街路に急ぐ人々、帰路につく僕は。

雨が降る夜。

僕が駅のホームからスタスタと傘も差さずに帰路へ足をいちにいさんしと動かしていると背からタッタカと幾つもの足音が駆けてくる。

雪崩のように駆けるそれらは僕の指針が指す方とは全く違う方向に追い抜いて駆けていく。

縁起の悪い黒い靴、臓物のように赤い靴、腐ったような茶色の長靴。

タッタカと行進する彼らは街路に急いでいた。

僕は彼らなんかとは違うから、臭くて、臭う彼らとは違うから歩を僕の指針で踏みしめる。

彼らの向かう街路には何があるというのだろう、飲食店もなければコンビニもない。店舗がない。ランドマークがない。何もない。

彼らは不気味にタッタカと足を踏みならし街路へ急ぐのだった。

そんな彼らが何を目的にどこに行くかなど僕には必要のない事だ。

そう、僕は家へ帰るのだ。

「なんで?」

と暗闇にぼうっと淡く浮かぶような白い声が僕の右耳にふわりと届いた。

「何でって、家に帰るためさ。当たり前のことじゃないか。用事が終わって駅から吐き出される。吐き出されたら家に帰って自炊をして腹を膨らませる。風呂に入って寝る。そして新しい朝がやってきてまた僕は外に出る」

僕はそいつに当たり前のことを言ってやった。

毎日が毎日やってくる。

それはどの人間にも隣り合わせで存在していることだ。

当たり前のことだ。

「用事って?」

またふわりと。こんどは左耳だった。

「用事は用事さ、あんたには関係ないことだろう?」

僕は今日何の用事で外出していたかを忘れていた。

きっと気味の悪いこの声に驚いてしまってど忘れしてしまっているのだ。

「その用事、どんな内容か解らなくなっているんじゃないの?」

「そんなわけないだろ!」

図星だった。

なぜにこの声の主は解るのだ。

「そうだ私には解る」

心を見透かすように。

「君はもうこの世界に呑まれて一部になりかかっている」

「馬鹿なことを言うなよ、あいつらとは違うんだ!街路に急ぐ彼らとは!」

肝心なのは指針の方向では無い。

「方向など関係なく、その円環で何を思い生きているかだ」

そうだ僕は路に急ぐ人だった。

気付くと僕は暗い部屋。

電池の切れたスマートフォンの画面に映る僕の顔。

そうだった。

僕に用事なんて無かったんだ。

ただ何も無い円環に漂う人形。

それがぼくたちだ。

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痛みのない世界 とりをとこ @toriwotoko

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