第1章 ⑤

                ④

 フレデリカ達が訪れたのは全国的にチェーン店を連ねるファミリーレストランだった。禁煙席の四人用テーブルに案内され、対面するように座る。土曜日であるせいか、ほとんどの席が埋まっており、やや五月蠅い。客層は子供連れの親子から仲の良さそうな女子校生グループまで幅広い。

「忙しいところ、申し訳ありませんわ。結社への応対が面倒だったでしょう」

「いやー、そんなことないって。首領なんて飾りみたいなものだもん」

 ライラはロンドンにある魔術結社琥珀蝶の調の首領である。総人員二千名の頂点に立ち、配下に百四十六の結社を従える、格付けで表せばAランクの上流魔術師だ。アプリコット家の頭首であり曽祖母のミルエが持つ結社の一つを任されたのである。

「ひーばーちゃんには困ったもんだよ。手頃な結社をやるから若いうちに経営学とか纏めて勉強しておけってさ。お陰で元いた首領と本気の決闘だよ。中途半端に実力あるもんだから、殺さないように手加減するの大変だったんだから」

 二人が交える言葉は流暢な日本語である。よって、別のテーブルの片付けをしにきた店員がぎょっとした。

「あの、ライラ。言葉には気を付けてくださいね」

「ごめんごめん。でさ、上手く折り合いつけたから平気だよ。友達に会いに行くのに何枚も書類を書かないといけないって呆れちゃうなー。首領って面倒臭いし、息が詰まりそう。ファミレスでゆっくりご飯が食べられるなんて何年振りかなー。フレデリカはよく来るの? お奨めとかある? パスタ系よりはハンバーグかなー。お、ポテトの山盛りとかある。でもでも、せっかく日本に来たわけだし、和食御膳とか捨てがたいかも」

「私もたまにしかいかないのでお奨めと言われましても……」

 メニュー表と睨めっこして二人は注文を決める。ライラがドリンクバーからコーラとオレンジジュースカルピス等をミックスした色の怪しい飲み物をフレデリカの分まで持ってきた。

「これ、泥水ですか?」

「ライラスペシャルブレンドでーす!」

 恐る恐る飲んでみると、飲めないレベルではない。ただし、あまり美味しくもない。ライラを一瞥すると、友は高速で目を逸らした。

「そういう後先考えないところは、昔から変わりませんわね。それで、結社の経営が務まるのですか?」

 各結社の活動方針は様々だ。フレデリカのような一部を抜かし、ほとんどは魔術の研究が主なのだが、なにごとにも金が必要だ。大昔の遺物を掘り当てるにしても金。調合するための薬草を買うのにも金。建物を維持するにも金、金、金だ。よって、資金を捻り出さないといけない。《琥珀蝶の調》の場合は、表の財界と繋がっている。有名の企業の裏で、魔術師が手を引いているのは珍しくない。

「そこは抜かりないって。定期的に実績見せれば、大金積んでくれるもん。たとえば、現代医学では治せない病気でも治せますよってもちかけてね」

 談笑していると程なくして若い女性ウェイトレスが注文を運んできた。ライラは、牡蠣と海老、白身魚のミックスフライに五目御飯と豚汁、生野菜、お新香のついた和風定食。フレデリカはデミグラスソースハンバーグのAセット(ライス、スープ付き)。他にフライドポテトの大盛りにシーフードピザの一皿ずつ。

 これ、多くないですか? とフレデリカが唖然としているとライラがすでに箸を動かしていた。喜色満面にタルタルソースのかかった海老フライを味わっている。思い出した。友は大食漢である。

 フレデリカもハンバーグをナイフで切り、フォークで口に運ぶ。外は香ばしく焼き上がり、ふっくらとした内側から舌を火傷しそうなほどの量の肉汁が染み出て、ソースと合わさる。複雑化しながらも人間の本能を刺激するような肉の旨味に、少女の頬が緩まった。一方、ライラは既にピザへ手をつけていた。

「日本のファミレスってなんでも食べられて便利ねー」

「こら、口に食べ物を入れて喋ってはいけません。テーブルに肘をつかない」

 フレデリカが諭すと、ライラが唇を尖らせた。

「いいじゃんちょっとぐらいー。こういうのは楽しまないと。ほら、ポテトも食べなよ。あったかいうちに食べないと美味しくなくなっちゃぞ。口開けて口。餌を貰う雛鳥のようにあーん」

 ライラが箸でポテトを摘まみ、フレデリカの口元へと運ぶ。女は反射的に口を開けてしまい、ほくほくに揚げられたジャガイモを齧る。程良く塩味が効いていて美味い。飲み込み、はっと気が付く。

「だから、こういうのがマナー違反だというのです」

「ねーねー私には、私にはしてくれないの?」

「じ、自分で取りなさい!」

「やーだ。フレデリカが食べさせてよー。それとも、遠路はるばる来た友の願いの一つぐらい聞いてくれないのー?」

 ずるい言葉だ。そう言われたら素直に従うしかない。フレデリカはフォークでポテトを刺し、ライラの口へ、既に開いていた口内へ運ぶ。友が実に美味しそうに食べる姿を見ると、肩の力が徐々に抜けていった。

「……ちょっとは楽になった? ったく、一人で抱えようとするのはあんたの悪い癖だね」

 どうやら、自分の内心など友にはばれていたらしい。フレデリカが何も言えないでいると、ライラは甘ったるくて舌が痺れる泥水のようなジュースを啜る。

「私との食事の間ぐらい、素直に楽しみなよ」

 気恥ずかしくなったフレデリカは喋る代わりに、ハンバーグ一口分をフォークで刺してライラの口へ運ぶ。助言の代金を、友は笑って受け取った。

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