グウェンドレン

 マンチェスターでの会合から帰ってきた私をマデラインからの招待状が待っていた。

 先日会った時の感じでは、もう二度とマデラインからの招待を受け取ることなどないと思っていたのだけれど。



 会合は大成功だった。

 砂糖を買わない女性たちの会。

 すでにマンチェスターでは2割の家庭が砂糖の不買運動に参加している。

 ブリストル、ロンドン、リヴァプール。

 植民地から多くの積み荷を受け取る港町でこぞって、西インド諸島の砂糖の売れ行きが落ちている。去年から本格的に活動を始め、現在、推定3割減だ。

 インドからの砂糖貿易商は大慌てで「これはインド産の砂糖です」と記された容器を作った。参加者の一人が見せてくれた。茶色に金の文字で「奴隷が作った砂糖ではありません」と大きく書かれている。



「原産地の偽造などいくらでもできます。奴隷制が廃止されるまで砂糖は買いません」

 ひどくマンチェスター訛りの強い中年女性は、しっかりと私の目を見て言った。地元のクエーカー教徒の集まりで不買運動を進めているのだそうだ。私は生まれて初めて、自分とは違う階級の女性たちが、どれほど深い知性と決意を持っているのか、目の当たりにしている。



「私の姉妹であるみなさん」

 幾度と無く練習した台詞を、できるだけ大きな声で伝える。


「母であり、妻であり、姉妹であり、娘であり、誰かの恋人であるかもしれないみなさん。そして、何よりも、あなた自身という一人の女性である皆さん。私たちは、あなた方にお願いします。砂糖を買うのをやめましょう。――これからお見せする絵やお話は、繊細な女性である皆さんにとって、目を背けたくなるようなものかもしれません」


「見せて!」「見せなさい!」「見せてください」

 大きな声が部屋中のあちらこちらから上がる。

「知りたい。知らなければ何もできない」



 私は頷く。そして、語り始める。

 殺戮について。虐待について。レイプについて。誘拐について。天候が荒れたというだけで、人間が積み荷のように手足を縛られたまま、西インド諸島へつくまでの船から海に投げ込まれる現実について。


「私たちは、アフリカへラム酒や武器を輸出し、アフリカから西インド諸島へ人間を、奴隷として輸出しています。そして西インド諸島から、イングランドへ奴隷たちが作った砂糖を輸入します。――この貿易の三角形のどこかを崩すだけで、奴隷となる人間を減らすことができるかもしれません」


「私たちは政治家にはなれません。実際にビジネスに手を染めることもできません。けれど、砂糖を買わないことはできます。三角形の、ここ――砂糖のイングランド内での販売にしか、女性である私たちに手を出せる場所はありません」


 こくこくと頷く彼女たちは、町中ですれ違ったらおそらく私とは目を合わせないだろう。私は「お嬢様」であり、彼らは「使用人」に属する階層だ。けれど、今彼女たちはまっすぐな視線を私に向けてくれている。


「――私達の愛するこの小さな国は、12世紀にはすでに奴隷制を廃止しています。そうであるならば、私達が今、保持しているこの大きな帝国の隅々まで、奴隷制を廃止することも可能なはずです」


「この大英帝国の隅々まで。どんな小さな島においても。奴隷となる人間が一人としていないように。それまで、私は砂糖を口にしません」



 話し終えると私の膝はガクガク震えていた。人前で話をすることには慣れてきたと思っていたのだけれど、それでも悲惨な話をすると、ぐったりと体から力が抜ける。家についた時にはもう、何も考えずにベッドに倒れこみたかった。




「――お茶にいらしてください。いつものみんなもお呼びしています」

 上品な百合模様があしらわれた厚手のカードに、マデラインらしい几帳面な文字が踊っている。封筒からはかすかなラベンダーの香り。


 私は何を言っていいのかわからずにため息をついた。

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