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「んだよ○○な感じって!? 感覚的にじゃなくて論理的に書けよッ!」


 あまりに滅茶苦茶な内容の参考書を叩き付け、その場に横になる。


 今日は魔法論理の小テストがあるため、無駄かも知れないが一応徹夜で勉強をした。しかし『感覚が重要』と言われる魔法だけあって、論理的な内容を感覚的に表現する箇所が非常に多い。一応ある程度の推測を自分で立て、そこから『論理的』に内容の理解・把握に勤しむも流石に無理がある。


 そもそも魔法は基本的に座学では無く実技であるため、やってみないと分からない事が大半を占めていたりする。それを個人の論理的推測だけで理解するのは無理な話だ。


 実際に参考書に書いてある魔法を実践してみれば一発なのだが、運の悪い事に俺の魔力量では発動が不可能なほど大掛かりな魔法がテスト範囲となっている。


 まぁ、大掛かりなと言っても、確かに難易度は高いが頑張れば大抵の人間が出来る程度のものだ。俺は魔力量からして初歩的なものしか出来ない。


 そんな農民が何故魔法学院に入学したかというと、それは強制的なもので決して自発的なものではなかった。


 基本的に魔力を持っているのは王族と貴族。しかしごく稀に平民でも魔力を持って生まれる場合がある。魔力を持った平民は通常より魔力量が多かったり特殊な魔法が使えたりする。この国を興した初代国王は元々昔栄えた国の平民だったのだが、その類稀なる魔法センスと理解力から一国の主となった。そのためこの国は、魔力を宿した平民は必ず学院に入学しなければいけない事になっている。そこに俺の意思は無い。


「…………ルカ君、どうしたの?」


 いきなり叫んだからか、二段ベッドの上で寝ていたフィーが目を覚ましたらしい。もうすぐ起床時間ではあるが少し申し訳無い。


「悪い、起こしたか。少し勉強していたんだが、分からない所だらけで苛々してた」


 それでも理解出来た箇所は幾つもあるし、普段から考えると有り得ない点数が取れるだろう。…………ってか、今世の俺って頭悪すぎだろう。前世の俺も頭が良かったわけでは無いが、今ほどでは無かったはず。


 やっぱり幼稚園とか小学校って大事だよな。ある種の英才教育なわけだし。勉強もせずに遊んでると今の俺が出来る。まぁ、死にかけた所為か前世の記憶を取り戻した俺に不可能は無い。


 魔法だの何だのが存在するこの世界で、前世の科学的な知識は無駄に思えるかも知れない。だが、今の俺には幾つか分かった事がある。


 例えば魔法論理の参考書によると、『魔力は空気中に漂う魔素を、生物が身体に取り込む事で生成される』らしい。魔素とは言うなれば魔力の素で、生物が生きていくのに必ず必要なものだ。魔素は木々が生み出し、地中や水中等にはあまり見られない。


 これはどう考えたって――――酸素以外に有り得ない。


 いや、その他の記述からそう言ったがもちろん断言は出来ず、実際に酸素である確証は無いが、魔力が切れれば昏倒するっていうのはただの酸欠状態なのではないだろうか。木々が生み出すってのは光合成だろうし。まあ、前世のように検証した結果による事実ではなく、恐らくそうであろうという曖昧な判断であるから信憑性が薄いのは確かだ。


 酸素が魔法なんて不可思議な現象を起こすとは考えられないため、酸素そのものでは無いが類似した何かではあると思う。


「そう、勉強――――べん、きょう…………?」


 正に呆然。それ以外に、今の感情を表す言葉は無いかのような雰囲気が発せられる。


 上から感じる妙な雰囲気に、何かおかしな事でも言ったか? と少し不安に思う。僅か数秒前の過去を顧みるに、何かおかしな台詞は――――いや、あった。


 今の俺は前世と今世の記憶や性格、価値観が入り交じった不安定な状態だ。そんな俺はもちろん、過去の自分とは価値観が違う。具体的に言うと過去の自分と違って今の俺は、別に勉強が嫌いではないし苦手でも無い。前の世界より知識が重要な今、それを分かっていて勉強しないわけが無い。


 結果、少し前の俺を知る人間には考えられないほど今の俺は勉強をしている。…………いや、勉強の量ではなく、それをしている時点で何かしらの異常事態と思われても仕方がない。


「ルカ君が勉強? そ、そんなの嘘だよね…………?」


 …………こいつ、時たま無性に殴りたくなる。天然だか何だか知らんが、フィーはこうやって人を正面からディスる事がある。


 確かに前世の記憶が無ければ確実に勉強はしなかっただろうが、ここまで呆然とされると面白く無い。


「嘘じゃねーよ」


 ほらよ、と多少なりとも勉強した結果である羊皮紙を渡す。一応、乙女の寝起き顔を見ないという協定を結んであるため、下から腕を突き出すだけに止まる。…………協定を結んだもののちゃんと配慮したのは今日が初めてであったらしく、呆然どころか驚愕された。やるせないというか、どこか釈然としない。馬鹿にされているのだろうか。まぁ、確実に過去の俺が悪いのだろうが。


「…………本当に勉強、してる」


 証拠である羊皮紙を見てもまだ信じられないらしい。フィーをそこまで思わせる過去の俺が凄いのか、それともただ救いようがないほどフィーが天然なのか。どちらにせよ俺に利は無く、あるのは悲しいまでに非情な現実だ。


 しかし今日から俺は変わる。誰しもルカと優等生を等式で結ぶ、そんな人間を目指してやる。


 まぁ、嘘だけど。


 魔法なんてあれば便利な道具でしかない。そもそも、どれだけ頑張ろうと魔力量の少ない俺には出来ない事の方が多い。もちろん少ないが出来る事はあるため、多少の勉強はする。選択肢が多いというのは悪い事では無い。俺がこの世界で生きていられるのも、物理攻撃以外に魔法という選択肢があるからだ。…………最も、魔法が無ければ生死をかけた日常を送る事は無かったのだろうが。


「俺だって思うところはあるんだよ。…………ってか、もう起きる時間だぞ」


 蝋燭を見ると、既に三本が溶けて四本目に火が点いている。一本が大体二時間で溶けるため、現在の時刻は約六時。この世界にも時計はあるが、魔法による半永久的可動機構は非常に高価だ。それこそ公爵か辺境伯レベルの財産が無いと買えない。それ故大抵の人間は蝋燭で時間を把握する事になる。


 一応、個人の魔力で針を動かす時計もあるが、常に魔力を供給しないといけないため俺には無理だ。しかも、魔力を使う者には魔力領域というものがあり、時計のためにその魔力領域を割く者は余程の大物か酔狂なやつかのニ択だ。


 因みに魔力領域だが、魔力領域を十持っている者が居たとしよう。そいつは魔力領域を十使う魔法は一つしか使えないが、魔力領域を一しか使わない魔法は同時に十使える。


 簡単に言えば、呼吸をしながら走ったり会話をするのは楽だが、会話をしながら何かを書きその上激しい運動をするのは難しいって事。誰しも同時に出来る事は限られている。…………まぁ、聖徳太子は幼い頃、三十六人の話を同時に聞き取れたという伝承があるように、この世界でも常識はずれな魔力領域を持つ者も居たりするが。


