第4章 ⑤

 白いローブを纏ったマリオン・デーライトは箒に跨り、颯爽と空を飛んでいた。対象に浮遊と操作の概念を加えたのである。時速は八十キロから百四十キロまで引き出せる。

後方から接近してくる敵の影に、少女は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「しつこいですね。多勢に無勢とかこのことです」

 こちらを追ってくるのは二十人以上の魔術集団だった。身体を強化し、あるいは巨大な狼の姿をとり、こちらと同じように箒に跨って、召喚した魔獣の背に乗って。裏口で敵を待っていたマリオンは接触後にすぐビルを飛び出した。観測した限りでは、敵の総人数は五十名強。フレデリカ達が倒した数を考慮すれば、二十人も釣り針に引っかかってくれたのは好都合である。

「待ちやがれ餓鬼。おい、どうせ誰も見てねえんだ、やっちまえ!!」

 地面に足をつけて走る男が大きな杖で十字を切った。すると、マリオンの頭上へと紫電が毒蛇となって荒れ狂う。少女は旋回するように箒を操り、攻撃をかわした。基本的に、人間大の大きさを移動させる規模の魔術と攻撃魔術の併用は困難だ。飛んでくる魔術は散発的で、風の刃を急加速で避け、右に曲がり、左へ急降下。軽やかに避けていく。

 しかし、このままではマリオンは魔力切れで動けなくなる。持久戦になれば、人数の多い敵側が断然有利だ。

 だからこそ、マリオンは攻勢に転ずる。纏っていた白いローブを脱ぎ、接近しようとした箒乗りの女の顔面に被せた。視界を失った魔女がもがくように苦しんで地面に落下する。少女の姿があらわになり、敵魔術師が等しく息を飲んだ。可愛いらしい女中姿の上から剣でも携帯するように背中にホルスターが巻かれていた。

 マリオンが右手で引き抜いたのは、全長千二十ミリにもなる鋼材と木材の塊、ポンプアクション式・散弾銃イサカM37だった。

散弾銃とは、元々は鳥や鹿などの獣を仕留めるために生まれたシステムで、他の銃器と違い小粒の弾丸を数粒から数百粒まとめて撃ち出す。また、ポンプアクションとは、筒型の弾倉が銃身の下に平行しており、ポンプ――弾倉を半分程度、U字型に包み込む先台(フォアエンド)を手前に引くことで排莢と装填を行う機構を差す。

 この散弾銃は引き金の近く、フレームの下に一つとなった排莢&装填口があるので、砂埃などの影響が少ない。

そして、なんと言ってもその軽さが重要だ。

軍用の自動式散弾銃ともなれば四千グラムオーバー、他も三千グラム後半にもなる中で、イサカM37の重さは僅かに二千三百グラム。

その軽さから生まれた二つ名は『フェザーライト』。羽の軽さを持つ、狩人のため武器。

 使用する装弾(別名ショット・シェル。散弾銃の弾薬を示す)は十二番径(ゲージ)。口径――銃口の直径に直すと十八ミリであり、番径五種の中では二番目に大きい。

 マリオンは太股でしっかりと箒を押さえたまま、右手でグリップを保持し、左手で先台を引いた。計五発の装弾の一発目が薬室に装填される。

 装弾は粒の大きさや数から様々なバリエーションがある。たとえば、マリオンが一発目に込めたのは鹿撃ち用――号数七種の内の『№00』の九発入り。これは、直径八・三八ミリに相当する鉛弾であり、九ミリ・パラベラム弾を九発同時に喰らうのと同義。

「私だって、戦えるのです!」

 少女は腰を回し、強引に箒の軌道を変える。ちょうど反転するように、そして引き金を絞った。特大のマズルフラッシュが炎華を咲かせ、『№00』がほぼ纏まって撃ち出された。一番前にいた魔獣の首を吹き飛ばす。制御を失った巨体が墜落し、術者がバランスを誤って潰された。マリオンはバック走したまま先台を引く、空薬莢が真下へと落ちた。こちらへと飛んできた石の礫を、首を曲げてかわして二発目。今度は鳩撃ち用の号数『12』。直径一・二五ミリが数百発も集まった装弾が質量のある煙の如く、あるいは魔人の拳の如く、敵五人を同時に抉った。小粒とはいえ、それは無数の針で身体を突き刺されたに等しい。血だらけになった魔術師達の悲鳴が重なり、

