第4章 ②

「最悪ですわ。私の家が滅茶苦茶です!」

 憤慨するフレデリカが疾走したまま、スライドが後方に退かれたまま戻らなくなった――弾薬切れとなったUSPの弾倉を交換する。そして、グリップの右側面にあるスライドストップレバーを押し下げると、スライドが元の位置に戻り、初弾を薬室に送り込んだ。計十五発の弾丸はホローポイントのシルバーチップ。闇夜での使用を考え、レーザーサイトを装備していた。隣のライラが後方から撃たれた炎弾を水の障壁で防ぎ、微苦笑する。

「機関に修理費でも請求したら?」

「ああ、それは名案です……!」

 フレデリカが前方防ぐ敵の右肩にシルバーチップを当て、膝からくずおれた少年の顎を蹴飛ばした。そのまま横を過ぎ去り、二階へ続く階段を駆け上がる。

廊下へと光を注ぐための硝子窓。それを、ライラが風の魔弾でぶち破る。二人は走る勢いを止めずに跳び下りた。頭からダイブし、宙で数度回る。華麗に着地を決め、再び疾走開始。ビル内は狭く、密集戦ではこちらの理をいかせない。なら、街へと出ればいい。

「後方、追手の数十五! あれー、あっちの対応も早くない?」

「マリーベルは剣士。集団戦のスペシャリストです、当然ですわ! ライラ、後方に低威力の炎弾を四発射出。ここで別れますわよ」

 フレデリカに呼応し、ライラが振り返らずに杖の切っ先を後ろに向ける。

「呼応せよ。火炎の猛獣。我が敵を焼き尽くす槌となれ!」

 四発の火球が立て続けに後ろへと飛翔し、爆裂音。朦々と立ち込める煙を死角にして、二人は十字路をそれぞれ真反対の方向へと逃げる。フレデリカは右へ、ライラは左へ。

 フレデリカが振り返ると、まるでタイミングを計ったかのように友もこちらを見詰めていた。

「負けたら承知しませんわよ!」

「そっちこそ!」

 交わす言葉はそれだけだった。余計な言葉など二人にはいらない。フレデリカは無人となった街を駆ける。機関はよっぽど自分達の戦いが楽しみなのだろう。他の観客はいらないと隠蔽の魔術を何重にも発動させていた。一人になった少女は静まりかえった街並みに目を細め、ぴたりと足をとめる。

「やはり、貴女がきましたか」

 足音が一つ。金属が擦れるような音と共にこちらへと近付いてくる。フレデリカは撃鉄が起きたままUSPの安全装置を作動させ、腰のホルスターに戻した。人目を気にする必要がないため、太股に巻いて隠す必要がないからだ。少女の腰には、右にUSP、左にGP‐100と日本刀氷華の月が出番を待っている。

「汝とは一対一で戦いたかった」

 氷の精霊の声のように、炎獄の鬼の怨嗟のように、彼女の声は冷たく、熱い。闇夜の奥から現れたのは、まさしく剣士。マリーベル・キルミスタだった。対峙するだけで、露出した皮膚に静電気のような痛みが走る。殺気に魔力が乗せてあるとでも言うのだろう。

 しかし、フレデリカは気丈に声を張り上げる。

「私もですわ。ちょうど、貴女と話をしたかったですの」

「ほう、奇遇だな。私も同じだ」

 彼我の距離、約三十メートル。広い通りだ。戦うにはもってこいの場所だが、両者はまだ武器に手をかけていない。先に静寂を破ったのはフレデリカだった。

「この戦いの仕組みには気が付いていますか?」

「ああ。全て知っている。汝に恨みはないが、私には私の願いがある。ゆえに、謝りはしない」

 マリーベルが剣を引き抜いた。月の光を受け、刃が白銀に輝く。どれほどの業物か。吸い込まれそうな刀身に、フレデリカの心臓が加速する。

「では、私も伝えましょう。勝つのは私です。そして、手加減をして勝てるなんて、過小評価はしていません。全力で迎え討ちますわ」

 魔女はGP‐100へ手を伸ばす。それが合図となった。マリーベルが身を低くし、こちらへと迫る。やはり速い。風が意志をもっているかのようだった。しかし、フレデリカも負けていない。流れるような動作で撃鉄を起こし、引き金を絞る。咆哮するのはシルバーチップの三五七マグナム・ホットロード。九ミリ・パラベラム弾の三倍に匹敵する高威力弾丸が音速超過で剣士の額を抉ろうとする。だが、煌めいた白刃が合金被甲の弾丸を弾き返す。

