4.

「バッテリーはあればあるだけほしい。教えてくれ」と返して、ゆっくりと立ち上がる。西口は案内しようとするも、暗闇でそれが叶わないことにいまさら気づいたようだ。

「君の装備に充電しなきゃ」

「勝手に電気を取って叱られないでしょうか」

「誰がやったかなんて解らんよ。それに緊急事態」

「そうですか、でもやり方が解らない。教えてください。そうすればバッテリーのところへ案内できます」

 西口は自分の装備に電力が無くなってからいかなるデバイスも用いなかった。驚くべきことだ。暗い広い坑道の奥底で、一人だった。不安にならないのか。何故じっとしていられるのか。少し考えれば電力がある場所が解るだろう。下請けのゴーグルだから機能は少ないかもしれないが、少し行動すれば作業着に電力を供給できるだろう。そんな私の考えを読むかのように、「私は働き始めてまだ10カ月で、色々とまだ仕組みが解らないのです……」と西口。いや、10か月もあれば……。

 手を引いて掘削機に至る。西口の作業着は下請けが被服貸与したもので、雇用が終われば返さねばならない代物だ。下請けの作業着は直雇の作業着の型落ちが用いられることが多い。西口のものも4世代前くらいの作業着だった。だが供給ケーブルは存在する。西口のゴーグルに表示がともる。「よし」と西口。初めて、少しだけ女らしい声を聴いた。

 第36片東坑道に出る。西口は迷いなく進む。まだ入ったことのない切羽に至る。同じような入口だが、入ってすぐの管理棟の手前に、ひどくつぶされた死体が2体あった。西口は何も言わず通過する。私は〈ケアマシン〉に〈帰依〉して過ぎる。ここも三洋興業の下請けの掘進鉱区の様だ。奥までは入らず、管理棟に行く。管理棟の作業机の下にバッテリーがあった。西口は女だから掃除や器具の手入れなんかも扱うのだと言う。道具の在り処を記憶していた。20個のバッテリーを雑嚢にしまいこむ。

「まだありますけれど、必要ですか」

「たくさんあるのか? ざっと計算したところ30個あればいいけれど、荷物になるものでもないからあるだけ」

「じゃ、行きましょ」

「ちょっと待って作業着に充電していこう」

 西口は自分の作業着の電力が減っていくことをあまり気にしない。暗闇で数日過ごしたことからも解るし、掘削機からその都度供給を受けようともしない。

 戻った時、私は死体があるのにすっかり忘れてケアマシンの世話になったけれど、西口は多分死体を覚えていたし、多分死体を気にしなかった。


 何ヵ所かの掘進鉱区でバッテリーを集め、その数は107個になった。

「さて……」

「上へ向かうのですか?」

「そうだ」

「今から向かうのですか?」

「……いや、さすがに疲れている。少し止んでから行く」

「では数時間後くらいに出発ですか?」

「寝てから行くから10時間くらい」

「……わかりました、戻りましょう」

 西口と出会った坑道に戻る。西口に迷惑をかけない様に食料も若干集めていた。掘削機で充電する。西口にもそれを促す。

 例の管理棟の宿直室に戻ってきた。同じような構造の場所ばかり探索したけれど、目当ての品を持って戻って来られて、妙に安心する。

 集めた食料の中からお菓子を選ぶ。ひねり揚げという、小麦粉を揚げてねじってしょっぱく味付けしたお菓子を取り出す。私の好物だ。そもそも庶民の安いお菓子だが、廉売の安価品だからさらに味は良くない。また、ビニールに包まれた餡の入ったまんじゅうも4個取り出す。こちらはビニールの包装の剥離が悪く、またひたすらあんこが甘ったるい安価品。

「君も食べるか」

 ゆっくりと頷いて西口はまんじゅうに手を伸ばす。甘いのとしょっぱいとで好みが分かれるだろうから、両方のをそれぞれ何種類か持ってきていたのだ。

 銘のないお茶のペットボトルを飲みながら、しばらく無言でお菓子を食べる。次第にお菓子に伸ばす手の頻度が下がり、なにもしなくなる。

「眠ってから、出発ですか?」

「そうだ。……なぜ何度も聴く」私は西口が連れて行ってほしいと言うのかと思っていた。

「ええと、集団が暴走するのを避けて深層に来て、一人で斜坑を上るために深層にしかないバッテリーを探しているのですよね。だからその後は斜坑を上っていく」

「そうだが、どうかしたのかね」

「集団が秩序を保てなくなるのはどの時期と考えますか。ちょうど上を目指す時と重なるのでは?」


 私の自信や意思といったものは、この西口の言葉で暗闇の中に拡散していってしまった。

 私は上を目指すことしか考えていなかった。立坑の直下には、あのとき150名くらいの鉱夫がいた。暴徒と化した集団がサンニーサン坑道に横溢するだろう。そこでバッテリーをたくさん抱えているのを見られたら。「まさか君たちも深層へ行くといいぞ」などと言えないだろう。

 どうしようか。今すぐ出発するべきだろうか。

 彼らは存外に、秩序を保っているかもしれないし、瓦解はこちらの予想より早く起こっているかも。〈ケアマシン〉が食事をとったことで少し手を引いていた。休みたい気分だ。今から斜坑の長いつづら折りを上る気持ちはない。逡巡していると、西口がぽつりと言った。

「上の人間が秩序を失って、……死ぬか、電力をなくすかして大人しくなるまでやり過ごしては」

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