第2話・ウスバカゲロウ
碧生蒼太郎が生まれた湘南は、丘の傾斜に沿って海と太陽の光が穏やかに満ちている地である。丘の下の海沿いには鉄道の線路が延び、時おり勇壮な蒸気と音を吐きながら、真っ黒い鉄の塊が疾走して行く。大正3年、そんな神奈川の海沿いの村に彼は生を受けた。
生家は大根や胡瓜といった野菜を栽培する富裕な農家で、当時珍しかった西洋野菜や西洋の果物も栽培し、東京や横浜のホテル・レストランに卸して財を成した家である。
蒼太郎は次男坊だった。年の離れた長兄は、彼が物心ついた時には既に小学生で農業を手伝っていたし、家督を継ぐ事も決まっていた。幼いながら既に家中での発言力も権力もありほとんど相手にしてもらえなかった。兄というよりは小さな第二の父親の感覚だった。蒼太郎少年は次男坊の気楽さでのびのびと育った。
鉄道駅にも近い家の近くでは、線路際まで開墾された山沿いの段々畑でみかんが栽培していた。蒼太郎はそのみかん畑が好きだった。白い花の咲く時期など清らかな香りに酔いそうになりながら、草むしりや虫取りなど手伝った。体も丈夫で手がかからず素直だったので両親にも可愛がられた。親分肌と言うタイプではないが、近所の子供達とも喧嘩せずに元気に仲良く遊び、尋常小学校の友人達からも慕われていた。ただし、興奮すると自分でも訳の分からない事を口走るのと、物を言う順番をはき違えて周囲を混乱させる事があった。
村の小学校へは、朝の畑仕事を手伝ってから通う。彼だけでなく、この辺の農家の子弟は皆そうだった。繁忙期に小さな弟妹を背負って授業を受けている子供が何人もいた。たいていの子供はつんつるてんの木綿の着物に下駄を履き、道端の草を踏みながら学校へ通った。
学生服に半ズボンという洋装の子供もたまにいたが極く稀で、横浜のハイカラな地域から転地に来ているのがほとんどだ。蒼太郎達地元の子供とは言葉も違ったから、一緒に遊んでいても多少調子が狂う事もある。それでも休み時間など着るものを泥だらけにして遊びまわった。
勉強は嫌いではなかったが、青い空の下鬼ごっこや下駄隠し缶蹴りなど時間を忘れて遊び、授業に遅れて大目玉をくらう事も度々だった。それでも明るい蒼太郎は教師たちにも可愛がられた。
大正の世は好景気に沸いていた。彼の住む農村地域でもそれは肌で感じられた。富裕な農家は銀行の株券を買い付ける事もできた。
彼が生まれた年、海の向こうで戦争があった。日本は強く、勝った方に味方していたので物が売れ景気がいいのだと、父や兄は話してくれた。それは『よーろっぱ』という遠い彼方の話と聞いたが、聡明な母は『青島』という海を渡った日本の隣でも戦いがあったのだと教えてくれた。日英連合軍とドイツの守備隊の戦闘である。
蒼太郎少年は、段々畑に寝転んで海と空を眺めているのが好きだった。友達とのチャンバラや兵隊ごっこもお気に入りだが、一人で空を眺めて居るのも格別だった。時折り海の彼方を軍艦や商船が通り、空を軍の飛行機が飛んで行った。
陽の光にキラキラと翼を光らせて、美しいトンボのように飛ぶ機影は、いつみても心躍るものだった。空を飛ぶのはどんな気分なのだろう。この重い、大地に自分を縛りつけている「重力」を離れて、風の中にいるというのは。
蒼太郎が7歳の秋、大根の収穫が終わりみかんもそろそろ時期かと言う頃、東京で首相が暗殺された。駅の構内で他の駅の保線員に刺殺されたのだ。
父と兄は怒り、とんでもない事だ、死刑に処すべきと息巻いていたが、幼い蒼太郎にはそれがどういう事かわからなかった。否、父と兄も本当に分かっていたかは怪しい。
帝都東京で政局や文化が大きく流れを変えていても、彼の暮らす穏やかな湘南の海と空、畑と鉄道は変わらなかった。変わったことと言えば電車に乗り降りする軍人さんの姿が少し増えたくらいだ。
まだ水の冷たい春の日、学校の帰り道、田んぼの脇を歩いていた蒼太郎は男の子達の囃し立てる声を聞いた。目を向けると学校でもちょっと有名な悪童連中であった。
誰かをしつこくからかっているらしい。甲高い泣き声がする。彼は急いで行ってみた。
田んぼ脇の湧水の小川のほとり、一人の男の子がペタンと尻を着いて座り込み悪童達に小突かれていた。
