第1章 ⑧

「いやー。ごめんごめん。こういうのって久しぶりだし、なんか気合いはいちゃって」

 あっはっはは、と頭を掻くライラの隣でフレデリカは額を押さえた。

「さっきの宣言なんですか? わざわざ声音を変えて言うなんて、正気ですの?」

「ええ、カッコ良かったでしょー?」

 友には友のこだわりがあるようだ。フレデリカは呆れ、視線を移す。目の前には戦意を失った十一人の男がいた。その内の一人、最初の男へ銃口を突き付け、女は問う。

「で、あなた達の正体は何者ですの? 言わないのであれば、拘束します。犯罪魔術師として取り締まりますわ。ちなみに、私はこの街の治安を維持する魔操銃士です。名はフレデリカ・ラズベリー」

 女の名を聞いた男が慄いた。フレデリカが『ああ、一応言ったけど、またフランカお姉様と間違えられるの面倒だなー』と思っていると、男が不可解なことを言った。

「そんなの聞いてない。聞いてないぞ!」

「……誰かに雇われたのですか?」

 情けない金切り声をあげる男へフレデリカが再度問うた――斬撃。

「フレデリカ!!」

 高密度の魔力が顕現した刹那の瞬間、ライラがフレデリカのよりも前に踏み込み、杖をフェンシングのように突き出す。同時に詠唱もなく水流がうねり、二人を半球となって包む。轟雷にも似た音が魔女の鼓膜を揺るがした。どんな攻撃だったのだろうか。水の障壁が大きく抉れ、数千の水滴となってドレスを濡らす。光煌めく向こう側に、男はいなかった。あったのは新鮮な肉塊。頭から腰骨、股下まで真っ二つに斬り裂かれた死体だけだった。人間の断面図から湯気が上り、内臓が蠢いている。零れる血が脳漿と混ざり合い、行く当てもなく地面に流れる。

 フレデリカは苦い顔をしただけだったが、ライラは口元を押さえて嘔吐感を堪えているようだった。魔操銃士と違い、友は人殺しの経験など少ないのだろう。

「貴女は下がっていなさい。ここは私が」

 フレデリカがライラの肩を掴み、押し退ける。

「それで、貴女は何者ですの?」

 死体を挟み、フレデリカの視線の先には二十代前半の女が立っていた。

「戦いの一部始終を見させてもらった。称賛に値する攻防である」

 無機質な声をつくった唇は艶やかなルージュの色。一七十センチ後半のすらりと細い身体に、ダークスーツが良く似合っていた。中性的な顔立ちで、肌は白く、切れ長の瞳はまるで獲物を見付けた猟犬のように冷たい色を宿している。硬い質感の金髪は、動きやすさを重視しているのだろうか肩の辺りで切り揃えている。胸元はフレデリカとマリオンの中間。

 そして、その右手には一振りの剣が握られてあった。円弧を描く刃を持つ西洋剣・サーベルだ。叩き切ることに重点を置いた西洋の剣の中で日本刀にも似た理念、斬り裂くことを念頭においた剣である。刃は鋼か。深い血溝が彫られている。鍔と柄には金銀の精緻な装飾がされていた。十中八九、術具であろう。

 目を合わせるだけで夏の熱気が遠くなるほどの威圧感。紛れもない強敵だ。

「我が名はマリーベル・キルミスタ。フランスのパリに拠点を置く魔術結社レイジング・ハートの首領である。訳あって参じた。用件は一つ、汝が持つ指輪を渡して貰おう。そうすれば、命は保証する」

 フレデリカはある程度の結社を知っているが、数が数である。《レイジング・ハート》などという結社は聞いたためしがない。最近になって設立したのか。それとも、小規模なのか。どちらにしよ。マリーベルと名乗った女の態度が気に入らなかった。まるで、こちらを倒すのは余裕であるような言い草ではないか。

「……呆れますわね。この指輪がなんだというのですか? 貴女の所有物である明確な証拠があるのなら、渡さないこともありません。しかし、これが犯罪に関係するのであれば、おいそれと渡すわけにはいきませんわ」

「当然の言葉である。なら、押して通るまで」

 マリーベルがサーベル握る右手に力を込めたとき、それは起こった。

炎弾が飛来する。人を傷付ける魔弾が襲いかかってくる。

ライラにでもフレデリカにでもなく、西洋剣を構えた女へと。

「ふんっ!!」

 女の右半身を焼こうとした炎弾は、マリーベルが振ったサーベルの一撃で霧散する。高密度の魔力を纏った刃が炎弾の術式そのものを破壊したのだ。フレデリカは呆気にとられる。男の一人が――右手を潰され、左手で銀の短剣を握った魔術師が怒気の孕んだ瞳で女を睨みつけていた。

「どうして、啓介を殺したんだ!! テメエにとって、俺らは捨て駒だったのかよ!!」

「汝らが仕事に失敗しようとも我には関係ない。金を払い、汝らは実行した。結果がどうであれ、契約は済んでいる。ああ、殺した理由か? 不意討ちには手頃だったのでな。すでに負け犬。こちらで有効活用させてもらった」

 淡々と説明するマリーベルの物言いに、男はさらに声を荒げる。

「うるせえ! 獲物の正体がアプリコット家にラズベリー家の魔女ってわかってたら断ってたよ。なんで、黙ってた。なんで、黙ってた!! てめえのせいで俺らはお終いだ! あの家に喧嘩売って結社が存続できるわけねえ! どうしてくれるんだ!」

 フレデリカ達の家に盾突けば小さい結社など百単位で壊滅する。巨象が、躊躇いなく蟻を踏み潰すように。しかし、マリーベルは心底理解できないとばかりに首を傾げる。

「私は関係ない」

 男の怒りはついに臨界点へ達する。柄を砕かんばかりに握りしめ、呪文を唱えようとして、

「邪魔である」

 男の首がごろりと落ちた。口を大きく開けたまま、地面を噛むように落下し、腐った果実が潰れるような音と汁を零す。

 首が無くなったのを遅れて理解した身体が、ゆっくりと前のめりに倒れた。ひどく凄惨で、ひどく呆気ない男の死にざまに、フレデリカは激昂せず、ただ目を少しだけ大きく開けた。

「仲間ではないのですか?」

「否である。汝らの力を測るために適当な結社の人員を使ったに過ぎない。しかし、予想以上であるな。凡流の魔術師が束になっても汝らには一太刀もいれられないらしい。さすがに名家に連ねる血筋である。さあ、今度は我の番で――む」

 マリーベルが言葉を切り、首だけを後ろに曲げる。フレデリカも見た。生き残った魔術師達が立ち上がり、こちらへと術具を向けている。すなわち、殺意。それは銃士と剣士、どちらに発せられたものだろうか。

 どちらでも構わない。フレデリカにとって、それはマリーベルに生まれた絶好の隙なのだから。女の選択肢は二つあった。それも、逃げることを大前提とした。

 まず、一つは人避けの魔術を破壊すること。だが、相手の術式を逆算し、解除するには相当な魔力を要する。ライラなら膨大な魔力に頼った力技の高速発動ができようが、女にはそれだけの魔力がない。ゆえに、自然と選択は一つに絞られた。

 フレデリカはマリーベルの剣が微かに動いた隙に《アーガリスト》の目盛りを半分消費する。身体で精製された魔力を大気に放出し、水を《生成》を《変質》させる。

「コードF2。リエクト!」

 マリーベルとフレデリカの間に大量の霧が放出された。

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