 話を戻すが、俺が使用しているのは蝋燭だが、フィーの魔法によって一つが溶けてなくなると隣にある蝋燭に火が点くようになっている。そのため、平民が使っているただの蝋燭時計よりかは正確だ。裕福な平民は二十四時間で燃え尽きる蝋燭などを使い、あとは目分量で時間を計っている。貧困な者は教会で定時に鳴る鐘の音で時間を把握している。


「…………ん、じゃあ先にお風呂入って来るね」


 フィーの発言に、参考書を読みながら軽く手を振る事で反応を示す。


 この時代に風呂というものは珍しく無い。何故ならこの世界は、無理矢理前世に当て嵌めて考えると近世のヨーロッパと古代ローマ帝国、それに少しの中世的要素を加えると完成するからだ。具体的に挙げるならば、この世界で過去に存在した、魔法を生み出した大帝国が前世のローマ帝国にあたり、風景や技術が中世のヨーロッパ、国同士の関係や商業、運送業などの発展具合が近世のヨーロッパにそっくりだ。


 近世のヨーロッパでは入浴やシャワーの習慣は廃れていたものの、中世まではある意味一つの文化として存在していたし、ローマ帝国に至っては娯楽の中心の一つだった。それ故この奇妙な世界にももちろん風呂という概念は存在する。


 流石に王や公爵ぐらいしか個人で浴場を持つ者は居ないが、公衆浴場は日夜繁盛している。俺も行った事はあるが、残念ながら混浴ではなかった。


 因みにここに風呂があるのは、魔法を使える者なら楽に風呂が沸かせるからだ。水も火も魔法で済むため、浴槽とそれを置く場所さえあれば容易に作る事が出来る。無論、俺の魔力量では水も足りないし温度も低いので必然的にフィーが先に入る事になる。


「日本人としては、風呂があって良かったな」


 風呂を入らなかった時代の近世のヨーロッパでは、どんだけいい女でも頭は虱だらけだったとかマジで気持ち悪い。本当、比較的衛生面の悪くない世界でよかった。まぁ、悪くないだけあって良くもないが。


「…………る、ルカ君っ」


 呼ばれて何も考えずに振り返ると、そこには裸体を晒すフィーが居た。


 裸体を晒すと言っても要所は隠されており、ドアから上半身だけをひょっこりと覗かせる格好となっている。深い青色の髪が項に張り付き、何とも形容しがたい妖艶な色気を醸し出している。フィーじゃなければ襲っていたかも知れないな、とか現実逃避をしつつ近くにあったタオルを投げ渡す。


「あ、ありがとう…………」


 フィーは変な所で抜けている。本当に自分が女だと理解しているのだろうか。男装をしていて心まで男に染まったとか笑えない。…………いや、俺が男として見られていない可能性があるが、そっちの方が笑えないな。 フィーは俺にとって妹のような存在ではあるが、見た目は中性的で磨けばかなりの美少女になる。だからといって恋仲に発展させようとも思わない自分が不思議だ。もちろん、フィーを見て性的にそそるものが無いというと語弊が生じる。


 俺はチラリと着替えて来たフィーを横目で見やる。フィーは小さいとはいえ女性としての起伏が無いわけでは無いので、それを隠すために普段は全身をずっぽり隠せるローブを着ている。一応学園指定のローブであるため、今のところ特に目立ったりはしていない。


「それにしても…………」


「うん?」


 フィーの髪はかなり綺麗だ。シャンプーもリンスも存在しないこの世界だが、不思議と女性の髪は美しい。皆がそうであるわけでは無いが…………特に貴族の女性は非常に髪質が良い。


 まだ水に濡れてしっとりとした髪に触れるが、がさついた感じはしない。くしゃりと髪に指を絡めても引っかかる事は無い。やはりあれか。魔力に何らかの作用があるのかも知れない。


 貴族の風呂と平民の風呂に差があるとすれば、やはり自然の水か魔法で作った水かの差だろう。無論特別な油を使う貴族も居るが、大抵の貴族はフィーみたいに何も使わない。明確な差は水。


 魔素は若干違うが前世でいう酸素みたいなものだから、それを豊富に含む魔力で作られた水は髪に良いのかも知れない。髪に触れている手を頬に滑らせるが、肌の状態も良い。魔力というものは、俺が思っている以上に汎用性が高そうだ。


「ルカ君、くすぐったいよっ」


 言われて手を離す。フィーは俺を完全に信頼しているのか、無邪気な笑みを向けて来る。ここで口付けの一つでもしてやれば…………なんて考えが頭を過ぎるが、想像せずとも結果は分かっている。確実に俺を受け入れるだろう。


 自惚れでも何でも無いそれは単純な現実。ただ…………もしもの話。それはあってはならない仮の話ではあるけど、それが口付けでは無くそれ以上のものだった場合――――フィーはどうするのだろうか。ただの疑問…………いや、欲望か。


 フィーを妹のように思い、手を出すなんて選択肢が無い自分と。フィーをただの女として思い、汚したくなる自分と。


 対立する自分が自分の中で争い、酷く気分が悪い。


 暴れるのだろうか。泣き叫ぶのだろうか。それとも赦しを乞うのだろうか。


 そんな姿が見てみたい。誰も知らないフィーの顔を見てみたい。いや、単純に嬲りたいのか。


「――――風呂、入って来る」


 結局フィーの額に軽く口付けをし、汗を流しに行く。


 俺に口付けされたフィーは少し恥ずかしそうにはにかんだ。


――――こんな気持ちになるのはいつも、何か生物を殺したあとだ。昨日は俺にしては数多くの魔物を殺した。殺しすぎた所為で、今日の俺は少しおかしい。


 深淵を覗く者は、深淵からも覗かれているという事を忘れてはいけないというが、全くその通りだった。少し、前世の俺に引き摺られている。殺しが禁忌だと深層心理に刻まれている所為か、あまりに殺し過ぎると頭がおかしくなる。


「今日からは少し、勉強に専念するか」


 汗と記憶にこびりついた血を洗い流すように、俺は比較的ゆっくりと風呂に浸かるのだった。








 カンカンカン、と鐘が鳴る。


 にっくき魔法論理の小テストがようやく終わった。小テストといえども時間は三時間設けられていて、この場で論理的に魔法を組み替えたり、理論上で可能な限り詠唱の短縮化を試みたりと危うく魂を持って行かれるところだった。


 手応えはあまり無かったが、それでも過去の俺からすると信じられないほど解けた。成績としては真ん中よりやや上あたりだろうか。取り敢えずかなり好成績だといえる。


 問題は途中にあった――――いや、もうテストについて考えるのは止めよう。既に過ぎ去ったイベントだ。


 時刻は七時開始で三時間テストがあったため、十時を少し回ったところだ。つまり――――みんなが大好きな正餐の時間だ。


 因みに正餐とは、貴族が一日に取る食事で最も重要な食事だ。


 平民…………というか農民は大抵一日に五回食事を取るが、貴族はこの正餐と夕食の二回しか食事をしない。一日五回の食事に慣れた俺にとって、ちょこちょこ食べられないのはキツイ。そのため、少なくとも午後四時にある夕食まで(精神的に)生きていられる量を食さねばならない。


