第2章 ⑤

 マリオンはフレデリカに抱き締められて一頻り泣いた後、小さい声で『ご迷惑をお掛けしました』と謝った。主は『気にしなくていいのです』と従者の頬にキスをした。

「で、あんたはレイルをぎゃふんと言わせるために指輪の謎を絶対に解いてやるんだぞって意地になったってこと? こんな量の魔術書、一晩で読み切れるはずないでしょー。いい加減諦めて眠ったらー? ところでぎゃふんってなに?」

「……ちょっと黙ってて貰えねえですかね。今、すごく忙しいんですの」

 三階の工房。魔術書室の机にフレデリカは十数冊の本を山積みにしていた。他数冊を開き、貪欲に知識を脳へと押しこんでいく。ページに目を通してはA四の紙に鉛筆でメモを書き、本を変えては読んでまだ記載する。先ほどからずっとこれの繰り返しだった。

 椅子に呪われてしまったかのように座ったままのフレデリカの代わりにライラが新しい魔術書を選んでは運び、また戻すのを繰り返す。

「うわ、《ラジカル・サイケデリア》とか超レアものじゃん。どこで手に入れたの?」

「一年前に、破産した蔵書商人から安く買い叩きましたの」

「へ、へえ、そうなんだー」

 もの凄くなにか言いたそうにしていたが、ライラは深く追求しようとはせず、新しい本を机に置く。彼女の指輪の解読を試してみたのだが、空振りに終わってしまった。どうやら、根本的に見直さなければいけない点があるようだ。

「こっちの魔術を排除する感じのロックかなー。無理矢理魔力を一点集中させても壊れそうだし。いや、これだけの魔力を込められているんだから壊れないかも」

 指輪には過去の所有者が膨大な量の魔力を注ぎ入れたせいで、物理的な破壊も不可能なほどだった。

「ねえ、フレデリカ」

「なんですか?」

 フレデリカは文面を貪るように見たままで、ライラの方を見ようとはしなかった。右手が別の生き物のように鉛筆を走らせ、白い紙を黒の線で埋めていく。

「私達さー。なにに巻き込まれたんだろうね? これさ、絶対に何かあるって。レイルの糞女がわざわざ出しゃばってきてさ。それに、フレデリカを陥れるだけだったら、適当な理由つけて私を強制帰還させればいいのにしなかった。わからないことの山積みだねー」

「そうですわね。早く解決しませんと。後二日しかありませんのに」

 二日後、おそらくマリーベルと戦うのだろう。全身全霊を賭けた大勝負。負けたら文字通り、命はない。フレデリカは魔術騎士の鮮烈な空気を首筋に感じ、悔しそうに下唇を噛んだ。

「わからないことだらけですわ。どうして、壊滅した結社の首領がこんなところまで。本来、結社が壊滅すれば他結社に業務委託するか、機関から全権利を剥奪されるかのどちらかですわ。それなのに、あの女は首領と名乗っていた。マリオンが掴んだ情報が偽物なのですの?」

 マリオンは過去に懇意にした(フレデリカを恩人だと思っているのが三割。彼女から弱みを握られているのが七割)人々を経由して情報を入手した。信憑性は高いものの、百パーセントではない。どちらにせよ。レイルが加担している以上は機関に助けは求められない。

 マリーベルの剣技を思い出し、フレデリカは瞳を険しくした。

「強敵ですか……。勝てますでしょうか」

 すると、本の束を机に置いたライラが、にっと歯を見せるように笑ったのだ。

「絶対に勝てるって。だって、あんたには私がついてるし」

「はいはい。そうでしたわね」

 彼女の自信がなによりも信頼できて、安心できた。一人だったらきっと、塞ぎこんでいただろう。魔操銃士として生きることを決めた自分を応援してくれたのはマリオンと彼女だけだった。フレデリカにとってライラはただの友達ではなく、それ以上の存在だった。

「ちょっと、テキトーに返事しないでよー」

「あ、肩を揺らさないでください。文字がぶれてしまいます」

 けっして、ふざけ合う時間などない。

 しかし、このときばかりは年相応の友達同士の光景だった。

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