廻る遍くクライシス

佐々木 篠

chapter 1

1


 1


――――忘れられないその日、俺は少しテンションがおかしかった。誰もが目を逸らすなか、俺だけは走った。金切り声をあげる暇さえなかった。ただがむしゃらに走った。


 映画館からの帰りだったんだ。主人公が颯爽とヒロインを救い、その主人公に自己を投影してカタルシスを感じていた。その帰りに、信号を無視して突っ込んで来るトラックを視界に収めてしまった。そのトラックの先には中学生くらいの女の子。容姿は確認出来なかったが、映画の所為で自分に酔っていた俺は、もちろん反射的に身体を動かした。


 危ないッ! とかちょっと格好つけて女の子を押した。今思えば押した先に危険があったかも知れない。やはり俺は自分に酔っていたらしい。しかも抱き着いて倒れ込めば役得だし、自分も助かったはず。だけど何故か『押して』しまった。少女は危機から逃れ、俺はその場に立ち尽くした。何十メートルか先にはトラックがあった。


 結構スピードが出てはいたが、全力でその場から離れれば助かっただろう。でも、身体は動かなかった。逃げれば助かるのに、「あっ、死んだわこれ」とか思ってぴくりとも動かない。まさに蛇に睨まれた蛙。トラックに睨まれた俺。




 そしてそのまま――――トラックが、横転した。




 運転手も焦ってハンドルを切ったのだろう。でも止まらない。横転したまま滑って突っ込んで来る。


 だが神様は俺を見捨ててはいなかった。トラックは俺の目前で止まり――――とかだったら映画みたいで格好良かった。現実は若干止まり切れなかったトラックに、僅ながら撥ね飛ばされるという微妙なものだった。


 ……でもまぁ、生きてる。女の子を助けてトラックに轢かれる。でも無事とか、格好良すぎだろ。もしかしたらテレビに出るかも知れない。


 そんな馬鹿な事を考え、俺は立ち上がった。一連の流れを見ていた通行人から歓声があがる。


 俺はそれに答えるように手を上げ、背後でトラックが爆発した。








「…………ん?」


 どうやら俺は寝ていたらしい。睡眠後のスッキリ感がないという事は余程酷い悪夢でも見たのか。まぁ、別段どうでもいいが。


 身体が強ばっていたので軽く伸びをすると、カンカンカンと授業終了の鐘が鳴らされた。それを聞いて生徒たちは羽ペンとインクと羊皮紙、分厚い魔法書を片付ける。俺もそれに倣い片付けをすると、今まであっていた授業――魔法論理――の先生が俺を睨んでいた。


 魔法論理の先生は若いし、俺みたいな不良生徒を良く思っていないのだろう。いや、魔法学校の先生になれるという事はかなり優秀な人間であるはずなので、単純に不良生徒の事が理解出来ないんだろう。……大丈夫、俺も先生の授業は理解出来ていないから。


 魔法は魔力が大事ですが、それ以上に想像力が重要です! とか教える割には魔法論理でご託を並べやがる。農民である俺が貴族様のご高説を理解出来るわけがない。


 ってなわけで、こちらを睨め付ける先生にひらひらと軽く手を振り、逆の出口まどから教室を出る。


「る、ルカ君待って…………」


 名前を呼ばれて振り返ると、小さくておどおどしている女みたいなやつが居た。名前はフィン。俺のクラスメイトでありルームメイトでもある。


 真っ青なさらさらで細い髪に、変声期を迎えていないかのような高い声。しかも小さくていつも他人の顔を窺う大人しいやつなので、いじめの対象にされていた。


 過去形なのは俺が助けたからだ。それから妙になつき、四六時中俺に着いて来るようになった。因みにフィンとは偽名で、本名はフィーネ。立派な女の子である。性別を偽って入学するのは別に珍しい事ではない。多分。


「どうかしたか?」


「どうかした? じゃないよっ。ちゃんと授業受けなきゃ」


 …………フィーは貧乏貴族の長女であり、通常は男しか跡取りになれないため性別を偽ってる。だから俺のような教養の無い農民とは違って真面目だ。助けてやってからはズボラな俺の世話をやってくれるため重宝していたが、母親のような小言を言うようになったのは困る。


 だがまぁ、妹がもう一人増えたと思ってこの現状を享受している。因みに俺の家は父さんと母さんと俺と妹の四人家族で、本来なら俺はこんな所で勉強などせずに田畑を耕す青春を謳歌している。


