第2章 ②

 フレデリカは三階の工房、武器制作をする部屋の椅子に座っていた。目の前に机があり、白い布が全体を覆うように広げられている。その上には、USPとGP‐100が並んで置かれてあった。銃器は毎日のメンテナンスが必要不可欠であり、使用した日は特に念入りに行わなければいけない。もっとも、今回の場合は先ほどの痴態で沸騰しそうな頭を誤魔化すためでもあったが。

 部屋の窓は全て開けられており、換気扇も回されてある。

「忘れろ~。忘れるんですの私~。あれは全部なかったことにするですの」

 ぶつぶつと呟きつつ、少女はUSPを手に取り、通常分解していく。これは、一個一個の部品まで分解する完全分解と違い、掃除をするうえでの必要最低限の分解だ。工具を使用せず、手があれば一分足らずで済む。

 別けられたパーツは以下の通りである。

スライド。銃身と薬室を上から覆う逆U字形のカバーのようなパーツ。

銃身。弾丸が通る筒状のパーツで、大抵は弾薬を待機させる場所の薬室と一体化している。

グリップ。銃柄とも表記するパーツで、弾倉が収められており、射撃時に握る部分。

 各バネ類。スライドが戻る際に反動を伝えるパーツである。

 フレデリカはまず、布切れ(ウエス)で各パーツの表面に付着した汚れを丹念に拭きとっていった。続けて、フランネル製の乾いた布へ油をつけて部品の表と裏を磨く。

これは錆止めの役割を持つ。湿度が高い季節や汗ばんだ手で使用したときは要注意だ。銃身は、クリーニングロッド――細長い棒に布を巻き付けた物を使い、押したり引いたりして内部を磨く。

 そして、スライドを裏返す、毛が真鍮製のブラシを使い、発射薬の滓を落としていく。銃身内部や薬室も同様に。これを怠れば動作不良に繋がり、戦場では命取りになる。残った滓はクリーニング液を使い、完全に綺麗にする。

 最後に乾いた布で余計な油を拭き、可動部へ給油して掃除完了だ。ものの二十秒で組み直し、調子を確かめる。

「まあ、良い塩梅ですね」

 GP‐100も同じく掃除する。こちらは機構がシンプルであり、通常分解はできない。銃身内部の滓を落とし、布切れで拭く。油ももちろん忘れずに。USPの半分以下の時間で済んだ。

 二丁の拳銃に弾薬を装填し、ホルスターに収納する。すると、ドアの向こう側から声で響いた。

「フレデリカー。ご飯来たよー」

「分かりましたわー」

 少女は階段を下りてリビングへ向かう。マリオンが二人の痴態にショックして部屋に籠り、一から料理するのが面倒なので出前をとったのだ。

 フレデリカが注文したのは天丼で、ライラはカツ丼に豚の角煮と五目焼きソバを選んだ。セットで味噌汁と漬物もある。職人が手早くも丁寧に作ったのだろう。実に美味しそうな湯気を上らせている。

 二人は対面して椅子に座り、どちらともなく『いただきます』と頭を下げる。暫くの間、箸や丼が鳴る音だけがダイニングを満たす。そして、唐突にライラが口を開いた。

「あのさ」

「なんですの?」

「これからどうしようか?」

「夕食を終えたあとはお風呂ですわね」

「そうじゃなくて、指輪のこと」

 そう、ゆったりと食事を楽しむ時間はない。マリーベルという明確な敵が現れた。現在も、女はこちらを見付けだそうと尽力を注いでいるかもしれない。フレデリカはすぐに答えず、漬物をバリバリと噛み潰してから味噌汁を音も立てずに飲んだ。彼女とて、なにも考えがないわけではない。事態は急を要する。脳内では数多の選択肢をシミュレートし、不確定の未来像をおぼろげながら想像していく。