 しかし量について心配した事は無い。非常に勿体無い話ではあるが、貴族は料理を残すのが当たり前といっても過言では無いのだ。いくつもの料理を少しずつ口に運び、残ったものは放置。最悪だ。まぁ、俺は貴族では無いので自分の分は殆ど残さないが。…………完食は量が異常に多いので厳しかったりする。


 貴族が通う学園だけあって金が有り余っているのか、ほぼ毎日最大級のご馳走が出る。大体六コース二十四皿の食事であるため、何度もいうが完食は難しいのだ。作ってくれた人には悪いとは思うが、こればかしは仕方がない。


「主による礎の元、我々は主の血肉を食し御身に近付かんとす。主よ、我ら憐憫たる子羊を御導き下さい」


 序列的に端っこに座る俺は、同じく隣に座りながら神に祈るフィーを眺めながら食事に取りかかる。


 フィーは…………というかこの国は宗教国家である。それ故礼拝などの行事もあるし、このように食事の前に神に祈りを捧げたりする。この国の神は名前も姿形も無く、ただ唯一の絶対神として崇められている。


 フォークを持ち、いざ子牛のステーキに突き刺そうとしたところでフィーが俺の袖を軽く引っ張った。見やるとジト目で見られ、嘆息しつつも仕方がないので祈りを捧げる。


「えーと、…………主の血肉を貪り喰って……えー、我こそが神になる? そんで、迷える子羊に魂の救済を――――アーメン」


 前世の俺は日本人だったため、例に漏れる事なく無宗教だった。しかも過去の俺自体、神を特に信じているわけでも無かったため、はっきり言って祈りの言葉を覚えていなかった。


 それ故にいろいろとテキトーに並べたが、予想よりかは遥かに上手く言えた。最後のアーメンとか、別に言った意味は無いけどかなり格好良く聞こえたし。


 フィーも格好良いと思っただろ? という意味で、得意気な表情を浮かべつつフィーを見ると、既にサラダにフォークを走らせていた。我関せずといった態度はフィーらしからぬもので、少し不思議に思ったものの自身がお腹が空いたと急かすため、深く考えない事にして食事を始めた。


「いただきます」


 手を合わせ、頭を下げる。


 先程とは打って変わり、真剣な表情で祈りを捧げる俺を見てフィーが首を傾げる。別に神に祈っているわけではないが、好意的に受け取られているならばわざわざ否定しなくてもいい。


「ルカ君、今の何?」


 お腹が空いていたため答えるより早く口に肉を詰め、スープで押し流しながら飲み込む。口の中の物が無くなった事を確認すると、そこでようやく先程の質問に答えるために口を開く。


「何って…………あれだよあれ。神に祈る行為を俺的に解釈し、簡略化してみた」


 実際はそんな厳かなものでは無い。さっきだって心の中では、「おっしゃぁ! 貪り喰ってやるぜえええッ! ふぅぅぅッ!!」みたいなテンションだったし。まぁ、物は言いようってやつだな。テキトーに言ったのにも関わらず、何故かフィーは「なるほど…………」って神妙な顔で頷いたりしているし。


 そんな感じで正餐を平らげていると、数少ない友人の一人が話しかけてきた。


「ルカ、魔法論理の先生が呼んでるぜ」


「ん、マジか。…………テストの事じゃないと良いんだが」


 俺の言葉に友人は軽く笑い、無事を祈るとだけ告げて自分の席に戻った。その席は俺とは反対側で…………それは向かい側という意味では無く、上座という意味だった。


 友人の名前はアッシュ=ラ=ブリジット。国境に住み、国外の脅威から国を守る辺境伯の一つである、ブリジット家の長男だ。辺境伯は地域の繋がりが他の貴族とは段違いに強く、農民だからとこちらを馬鹿にしたりはしない。むしろ、騎士は数が少なく実際に戦争を行う人間の大半は農民であるため、アッシュ――俺は鬼神の如き強さからアシュラと呼んでいる――はこちらに敬意を表する事さえある。


 余談だが、名前と家名の間にある『ラ』は定冠詞で『たった一つの』を意味し、王家と公爵と辺境伯しか名乗る事は許されていない。貴族を表すのは『ラ』では無く『ル』で、フィーには名前と家名の間に『ル』が入る。平民にはそんなものは無く、名前の後はそのまま家名が来る。無論、俺は平民(農民)であるため名前と家名しか無い。


 嫌な予感しかしないが先生に呼ばれて行かないわけにもいかず、高速で食事を終えるとフィーに別れを告げて指定された場所に赴く。


「センセー、呼ばれたんで来ました」


 素早く二度ノックし、学園側から支給される先生の部屋に足を踏み入れる。ノック二回はトイレだったか? と思うも、別に気にするような事は無いなと考え直し、そのまま部屋に目を向ける。ピンクだった。


 現状を理解するために簡単な説明をしよう。普段はお堅い魔法論理の先生の部屋に入ったら、一面ピンクと白でコーディングされたロリータ風な部屋が視界に入って来た。先生の容姿的に似合わなくも無いが、しかし性格的には全く似合わない。ギャップ萌えを狙っているとすると、わざとらしすぎて逆効果だ。


「――――ルーズベルト君」


 ピンク色でクッションが大量に置いてある、キングサイズのベッド上に居た先生が俺の名前を呼ぶ。静かな怒りを秘めた声だ。しかし、クッションに顔を埋めているためその声は非常に聞き取りにくかったし、何よりその見た目から先生に対する恐怖は半減した。


 だから俺はこの現状に混乱はしたものの、致命的な間違いを起こす事は無かった。…………いや、この状況に出くわした時点で既に致命的だが。知らぬは仏ってやつだ。


「…………うん、呼んでおいて対策しなかった私も悪いわ。だからルーズベルト君、今の事は早々に忘れて頂戴。記憶に欠片一つ残す事なく完璧に、完膚なきまで完全に」


 …………意外にも許してくれるらしい。まぁ、確かに相手の返事を待たずに入った俺も悪いが、呼んでおいて何の準備の無かった先生も悪い。ってか、見られたくないならもっと全力で隠し通せと言いたい。


「取り敢えず十秒で良いわ。十秒だけ部屋から出て行って頂戴」


 十秒。たった十秒で先生はこの部屋を無かった事にするらしい。…………いや、それ以前に、先生の言葉は『十秒経てばまたこの部屋に入って良い』と言っているように聞こえる。どういう事だ? まぁ確かに、今抱き締めているクッションを彼方に投げ捨てるのには十秒も要らないだろうが。


 俺は失礼しました、と出来る限り礼儀よく頭を下げ部屋から出る。そしてきっかり十秒経った後、仕切り直しとばかりに二度ノックする。中から「どうぞ」と聞こえたのを確認し再度部屋に入る。今回俺に責は無いため、先生も文句は無いだろう。気になるのは、先生がどういった対応をして来るかだ。無かった事にするのなら、俺も空気を呼んで触れない事にしよう。




――――だが、俺のそんな決意は無意味なものであった。




「――――マジ、かよ」


 部屋の広さは変わらない。だが、圧倒的までに違う。キングサイズのベッドはシンプルなシングルベッドに変わり、一面ピンクと白で塗られていた壁は大理石が打ちっぱなしになっている。


