キャサリン

 マデラインが見つかった。


 その知らせは私をひどく揺さぶった。父親が植民地で亡くなった後、マデラインはお屋敷を追われた。生まれてからずっと育った屋敷の相続権は蓋を開けたらマデラインにはなかった。それは私にとっても同じだけれど。でも、私には兄がいる。それに、そう遠くない未来に結婚もするだろう。そうすれば夫が私を養ってくれる。はずだ。

 でも、マデラインには誰もいなかった。


 マデラインの叔父は、彼女の失踪は「ひどい手違い」だったのだ、という。国を離れている間に兄が逝去し、管財人が勝手に姪を追い出したのだ、と。マデラインの叔父は、彼女の実家の大きな財産を引き継いだので、私たちはみんなその釈明を受け入れた。でも、私はやはりそれは、故意だったのではないかと疑っている。口には出さないけれど。

 いずれにせよ、マデラインは見つかった。失踪して半年後、Mという若手実業家を婚約者として。マデラインの父親と事業をしたことがあるという彼は目に見えてわかるほどマデラインに夢中で、弁護士を総動員させて遺言書をつきとめ、マデラインにはいくばくかの遺産相続の権利があることを見つけ出した。その多くは植民地にある農場だった。



 灰かぶり姫。

 一文無しだと思われていた娘は、実は金の卵をうむガチョウを持っていました。

 王子様は、そんな娘を見て一目で恋に落ち、彼女と結婚することにしました。

 彼女は気立てもよく、美しく、美術や音楽の才もある女性でしたが、何よりも西インド諸島にプランテーションを持っていたのです。





 ひどい誤解からしばらく貧しい暮らしをしていましたが、ようやく落ち着きました。お茶にでもいらしてください。

 そっけない招待状が届いたのはマデラインが見つかってから一ヶ月もたってからだった。


 一ヶ月。


 よりにもよって一ヶ月も!


 私たち五人はずっと仲が良かったのに、マデラインは失踪する前も、その後も、一度も私たちに声をかけなかった。

 私はこっそりとグウェンドレンを盗み見る。グウェンドレンを見るとき、私はいつも古の女王ボーデシアを思い出す。ローマ人の侵攻に断固として戦ったケルト人の女王。

 世間でいう女らしさはあまり持ち合わせていないけれど、グウェンドレンは美しい。きりっと意思を通した美しさがある。そして、彼女がマデラインを愛していたのは明白だった。それが姉妹のような愛なのか、それとももっと強い何かだったのかは私は知らない。



 グウェンドレンと、マデラインが抱き合っているのを見てしまったことがある。

 1789年。

 私たちはマデラインのお屋敷に招かれて、夏の終わりの数日を過ごしていた。その日、マデラインの子犬と遊んでいた私は、二人が、リンゴの樹の下で抱擁しているのを見た。

 マデラインは淡いピンクの小花プリントのドレスで、片手に、小さなノートを持っていた。そして、明らかに泣いていた。

 グウェンドレンは、まだ夏の名残があるというのに茶のかっちりとしたドレスを着込んでいて、少し場違いに見えた。アンジェラが場違いな服装をしてしまうのは、彼女のお家にお金がないからだが、グウェンドレンが場違いな服装をするときは、大概、彼女が「そういう気分」だからだ。 彼女はいつもお金持ちのお嬢様でいることに少し――というか、かなり、苛立っている。そんなのイライラしても仕方ないのにね、と私はいつもグウェンドレンを見て思う。

 私が彼女を好ましく思うのはそういった愚直な苛立ちのせいだ。D公爵の縁につらなっていて、お兄様は相続権もあるはずなのに、彼女が共和制の話を熱っぽくしているのを見ると、私はなんとも微笑ましくて仕方がなくなってしまう。

 つまるところ、私は彼女のことが大好きなのだ。


 マデラインと、グウェンドレンは、小さなノートにお互いの好きな詩を書きぬいては交換している。いや、交換していた、だ。すでに過去形。

 16歳。

 私は、あの頃のグウェンドレンが、一体誰のどの詩をそのノートに書いたのか知っている。後で、こっそり盗み見たから。

 恥ずかしいことだとはわかっているけれど、グウェンドレンが一体何をマデラインに伝えたのか、なぜマデラインが泣いたのか、なぜ、グウェンドレンが彼女を抱きしめたのか、私はとても知りたかったのだ。



 彼女がマデラインに送ったのはウィリアム・クーパーの「かわいそうなアフリカ人への憐憫」だった。



 彼らをとても憐れむけれど

 私は口をつぐみます

 だっていったいどうしたら

 砂糖もラム酒もない暮らし

 私たちにはできるでしょう?



 マデラインをしゃくりあげさせるには十分な詩だった。可哀想なマデライン。子鹿のようなマデライン。グウェンドレンと一緒に共和制を夢見ていた彼女は、自分の絹の服や甘いケーキがどこから来ていたのか全く知らなかった。それなのに、クーパーの詩に涙するほど、彼女は純粋だった。

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