第3章 ⑥

「わかりました。では、先ほどの記憶は綺麗さっぱり脳から消去します」

 三階へと続く廊下を歩きながらマリオンが告げる。その後ろを並んで歩くフレデリカとライラが深々と頭を下げた。

「大変申し訳ありませんでしたわ」

「ごめん。我失ってた」

 フレデリカは嘆息し、指を鳴らす。

「……話しを移します。つまるところ本題なのですが、レイル様の言葉が正しいのなら、明日にはマリーベルと戦うことになるでしょう。勝敗条件は倒すか倒されるか。死ぬか生きるかの二択です。手加減して勝てるような敵ではないでしょうから。そして、あちらの戦力は未知数。雑魚とはいえ前回のように兵を集められたら厄介です。それに、《レイジング・ハート》の剣士が他にいないとも限りません。よって、これより作戦会議です」

 マリオンが開けた部屋は武器開発の工房だった。先にフレデリカとライラが入り、少女がドアを閉める。

「ライラ様は自身で用意した術具が御有りですね。整備をするのであれば、ここにある道具を自由に使ってもらって構いません。次にフレデリカお嬢様。貴女にお見せしたい物があります」

 作業台の上に、細長いケースが一つ置かれてあった。ライラの物でも、フレデリカが国広から受け取ったケースでもない。マリオンは粛々と〝それ〟を開け、中身を二人に見せる。魔女二人が、驚愕で目を見開いた。

 中で眠っていたのは一振りの刀だった。刃渡りは八十センチ。緩やかな円弧を描く刀身は刃紋鮮やか。されど寒々しく、触れただけで魂を吸い取りそうなほど。これが、マリオンの制作していた武器である。柄や鍔、並んで置かれてある白木の鞘には装飾一つない。こちらは時間がなく、有り合わせである。しかし、武器としての斬れ味は一切損なわれていない。むしろ、余計な装飾が無い分、刃鉄の奥深さがいっそう際立っていた。

「マリーベルの得意とする間合いでも、貴女様が互角に戦えますように。さあ、時間がありません。これより素振りを行ってください。切っ先までの距離を視力に頼らざるとも掴めるまで」

「うっわ、これ〝サムライブレード〟? フレデリカってこんなのも使えるんだ」

「当然ですわ。銃器やナイフ以外にも一通りの武器はマスターしています。その気になれば鉛筆一本で人を殺せますわ」

 フレデリカは柄を握り、ライラ達から離れる。そして、感触を確かめるように両手で柄を握り直し、上段から下段へと一気に振り落とした。銃声と比べればあまりにも静か。だが、凍えるような刃鉄の軌跡は、鉄錆びの臭いを纏い、少女は喜悦の笑みを湛える。

「マリオン。この刀の名は私がつけても構いませんね?」

「ええ。主である貴女が、その子に名付けしてください。なんでも、日本の鍛冶師達は刀に銘を施してこそ、真なる完成となるそうですよ」

 少女は刀身を鏡代わりにでもするように地面と水平に、己の目線の高さまで上げ、厳かに宣言する。

「ならば、こう名付けましょう。――《氷華の月》と」

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