「……ふふ、あっははは」

 マリオンが喜悦に歪んだ微笑みを浮かべた。少女はこれ以上、無駄な逃走をしなかった。元より、通常の点で狙う銃と違い、面で狙う散弾銃は接近戦でこそ真価を発揮する。空中で自由自在な軌道を描く魔女の銃口に、有利だと誤認していた魔術師達にどよめきが走った。

「あはははっははっははははははははっははははっははっはっははっははははあっはっははっははっはっははっははっははっははっははっはっはははははっははっははっははっははっはっははっははっははっははあっはは!! これですこれです。これこそ私が求めていた闘争です! さあ逃げる準備はできましたか? 楽しい楽しい鬼ごっこの時間です!!」

 剣を携えて接近した男の胸元へ飛び込むようにマリオンが肉薄し、相手の顔面を散弾銃のグリップで殴った。骨が折れる乾いた感触が手に伝わり心地良い。

 どんなベッドも食事も、夜伽でも癒せなかった渇きを血と硝煙が満たしてくれる。

 皮肉なことに、これが、マリオンが失敗作と呼ばれる由縁だ。

「くそ、我らを舐めるな!」

 初老の魔術師が投擲した投げ矢がマリオンの右肩に突き刺さる。木製の矢は瞬時に深紅の炎を上げ、少女の右腕を肩から炭化させて焼き切った。ぼろりと腐った死体のように腕が地面に落ち、肉と血が飛び散った。これでもう二度と銃は使えない――筈だった。しかし、人の形をした〝それ〟は鼻で笑ったのだ。

 猛獣が生肉を咀嚼するような音と共に、マリオンへ変化が起きた。赤黒く右肩から炭化した部分が消滅する。それどころか真っ白な骨が伸びた。五指の花を咲かせ、神経が、肉が、皮膚が纏わりついていく。染み一つない白魚のような腕が生えたのは、五秒も経たないうちだった。

 新しい腕の調子を確かめるように手を閉開するマリオンへ、誰も攻撃できなかった。

 あれは、一体なんだ? と驚愕を隠せないでいる。

「良いこと教えてやるよ。デーライト家はなあ、ラズベリー家の奴隷なんだ。生まれた瞬間から隷属されることを強いられる。で、改造されるんだよ。ほら、誰だって性能の良い車が欲しいだろ。だから改造する。改造、改造、改造、改造、改造!! ひゃはっ。お陰さんで外見はペドフェリアだったら股を勃起する超プリティ使用だっていうのに中身は死体愛好家が裸足で逃げ出すほど無敵ときたもんだ。一つ助言しておくぞ。テメエらはこの世で最も地獄に近い場所にいる。イラクもソマリアも可愛いもんだ。怖い怖いブギーマンの登場ってもんさきゃははははははっははは!!」

 散弾銃に羽が生えたようなものだ。

 人智を越えた魔術戦においてもさらに異質。

 マリオン・デーライト。彼女は〝化け物〟だ。

 魔術による自由自在の機動力。そして、呪文もなく高速で放たれる散弾の暴力。融合された戦闘法は能力だけでいえばフレデリカさえ上回る。

ハイブリッドウィッチ。それが彼女の真なる姿。

「さあ、どうしたテメエら! まだまだこんなんじゃ暇つぶしにもなりゃしねえ。もっと、早く、もっと強く、もっとクールに最高でホットや夜にしようや!! 鉛弾なら腐るほど持ってんだ。お代わりが欲しい奴は遠慮なく言え。ぷっはっはっはっは! もう喋れないだろうけどよぉぉぉぉぉぉぉおぉおおおぉおぉぉ!!」

 一度戦闘状態に入ったマリオンは相手が殲滅するまで攻撃の手を休めない。護衛としては優秀だが、オーバー・キルしかできず、仲間との連携も無視する少女がチームワークなどできるはずもない。結果、フランカの護衛からフレデリカの世話係になった。左遷である。

「な、なんだあいつは!?」

「ぐ、ぎゃああああああああああ!!!」

 しかし、構わない。

「お嬢様はよおおお! こっちの〝私〟を知っても拒まなかった。フランカみてえな変態痴女と違って普通に接してくれた。その幸せ、テメエらなんかに壊させるかよ!」

 少女とは到底思えぬほど狂喜に歪んだマリオンはイサカM37を操り、敵へ恐怖を刻みこんでいく。

 これより、一方的な虐殺が始まる。

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