第2章 ⑩

 フレデリカがライラの足を凌辱している同時刻、マリオンは昼食の準備をしていた。

「昨日の汚名を返上するため。今日は、精一杯張り切ります!」

 自身の意気込みを体で示すかのように、マリオンは、その塊を力強く踏み潰す。ぐいぐいと生足で〝それ〟を丹念に捏ねていく。パン生地のような物体をラップ越しに踏んでいく。どれほど可笑しな踊りをしていただろう。次に少女は生地を大きなまな板の上に置いた。面棒で楕円形に広げ、小麦粉をまぶし、三つ折りにする。

 マリオンは鉈と見間違えるような長方形型の包丁で生地を細く均等に切っていく。それは麺であった。キッチンで繰り広げられているのはラーメン作りである。ガスコンロでは寸胴鍋がぐつぐつと野菜やら鶏ガラやら根昆布を煮込んでいた。冷蔵庫では醤油タレに漬けこまれた豚肉チャーシューが静かに出番を待っている。焼きノリ、煮卵、メンマ、ナルト。オーソドックスな醤油ラーメンに必要な具材は全て揃っていた。付け合わせに炒飯と餃子(にんにくの代わりに生姜入り)も用意する予定である。

 魔術師とは大抵凝り性だ。マリオンの場合、料理にまで癖が移ってしまったらしい。その腕は華奢ながらも熟練の職人と同じぐらい、鮮やかな麺作り捌きだった。

 フレデリカは日本に訪れた最初の方こそ『ショーゆーって、変な臭いと味ですわね』と酷評していたが、現在はすっかり克服し『卵がけご飯には醤油とラー油ですわねー』と言う始末である。ちなみに、マリオンは白ゴマと塩派だ。

「お嬢様達は今頃、ジャパニーズマフィアと腹の底を探り合うような交渉をしているに違いありません。疲労困憊したお二人の心と身体を癒せるような素晴らしいラーメンにしなければ」

 切り終えた麺をほぐし、一か所に纏めてぎゅっと押さえる。こうすることで麺にウェーブがつき、スープが絡まり易くするのだ。

 スープの仕込みは昨夜から始めていた。丹念に灰汁を取り除き、鍋の底まで透き通っている。どんな苦労もフレデリカのためなら厭わない。それがマリオンだった。

「……どうして、穏やかな時間とはずっと続かないのでしょうか」

 平和な時間がいつまでも続けばいい。いつもフレデリカが傍にいて、笑いあい、楽しく過ごせればどんなに幸せだろう。しかし、それは無理な話だ。彼女の主は、魔術師の道を捨てられないのだから。銃を握り、どれだけ蔑まれようとも、もう決めてしまったのだから。意地っ張りな主は、歩く道を選び、引き返すような真似をしない。

 だから、マリオンはいつも願う。どうか、無事に帰ってきてください、と。

「まったく、お嬢様は無理をしすぎなのです。心配するこちらの身にもなってほしいです」

 マリオンが唇を尖らせたとき、まるでタイミングを計ったかのように背後に人の気配。

 振り返った少女は、まるで幽鬼に出会ってしまった幼子のように顔面を蒼白にかえた。

「あ、貴女は……」

 そして、一切の抵抗を許されず、マリオンは〝襲われる〟。

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