 壁を隠すように二メートルは優にある本棚が並び、難解な専門書が数センチの隙間無く敷き詰められている。


 先生が立っている横、つまり部屋の中心には飾り気の無い木製のテーブルが置いてあり、書類やら試験管らしき物が散乱している。


「あら、ルーズベルト君。貴方が『時間通り』に来るなんて珍しいわね」


 年季の入った紅い魔女の帽子に、燃えるような赤色のローブを纏う我らが魔法論理の先生は、先程の出来事は無かったかのように堂々と振る舞う。わざわざ時間通りの件を強調して言うのは、俺への嫌味のつもりだろうか。


「俺だっていつもテキトーなわけじゃないですよ、先生。誰にだって『二面性』はありますから」


 それ故に俺も細やかな反撃を試みる。


 やはり先程の事は先生にとっても失態だったのか、小さく呻いてこちらを睨めつける。良い気分だ。前世の記憶のお陰か頭が良く回る。やはり根本的な知識量は、小さい頃から学校に通っていた前世の方が圧倒的に多い。前世の科学の知識と今世の魔法知識、その二つがあれば出来る事は少なく無い。幸いにして魔力は少ないがそれなりに体力はある。


 この学校を卒業して騎士になってみるのも良いし、家を継いで農業をするのもまた一興。知識を活用して料理人や商人なんて手もある。この世界で高みを望まなければ大抵の地位は金で買えるため、豪遊するのも楽しいだろう。


 夢は膨らむ。――――だが、まずは眼前の厄介事からだ。


「…………それで、先生。俺は何故ここに?」


 考えられるのは授業中の態度かテストの点数についてだ。授業中の態度はまぁ、多少お叱りを受けるだけで良い。しかし、テストの点数が派手に悪く、再テストや留年となったら笑えない。


「――――心当たり、あるでしょ?」


 そんなのは当たり前だ。呼び出される前から…………いや、テストがあると知った時から覚悟していた。


 俺としては怒られるなら前者が良い。これからは比較的真面目に授業を受けるつもりだし、自分に責があるのは分かっているから反省出来る。しかしテストは駄目だ。分からないものは仕方がない。授業を真面目に受けなかった俺も悪いが、その分昨日の夜から頑張ったわけだし許して欲しい。


 それでも一応、選択肢の中でも罪悪な方を聞いてみる。全てに於いて最も悪い考えを抱いていたら、少なくとも心が折れる事は無い。大抵、どんな結果があろうとも最悪の選択肢よりいくらかマシだからだ。


「…………テスト、ですか?」


「ご名答よ。分かってるじゃない」


 …………しかし、実際に最悪な結果だった場合の精神的ダメージは計り知れない。


「やっぱり、点数ですか」


 だけど、最悪の結果だとしてもそれ以下は無いために俺は安心していた。現実は小説より奇なり、なんてのはよく聞く陳腐な言葉だけど、実際そうとしか表せなかった。――――だって、誰が想像するだろうか。想像していた最悪な結果より、数倍も最悪な現実があったなんて。




「しらばっくれる気なのね。――――単刀直入に言うけど……ルーズベルト君。貴方、不正行為をしたでしょう?」




「…………え?」


 俺は、この瞬間の感情を表す言葉を知らなかった。


 不正行為…………分かりやすく言い換えるとカンニング。先生は俺がカンニングをしたと? 何故そのような結論に至ったのか不明――――いや、考えてみればその結論に至るのは至極当然の事だ。フィーでさえ勉強をしていた俺に驚いていたんだ。先生にその選択肢があるとは思えない。


 つまり、今の俺は不自然なんだ。いくらテストの点数が平均より低くても、それなりに点数が取れる時点でおかしい。何故なら俺は、普段の授業を全く受けていないから。


「――――先生は、俺が不正行為をしたと?」


「ええ。点数は言えないけど、平均は取れてるからね」


 …………嗚呼、終わった。考えられる中で最悪じゃないか。なまじ、中途半端に点数を取った所為で調子が良かったなんて言い訳が出来ない。やっぱり、俺が第一にやるべきなのは信頼の回復か…………いや、そもそも信頼なんて無かったが。


「……そう、ですか。…………だったら、俺に与えられる罰は?」


「あら、否定しないのね」


 正しくは否定出来ない、だ。


 何を言っても信じて貰えそうに無い。先生の口調や表情から察するにこれは既に確定された物だろう。故に何と言おうと覆される事は無い。それならばここは素直に罰を受け、信頼の回復に努めた方が賢明だ。


「現状では、俺に出来る事はありません」


「――――ふぅん。現状では、ね」


 先生の視線が鋭くなる。俺の真意を探っているのだろうが、それ以外に言える事は無い。下手に反論して深みに嵌まっても困るし、そもそもこれは将棋でいう詰みだ。何か言い返す気力すら湧かない。


 それに、さほど罰則は怖くなかったりする。前世みたいに内心点を気にする必要は無いし、強制的に入学させられたのだから退学する事も無い。清掃や慈善活動なんて言われたら少し困るかも知れないが…………所詮罰則なんてその程度のものだろう。先程痛い目にあったばかりであるため、可能な限り最悪な結果を想像してみるが何も問題は無い。もちろん、あまりに罰が面倒な場合はこの場で問題を解いてみたり、優等生なフィーを呼んで身の潔白を証明する算段ではあるが。


「ルーズベルト君。今回学園側が君に出す処罰は――――一週間の停学よ。一週間、学園の敷地に入る事は許されないわ」


「…………は?」


 一週間、停学。


 それは完全に俺の予想していなかった答えだった。清掃等の慈善活動を強制的にさせられると思っていたため、先生の言葉は俺の意識の隙を突いて身体の奥底まで侵入して来る。


「まぁ、精々反省する事ね」


 何かしらの反応を返す前に背中を押され、俺は先生の部屋から出る。その背後で、バタンと扉が閉まる音がする。




「一週間の停学――――それって、ご褒美じゃないか」




 幸いにして、俺の呟きが誰かに拾われる事は無かった。












「すみません。等級五の討伐依頼、何か入って来てますか?」


 一週間の停学という今年最高の幸福に見舞われた俺は、すぐさまギルドに足を運んだ。時間がある今は絶好の稼ぎ時であり、俺がそんなチャンスをみすみす逃す筈も無い。


 しかも銃という遠距離から攻撃出来る手段を入手した俺にとって、等級五程度の敵はただの雑魚だ。味方は居ないがその分配分は全て自分の物となる。


「等級五、ですか…………」


 受付嬢は俺の情報が記載されているであろう羊皮紙を一瞥し、困惑した表情を向ける。


 過去俺が達成した依頼の中で最も高い等級は九であるため、受付嬢には自殺をしに行く寸前の少年と思われている可能性が高い。事実、自分の実力に合わない等級の依頼を受けて自殺しに行く人間は居る。しかしその場合、等級二や一である事が多いためより一層困惑しているのだろう。


 傭兵ギルドには自分の腕に見合わない依頼を受けてはいけないなんてルールは無いため、俺を止める人間は居ない。それは目の前の受付嬢も同じで、困惑しつつも依頼の一覧表を見せてくれる。


