第4章 ①

 そして、午前〇時ちょうど、魔術の夜が始まりを告げた。和也の用意した魔術師達がフレデリカ達の住む三階建てビルをぐるりと取り囲む。総勢五十名、統一されているのは藍色のローブを纏っている点だけで、年齢も性別も国籍も様々な魔術師だ。しかし、全員が等しく目つきを鋭くし、各々が術具を装備している。杖から、西洋剣、はては古い拳銃から銀杯と古今東西の剣呑な術具が揃っていた。

 その中の一人、初老の男性――ロベルト・サイケルが音も立てずに閉じられた扉の前に立つ。オールバックにした金髪を撫でつけ、右手で腰のホルスターから黄金のナイフを引き抜く。物理的な攻撃と魔術を併用できる優れ物である。彼はマリーベルより兵団の統率役を任された。彼女は別の場所で待機している。

「いいか、お前ら。相手はあのラズベリーとアプリコットの魔女だ。見かけに騙されるんじゃねえぞ」

 ロベルトの緊張を含んだ声に他の魔術師は無言で頷いた。魔術の世界ほど見かけが当てにならない世界はない。老化防止の魔術で百歳を超えるというのに乙女にしか見えない者や、ひ弱そうな外見なのに一騎当千に値する兵もいる。かつ、ラズベリーとアプリコットの名はそれだけで強敵だと思い知らされる。

 男がナイフの切っ先で虚空に小さく円を描く。それが合図となった。男が扉を蹴り破り、中へと侵入する。荒々しい足音がロベルトへ続き、中へ、中へと。暗闇の中でも魔術師達の動きに淀みはない。侵入者対策のカウンター魔術の危険性は承知済み。質よりも量。圧倒的な人海戦術で相手を討つ。加え、寝込みを襲われたカタチになるフレデリカ達はすぐに対応できずこちらが圧倒的に有利――のはずだった。

 闇の中に赤い光線が一筋。ロベルトの隣にいた若い女魔術師の額に点が灯る。そして、甲高い発砲音。人間一人が倒れ伏す音が一つ。続けて発砲音が連続して魔術師達を襲う。悲鳴と怒声が混じり合い、血臭が辺りに立ちこめる。

「光よ!!」

 男が壁をナイフで軽く抉った。ナイフを基点にし、壁に光の線が走る。半秒で廊下を昼間と同じ明るさへと変えた。――凛とした少女の声。

「呼応せよ。水辺の乙女。我が敵を撃つ強弓となれ!!」

 前方十二メートル先、曲がり角の辺りに人影。写真で事前に確認していたアプリコットの魔女・ライラが魔術を発動させていた。数百の水が矢となり、壁のようにロベルト達へ駆ける。男が前方へナイフを突き出すと、左右に二人ずつ魔術師が並び、各々の術具を構えた。

「防御結界発動!」

 水の矢が不可視の壁に激突し、防がれる。こちらも和也が選んだ魔術師だ。連携による術式を張る実力に、遠くで誰かが舌打ちする音がした。ロベルトは振り返ることはせず、ナイフを突き出したまま奥へと進んだ。そのとき、また赤いレーザーが。今度は男の右手へ。

 空気が破裂する音と金属の擦過音がほぼ同時に。

「鉛弾……ラズベリーの魔女だ!」

 曲がり角からUSP――レーザーサイトのついた自動式拳銃を握った右腕が伸びていた。

「あら、無粋ですわね。フレデリカと呼んでくださいな」

 極上の微笑みを浮かべたフレデリカがライラの隣に立つ。ロベルト達はすぐに動けない。一緒即発の空気が拮抗状態を作り出す。

 紅蓮のドレスを纏うフレデリカと、ゴスロリ姿のライラ。どちらにも微塵の隙もない。

 ロベルトは歯噛みし、ナイフを強く握り治す。

 どうやら、こちらの作戦はバレテいたようだ。

「指輪を渡して貰おうか。……って、今更そんな話しをするわけないか」

「もちろん。こっちは三人。誰が指輪を持っているでしょうか?」

 ライラが左手に握る杖をくるくると回す。その右腕には大きめの布がすっぽりと巻かれてあった。遠目では藍色の長手袋のようにも見える。

「……三人? そうか、あのマリオンって餓鬼か」

 ロベルトが左足で二回地面を叩く。魔術師の一部がドアの壊れた入口から外へ戻る。同時に、フレデリカとライラが魔術とシルバーチップを放つ。だが、二度の不意討ちにロベルト達は迅速に行動する。防御障壁を展開し、完璧に防ぐ。

「呼応せよ。水辺の乙女。我が敵を覆い尽くす網となれ!」

 ライラが杖を真横に振り、敵との間に朦々と霧を生み出した。ロベルトはフレデリカの射撃を嫌い、防御魔術を半円として発動させた。隣の魔術師に合図を送って烈風を作らせ、霧を晴らす。

 魔女二人の姿はない。だが、遠くで怒声と破裂音、炸裂音、発砲音。

 ロベルトは右足を二回鳴らす。

「逃がすな!」

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