第4章 ⑥
交錯する二人の魔術。先に倒れたのはライラだった。土壇場の超精密な魔力操作に、脳が沸騰しそうだった。しかし、その身体にはどこにも新しい傷が増えていない。一方男は、
「そう、か。俺の負けか」
左胸に向こう側の建物が見えるほどの大穴が穿たれていた。ぐらりと揺れ、和也は仰向けに倒れた。最後の一撃、確かにライラは一歩出遅れた。このまま魔術が放たれれば、死ぬのは彼女の方だった。
冷たい現実に、ライラは独り言のように呟く。
「魔力切れ……」
和也の影の槍はライラに届く数センチ手前で魔力を消費しつくして術式を維持しきれずに消滅してしまった。だから、女の攻撃だけが届いた。オーバーペースでもなお、アプリコットの血が六天咲の血に勝ったのだ。素直に勝利を喜べず、魔女は顔を背けようとするも、死に逝く男から目が離せなかった。
「惜しかったね、和也さん」
「はは。いやー、楽しかったよ」
男は言い訳も泣き言もしなかった。ライラは知らない。和也が本気で戦うのは数年振りで、勘がほとんど鈍っていたことなど。当然、久しぶりに戦闘レベルでの魔力消費をした身体は負荷に耐えられなかった。だからこそ、あのとき追撃はなく、呪文で制御を補強しなければ魔術が使えなかったのだ。女が勝てたのは、ほとんど運に近い。
それでも、勝敗は決した。
女は勝って生き残り、
男は負けて命を落とす。
ライラは男を癒せる術を持ち合わせていない。心臓を潰してまだ生きているのは影の魔術でなにかしら操作しているせいだろうか。それも、長くはもたないだろう。手加減できる相手ではなかった。今日の戦いで、少女は初めて全力で殺そうとしたのだから。
「なにか、マリーベルに言い残すことはある?」
つい、そんなことを口走ってしまった。
「なんで、そんなこと聞くんだよ」
「恋人じゃないの?」
すると、男は目を点にし、噴き出した。血の泡と一緒に笑いを零す。
「あっはっはっは。違うよ。それは違う、違うんだ。なにも言い残すことなんてない」
和也は一頻り笑ったあと、大きく咳き込み、瞳を閉じた。
「けど、どうしてだろうな。マリーベルの顔しか思い浮かばねえ……」
それっきり、男は沈黙した。男の胸に灯っていた魔力が消え、流れる血の量が一気に多くなった。ライラはゆっくりと立ち上がり、黙祷でも捧げるかのように少しの間だけ目蓋を閉じた。そして、足を引きずりながらも和也から離れる。
友がまだ、戦っているからだ。
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