「現在、優先度の高い依頼はこちらとなっています」


 示されて見たその依頼は『平原にて跋扈するケンタウロス十頭の討伐』だった。一応等級五となっているが、このままでは被害が増えていずれは等級三か四相当にはなるだろう。特にモンスター系の繁殖力は異常に高いため、数が増えれば勢いで等級二になるかも知れない。それだけの強敵であるケンタウロスを勧めるとは…………この受付嬢、確実に俺を殺す気だな。まぁ、別に良いけど。


 ケンタウロスの討伐報酬に依頼達成報酬を足すと、田舎だと家が建つ。俺なら尋常じゃない速度で距離を詰められ、大抵のケンタウロスが装備している両手斧で文字通り真っ二つにされるだろうから、命の料金と考えると安いかも知れない。…………それは日本での話で、この世界の命の値段は非常に安いため万が一命と引き換えに依頼を達成出来れば御の字だろう。


 だが、それは同じ壇上で戦った時の話だ。…………俺は違う。遥か高みから、こちらの存在に気が付く事も出来ないような遠距離から、確実に一撃を入れる。そこに戦闘という己の命を賭けたギャンブルは無い。ただ無慈悲に、無作為に屠り続けるだけだ。


「じゃあ、それでお願いします」


 分かりましたと受付嬢は答え、依頼書にギルド仲介のサインと俺の名前を書いて渡してくれる。


 今回の依頼は都市外に出るため、この依頼書が必要不可欠となる。別に無くても構わないが、その場合入場料を取られてしまう。出る時にこの依頼書を見せて名簿に記名し、戻る時にこの依頼書を渡せば入場料を払う必要は無くなる。入場料は平民一ヶ月分の賃金程であるため、馬鹿には出来ない。


 俺は渡された依頼書を丁寧に畳んでポーチに入れると、微妙な表情を浮かべる受付嬢に見送られながらギルドを後にする。


 今回の依頼はここより北に約五、六十キロメートル離れた地点に広がる、平原が主な舞台となる。徒歩だと二日近くかかるが、騎馬で行けば一日で着く距離だ。そのため俺は、生まれて初めて騎馬を借りる事を決めた。無論家では馬を扱っており、乗馬は体験済みだ。


 馬は百七十キロ程の荷物を載せて進む事が出来、潰れないように常歩で走らせても時速七キロは出る。 長距離の移動には必須な旅のお供だろう。門の前にある広場で比較的安く貸して貰えるため、懐的にも結構優しい。


 しかし、長距離の移動には馬だけを用意すれば良いわけでは無い。必ず食料や、医療品等の各種アイテムが必須となる。それ故に俺は、この世界の何でも屋である居酒屋に足を運んだ。


「いらっしゃい!」


 居酒屋に入ると、気合の入った中年のおばちゃんが出迎えてくれる。両手にはかなりの量の料理を持っており、馴れた調子で酔っ払い共のテーブルに運んでいた。


 俺はそのおばちゃんに火打石や水袋を始めとする、旅に必須なアイテムを数点と、ついでに売上に貢献するために麦酒とオススメの料理を頼む。


「依頼で遠出かい?」


 そう言われて差し出された料理は野菜炒めだった。本音を言えばガッツリと肉料理を食べて行きたかったのだが、これがオススメなのだから仕方が無い。オススメなのは量と味と、何より値段が安い事を意味する。依頼料を貰った後に、学校では出ない雑多な味の料理でもたらふく喰ってやる算段ではあるものの、今はただの苦学生でしかないため辛抱するしかない。


 俺は生温い麦酒を咽に流し込んで渇きを潤すと、今回の依頼内容を簡単におばちゃんに告げた。


「ちょいと、北の平原でケンタウロスを討伐に」


 麦酒は差し出されたが、おばちゃんが持って来た野菜炒めはまだ出されていない。餌を待つ犬の気持ちを味わいながら、視線で野菜炒めを要求する。


 貴族が集まる学園の料理は俺のような人間でもはっきりと美味しい物だと理解出来る。しかし、たまにはファーストフードが食べたくなるように、俺は雑多な味の野菜炒めが食べたくて仕方が無かった。


「…………少しお待ち」


 だがしかし、鉄板の上で旨そうに音を立てていたそれは、俺の胃袋に収まる事無く彼方へと消えた。


 思わず消える野菜炒めを視線で追い、そこまで腹が減っていたのだと自分の状態を把握する。俺の記憶が正しければ数時間前に食事を取ったのだが…………いや、今思えば途中だったか。確かに、先生に呼び出された所為で平らげる事が出来なかった。


 心中毒づきながらもおばちゃんに言われた通り素直に待つ。傭兵の中でも短気な野郎はこの時点で暴れだすため、前世とは違いこの世界は摂取出来るカルシウムの量が圧倒的に少ないのだろう。いや、実状は知らんが。


 そんな馬鹿な事を考えていると、おばちゃんは野菜炒めとは別の料理を持って来た。俺は野菜炒めが食いたいんだッ! と傭兵の中でも短気な野郎は…………以下略。


「はいよ、お待たせ」


 ドンッ、と叩き付けるように置かれたそれは肉。ステーキともいう。


 味付けは岩塩を振りかけただけの簡素な物だが…………肉である。正真正銘、出来立ての肉料理。しかも、部位的に良い所のようだ。逆に塩だけの方が素材の味が引き立てられて美味しいだろう。


「こ、これは――――」


「人生、辛い事ばかりじゃないんだよ。あんたは若いんだから、早まっちゃいけないよ」


 全米ならぬ全俺が泣いた。おばちゃん、なんて良い人なんだ…………ッ!! いや、別に自殺するわけじゃないんだけどね。確かにケンタウロスはただの人間にとっては脅威だけどさ。俺には一応魔力があるし。しかも遠距離から狙撃するだけだし。


 だが、そんな事をおばちゃんに言うわけにもいかず、素直に礼を言う。そして笑顔で厨房に消えるおばちゃんに尊敬の眼差しを送りつつも、頂いたステーキにナイフを滑らせる。切れ目からにじみ出る肉汁に反応し、唾液腺から唾液が止めどなく溢れて来る。


 俺は一口にしては少々大きめに切ったその肉を豪快に口へと運び、咀嚼する。塩と肉本来の味が味蕾を刺激し、口の中で完成された楽園を創造する。


 これだ、と思った。


 確かに貴族様方が食すだけあって学園の料理は美味い。だが、逆に言えば美味いだけだ。それだけしか俺には理解出来ない。例えるなら、有名な画家の作品を見てぼんやりと「上手いなー」とか思うのと同じ。


 前世でもファーストフードは大好物であったため、元より俺の魂にはこういった物が美味しく感じるように何かが刻まれているのだろう。


「ごちそうさまでした」


 神仏に…………では無くおばちゃんに感謝の念を惜しみなく送り、俺はおばちゃんに昼食代と各種アイテム代を渡した。普通こういった料金は先払いが当たり前なのだが…………ただ単に忘れていたのだろうか?