 マリーベルの超反応を、フレデリカは引き金を絞る動作と銃口から予測した魅技だと判断した。この剣士に、正面からの撃ち合いは無効らしい。少女は銃をホルスターに戻すと同時に刀を引き抜く。

 剣士が放った上段からの一撃を、フレデリカは敵の剣の側面を沿わせるようにしていなした。正面からの馬鹿げた質量を防げない。少女はまだ、身体強化魔術を使用していないのだ。《アーガリスト》に蓄積された魔力は六つ分。フルに戦闘で使えば数分足らずで使いきってしまうだろう。

「私の一撃を魔術もなしに。ますます殺すのが惜しいな」

「それは光栄ですわね!」

 フレデリカは旋回するようにマリーベルの左側に踏み込む。裂帛の気合一閃、脇腹を斬り裂こうとするも、すんでのところでかわされる。返す刃で首を狙うも、強靭な刃に防がれる。

 殺意と殺意の押し付け合い。フレデリカはわざと力を抜き、マリーベルの刃をつんのめさせる。そのまま二度、三度と連撃を走らせる。

 だが、剣士の剣は微塵も揺るがなかった。初めから読まれていたのだ。マリーベルもまた、わざと前に身を出した。チャンスとばかりにフレデリカが振った刃を右手に剣を預け、左手の手甲で受け流す。オレンジの火花が飛び散り、女の身体は少女の胸へ飛び込むように肉薄する。

 逆手に握られたサーベルが左回りの円弧を描く。軌道上の物体を等しく断ち切る死の斬撃に、フレデリカは《アーガリスト》の目盛り一つを消費させる。世界が水飴に浸かったかのごとく速度と音を鈍らせる間隙、少女は強引に後ろへ飛んだ。マリーベルの剣はドレスを薄く引っ掻いただけだった。しかし、虎の子である魔力を削られ、少女は歯噛みする。やはり、近接戦では相手に歩がある。これが《レイジング・ハート》の頭首の実力だというのか。

「惜しい。もう少しで乳房を斬り落とせたのだがな」

「あら、破廉恥ですわね。持たざる者の僻みですか?」

 軽口を吐き、フレデリカは相手の戦力を分析する。身体強化、達人の剣技。ここまで予想できた。ただ、おかしい。彼女はまだ、中、遠距離の魔術を使っていないのだ。距離を離され、魔術の撃ち合いになったとする。こちらは数発しか撃てない魔術と、弾はあるが簡単に防がれる拳銃。たいし、あちらの魔力量は相当なものだろう。

「まだ、本気を出していないようですわね。私がかわしたとき、魔弾の一つでも撃っていれば傷を与えられましたのに」

 少しでも相手から情報を聞きだそうと、フレデリカは刀の柄を握り直しつつ口を開く。マリーベルはすぐに追撃せず、中段から下段に構え直した。

「魔術を飛ばすのは苦手なのでな。それに、銃士を相手にして剣士が飛び道具を使うのは、いささか品が無いだろう? 汝が策、私は真っ向からねじ伏せる」

 敵ながら気持ち良い覚悟に、フレデリカは唇に伝った汗を舐めとった。魔術が〝飛んで〟こないとわかれば、その分だけ相手の攻撃パターンを絞れる。勝率が上がったのだが、素直に喜べなかった。それではまるで、手加減されているようではないか。それとも、本当に射出系の魔術が苦手なのだろうか。

 とにかく、だ。近、中、遠。どの間合いで攻撃してもフレデリカでは有効打を与えられない。

 ならば、残る手段は奇襲のみ。フレデリカは《アーガリスト》の目盛りを二つ消費する。これで、残りは三つ。

「コードA4、セクト! コードS7、レデリカ!」

 身体強化魔術。そして、扇状に広がる火炎流を前方へ飛ばす。威力が低い分、マリーベルを上から包むように大きく。剣士の姿が紅蓮の波の向こう側に消えた。フレデリカは大急ぎで踵を返し、路地裏へ走った。

 空気を焦がす炎が縦一文字、夜鷹のごとく跳ね上がった刃に吹き飛ばされる。魔力を乗せたマリーベルの剣に斬れない物はない。ゆえに、奇襲なのだ。狭い路地裏を走りつつ、刀を鞘に収め、フレデリカはUSPを抜き、安全装置を解除した。

「ここが、執念場ですわよ。二人とも」

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