 この魔法学院は魔力を持つ人間が強制的に入学させられるため、仕方なく通っているのだが、本来魔力とは血の濃い貴族や王族にしか宿らないため俺のような農民は殆どこの学院に居ない。一応生徒に身分の差は存在しないが、そんな物は書類上でしかない。


 だからフィーのような存在は俺にとって心のオアシスである。故郷の幼馴染みには少し申し訳ないが。


「うん、まぁアレだよ。頑張ったよ少しは。夢の中で」


 適当に言い訳を羅列しつつその場をあとにする。俺は貴族様方と違って金銭的な余裕はないため、学費は無償であるものの有償である寮のお金を貯めねばならない。しかも、本来なら俺が手伝っているであろう畑仕事は学校の所為で出来ないため、少しでも足しになればと実家に仕送りをしている。


 そんな金欠かつ無能な農民でも出来る仕事が傭兵業である。傭兵と言っても戦争をするだけではなく、近隣のモンスター退治や護衛、その他個人では出来ない雑用を任されたりする。専ら、俺は一人で気楽に出来るモンスター討伐の依頼をメインに受けている。因みに傭兵たちに仕事の案内をしてくれる仲介業として、通称『傭兵ギルド』と呼ばれる存在があったりする。簡単に言えば傭兵の斡旋所みたいな所だ。


「よぅ、ルカ。今日も依頼か?」


 ギルドが見えて来た所で、背後から傭兵ギルドの先輩であるスパーダに声をかけられた。


「まぁな。苦学生はキツイぜ」


 傭兵たちは古参新参関係なくタメ口で話す。それは嘗められないようにとか色々と話を聞くが、結局の所古きからの伝統みたいなやつだ。


「今日くらいは休んで、また女でも漁りに行かないか?」


 スパーダはひげ面を下品に歪ませながら言う。俺としてもその提案は非常にそそるものであったが、生憎そんな余裕は無い。故に後ろ髪を引かれつつも断った。


「悪いな、金銭的余裕が無い」


 そこでスパーダが、「そのくらい奢ってやんよ」とか格好の良い事を言わないかと期待したが、やはりそんな事はなく普通に別れた。


 気をとりなおして俺は、壊れて扉の無い入口からギルド内部へと足を踏み入れた。


 その瞬間漂う酒気。中に入る前から僅かに感じられた酒のにおいは、まるで口に入れてなくとも味がする程濃厚だ。しかも依頼を達成して気分が上がっている傭兵たちが酒を飲んでいるため、中は五月蝿くて仕方がない。


 俺はそんなギルドに辟易としつつも受付に向かう。


 受付はどこも女性で、しかも皆美しく綺麗な女性ばかりだ。過去に傭兵として成功した人間がギルドの受付嬢と恋に落ちたという話もあり、そんな下心満載で依頼をこなしていく人間は少なくない。無理矢理手を出せば周りの連中や、傭兵ギルドと直接契約を結んでいる化物みたいなやつらに殺されるため、荒くれが多い傭兵たちだが受付嬢には紳士的に対応している。基本的に傭兵とは、腕っぷし自慢の馬鹿の集まりだ。


「すみません。等級十の討伐依頼、何かありませんか?」


 ギルドでは難易度の目安として等級制度を取り入れている。等級制度では等級十が最低、等級一が最高となっている。


 俺が受けるのは大抵が等級十の依頼だが、そもそも依頼は余程簡単な物以外数名で集まって受けるのが一般的であるため、難易度的には等級八くらいはある。それでも八なのが俺である。


「現在、等級十で受注可能なのはこちらになっております」


 そう言って受付嬢が提示した依頼は『ゴブリン三頭の討伐』だった。


 どうやらゴブリンが家の庭を荒らすので困っているらしい。森や山での討伐依頼でないという事は、一体一体誘い出して各個撃破するのが難しい事を意味している。


 かなり小規模とはいえ、一応俺も魔法は使える。しかしそれでも三対一は厳しい。だが受ける事の出来る依頼はそれしかない。


「…………じゃあ、それでお願いします」


 果たして俺は、ゴブリン三頭討伐依頼を受けるのだった――――。






「――――――――」


 依頼人は気の良い老夫婦だった。息子は居ないらしく、やって来た傭兵が予想以上に若くてびっくりしたと。色々と可愛がって貰えた。


 夕食をご馳走になり、色々と話をしているうちに夜は更けた。俺は今、月明かりが照らす中で庭の泥を被り気配を消し、深夜から早朝にかけて現れるゴブリンを待っていた。


 老夫婦は恐らく依頼を失敗しても俺を責める事はないだろう。…………だからこそ、この依頼を失敗するわけにはいかなかった。


 身を清めて泥を被っているため、ゴブリンが俺の存在に気付いて警戒する事はないだろう。その隙を突き、先ずは一匹を仕留める。そう念入りに計画を練っていると、こちらに全く気付かず畑の中に入って来るゴブリン三頭を視界に収めた。


