第4章 ⑧
「フレデリカよ。誇り高き魔術師よ。……私に止めをさして欲しい」
武器を失い、胸に刀を埋めたまま、腕を上げることすらできないマリーベルの願いに、フレデリカはかぶりを振った。
「私も限界ですの。指一本力が入りませんわ」
その場にくずおれた女は、力なく微笑んだ。本当に限界だった。今のフレデリカは玩具の剣を持った子供にさえ勝てないだろう。首だけをこちらに向けたマリーベルが、悔しそうに、だが吹っ切れたように、細く細く息を吐いた。
「なんだ、お前も危険だったのか」
「ええ。もし、もう一度戦えば勝つのは貴女ですわね」
散弾の奇襲はもう通用しない。今回、マリーベルが負けたのは、己の魔術と体術を信じ、銃口の前に立ったからだ。だが、次の勝負。そう、もし、次の勝負があったら、今度は――。
「そうかも、しれん。……だが、私は一生、お前には勝てないよ」
マリーベルはぎこちなく首を動かし、空を見上げた。フレデリカも彼女と同じ空を見る。夏の熱気は遠い。星々と月の明りが、ひどく寒々しかった。まるで、死者の黄泉路を歓迎するかのように。少女の胸には満足感の欠片もなかった。その横顔は辛そうに歪んでいる。これでは、どちらが勝者かわからない。いや、勝者など初めからいなかった。剣士は無実の罪を着せられて死ぬ。魔操銃士が得る物はなにもない。
「ねえ、マリーベル」
「なんだ?」
「死ぬのは怖いですか?」
剣士は星空を見上げたまま、どこか別の場所を見ているかのようだった。それがなんなのかフレデリカにはわからない。
「怖くはない。私は私のままでいられたからな。だから、怖くないよ」
女が羨ましかった。自分は死ぬ時、どんなことを想うのだろうとふと考える。きっと、後悔ばかりで、あんな顔はできないだろう。満足して死ぬ。それは人間としての本懐だ。
「フレデ、リ、カ……」
剣士の頬に星の滴が一筋伝う。
目蓋がゆっくりと閉じ、身体全体から力がすっと抜けていく。
もう、ここに剣士はいない。魔女もいない。
「……負けるなよ」
そうして、二度と、マリーベルの意識は元に戻らなかった。
「勝手なことを言ってくれますわね」
フレデリカの視界が揺れ、そのまま後ろに倒れそうになる。だが、彼女の背中を支えてくれる少女がいた。
「お疲れ、フレデリカ」
「ライ、ラ」
友から支えられ、フレデリカの緊張の糸がぷっつりと切れた。途端に、アドレナリンで麻痺していた痛覚が警報を鳴らす。だが、すぐに火照った身体がすーっと清涼な感覚に満たされて行く。
「お嬢様は無茶し過ぎです。心配だったのですよ」
身体治癒の発動させていたのはマリオンだった。フレデリカの身体に触れている両手に、黄色い波長の光が灯されていく。激痛がだんだんと和らいでいき、霞んでいた視界が正常に戻ってくる。
「ってマリオン。血だらけじゃないですか!」
「ああ、これは返り血ですので」
さらっと怖い事を言われた。離れた位置から撃つ銃器で、どうやって頭からバケツ一杯の鮮血を浴びたようになるのだろうか。きっと聞けば地獄の底を見ることになるだろうから黙っておいた。
「終わったね」
「ええ、終わりましたね」
ライラに肩をかりてフレデリカは立ち上がり、ドレスのポケットから取り出した指輪をマリーベルのすぐ傍に置いた。
「返しますわ。私には、不要な物ですから」
戦いが終わった。静かだった。まるで、全て夢だったかのように。
だが、胸の痛みは紛れもない本物だ。
「さようなら、マリーベル。貴女は素晴らしい剣士でしたわ」
死した剣士の顔は、眠るように穏やかだった。
フレデリカ達は家に戻る。
もう、ここに用はないからだ。
こうして、魔術の夜は終わりを告げる。
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