アンジェラ

 もしも小説を書くのだったら、マデラインのような人がヒロインになるべきだわ、と私は思う。

 美人で、頭が良くて、家柄が良くて。そのうえ爵位こそないけれど、マデラインのお家はとても裕福だ。それなのに、どこも気取ったところがない。そんなマデラインを私たちはみんな大好きだ。


 マデラインとの思い出話だったらいくらだってできる。

 フランスで流行っているカドリールというダンスがあるから、ちょっと試してみましょうって、突然フランス語の本を片手に私の手をとって踊り始めたことがあったっけ。

 マデライン、カドリールって名前なんだから4人で踊るんじゃないかしら?と指摘したら、目を丸くして、それから笑い転げていた。何がおかしいのかわからないけれど、私もつられてしまって、お腹が痛くなるまで笑った。あれは大陸でフランス革命が起きる前。私たちはみんな幼かった。

 私の家はマデラインほど裕福ではないから、彼女はいつも本を貸してくれた。私にはとても手が届かないような新刊も。

 アン・ラドクリフの『アスリン城とダンベイン城』も、そんな一冊。最後の最後までドキドキして本を閉じることができなかった。あ、あと、ずいぶん古い本だけれどリチャードソンの『パメラ』! あれが50年も前の本だなんて信じられない。私たちがもしもパメラみたいな立場にたったらどうなるのかしら、って、ずっと二人で話した。「あら、それは、もちろん、私がパメラだったとしても、どれほど若旦那様に望まれたとしても、体を任せたりはしないわ!」ってマデラインは言った。「私たちは世間知らずのお嬢様にすぎないけれど、世間知らずなりに精一杯に正しいことをしようとするべきじゃない?」

 本当。本当にそうだ。

 マデラインは詩も、よく読んでいた。ウィリアム・クーパーの詩集を手にして物思いに沈んでいたことを覚えている。

 栗色の髪に艶やかに夏の日差しを浴びて、マデラインはとても美しかった。成長するにしたがって、お母様譲りの体つきになり。すらりとした首筋から肩にかけての華奢なラインが、同性である私たちにさえ、ため息をつかせるほど、白かった。



 私たちはマデラインが大好きだったから、昨年、お父様の急な逝去に続く、マデラインの失踪の話を聞いたとき、みんなひどく驚愕した。何一つ不自由なく育った優しい彼女が、お父様に先立たれたとたん、極悪財産管理人にお屋敷を追い出されたのだ。

 親友の私たちにも手を差し伸べるチャンスがないほど、事態は急速に動き、私たちが知らされたのはマデラインの消息がわからなくなってからだった。

 私たちはみんなひどく心配した。特にグウェンドレンの焦燥ぶりはひどく、目の下に隈を作ってしばらくぼんやりしていた。


 正直なところ、私はグウェンドレンとマデラインがどうしてそんなに仲が良かったのかよくわからない。グウェンドレンときたら、理屈っぽいし、いつも何かに怒っている。アン・ラドクリフを好きではない人と話をするのは難しい。ラドクリフの作品ときたら! 本当にドキドキする。マデラインがいたら、夜通し話し続けられるのに。


 けれど、マデラインが失踪していたのはほんの半年のことだった。

 マンチェスターの小さなカソリックの修道院で美しい手が荒れるほどの苦労をしている彼女を、M氏が、見つけ出したのだ。


「ミス・マデライン。一体あなたがなぜここに? 」


 本当に、良かった、と思う。

 M氏とは何度かお会いしたことがある。背が高く、人当たりの良い紳士だ。金髪で青い目をしていて、そしてマデラインのお父様に負けないくらい、お金持ちだ。

 マデラインのことを心の底から崇拝していて彼女のためだったらなんでもするだろう。

 本当に素敵だ。私だってあんな素敵な男性にいつか手をとって結婚を申し込まれてみたい。そして、みんなのように、新しいドレスを着てお茶会に出る。古着の仕立て直しや染め直しではなくて。そうしたら多分、もう少し堂々と背筋を伸ばせるんじゃないかなあ。

 それに、ちゃんとしたお茶を家でも飲んでみたい。マデラインが使っているほど良い茶器でなくても良いから、もう少し、ましな茶器で。中国風の、受け皿になみなみと紅茶を入れられるような茶器が欲しい。お友達を呼ぶのが恥ずかしくないようなテーブルセッティングができるといいのに。


「ラプサンスーチョンの良い茶葉が手に入ったの」

 マデラインは、今、再びお屋敷の庭で私たちにお茶を振舞ってくれている。来年にはM氏と結婚するのだという。私たちはきっともうすぐ招待状を受け取ることになる。結婚式に出るためのドレスを作ってもらえるかしら。と、私はちょっと心配する。他の四人と比べて私のお家にはお金がないから。

 そんなことを考えていたから、私はマデラインが質問をしているのに気づかなかった。


「お砂糖は何匙?」


 私はちょっとびっくりしてマデラインの顔を見上げる。


「マディ、まさかとは思うけれど、聞くわ。この砂糖はね? 」

 グウェンドレンが怒ったような口調で問う。

「ウェンディ、砂糖がどこから来るかなんて、考えながら紅茶を飲むものじゃないわ」


 優雅な口調でマデラインが答える。私は、何を言っていいのかわからずに、目の前に置かれた香り高い紅茶を見つめていた。

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