登校中の悲劇



あれから一時間と少し経った頃。



「じゃあ、行ってくる」



瞬は玄関でローファーを履くとドアに手をかけた。



「瞬ちゃん!忘れ物ない?ちゃんとハンカチとティッシュは持った?」

「おい、妃咲。遠足じゃないんだぞ?」



慌てた様子の妃に突っ込むのは昭仁。



「だって〜」

「はぁ。行ってくる」

「は〜い!行ってらっしゃい!」



こうして妃咲と昭仁の見送りによって家を出ると瞬は学校に向かった。


双海ふたみ中学校はある程度名の知れた進学校であり、皆素行の良い生徒ばかり溢れている。


遠くからでもわかる水色のワイシャツに青色のネクタイとリボンをそれぞれ胸に下げた学生達は、小さな丘の上にある学校を目指して螺旋状の坂をひたすら登る。


もちろんスクールバスという手もあるのだがこの時期の多くの学生は徒歩か自転車を利用する。



「大神くん、おはよ…—」

「近づいてくんじゃねぇよ」



幼い頃のとある経験もあってか彼は些か冷たく口が悪い。

その行動が助長し、苗字から連想して付けられたあだ名は『狼』。一人で行動し、群れをなさない事からこの愛称が広まっていった。



(どいつもこいつもジロジロ見てきやがって…)



少し悪い目つきと乱暴な口調のせいで大神と仲良く話が出来る生徒はいない。何故なら仲良くなるという以前に、今のように彼は挨拶ですら誰ともろくに交そうとしないからだ。



「おはよう!瞬ちゃん!」

「なっ?!?!」



この少女…朝比奈芽依あさひなめいを除いて。



「今日もじめじめだね〜」

「何普通に一緒に登校しようとしてんだよ!離れろ、馬鹿がッ!」

「えー、細かいことは置いておこう」

「細かくねェよ!それに名前じゃなく苗字で呼べって言ったろ」



彼女、朝比奈芽依はいわゆる世に言う天然系女子に分類される性格で物怖じをせずに大神に話しかける。

それは彼女が大神の幼馴染という事に大きな要因があるのだろう。



「瞬ちゃんは梅雨好き?わたしはね、髪の毛がうねうねになるから嫌になる時もあるけど結構好きだよ」

「……聞いてねェよ」



ここ最近はずっと芽依がくっついて回っており、大神が一人でいることが少なくなってきた。

最近というのは今までは芽依が一年間海外にいた為である。



「瞬ちゃんはサラサラヘアーだから羨ましい」

「……」

「わたしは小さい頃から癖っ毛だし髪の色素も薄いでしょ?」

「……」



大体は芽依が一人語りと言っていい程にひたすら喋り続ける。



「……聞いてる?」

「……」



それをひたすら無視し続ける大神。

普通の人ならば大抵ここで嫌になって離れていくのだが、芽依はそうではない。



(朝早いから眠いのかな…?)



そんな斜め上の考え方をし、尚且つ一人納得をしてしまう。要するに空気が読めないからめげないのだ。



「……」

「……」



二人の間に流れる沈黙。



「だぁぁ!何なんだよ、お前は!」

「…びっくりしたぁ!いきなり大きな声出されたら心臓飛び出ちゃうよ〜」



それを破ったのは我慢しきれなかった大神の方だが、それにも動じない芽依はかなりの強者だ。



「大体お前は何で俺の後ろをチョロチョロチョロチョロと付きまとってきてんだよ?!」

「えー、だって幼馴染だから一緒に登校なんて普通だよ?」



けらけらと笑う芽依に、イライラを隠せない大神。



『その事は内密にして俺に関わるなって何回言わせればこのふわふわした脳みそは理解すんだ…』



小声ではあるものの怒涛の勢いでまくし立てる大神。しかし、それを聞いているのかいないのか…。



「あっ!走らなきゃ学校間に合わない!行こう!瞬ちゃん!」



そう言って大神の手を取って走り出す芽依。どうやら後者でまたも攻撃は効いていないようだ。



「なっ!や、やめろ!手ェ、離せ!」

「ふふ、顔真っ赤だよ〜」

「うっ、うっせェ!見てくんな!」



こうして絆される大神。本当は根が優しく面倒見のある性格なのである。


それを芽依が知ったのは幼い頃から一緒にいて彼のお仕事を手伝っているからだが、芽依が大神を優しいと思うエピソードは毎日のように更新される。


最新でいえば、それは昨日に遡る。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖なんでも相談所 くるみ @yume_koi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