第1章 ⑥

 フレデリカ達が食事をとっているとき、マリオンは魔術書を保管した工房にいた。何列も棚が並び、軽トラック二台でも積みきれなさそうなほどの本が静かに読まれるのを待っている。大きさも材質も様々であり、動物の皮に赤黒い絵文字が書かれた巻物から、ノートパソコンの大きさはある石版まである。これらは少女の主が自腹で買った物や、他者から譲って貰った物がほとんどで、ラズベリー家から受け取ったのは一冊もない。

 魔術書とは言葉通りに〝魔術について記された本〟だ。たいていは魔術を使う時の心構え、こんな魔術がありますよ、作者はこんな呪文を開発しましたよ、と科学者が纏めた科学の本とパターンは変わらない。ようするに、先人たちの知恵の結晶だ。マリオンは指輪についてなにかヒントになることはないかと読み漁っていた。きちんと家事は済ませてある。

 しかし、その顔は曇っていた。ヒントが一つもないのが半分。もう半分は、

「フレデリカ様がいないと寂しいです……」

 主が不在でやる気が出ないのである。マリオンはフレデリカに仕えるのを生きがいにしている。そんな少女にとって、主がいないのは辛いことなのだ。休暇などいらない。主の命令だったらなんだって聞く。

 その時、ふっと邪な心が生まれる。

「一人。このビルで私は一人……ふ。ふっふっふ」

少女は手に持っていた本を元の場所に戻し、工房を出る。やや早歩きで二階へ下り、その扉を開けた。フレデリカの部屋である。マリオンは白いエプロンを外し、靴を脱いで主のベッドにダイブした。

「どうかお許しになってくださいフレデリカお嬢様。マリオンは罪深い女なのです」

 ここにはいない主に懺悔し、フレデリカはシーツに頬ずりした。

「お嬢様、お嬢様、お嬢様、お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様――!!」

 ごろごろごろごろ。マタタビを貰った猫のように、マリオンは小さな身体をフルに使ってフレデリカのベッドを堪能する。胸に膨らむのは罪悪感と羞恥。それ以上の快楽と幸福感だった。

 彼女の顔が淫蕩一色に染まる。麻薬でも大量に摂取してしまったかのように目が虚ろになる。マリオンの息は次第に荒くなっていった。とうとう黒のワンピースと下着まで脱ぎ、主が眠るときのように裸身になる。少女の起伏の少ない華奢な身体が温もりを求めるようにベッドに強く押し当てられる。右手は喘ぎ声を押さえるように口元に当てられ、左手は両の太股の内側へと潜り込んでいる。

 リズミカルな音が、少女のアルトボイスとアンサンブルを奏でる。

「お嬢様。ああ、お嬢様、お嬢様。マリオンは貴女様の傍にいるだけで幸せですー」

 シーツを洗うのも枕カバーを変えるのも彼女の役目である。

 つまり、ここでなにかがあってもフレデリカにはわからない。

 主には内緒の、女中の秘密の午後が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る