第3章 ①
◇
ライラ・D・アプリコットは結社の首領になる前まで、武者修行として多くの魔術師と戦闘訓練を積んできた。こと戦闘においては若手内で最強だと自負している。しかし、少女の自信も名声も、彼女という黄金の前ではくすんだ鉛同然だ。
少女の目の前にいる魔女はフランカ・A・ラズベリー。魔女の中の魔女。一万三千の結社を統轄するSSSランクの
ライラの治める《琥珀蝶の調》など、一晩もあれば一人で壊滅させられるだろう。
それほどの腕前だった。
魔力そのものを隠蔽し、こちらに接近をまったく察知させずに高速発動させた呪文無しの高威力魔術。どれをとっても超一流。
(どうして、そんな人がここにいるの? それも、実の妹であるフレデリカを狙って!)
フレデリカが家族と仲違いしているのは知っていたが、まさかここまでとは。
「杖を下げなさい。あなたが一発撃つ間に私なら七発撃てるわ。彼我の差は歴然ね」
杖を握る指先が芯から凍える。だというのに、全身に気持ち悪い汗が噴き出す。対峙するだけでこの有様だ。生きる高みが違い過ぎる。フランカはライラを一瞥しただけで、すぐにフレデリカへと向き直った。
「久しぶりね、フレデリカ。元気だったかしら?」
「ええ、健康そのものでしたわ。お姉様こそ、御健勝でなにより」
フレデリカがUSPをデコッキングし、手動安全装置をかけ、ホルスターに戻した。ライラも少女に倣って杖を収める。フランカは固い表情を崩さずに口を開いた。
「まだ、そんなお飯事を続ける気なの?」
「お、お姉様には関係のないことですわ」
すかさず少女が反論するも、フランカは無情に切り捨てる。
「いいえ。あなたがそんなことをすると、ラズベリー家の沽券に関わるの。純血の魔術師一族である私達に泥を塗るような真似はやめて頂戴。お金が欲しいなら私のポケットマネーでいくらでも出してやるから」
見下すでも怒るでもなく、無機質な説明口調。
フレデリカは憤りを隠せなかった。
「……お姉様に、私のなにがわかるというのですか」
ライラが止めようとするも間に合わない。フレデリカの感情が爆発する。
「魔術の才に愛されたお姉様にわかるはずがありません。私は人並みにすらなれないおちこぼれなんです。己の魔術がぽんこつなら、他の何かで補うしかないではありませんか。だから、私はAの名を捨てて銃器をとったのです。一流の魔術師にはなれない。それでも、こっちの世界を忘れることなんてできなかったから!」
ラズベリー家やアプリコット家などの高名な西洋の魔術師の一族は、その証しとして己の名前以外にアルファベッド一文字を継承する。ライラは昔に聞いたことがあった。フレデリカは本家から出て行く条件として《A》を捨てたのだと。
だから、少女は銃器を手にすることができた。厄介払いされたからこそ、魔術以外を極めることができた。
魔術一家で魔術の才がない人間は花を咲かせない種と同じだ。育てるだけ時間の無駄である。後の世に名を轟かせるだろうフランカと、そこら辺の十把一欠片にも劣るフレデリカでは、太陽と泥ほどの隔絶した差がある。
直接聞かずとも、少女がどれほど辛い生活に堪えてきたかありありと予想できた。ライラにしろ、家族との繋がりは魔術の才前提の繋がりだ。結社にしろ、家名抜きで彼女個人を信頼してくれる徒弟がいくらいるだろうか。ほとんどがアプリコットの名があるから従っているようなものである。
「今まで私にはなんの興味も示さなかったのに、いざ不都合が起きたら私の力さえ奪うのですか!? ようやく掴みかけた自由ですのに。私とお姉様はもう、なんの関係もありません。……そうですわね、赤の他人なら、お姉様ですらねえですわ! 他人の貴女が私の生き方の邪魔をしないでください」
フレデリカの言い分は間違っていなかった。しかし、正論が正論らしく、正しく通るほど、フランカは甘くなかった。
「いいえ、フレデリカ。私は貴女の姉なの。それにね、真の意味で関係を断ち切りたいのなら、どうしてラズベリーの姓を名乗っているのかしら?」
煮えたぎった鉛を飲み込んでしまったかのように、フレデリカは押し黙る。フランカはなおも淡々と告げる。
「捨てきれないのでしょう。認めて貰いたいと想っているのでしょう。けどね、貴女を認める人間なんて誰もいない。半端者の貴女は、これからもずっと半端なの。魔術師ごっこがしたいのなら、役者にでもなることね」
――もう彼女も限界だった。ライラはスカートの内側、太股に巻いたホルスターから杖を引き抜く。その先端をフランカへと向けた。
「これ以上、私の友を侮辱するな」
静かに、されど静かな怒りの炎を燃やした声。今この時、ライラは己がアプリコットの人間で、結社を背負う責任があることを全て〝忘れた〟。目の前で友が傷ついている。それを守れないでなにが一流の魔術師だ。なにが首領だ。少女は、フランカとフレデリカの間に割って入る。
「貴女はアプリコットの人間ね。ライラ、貴女がラズベリー家の問題に干渉する権利なんて」
「五月蠅い!!」
フランカの言葉を強制的に中断させる。
今のライラは魔女では無い。
友を守るために爪を尖らせる、一人の女だ。
「フレデリカは立派に戦っているわ。それなのにどうして邪魔するの? 魔術師らしくない戦い方だって? それこそ酷い冗句ね。高名な貴女様は日本までどうやって来たのかしら? 箒に跨った? それとも使い魔を呼んだ? 私はね、飛行機を使ったわよ。科学の結晶である鋼鉄の翼をね。今生きている魔術師が全員、科学に頼っていない生活をしていると思うの? 違うわよね。地球の裏側の人間と話したいときは数百人の超々遠距離魔術なんて使わない。携帯電話があるもの。美味しいご飯を食べたいときは冷蔵庫から材料を取り出して、ガスコンロで焼いたり蒸したりする。濡れた髪を乾かすのに一々杖を振って風を起こしたりしない。ドライヤーがあるもの。……もうね、私達でさえ、科学に頼れない生活なんてできない。なら、私の友達が銃器を手にしたからって、なにがいけないの? 駄目だというのなら、貴女がこれまで一度も科学に頼らなかったっていう証明をここでしなさい!! できないのなら、私の友を侮辱するな!」
気丈にライラが言い放つ。その肩へ、誰かが後ろから手を置いた。首を曲げると、そこには友の顔が。今にも泣きだしてしまいそうなフレデリカの顔があった。小さく首を横に振る。もう止めて、と言外に告げるように。
「ごめんね。私が出しゃばっちゃいけないんだろうけどさ、どうしても退けないことってあるじゃん。私にとって、今がそうなの」
お祖母ちゃんごめんなさい。《琥珀蝶の調》の皆ごめんなさい。と、ライラがさらに言及しようとして。フレデリカが肩を握る手が強くなった。
「駄目。駄目ですわ」
「どうして? あんたが胸を張らないでどうするの? 私はね、フレデリカに感謝している。フレデリカを大切だと思ってる。凝り固まった私の心をぶッ壊したのはあんたなんだから。あんたがいなかったら、こいつみたいにな、っ、って……」
再びフランカへと向き合ったライラが声を失った。目の間にいるのは魔女の中の魔女。ライラが百人束になっても敵わない最強の魔術師。……のはずだ。しかし、
「わ、私、だって、ふれ、フレデリカのこと、大切、だもの」
フランカが幼子のように号泣していた。
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