「いいよいいよ、昼食代は私の奢りさ」


 そう言って、おばちゃんは俺に数枚の貨幣を返す。


 流石に申し訳無く思うが、依頼を終えて帰って来たらこの店で消耗品や食事を取る事を約束し、最後に水袋にたっぷりと水を入れて貰ってから居酒屋を後にした。今度からこの店は贔屓にしようと堅く心に決める。


 満ち足りていたはずの前世より、何事も不便なこの世界の方が心に余裕があるのは何故だろうか。


 この世界に警察なんて優秀な存在は居ない。騎士は絶対数が少ないし、そもそも科学が無いために完全犯罪なんていくらでも起こせる。都市を出れば誰にも気付かれる事なく、しかも容易く人を殺せるだろう。


 しかし、全体的に見ると犯罪率はこの世界の方が少ない。犯罪数、ではなく犯罪率であるからびっくりだ。無論人目に付かなかった犯罪なんて五万と存在するし、飢えや魔物等の被害で死者は多い。…………それでも、前世の方が年間の死者が多いだろう。


 戦争をするには多額の金がかかるという政治的判断もあるだろうが、みんなそれぞれ生きて行くのに精一杯なんだ。生きる苦しみを知っているからこそ、隣人を助ける事が出来る。生きる楽しみを知っているからこそ、不便な世の中を楽しく生きられる。


「…………本当、世界って不思議だよな」


 悩める少年の如く呟いてみる。哲学的に物事を考えているようで、結局答えは出ていない。そもそも答えを出す気も無いし、出す必要も無いため自身の中でその議題というか話題を完結させる。


「傭兵ギルドの者だが、二日間馬を借りたい」


 面倒臭そうにこちらを見る門番に軽くチップを握らせ、貸出し中の馬の中でも上等な馬を連れて来て貰う。


 チップと言えば聞こえは良いが、悪く言えば賄賂のようなものだ。無論それで不幸になる人間が居るわけでも無いし、こういった付き合いは非常に大事だ。羽振りが良い人間だと認識されれば、次からもこういった事がスムーズに行える。


「ありがとう。次からも頼むよ」


 そう告げると門番はにやりと笑い、願っても無いよと言葉を発する。少なくともこの都市で、守衛は兵士の中でも比較的立場が上であるためそう簡単に部署替えは起こらない。つまり、次からも優遇して貰える。


 インターネットが存在しないこの世界、情報の価値は非常に高い。前世では検索ボタンをクリックすれば出て来る無数の情報も、こちらの世界ではあちこち飛び回らないと入手出来ない。


 俺にとって、情報の入手元はフィーとアシュラとスパーダくらいだ。フィーは現在ただの学生でしかないため情報に乏しく、アシュラは立場が上過ぎて曖昧で綺麗な情報しか入って来ない。スパーダは俺が求める、取り繕われていない汚い情報を入手出来る人間だが、残念な事に情報の有用性を理解していなかったり風俗関係に偏っていたりと、大して役に立たない。


 しかし兵士で、しかも中間よりやや下の立場である門番ならば下からの情報も上からの情報も入って来るだろう。


 無論、いきなり聞いたところで何も答えてくれないだろうが、この関係を継続する事が出来れば事情も変わって来るはず。


 そんな黒い事を考えつつ馬を常足で走らせ、のんびりと目的地を目指す。この速度ならば約九時間で到着するだろう。襲歩であれば二時間もかからないだろうが、それだと馬が持たない。


 この世界には都市と都市を繋ぐようにして一本の道――街道――があり、その街道沿いに点々と宿駅と呼ばれる物が建てられている。


 宿駅はその名の通り宿と駅の役割を持つ。旅人はそこで寝泊まりし、次の宿駅まで限定ではあるが馬を借りる事が出来る。


 宿駅は近隣の村がそれの維持を義務付けられているため、いざ行ってみたらもぬけの殻でしたなんて事にはならない。


 だが――――今回の目的地である北の平原の先に都市は無い。そのため街道なんて便利な物は無く、宿駅ももちろん存在しない。


 つまり、夜は魔物が蔓延る森の中で野宿が決定しており――――あれ、ケンタウロスは何の問題も無いとして、そっちの方が断然危なくないか? 遠距離からの狙撃だと敵にこちらの位置はバレないし、仮にバレてもこちらはトリガーを引くだけで良い。しかし近距離だと俺には何も出来ない。


「――――無かった事にしよう」


 ぱからぱからと馬を歩かせながら、先程の恐ろしい考えを頭の中から追い出す。危険に備えて思案するのは構わないが、自分の首を絞めるだけの思考は不要だ。


 俺は脳と言う名のデータベースを掃除しながら、暗くなり始めた空を見る。


 前世の知識がある俺も、何故夕焼けが赤くなるのかは分からない。今の俺が分かるのは、夕焼けはとても綺麗で…………とても危ういという事だ。


 この世界に電球は無く、魔法も一部の人間にしか使えない。だから人々の行動時間は一日を分割して出来た確かな数字ではなく、太陽という人智の及ばない絶対で不確かな存在に頼ったものになる。具体的に挙げるならば、人々は朝日と共に動き出し、それが沈むのと同時に就寝する。


 それ故に夏の活動は長くなり、必然的に冬の活動は短くなる。


 そこには完成されたサイクルがあり、誰も夜の不便さを訴えたりはしない。…………今思うと夜に出歩く概念が無いのも、犯罪率を下げる要因の一つなのかも知れない。


「――――ん?」


 どこからか水のせせらぎが聞こえて来る。


 今回、水袋は一リットルの水が入る物を五つ持って来ているため水の補給は必要無いが、万が一の事を考えると足が止まる。…………正確に言えば止まったのは馬の足で、止めたのは俺の意思だ。


 話を戻すが、万が一という事もある。絶好の狙撃ポイントを見付けたとして、一度狙撃体勢に入ったらなかなか動く事は出来なくなるだろう。その時に水が切れると、わざわざ湧き水などを探さなくてはいけなくなる。


 しかし、魔物は今の時間帯から活性化する。そのため水がある場所にはあまり近付くべきでは無い。


「…………むぅ」


 結局俺は水の補給を諦めた。流れる水が湧き水程度なら汲みに行ったかも知れないが、遠くまで水のせせらぐ音が聞こえるという事は、少なくともある程度の大きさと深さの川があるのだろう。水中には地上とは別の進化を遂げた厄介な魔物が多いため、今回は見送る。


 川の付近で野宿をするのは危険なため、それより数キロ離れた場所で馬を止める。既に空は暗い。


 馬に載せていた荷物からアルコール度数の高い酒と干し肉を取り出す。アルコール度数が高い酒を持って来た理由は、医療用として使えるからなのだが…………今回使う事は無さそうだ。


「…………堅っ」


 ぱさぱさして美味しさの欠片も無い干し肉を噛み千切り、酒で胃に流し込む。デザートとして持って来たクッキーを取り出して食べてみるが、この世界でのクッキーは甘味では無くただの保存食だ。テキトーに小麦粉その他を混ぜて焼いただけのぱさつく何かに過ぎない。


 美味しい物を食べたければこの場で獲物を狩るなり材料を持って来て調理すれば良いのだが、街道から大きく外れた場所で火を焚くのは不味い。小さな生物や狼程度の獣ならば火に近付いて来ないが、火はある程度知能のある魔物ならば逆に襲いかかって来る。


 暗闇で魔物に襲われたら死は確実だろう。マシンガンのように連射出来る武器を創造すれば話は変わるだろうが、残念ながら俺には創造出来ても扱う事が出来ない。技術的な問題では無く、魔力的な問題。