 ライラが焼きソバを飲み込み終わったとき、フレデリカがテーブルを左手の人差指で叩いた。こんこんと二回、爪と木の面が硬質な音を出す。

「まずは情報収集です。ご丁寧にも《レイジング・ハート》の首領と自らの結社と立場を宣言しましたし、それほど難しくないでしょう。そして、指輪の解析です。違法術具だった場合、問答無用で破壊します。また、あちらから仕掛けてこない限り、こちらからの攻撃はしません」

 彼女には魔操銃士としての立ち位置がある。結社の首領であるマリーベルを倒せば、どこから不満を売られるかわかったものではない。ライラも首領として経営している身とあってか、好戦的なことは言わず。黙って頷いた。

「とにかく、今日はもう休憩しましょう。疲弊していては些細な失敗をし兼ねません。銃のメンテナンスもありますし」

「へー。銃ってメンテナンスとかあるんだ。弾が出るだけだし、構造は簡単じゃないの?」

「とんでもありませんわ。確かに、回転式拳銃は構造がシンプルだから簡単な掃除だけで済みますが、自動式拳銃は一度分解し、とくにスライド部分を重点的に掃除しなければいけません、そうでないと発射薬の滓が溜まり、射撃したさいにスライド不良でジャムるときが……って、わかっていませんね」

 銃器の構造をまったく理解していないライラは角煮を口に含んだまま首を傾げた。フレデリカは気恥ずかしくなって食事に専念する。しっとりとした衣に包まれた海老を齧り、甘辛いタレの染みたご飯を口に掻きこんでいく。苛立ちからか、その箸捌きは少々雑だった。

「こんなふうに戦い方練るのって戦闘狂結社の《バーデンリアの竜》と戦ったとき以来じゃない? あんときは苦労したよねー。フレデリカったら、肝心なところで弾外しちゃうんだもん。私が咄嗟に呪文無しで魔術を発動させていなかったら、どうなっていたことやら」

「あら。それを言ったら魔物と共に封印されていた魔術書を開いたのは誰だったかしら? 私が記されていた暗号を解読して魔術陣を構成し直さなかったら、ここに貴女の首はありませんでしたわよ?」

 お互い、箸を止めて睨みあい、先にライラが折れた。

「なんだかんだあったけど、いつも上手くいってたでしょ。だから、今回も大丈夫だって」

「その根拠もない自信はどこからくるのでしょうね」

「えっへっへ。だって、私って単純だしー」

 ライラはカツとご飯の配分を考慮しているのか、箸を丼の上でくるくると回していた。他の品はすでに空になっている。味噌汁だけでは喉は潤わないとフレデリカは椅子から立ち上がった。なにか、冷蔵庫に飲み物をとりにいこうとして――、

「……なにか、来ましたわね」

 フレデリカが太股のホルスターからGP‐100を取り出し、

「……うへ、敵さんの登場?」

 ライラが杖を後ろ手に構える。二人は音も立てずにダイニングを出て、一階の出入り口へと下りていく。肌にひりつくのは静電気のような魔力だった。マリーベル? いや、それにしては見付かるのが早すぎる。なにより、敵がわざわざ魔力を発しながら来るものだろうか。フレデリカは弾倉内の六発をホットロードされた三五七マグナムから、同口径の三八スペシャル弾のシルバーチップへと変え、撃鉄を起こした。この弾薬はマグナムと比べて威力が二、三割低下する。しかし、その分だけ反動を押さえられるので命中率が向上する。彼女の腕なら三秒以内に二十メートル以上離れた敵の眉間に当てられる。

 まだ敵の情報がない。フレデリカはマグナムの威力よりも、通常弾の命中率をとった。

 廊下から開けた場所に出る。最初に見えたのはマリオンの背中だった。しかし、何故だろうか。その小さな背中が震えている。まるで、凍傷にかかってしまったかのように。

 そして、もう一人の姿を発見する。

「あら、ごめんなさい。食事中だったかしら?」

ブランド物の空色ワイシャツに黒の長いパンツスタイル。セミショートの金髪で、銀に限りなく近い灰色の瞳にメタリックフレームの眼鏡。その女性の名を、フレデリカが苦々しく呟く。

「レイル副長……」

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