断章 ②


 調達屋・六天咲和也は、その女に出会ったとき、殺されるかと思った。それほど、剣士の瞳は暗く、冷酷だった。かつては《応報求める黒牙》の二つ名を持つ荒事専門の魔術師だった男は、これはいつもの商売だから冷静になれ、と自分に言い聞かせる。

「それで、相手の力量を図るための適当な兵が欲しいんだな。すぐに集められる分だと低レベルな連中しか無理だが、それで構わないか? しかし、《レイジング・ハート》は壊滅したって聞いてたんだがな、まさか、その元首領様に仕事の依頼をされるとは夢にも思わなかったよ」

 昨日おろしたばかりのように小奇麗なダークスーツを着ている女、マリーベルはやつれているというのに、弱々しさを微塵も感じさせない。むしろ、余計なモノがこそげ落ちた分、彼女の内面が垣間見えるかのよう。名づけるなら、それは狂気。

「果たさなければいけない。私は、果たさなければいけない」

 まるで呪詛のようにマリーベルは同じ言葉を繰り返す。和也は女の事情を知らない。キナ臭いと感じていたが、すでに日本円換算で八桁分の前金を貰っている。それも現金で。金さえあればなんとでもある、と気楽な考えだった。

 和也はソファーに深く座り直し、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干した。フランス、パリにある、彼のビジネス用の隠れ家の一つは地下にあった。その一室は、狭いながらも応接間としての機能が整っている。照明に照らされたテーブルとソファー。そして、二人の魔術師。誰にも気がつかれることなく、商談は続く。

「わかった、わかったよ。えーっと、日本だっけか。それなら《理夢の邂逅》って結社がある。若い奴しか揃ってない弱小だが、試し撃ちの的には丁度良いんじゃないのか?」

 和也が古臭い手帳をめくりながら言うと、マリーベルは怪訝そうに眉を潜めた。

「試し撃ちとは変わった例えだな。私の腰にあるのは銃ではなく、剣なのだが」

 マリーベルの腰には鞘に収まった剣がある。試し撃ちではなく試し斬りだと言いたいのだろう。その齟齬に、和也は『なんだ知らないのか』と逆に驚いた。

「違う違う。試し撃ちするのはお前じゃなくて、あっちの魔術師だ。ライラ・D・アプリコットは正真正銘生粋の魔術師だが、フレデリカ・ラズベリーっていえば魔術とナイフ、それに銃器を使う変わった奴だよ。杖の代わりに拳銃を、呪文の代わりに弾薬を、呪いの代わりに硝煙を。結構な腕前でよ。ついた通り名が魔操銃士(マジック・ガンナー)」

「そう、だったのか……。あの女め、ろくな情報をよこさずに私とぶつけようしていたのか」

 彼女から発せられる怒気がますます強くなる。もし、道端でマリーベルを今の状態を見付けたら和也は一目散で逃げる自信がある。

「ま、まあ、俺が知っている範疇なら教えてやるよ。だから、そう怒るなって」

 それは優しさではない。マリーベルが怒気を纏ったままでは、満足に呼吸ができなくなるからだ。ぴりぴりとした静電気のような魔力が皮膚に当たって痛いのだ。《レイジング・ハート》のマリーベルといえば百戦錬磨の達人。和也が百人束になろうとも正面からでは一掃されるだろう。

「それは金を取るのか?」

「いえいえ。純粋な親切心です」

 おどけた調子で言うと、幾分かマリーベルの殺気が薄れた。女は深く息を吐き、右手で顔を撫でた。

「事を急いては失敗する。頭ではわかっているのだが、この手は血を欲している。……我が悲願のための生贄を求めている。和也と言ったな。詳細な情報の提示をここでしてくれ。今すぐに。我には時間がない」

「ああ、いいぜ。……けど、これだけは聞かせて欲しいな。お前はいったい、なにと契約した? アプリコットもフレデリカもこっちの世界じゃ名が通りすぎている。殺す〝だけ〟なんてなんのメリットもねえだろ。結社も後ろ盾もなくしたあんたが殺せば、それこそ罰せられる」

 マリーベルの行為は完全に違法行為だ。ライラもフレデリカも罪人ではない。第三者からすれば、剣士の逆恨みのように見て取れるだろう。両家からの報復で、殺されるよりも惨たらしい最期が待っている。

「これは私と女狐の契約だ」

 厄介事に巻き込まれたくない和也が待ったの声を出すも遅い。マリーベルの独白を全て聞いてしまった。

 どうしてあの時、質問してしまったのだろうと和也は数分後に後悔した。


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