「おやすみ」


 隣で嘶く馬に悲しく告げ、マントにくるまって横になる。


 米とか醤油よりまともな寝具が欲しい。そう思うも、結局訪れた睡魔に抗えるような悩みでは無かったらしく、俺はあっさりと眠りに落ちた。








「雲無し、風無し、やる気なーし」


 記憶にあったスナイパーライフルを創造し、それに付属しているスコープを右目で覗く。最初は左目を堅く閉じていたが、両目を開けた方が楽だと気付いた今ではそのようにしている。


 スコープから覗く世界は、文字通り何もかもが別物だ。左で見ればただの点だが、右で見たそれは生物だ。左で見た木は不動の存在だが、右で見ると風の所為か左右に揺らいでいる。


「敵さん発見」


 視界に収められたケンタウロスの数は…………十四。若干増えているような気がするが気にしないでおく。


 距離は大体一キロくらいか。実は初狙撃である俺にはそれが近いのか遠いのかは分からない。ただ風は殆ど無いし、弾やそれを発射する銃本体は魔力で造られているため本物より命中率その他は良いだろう。


 俺は手始めに一番手前のケンタウロスに狙いを付け、トリガーを引いた。


――――着弾。敵の下半身と上半身が分離する。近くの仲間が襲撃に備えて斧を構えるがそれは無意味な行動。俺は即座に次の標的に照準を合わせると、スコープ越しに喚く敵目掛けて引き金を引いた。


 敵は必死に襲撃者を捜すが、しかし一キロ先に居るとは思っていないらしい。検討違いの方向に視線を向ける敵――――否、的に向けて二度三度と引き金を引く。


 こんなに連続で生物を殺したのは初めてだ。だけど不思議な事に罪悪感なんて欠片も無い。何かを殺したというよりも、ゲームで高得点を取るあの高揚感に近い。


 俺の耳には断末魔が聞こえないからか、普段より圧倒的に抵抗感が少ない。


 ケンタウロスの親子が居る。見逃す事なくトリガーを引く。貫通した弾が、奥に居た別のケンタウロスの息の根を止める。軽くガッツポーズ。


 自分でも少し異常だと思っている。人間はここまで間接的な死に無関心なのか。俺が特別? そんな事は無い。分かっている。だからまたトリガーを引く。


「ラスト」


 的はあと一つ。ようやく逃走するという選択肢が生まれたのか、明後日の方向に走って行く。下半身が馬なだけあって速いが――――所詮はその程度だ。ただ機械的にトリガーを引く。


 風や目標に到達する速度、目標の逃走速度。そのどれも頭に入れていない弾丸は、寸分の狂いなく的の中心こうとうぶを貫いた。


 頭を貫かれた…………否、頭部を吹き飛ばされたケンタウロスは頭を失ったまま数メートルの距離を走り、やがて自慢の足をもつらせて地に伏す。俺はその一つの命が失われる過程を見て愕然とした。――――何故、当たった?


 俺は今日初めてスナイパーライフルという物を手にし、敵を撃った。だというのにも関わらず命中率は百パーセント。特に敵を狙って撃ったわけでは無い。ただ何となくここだという所でトリガーを引いただけなのに…………。


「才能、ってやつか?」


 近接はゴブリン二体に苦戦する俺。しかし遠距離だとこうも変わる。しかも長年の経験に裏打ちされた――――とかそんなものでは無く、完全に感覚。


 俺は試しにその場にマジックポーションの空瓶を置き、馬に乗った。


 討伐系の依頼はそれを討伐したという証である魔石を持ち帰る必要があり、それを取りに行くために馬を走らせる。魔石はそのモンスターにより色が変わり、個体の強さにて大きさが変化する。魔石は使用用途が全く無く、売られていてもごく僅か――しかも買うと依頼料の数十倍高い――ため現在で唯一の討伐証となっている。


「これがケンタウロスの魔石か…………デカイな」


 デカイと言っても、一番大きいやつで握り拳程度の大きさだ。…………まぁ、それでも通常のゴブリンの十数倍はあるが。


 俺は全ての魔石を革袋に入れ、数に違いが無い事を確かめると再度銃を創造し、先程まで俺が狙撃していた地点をそれのスコープで見た。もちろんそこにあるはずの空瓶は点にも見えない。


 見えないのだから狙い用がないのだが――――不思議と、外れる気はしなかった。


 俺が居た場所はここより少しだけ高い場所であったため、空瓶は物理的に見えない。弾という物は真っ直ぐに飛んで行く物体であるため、物理的にも狙撃は不可能に思える。


 しかし方法はある。弾の火薬を減らすか初速を遅くしてやれば弾の勢いは無くなり、真っ直ぐでは無く軽く弧を描くように飛ぶ。そうすると今この場所から見えない位置にも着弾させる事が出来るはずだ。


 弾は火薬の量なんて意識をした事が無いから、必然的に魔法で初速を落とす事になるが…………まぁ、初歩の防護系の魔法で何とかなるだろう。


「εκκίνηση,《起動》δημιουργία《指定》…………」


 魔法を使う上での『お約束』を呟く。ある程度魔法に精通した者ならば省略出来るそれも、俺はご丁寧にも一字一句違える事なく唱えなければならない。非常に面倒だがそれは『お約束』だから仕方が無い。


「άνεμος《構築》」


 使用するのは風の防護魔法。本来矢避けの魔法だが、俺が使うと小石を弾く程度に留まる。それでも無いよりはマシだったのか、発射された弾丸は弧を描いて目標に迫る。そして着弾。


 立ち上がる砂煙から弾が目標付近に到達したのは間違い無い。しかし実際に当たったかどうかはここからでは判断が出来ないため、再度馬を走らせる。内心『ふざけんなよこのクソ野郎』とか思っているかも知れないが、文句も言わずに従ってくれる。


 流石に軍馬だけあって従順だし馬力がそこらの馬とは違う。賄賂を含めた金の分はしっかりと働いてくれている。


 金と言えば、今回の依頼の報酬は何に使おうか。仕送りとフィーに土産でも買うのと…………後は、買うとしたら奴隷かな。性欲処理のためでは無く、前衛として戦える戦奴隷。


 問題は強いだけのオッサンなら安いけど、視界に入れても不快じゃない美人または美少女は尋常じゃない程高いという点だな。まぁ、そこはのんびり金を貯めてから考えるか。


 都市の市民権を家族分買って商人とかやるのも一興だと思う。


 のんびりとそんな事を考えながら目的地に向かうが、俺がいくらのんびりしていても馬がきちんと働けば一キロという距離はすぐに零となる。――――瓶は、跡形も無く消え去っていた。








「はいこれ、依頼書と討伐証の魔石」


 魔石を文鎮代わりに依頼書の上に乗せ、暇そうにこちらを見ている受付嬢に提出する。確かこの女性、俺にケンタウロスの依頼を勧めて来た人だと思う。


 まさか自殺希望者だと思っていた人間が、ケンタウロスを無事討伐して帰って来るなんて思わなかっただろう。しかも報告以上の数と質の魔石。…………さらに依頼を受理されてから達成までかかった時間はたったの二日。これはもう、アレだな。俺が受付嬢なら確実に惚れるな。