「………………っ」


 目の前をゴブリンたちが通って行く。しかし誰も気付かない。先頭の一匹は俺の右手を踏んだというのにも関わらず、柔らかい土でも踏んだと思っているのか地面おれを見る事はない。


 馬鹿なゴブリン三頭は俺に気付く事なく背を見せる。絶好の機会だ。今なら確実にゴブリンを殺す事が出来る。…………しかし、それは一匹だけだ。それでは駄目だ。ゴブリン二頭を相手にして勝てるなんて思ってはいない。


 息を殺す。今ここに俺は居ない。気配は揺らがず、あるのは地面だけ。


 魔法も、武器を扱う器用さも持たない俺がこうして傭兵を続けられているのは、ひとえにこの特技があるおかげだ。野山で獲物を狩る際、気配なんかさせていたら何も捕まえられない。だから自然と気配を殺す術を身に付けた。


「ギ…………ギギ」


 ゴブリンのうちの一匹が何かを呟くと、それに合わせて残りの二匹が散会した。恐らく、手分けして別々の場所から餌を見繕うのだろう。…………俺は三匹がバラバラになり、一匹だけになるこの瞬間を待っていたッ!!


「――――εκκίνηση《起動》」


 起動する。プログラム(科学)に約束があるように、ファンタジー(魔法)にも約束がある。


「――――δημιουργία《指定》」


 指定する。頭の中で完成図を描くが細部は不要。構造は二の次。ただそういう物として創造する。


 感覚を鋭敏に、感情を冷徹に。生み出すのは一個の物質。魔力は僅かしか無く、かと言って魔力の運用が上手いわけでもない。だけど魔法が発動しないわけでもない!


「――――σπαθί《構築》」


 入学して一週間で習う簡単な初期魔法ではあるが、俺の右手には先程までは無かった無骨なロングソードが握られていた。


「ギ…………ガギ?」


 漏れでる魔力により、闇夜に薄青い光が灯る。それに対して反応を見せたゴブリンが背後を振り返るが遅いッ! 俺は既に、創造したロングソードをゴブリンの心臓に突き立てていた。


 予め創造しておけば魔力の節約になるが、なるべく音を立てずゴブリンにこちらの存在を気付かせるにはこれが丁度良い。音とは違い、光の方が警戒されなかったりする。かなり小さな発光であるため別れたゴブリンたちがそれを視認する事は無い。


「ビギッ!?」


 ゴブリンは短く断末魔を上げると、ドサリと冷たい地面に倒れた。やはり、辺りを警戒している時よりも、予想外の事に振り返った時の方が油断している所為か肉質が柔らかい。


 俺は軽く血振りをすると、ロングソードに問題が無いか調べた。…………刃は歪み無く、月明かりを反射して鈍く輝いている。一度魔法で作った武器はあまりに破損しない限り壊れる事は無い。そのため俺は、次のゴブリンを探すために周囲を見やった。


――――そのおかげで俺は、自分の人生に終止符が打たれるのを事前に止める事が出来た。


「――――っらあッ!!」


 迫り来る凶刃を、右手に持っていたロングソードで迎撃する。…………しかし片手で、しかも反射的に振ったためか威力は出ず、アッサリと剣は折れた。これが市販の物なら折れる事は無かったかも知れないが、残念ながらそんな金銭的余裕は無い。


 腕が痺れる。農業や狩りのおかげで多少力はあるが、それでも普段から山を駆けずり回るゴブリンには到底及ばない。


「クソッ!!」


 先程とは反対の方向から錆び付いた剣の刃が迫る。ゴブリンは俺の半分以下の背丈であるため攻撃範囲が狭い。そのため何とか、背後に跳ぶ事で回避に成功する。


 思わず舌打ちしたくなるのを堪えて、俺は再び剣を創造した。しかし少ない魔力と、甘い詠唱で作られた剣は酷く脆い。ゴブリンの筋力に任せて叩き付けるように放たれる一撃を、たった一度受け止めただけで呆気なく霧散する。


「…………クソ、クソ、クソォッ!!」


――――何故、何故こいつらはここに居る!? 散会したはずだ。こうなる事を恐れて慎重に行動したと言うのにッ!