彼らは手に手に棒切れを持ち、男の子の頭をはたいたり鞭のように振るったり草をむしって土ごと投げつけたり。蒼太郎の目から見てもそれはきつい弄りだった。しかも段々増長していく。
「やめろよ、そのへんにしとけよ」
気が付くと彼は悪童達の前に立ちはだかっていた。
「何だよ碧生、このぼんくらの味方するのかよ」
「この阿呆の味方する奴は阿呆が移るぞ」
「碧生も阿呆菌が移ったのかよ」
思いがけずおもちゃを取り上げられそうになり、悪童たちはいきりたった。
「だって嫌だって泣いてるじゃないか。泣いてる者をこれ以上いじめるのは卑怯者のやる事だ」
その時、座り込んで泣いている男の子の足から下駄が脱げて、ころっと乾いた音を立てて転がった。悪童の一人が目ざとく見つけ、男の子が手を伸ばすより、蒼太郎が拾い上げるより早くつかみ取り、小川めがけて思い切り投げた。下駄は小さな水柱を上げながら遠くの水面に落ち、流れに乗ってみるみる流されていった。
雪解け水のせいで小川と言えど流れが思ったより早い。男の子はあーっというすっとんきょうな叫び声をあげて、転がるように土手を下り、川にざぶりと入った。水に足元をとられ、四つん這いになって叫んでいる。
悪童達は、今にも流され溺れそうな男の子を見て、一斉に走り去ってしまった。
蒼太郎は泳ぎは得意だった。すぐに下駄を脱ぎ捨て水面に飛び降りると、もがいている男の子を助け起こした。自分より大きい男の子を引きずって土手にどさりと上げ、言い置いた。
「お前はここで待ってろ。俺拾ってきてやるから」
男の子は涙でくしゃくしゃの顔を蒼太郎に向け、こっくりとうなずいた。
蒼太郎は流されてゆく下駄を猛然と追いかけた。小川のくせに流れは思いのほか急で、下駄は見る間に橋の下まで流されていった。脛まで水に浸かりながら追うが、流れに足を取られ何度も転びそうになる。
急流は橋の下で緩やかになり、橋脚付近で小さな渦を巻く。下駄はその渦に巻かれてくるくる回って足を止めた。まるで川の流れの中のアリジゴクのようだ。
蒼太郎は水を跳ね上げながら渦に足を踏み入れ、下駄を拾い上げた。その直後、川底の石で足を滑らせ、もんどりうって転んでしまったが、男の子の下駄は離さなかった。慎重に起き上がると流れに逆らって岸を目指した。追う時と違い戻る時は倍近く時間がかかる。小川とはいえ水の力は凄まじい。蒼太郎は頭からぐっしょりと濡れながら、息を切らせて土手を上った。
土手には男の子がちょこんと座って待っていた。のどかに口笛を吹きつつ晴れやかな笑みさえ浮かべている。ずぶ濡れでぴったりと体に張り付いた浴衣に閉口した蒼太郎は内心鼻白んだ。
「大変だなあ、お疲れさんだなあ」
男の子はのんびりとした口調で言った。
「ほら、お前の下駄だよ」
蒼太郎はカッとして男の子の前に下駄を放った。
「ボーっとしているからだ。男のくせにぴいぴい泣いて」
「春の川は危ないから気をつけないと。母ちゃんが言ってたわ。下駄も随分流されたなあ」
「何だよお前、俺が拾ってやったんじゃないか」
「お前なんていう名前じゃない。さっちゃんだ」
「さっちゃん?」
女じゃないよなあ、と蒼太郎はまじまじと男の子を見つめた。確かに女の子みたいにきれいな顔をしている。色が白く、すっきりとした卵型の顔に細くくっきりとした眉、澄みきった大きな目。長いまつ毛が白い頬に緩やかな影を落とし、高い鼻の下、ちょっと反り返った唇から真っ白い歯がこぼれている。でも筋張ったすんなりとした手と足は、まぎれもなく少年のしなやかさを持っていた。
「お前行水した猫みたいに濡れてるなあ。お母ちゃんに叱られんか?」
『さっちゃん』と名乗った男の子は蒼太郎をじっと見つめて言った。その言葉は他人事のように響いた。
「誰のせいだよ」
「さっちゃんな、名前はおがたさちおって言うんだ。幸せな男の子って書くんだよ」
さっちゃんと蒼太郎は噛み合わない会話をしつつ土手を上った。男の子は下駄をしっかりと懐にしまいつつ裸足で歩いている。
「お前、丘の上のみかん屋敷の子だろ。今度遊びに行くわ。さっちゃん本を憶えるの得意なんだ。聞かせてやる」
『さっちゃん』は道端に生えているたんぽぽを一本摘み、はいと蒼太郎に渡した。
「下駄拾ってくれたお礼」
