまったからには「やっぱり止めた」とは言えない。俺が『神の座』の存在を疑っている、という理由もある。
ファンタジーだからといって、そう何でも願いが叶うなんて事が有り得るだろうか。…………まぁ、転生なんてよく分からない現象を体験している俺に、それを否定出来る要素なんて欠片も見当たらないのだが。
「んじゃ、今からさくっと討伐するから、ミサはそこで見ていて」
「…………え? こんな遠くからですか?」
そうは言うものの、ヘルハウンドからここまで目算四百メートルも無い。確かに米粒…………とまではいかないものの十分に小さく見えるが、昨日はこの二倍の距離での狙撃に成功した。
俺はその場で左膝を立て右膝をつき、足の上に尻を乗せて座る。俗に言う膝射の姿勢を取って頬付けする。
心臓が高なり、視界が狭まる。気が付けば音は消え、在るのは俺とヘルハウンドだけ。
特に狙ったわけでは無い。しかし「ここだ」と身体が勝手に判断し、俺の指を動かす。
「――――命中」
僅かに狙いを、殆ど誤差のような範囲で変更し、再び引金を引く。命中。そしてまた引金を引く。命中。引く。命中。
そうして七回、引金を引き終えた頃には視界からヘルハウンドは消えていた。
逃げられたわけじゃ無い。逃がしたわけでも無い。――――たった七発の弾で、俺は十頭のヘルハウンドを討伐した。
「どう? シスターの御眼鏡に適ったかな?」
「はいっ、それはもちろんです。――――遠距離型で足を引っ張らない、私が望んだ以上の逸材です!」
…………少し、ミサとダンジョンに行くのが楽しみになった。
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