「嗚呼ああああああッ!! εκκίνηση,《起動》 δημιουργία,《指定》 σπαθί!!《構築》」


 詠唱しながら全力で剣を振るう。無論斬り付けたこちらの剣が折れてしまうが、しかし振り切った右手に代わり、左の手に剣を創造した。そして右手の勢いが死なないうちに左手に持った剣をゴブリンの頭に突き刺す。――――一匹、息の根を止めた。敵は残り、たったの一匹だ。


「ガギ…………ギガガ!!」


 何を言っているか分からないが、多分怒っているのだろう。だが怒りたいのはこちらも一緒だ。ゴブリン程度に殺されてやるわけにはいかない。


 俺は無理矢理ゴブリンに突き刺して歪んだ剣を投げ捨て、再び剣を創造した。魔力はもう無い。本来なら魔力が切れれば当人は昏睡状態に陥るが、絶対量が少ないためか俺にその症状は表れなかった。…………そのおかげで俺はこの戦いを生き抜く事が出来る。今だけは少ない魔力に感謝しよう。


「…………まっ、その魔力が無ければこんな事にはならなかったんだがな」


 自嘲気味に呟くと俺はゴブリンに向かって走り出した。


――――先程使ったごり押しは魔力不足の所為で使えない。しかし敵が一匹だけなら幾らでも戦いようはある。


 俺はゴブリンに肉薄し、ゴブリンはそれを防ごうと剣を横凪ぎに振るう。無論、限界速度で走っていた俺はそれを避けきる事は出来ない。


「当たらねえよ」


 俺は止まる事なく身体を倒した。全力で、背が地に着く程勢い良く滑る。そのスレスレを…………いや、巻き上げられた髪を僅かに斬られながらも俺は、確実にゴブリンの一撃を避けきった。そして交錯する刹那、がら空きとなったゴブリンの首に刃を滑らした。


 ブシュッ、と血が吹き出る。ゴブリンは茫然と自分の首筋に手を当て、そのまま倒れて動かなくなった。


「…………ふぅ」


 肺の中が空になる程息を吐き、その場に腰を下ろす。――――何とか依頼は達成出来た。


 安堵感から俺はその場で横になり空を仰いだ。…………瞬く星が、俺を祝福している気がした。


 俺は立ち上がって再度深呼吸をし、生の実感を得たところで歩き出す。向かう先は依頼人である老夫婦の家。報告義務があるために足を運ぶのだが、仮にそれが無くとも向かっただろう。


 何せ俺も人の子だ。家族から離れてしょっぱい学生生活をしていると、どうしても人の情に飢える。フィーが居るおかげで寂しいなんて思ったりはしないが、老夫婦と過ごした僅かな時間は安心できる心地よいものだった。


 唇を綻ばせ歩く。庭と言っても畑だから家まで少し距離はあるが、既に視界に収まっている。家を出る時にお婆さんがデザートを作って待っていると言っていたので、今はそれだけが楽しみだ。


 そう幸せな未来を夢想する俺は、はっきり言って油断していた。そんな俺を狙うのは楽だっただろう。――――俺は容易く吹き飛ばされた。


「ガッ……!」


 背中に衝撃を感じると同時に、普通は曲がらない方向に身体を曲げながら吹き飛ばされ、畑を仕切る柵に強かに頭をぶつけて停止する。


 どっちが地面でどっちが空か分からない状態で身体をくの字に折り咳き込む。突然の攻撃に頭がついていけず、身体中が悲鳴を上げるも無理矢理身体を起こしその場から離れる。


 どうやらその判断は間違っていなかったようで、数瞬遅れて俺が寸前まで居た場所が爆発した。


「クソが……!!」


 毒づき、頭を振って揺らぐ視界を回復させると、俺の正面に一匹のゴブリンが――――否、ゴブリン・ロードが居た。


 ゴブリン・ロードとはゴブリンの上位種で、体格こそゴブリンと然程変わりは無いが、しかしゴブリン・ロードは魔法が使える。


 魔力の形態も形状も変化させる事は出来ず、ただの魔力の塊を飛ばすだけしか能が無いが、それでも遠距離攻撃が有るか無いかだと結果は変わってくる。


 少なくとも遠距離から攻撃する術が無い俺にはお手上げだ。


 ゴブリン・ロードの討伐推奨等級は八で、一人で討伐するとなると等級は六くらいじゃないと無理がある。俺の等級は八相当なので逃げるしかない――――が、そんな余裕は無かった。


 腰に装備してやるポーチに手を当てるが、値段重視で買った安物のポーションの瓶は割れ、中身が溢れている。比較的高価なマジック・ポーションの瓶は無事だが、俺が使える魔法と言えば武器を創造する魔法だけ。


