第3章 ⑩

ホテルから出た男は裏道を歩きながら黙考していた。

 自分はなにをすべきだろうかと。

 女は言った。助力に感謝すると、すぐに街から離れろと。

 死地へと赴く女の瞳に、和也の胸が熱くなる。そして、らしくないとかぶりを振った。

「なに考えてんだよ俺。こんなこと、何度もあっただろう。これまで何百の仕事をこなした? 俺の売った商品で死んだ人間が何人いると思う? あの女はただの客。客だっつーの」

 苛立ちを隠せず、和也は天を仰ぐ。

 マリーベルに惚れた? 違う。そんな安い理由じゃない。

 調達屋としてのプライドが許さなかったのだ。

「マリーベルは結局、ラズベリーの化け物に殺される。勝っても、負けても、殺されるんじゃねえか」

 どれだけの金額を詰まれようと、殺される女の引き立て役に商品が使われるのが気に食わなかったのだ。男はマリーベルに生きて欲しいわけではない。しかし、こればっかりは憤りを隠せない。

「けっ。くだらねえ」

 舌打ちし、和也は携帯電話をズボンのポケットから取り出した。指を滑らせて操作し、耳に当てる。

「おい、ああ俺だ。事前に伝えてある配置のA‐四を空けとけ。あ、いらねえよ。そこにはテメエら一人たりとも必要ねえ。――俺が入る。だから、邪魔すんじゃねえぞ」

 男は悪事を面白がる子供のような笑みを浮かべ、電話を切った。和也には調達屋ともう一つの名がある。《応報求める黒牙》。彼もまた魔術師であり、傭兵紛いの仕事を数多くこなしてきた。

 勘は鈍っているだろうか、と固く握った右拳に視線を落とす。

「関係ないね。俺は俺のベストを尽くすまでさ」

 男は敢えて暗く険しい道を選ぶ。

 その先に待っているのが最低の結末だとしても、

「もう、後には退けねえぞ」

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