何だ分かっているんじゃないか。蒼太郎は遠ざかっていく「おがたさちお」の踊るような後姿を見ていた。
家に帰ったのは夕方薄暗くなってからだった。濡れて泥や草の沢山ついた浴衣姿に母親や手伝いの者は驚いた。いじめられるような子ではないし無茶な遊びをするような子供でもない。特に春先の川には近寄ってはならないときつく言い渡してあったのに。
夕食の席で蒼太郎は「おがたさちお」と言う子に会ったと話をした。いじめっ子に川に下駄を流されて泣いていたので川に入って拾ってあげたのだと。
「なんか変わった子だった」
蒼太郎が味噌汁をすすりながら言うと、母が教えてくれた。
「ああ、それはね蒼太郎さん、近所ではちょっと有名な子なのよ。蒼太郎さんは会った事がなかった?」
「うん。今日初めて会ったよ」
「生まれた時に大きな病気をしてね、それ以来ちょっと普通の子と違うの。だから学校へも行っていないはずよ」
うなずいた蒼太郎を父親と兄が叱りつけた。
そんな子と関わり合いになるな。
そういう性質の子はこちらの事など知ったこっちゃない。
少し優しくしただけで、構わずずんずん入り込んでくる。
今回は仕方がないが、今後そいつと関わってはいけない。
「余計な事をするよなあ、蒼太郎はいつも。自分の事すら満足にできないくせに」
兄の一言が彼の幼い心に刺さった。
その通りだ。
下駄を拾ってあげたところで、自分がいつもいじめっ子の手から守ってあげられるわけでもない。
感謝もされない。
話が分からない。
蒼太郎は鼻をすすりあげながら大根の糠漬けをかじり、飯をかきこんだ。
「蒼太郎さん」
台所で夕飯の後始末をしながら、父と兄の目を盗んで母が声をかけた。見つかると、男の子を厨房になど入れるなとお目玉を食らうから、隠れて呼んだのだ。
「お父様とお兄様はああ言ったけど、貴方は今日とてもいいことをしたのよ。お母さんは貴方のそういう優しいところをとても嬉しく思います」
微笑みと共に声をかけられて、甘えん坊の蒼太郎は嬉しかった。母は前掛けで手を拭いながら真っ直ぐに末っ子を見て言った。
「これからも見かけたら助けてお上げなさいね。気の毒な子なのだから」
「はい、お母さん」
蒼太郎は笑顔になりながら、風呂用の薪を取りに小屋へ走って行った。
夏の日差しが海と山をじりじりと照らす頃、彼は久々に『さっちゃん』を見た。
さっちゃんは相変わらず埃だらけの浴衣に兵児帯を締め、高台にある寺の鐘突き堂に上ろうと梯子段を昇りかけていた。
「さちお、やめろよ危ない」
蒼太郎は慌ててさちおの足に腕を伸ばし引きずり下ろした。
「何するんだ、痛いなあ」
「お前こそ鐘突き堂になんか昇るな。ここは子供が近寄っちゃいけない所だぞ」
「そうか、残念だなあ。『しべりあ』を見たかったんだけど」
「しべりあ?」
思いがけない、聞いた事のない言葉がさっちゃんの口から出て、蒼太郎は驚いた。『しべりあ』ってなんだ。
「さっちゃんの大きい兄やんはな、兵隊になって『しべりあ』って所に行ったんだ。沢山の兵隊さんが皆一緒の 船に乗ってな」
「外国?」
「知らん。それでずっと帰って来ないんだ。さっちゃんしべりあ見たいんだ」
「そんな遠くの国だったら、この鐘突き堂に上っても見えるわけないじゃないか」
「嘘だ。さっちゃんを阿呆だと思って馬鹿にして、お前嘘言ってるんだ」
「嘘じゃない。これに上って見えるのはせいぜいが村の中全部だって、兄ちゃんが言ってた」
「嘘つきは阿呆の始まりだぞ。横浜の姉ちゃんも言ってた」
お姉ちゃんと、さっちゃんは大きな目を嬉しそうに輝かせ、繰り返した。
優しい姉ちゃんなんだ。横浜で働いてるんだ。さっちゃんは幸せの子だ、天使さんと呼んでてくれた、と繰り返し言った。
あ、変なトンボだ。
「さっちゃん」はさっと走って行ってしゃがみこんだ。草の葉に、透き通った大きな羽に細く頼りない胴体の虫がとまっていた。
「不細工なトンボだなあ」
「トンボじゃない。ウスバカゲロウだ」
蒼太郎も隣にしゃがみ込んで見いった。
「カゲロウって命が短いんだよ。母さんが言ってた。成虫になってからすごく短い間しか生きられないんだって。だから食べるのも忘れて飛び回るんだって」
「この虫は止まってるよ」
「……もうすぐ死ぬ虫なのかも。だから止まっているのかも」