「…………詰んだな、これは」


 諦めた。


 ゴブリン・ロードの魔力弾が肩に直撃し、ゴギンッと嫌な音を立てながら吹き飛ばされる。また強かに頭を打つが、今度は打つ場所が悪かったのか意識が薄らいでいく。


 今まで体験してきた事が頭の中を巡る。俗に言う走馬灯ってやつだろうか。家族みんなで食卓を囲んで笑ってて…………そこに幼馴染みが乱入してきて。――――あぁ、今度はフィーを助けた時の記憶だ。俯いて涙を堪えているけど、溢れた液体が重量に従って足下を濡らして…………自分も、貴族たちの選民思想に基づくやっかみには苛々していて、八つ当たりも兼ねて助けたんだっけ。それで感謝されて――――あれ、これはいつの記憶だろうか。そもそもどこだろう。変な服を来た人だらけ。高速で移動する何かが止まるのを待って――――信号が青になったから歩きだして、でも信号無視をするトラックが…………トラックに轢かれそうになって…………トラック? いや、トラックだ。少女を助けて、助けようとして――――死。


「お…………れ、は」


 俺は、ルカ。間違いなくルカとして生きてきた――――この世界では。


 俺は誰だ? 俺は俺だ。ルカだ。でも、もう一つ。もう一つ名前があった。


「ははっ…………あはははは!!」


 思い出した。俺は中学生くらいの少女を助けようとして、死んだんだった。完膚無きまでに、確実に。その証拠として今ここに居る。生まれ変わって生きている。


 もう、死ぬのは嫌だ。やりたい事はいくらでもある。やれなくなってしまった事もあるけど、生まれ変わって新たに出来たやりたい事もある。こんな所では死ねない。


「クソッタレめ…………誰がそう簡単に死んでやるか…………!!」


 ゴブリン・ロードの攻撃が直撃した時に肩でも外れたのか、右腕が動かない。だがそれがどうした。俺はまだ生きているし、左腕だって動く。


 だから俺は芋虫のように無様に這って逃げ、ポーチからマジック・ポーションを取り出して震える左手で口に持っていく。そして瓶を傾けて躊躇する事無く飲み干すと、身体の奥から込み上げてくる熱を感じながら立ち上がった。


「…………εκκίνηση,《起動》…………δημιουργία,《指定》――――όπλο!!《構築》」


 創造するのは無骨なハンドガン。思い付く飛び道具では最も優れているし、なによりもゲームやアニメで頻繁に登場するそれはイメージがしやすい。本物では無いがモデルガンやガスガンには実際に触れ、撃った事もある。それ故、創造するのに必要なイメージや情報は他の武器より揃っている。


 だから生前本物の銃に詳しいわけではなかったが、しかしそれの形を思い出すのは容易いものだった。


 構造を無視し、単一の存在として作られたそれは引き金を引けば弾が出て、しかもジャムる事は無い。無論弾も魔法で作製するため弾切れは起こさず、リロードは必要無い。俺の魔力が続く限り永遠に撃つ事が出来る。しかも本体を一度作ればあとは弾とそれを撃ち出す魔力だけで、その体積の少なさから消費魔力も剣に比べれば大幅に減少する。


 ハンドガンの有効射程は意外と短いと聞いた事があったが、目測でゴブリン・ロードとの距離は十メートルそこら。


「近代兵器の素晴らしさ、お前に教えてやるよ」


 左手でずさんに構えて引き金を引く。


 火薬を使わず魔力で飛ばすそれは、本物と比べると全くの無音と言えるほど静か。音と言えば引き金を引く音と弾丸が空気を切り裂く音だけ。しかし目標は――――倒れない。当たり前だ。素人が片手で撃っていきなり当たるわけが無い…………が、別段焦る必要は無い。俺が作った銃は引き金を引けば弾が出る。魔力は自動的に消費され、一々思考を割く必要は無い。ただ機械的に引き金を引く。それだけ。


 魔力が切れても気絶しない俺だからこそ出来る強引なものだが、そもそも俺以外に銃なんて作れない。


「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、なんて言い得て妙だな」


 命中率こそ最悪だが、ゴブリン・ロードの魔力弾とは連射力が違う。しかもこちらの弾は魔力なんて不安定な存在ではなくしっかりと物質として存在している。


 威力・連射力ともに勝っている俺が負けるはずもなく、無事…………とは言いがたいものの楽々と討伐に成功した。今度こそ老夫婦の家でデザートを食べる事を決意して、俺は立ち上がった。


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