――――何て思ったが現実は甘く無く、受付嬢は僅かに目を見開いて硬直したが直ぐに己の仕事に取りかかった。


 提出された依頼書を確認し、魔石を鑑定する。種族によって色や形が変わる魔石だが、実際にそれを判別する事が出来るのはごく僅かな人間だ。受付嬢になるためにはまず魔石の鑑定が出来なければならない。


「…………確かに、ケンタウロスの魔石です」


 受付嬢は静かにそう告げると、依頼の固定報酬(元々の依頼料)と個別報酬(魔石の余剰分)を渡してくれる。


 ズッシリと感じる重みは、今まで持った事が無いような大金である事を示唆している。あまりに大金である所為か、嬉しい以上に恐怖が先立つ。これを直ぐに出せるギルドに戦々恐々としつつ、急いでこの場から離れる。


 さっさと家に金を送り、残った金で何か美味い物を食べたい。無論食べるのはおばちゃんの所でだ。


「すみません、ついでに送金の手続きをして貰っても良いですか?」


 都市と都市や、その途中にある村を渡り歩く商人に頼めば送料はかなり安いが、その代わりに保証が効かない。道中には様々な魔物や盗賊等が居るため、必ず荷物が届くとは限らない。それに今回のような大金の場合、盗賊に襲われたフリをして金を奪われる可能性もある。


 その点ギルドは非常に信頼出来る。何をどうやって運んでいるかは知らないが、渡した荷物は数日中にほぼ必ず届けられる。万が一紛失した場合等はギルドから金が支払われるため、商人に頼んだ時のように泣き寝入りする必要は無い。


「宛先はルーズベルト家で間違い無いでしょうか?」


「はい」


 頷き、書類に署名する。


 今回送る金額は依頼料の半分だが、それでも十分高額だ。家族の驚く顔を想像しながら、送る分と送料を革袋から取り出し受付嬢に差し出す。


 料金や書類に不備が無い事を確認すると、大金を懐に入れたまま外に出る。向かう先は居酒屋だが、おばちゃんとの約束を果たすより、早くこの大金をどうにかしたいという気持ちの方が強かったりする。


 …………しかし、これから先大金を持つのは珍しく無くなる。だから早く慣れなければならないのだが……当分は無理そうだ。


 確か商人ギルドには、銀行みたいにお金を預かってくれるサービスがある。もちろん有料で商人ギルドに属す必要があるが、将来のために入っておきたい。


「おっ、ルカじゃねえか。この時間に会うのは珍しいな」


 声がした方を見ると、スパーダが居た。相変わらずのひげ面だ。


「まぁ、色々あってな。――――ところで、何か変わった事は無いか?」


 どうせ風俗の話だろうが、ごく稀にまともな情報を提供してくれるために一応聞いてみる。こんななりをした男だが、傭兵ギルドではそれなりに古参であるため俺よりかは有益な情報が入って来るはずだ。


 無論、スパーダはその有益な情報の価値を理解していないため、それを覚えているのは稀だ。


 昔スパーダに、何故傭兵をやっているのかと聞いた事があったが、「風俗は金がかかるんだよ」と言われた時は軽く殺意を覚えた。いや、男として決して間違えた答えでは無いのだが。


「そうだな……最近、『籠』に亜人の娘と極東の娘が入ったな。まだ客は取ってないらしいが、かなりの上玉って噂だ」


 やはり風俗の話か。因みに『籠』とはここらで最もデカイ風俗店の事だ。


 極東の娘は個人的に興味があるものの、さほど優先度の高いネタでは無いため、適当に話を打ち切る。


「――――そういえば、最果ての地付近で、新たな城郭が見付かったって誰かが言っていたな……。なんでも、最奥に辿り着いた者たちは、一つだけ願い事が叶うとか叶わないとか…………」


 別れ際、スパーダはそんな事を口にして去って行った。


 城郭…………つまり、新しいダンジョンが発見されらしい。最果ての地とは文字通り世界の果てで、それより先は一部の魔物以外数分と生きていられない。


 死んだ土地等と呼ばれるそこは、雑草すら満足に生えない正に現実にある地獄。そんな土地で何故ダンジョンが見付かるのか…………やはり、最果ての地も昔は普通の土地だったのだろうか。


 城があり、都市があり、村があり――――。


 そんな人で溢れる場所が一瞬で地獄になる。


 魔力が暴走し、空気中の魔力濃度が高すぎると生物は生きていけなくなる。昔……今では古代文明と呼ばれる程昔の方が、魔法技術は圧倒的に上だ。となると何か魔法の実験に失敗したのか…………いや、もしかしたら。一つだけ考えられる事があるが――――


「そこの兄ちゃん! ちょっと見て行かないカイ? こっちではまだ普及していない武器があるヨ!」


「――――ん?」


 発音に南の方の訛りがある。流れの商人だろうか。


 北と南は国が違うため、商人といえども簡単には行き来は出来ない。つまり、俗に言う裏ルートを使った商売。キナ臭くはあるが、何か珍しい物があるかも知れない。


 見るのはタダであるため、冷やかし目的で男の元に行く。


「普及して無い武器って何さ」


 達筆過ぎて何が書かれているか分からない御札や、一目見ただけで不純物が混じっていると分かるポーション類の瓶が並んでいる。どれも質の悪い商品だが――――一つだけ、異色な品があった。


「これって――――」


「兄ちゃん見る目あるネ! それは南の方で試験的に使われている武器、『銃』だヨ」


 その異色な品とは『銃』だった。無論近代的な物では無く、日本に渡って来た初期の物とほぼ同じだ。


 火縄銃は小学校に置いてあったため見た事はあるが、もちろん使い方なんて分からない。しかし、使えないなら使えるようにすれば良いのだ。


 これをベースに銃を創造すれば、見た目はこの世界にも実在する物となる。つまり、街中を持ち歩いても珍しくはあるが違和感は無い。…………これは買いだな。


「これ、いくらだ?」


 聞くと待ってましたとばかりにチェック柄の布を広げ、その上でマーカーを動かす。最近はあまり見ないが、この世界での計算機だ。


「これで――――」


「高い」


 一言で斬り捨て、マーカーを動かす。


「に、兄ちゃん、それは流石に――――」


 男も負けじとマーカーを動かす。無論指定された値段は、大金を持っている今の俺でも払えない額であるため、さらにその半分を提示する。


 半分とはいえ、今の俺が辛うじて払える額であるため、十分高額だ。そんな額を支払える人間はそう居ないし、居たとしても銃の価値を理解出来ないだろう。


 あちらさんもそう考えているらしく、布を見つめたまま唸っていたが結局取引は成立した。


「毎度ありー」


 本来男が言うはずの台詞を俺が代わりに言ってやる。


「…………でも兄ちゃん! 弾と火薬は別料金ネ! こちらは銅貨一枚もまけないヨ」


 興奮しているのか、布をばさばさと振り回している。今度こそ身ぐるみを全部剥ぎとってやるぜ! みたいな感じで張り切っている所申し訳無いが、俺には弾も火薬も必要無い。


「悪いな。俺、弾と火薬は自作出来るんだ」


「――――神よッ!」


 本日最も流暢な発音で神に祈る男を置いて、俺はその場を後にした。


 余談だが、俺が今住んでいる場所――学園の寮――は学園の敷地内にある。つまり、学園に入れない俺に帰るべき場所は無いのだが――――それに気が付くのは、もう少し先の話。


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