3.

「驚いた……怪我はないのにここにとどまっていたのか?」

「はい……」

「ここで何をしている」

「あなたが何をしているのか気になって」

「なぜ逃げない」

「あの、救助が来ると思って止まっていたのです」

「他の者は上へ逃れただろう」

「はい」

 どうも話がかみ合わないので、もっと一般的な話をすることにした。管理棟の木とスチールでできた丸椅子に座る。椅子に座るのは、かなり久しぶりだ。

 彼女は西口という名前で、炭鉱の下請けである三洋興業で勤務していると述べた。この掘進鉱区の下請けなのだろう。聴いたことのない会社で、孫請けなのかもしれない。

 なぜ働いているかはもちろん聴かない。こんな最下層で肉体労働する若い女にはそれなりの理由がある。なぜ市街の商店街で働かないのか。なぜ数ある炭鉱関連企業で働かないのか。あるいは炭鉱上層の運搬や管理や充填でないのか? なぜ繁華街で働かないのか。キャバクラじゃだめなのか。ちょんの間じゃダメなのか。理由があるのだ。炭都ではそれは聴いてはいけないことになっている。

「4日間、どう過ごしていた」

「黙って座って待っていました。電力も切れてしまいましたし」

「この暗い中でか」

「はい」

「食事は……」

「あちらに。食べますか?」

「……」

 予備バッテリーと同じく、下請けの管理棟には業者が持ち込んだ簡易的な食品が置いてある。バッテリーを探した部屋の隣は畳敷きになっていて、宿直の人間が居座ることができる部屋になっている。安いサバの缶詰やカップめんや干物の類。電子レンジで温める飯。すぐ温まるカレー。直雇の購買ではあまり見ない、廉売れんばいという業者が一括で何10箱と売るタイプの食品が、畳の上に乱雑に置かれている。

 サバの缶詰を開ける。西口がどこからともなく割り箸を持ってきた。暗いので私に渡せずにいた。ゴーグル越しに彼女を感知して、手を伸ばして割り箸を受取る。何千本と一度につくられる劣悪な割箸で、ちゃんと割れないことがほとんどだ。地下で湿っているからさらに割りにくいだろう。どうでもいいので何も考えずに割る。存外に上手く割れた。サバ缶を胃に放り込む。飯もかきこむ。西口がテーブルにペットボトルのお茶を置く。やや強めに差し出すように、音を立てて置く。私は暗視があるので彼女の気遣いは空を切ったことになるが、心は受取らねばならない。

「ありがとう」

「いえいえ、……上から来たのですか? 様子は」

 食べながら私はいまだ助けが来ないこと、集団から離れてバッテリーを取りに来たところで、斜坑を上っての脱出を予定していることを伝える。応えてから、他人に余計なことを話してしまったことに気が付いた。

 大勢の人間が極限の状態になったときに起こる狂騒。立坑直下では、必ず起こるだろう。いろいろ可能性は言えるが、大きな理由として直雇と下請けという身分差があるから。

 これを避けて、さらに生き残るためにここまでやってきた。

 西口には食事の恩がある。それに西口の持つ性質がそうさせたとも感じる。覇気がないというか自我が薄いというか消極的というか。西口に話しても大勢に影響はないと無自覚に判断していた。食べ終わるころ、西口がぽつりと言った。

「私、バッテリーの在り処を知ってますよ」

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