断章


 フランカ・A・ラズベリーにとって、五つ下の妹であるフレデリカは至宝であり、幸福そのものだった。彼女の笑顔を守る為なら、どんな困難だって突破してみせる。何故なら、姉だからだ。妹を守るのが姉の使命だからだ。そう信じて疑わなかった。

「フレデリカ。五歳の誕生日おめでとう!」

 フランカはフレデリカを精一杯抱き締めた。ここはラズベリー家の所有する屋敷の離れに位置する部屋である。そして、最初の予定とは違う〝妹の部屋〟だ。つまり、才能のない失敗作を隔離するための何不自由しない牢獄である。

「おねえしゃま。ありがとうですわ」

 ちょっと舌ったらずなフレデリカのあどけない笑顔にフランカは頬を緩ませる。どんなに疲れていても、辛い時でも、彼女を抱きしめるだけで力が溢れてくる。妹の髪から漂う甘い香りに姉は酔いしれていた。

「ありがとうだなんて。私の方こそありがとう。貴女と出会えて私は世界一幸せよ」

 すると、フレデリカの笑顔が曇り、悲しそうにフランカの胸に顔を埋めた。

「おねえしゃまは、わたしのことがすきですか」

 胸へ特大の槍が突き刺さったような衝撃が走る。フランカの鼻息が徐々に荒くなる。フレデリカの小さな手が背中に回され、脳の回路がショートを起こしかける。なんて可愛い。なんて愛らしい。同じ人間だとは思えない。この子はきっと天使に生まれるはずだったのを手違いで人間界へと舞い降りてしまったのだろう。ありがとう神様!

「もちろん。私はフレデリカのことが大好きなんだから! ほら、もっとぎゅーってしてあげる! お姉ちゃんの愛を全部注ぎこんでやるわ!」

 頭を撫でると、手に柔らかい髪の感触が伝わり、脳がとろけかける。これほど幸せな時間があるだろうか。魔術など関係ない。本当の〝私〟へと接してくれる彼女の存在がなによりも大切で至宝!

「お姉ちゃんね、フレデリカにプレゼントがあるの」

 フランカは名残惜しそうにフレデリカを胸から解放し、ポケットから小さな箱を取り出した。それを妹の小さな手へそっと渡す。少女は目を輝かせ、感極まったのかぴょんぴょんと跳ね出した(危うく鼻血を出すところだった)。

「あ、あの、あけても良いですか?」

「もちろん! さあ、開けてみて」

 フレデリカが蓋を開け、小さく息を飲んで言葉を失う。それは純銀の円環に十二の柘榴石(ガーネット)が埋め込まれた指輪だった。

「その指輪の名前は《アーガリスト》。古い言葉で《祝福》を意味するわ。……あなたが立派な魔術師になれますように。あなたが、自分の信じる道を迷いなく進めますように。お姉ちゃんは、フランカ・A・ラズベリーは、あなたを、フレデリカ・A・ラズベリーを祝福します」

 フランカはフレデリカを肯定する。

 彼女の、魔術師としての人生を祝福する。

 少女は、感極まったのか、しゃっくりをあげて嗚咽しだした。

「お、おねえ、しゃま……わたしは、わたしは」

 彼女の温かさを想い、フランカは妹に見えないように歯ぎしりした。この屋敷に彼女の味方は二人しかいない。祖母も父も母も、彼女には無関心。身の周りの世話をする使用人達も、事務的であり、誰も本当の彼女をわかってくれない。

 あまりにも理不尽だ。フレデリカはなにも悪くないのに。魔術の才能がないだけで、どうしてこんなに悲しまないといけないのだろうか。

「大丈夫よ。私は貴女を応援する。もちろん、マリオンもね」

 フランカが扉へと視線を向け、フレデリカもつられてそちらを向く。すると、ドアは半分だけ開いており、こちらをこっそりと覗きこむ少女の姿があった。白いエプロンに黒いワンピース――マリオンである。

 びくっとマリオンが肩を震わした。後ろとこちらを交互に見比べ、とてとてとした足取りでこちらへと近寄って来る。

「あの、フレデリカお嬢様、その、えっと、誕生日、おめでとうございます」

 彼女がフレデリカの味方の二人目だ。

「私も、祝福します。貴女様が立派な魔術師になれますように。今、ケーキが焼き上がりました。どうぞ、召し上がってください」

 マリオンもまた〝失敗作〟であり、本来ならこのような身勝手な行動は許されない。ただし、フランカが冤罪符になってくれる。姉は妹と同じくらい女中を好いていた。

「マリオン――ありがとう」

 フレデリカが頬を紅潮させた横顔にフランカの心臓は止まりかけた。それほどの衝撃だった。

「ほら、マリオンもこっちにもっと近づいて。二人まとめてぎゅってしてあげるから」

 フランカが強引にマリオンを腕に抱く。二人分の温かさに、女は幸せに包まれる。

「私が二人を守るわ。絶対に、守ってみせる」


 ――満月を心の鏡にして、フランカは過去を思い出し、現実世界へと意識を急浮上させる。


「そう。私が守らないといけないの」

 何重もの阻害魔術を施し、フランカはフレデリカの住むビルを監視していた。場所はそれほど離れていない位置に立っている五階建て雑居ビルの屋上だ。深夜になるとテナントは当然閉まっており、侵入できそうな入口は全て鍵がかけられてある。しかし、鍵は壊していないし、どこも損壊させていない。女は魔術で重量に干渉し、壁を歩いて進んだのだ。

「少しでもヤバいと思ったらすぐに助ける。敵なんて全員殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――私の愛する者たちを傷付ける奴らは全員殺す!!」

 落下防止用のフェンス越しに鋭い視線を走らせるフランカ。の隣には呆れたような表情をしているレイルが立っていた。

「ちゃんと待ちなさいよ。腕の一本ぐらい吹き飛んでもこっちで治療できるんだからね。まったく、貴女の性格は昔からずっと変わってないのね。考えることはフレデリカの心配ばかり」

「マリオンもだ」

 女が間髪入れずに訂正した。

「あーはいはい」

 レイルは微苦笑を零し、空を見上げたのだった。


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