「ここに殻が落ちてる」
ああ、じゃ大人の虫になったばかりなんだ。もう少しこの虫は生きるよ。
じゃこのままにしとけばいいのかな
おうよ。羽根がすっかり乾いたら、飛んでいくと思う
よかったなあ、カゲロウは飛べるんだなあ。
「さちお、家に送ってやるよ。今度は鐘突き堂に上ろうなんてしちゃ駄目だ」
「そうか、お前が言うんなら、さっちゃんやめといてやる」
二人は連れ立って、村の方へ歩き出した。夏の初めの暑い日だった。
9月の最初の日。
長い夏休みが終わって小学校は始業式が行われた。蒼太郎や悪童達は真っ黒に日焼けした顔を合わせた。さっちゃんこと『おがたさちお』の姿はなかった。学校に席だけはあるがほとんど登校したことがない、と言うのは本当らしい。
宿題をやっていない者たちの心配をよそに始業式は粛々と行われ、午前中で終わった。11時前に児童は帰り、先生方は片付けと会議のために残った。
蒼太郎は友人と別れて校門を出た。暑気あたりで寝込んでしまった祖母のために、街の医者まで頓服薬をもらいに行かねばならないのだ。母に渡された帳面の切れ端を懐に下駄を鳴らして走った。
ふと足を止めた。村はずれの高台のお寺の鐘突き堂。その下に見覚えのある汚れた下駄が揃えてある。頭上から聞き覚えのある歌が聞こえた。『さっちゃん』が鐘突き堂に上っている。降ろさなくっちゃ。
「おい、さっちゃんそこにいるのか?」
「そうちゃん『しべりあ』がよく見えるよ。今兄やんを探してるんだ」
「そこから見えるわけないじゃないか。すぐ降りてこい。降りられるか?」
「しべりあ見えるなあ」
「今行くからおとなしく待ってろ」
その時どどどどうっと、みかん畑を揺るがすうねりが襲った。
低い地鳴りがしたと思うと蒼太郎の体は激しく地面に叩きつけられた。
11時58分。
彼の眼に見える世界は倒壊した。
大地が吠えた。
山と丘はひん曲がり、足元の地面は崩れた。
地割れに胸まで埋まったが揺れの中で必死に這い上がった。
みかんの木が次々と地面のひび割れに飲みこまれ、揺り戻しで噛み砕かれてゆく。
彼は慟哭する世界から逃れようと必死に走った。
始業式のためにおろしてもらった浴衣は既に土だらけだった。
バリバリバリと凄まじい音がして、走る蒼太郎の視界の隅で、村の火の見やぐらがゆっくりと折れて行った。
バシャーン
叩きつけられるような音と共にやぐらの木組みが崩壊し、粉々の木片になって散った。
「小学校が崩れたぞー」
「先生方が下敷きになったぞ」
村人の叫び声で振り返ると、彼がさっきまでいた小学校は土煙と共に崩壊し、形
がなかった。
「先生!」
家屋の倒壊を免れた村人達が学校に走った。蒼太郎も行こうとしたが、ふと思い出した。寺の鐘突き堂の上には、さちおがいたはずではなかったか?
お堂は無事か。この揺れで振り落とされたとしたらどこに落ちたんだろう。あの子が上にいたなんて誰も気づいていない。自分が探して助けないと。
蒼太郎が踵を返して走り出した時、マグニチュード7の余震が襲った。世界が再び真っ暗になった。
倒壊した小学校では教師や用務員30人近くが下敷きになった。木組みがしっかりしていたおかげで、倒壊はしたが生存空間が生じたのが幸いし、全員が救出された。ただし教師数人が梁や木組みに体を挟まれ、骨折などの怪我を負った。
郵便局や村役場も倒壊した。こちらは死者が出て、生き残った職員が対応に追われた。応援の警察や消防も到着するのが遅れた。駅も崩れ、線路の下の地盤はごっそりと海に崩落した。たまたま走っていた電車は脱線し乗客が犠牲となった。
蒼太郎は小川の土手の下まで吹っ飛ばされ、発見されたのは、二度の余震が収まって家の者が探しに出てからだった。彼は崩れた橋脚で頭を打ち、他にも傷を負い倒れていた。幸い碧生家は無事だったので、近くの怪我人や家が崩れた村人の避難所となっていた。
蒼太郎はすぐ離れに寝かされたが、傷が炎症を起こし、数日間苦しみうなされ続けた。目を覚ました時、あれはとてつもなく大きな「地震」であったと教えられた。級友が何人か死んだとも聞かされた。その中には、あの時寺の鐘突き堂に上っていた「さっちゃん」もいた。
さちおは最初の揺れで振り落とされ、即死だった。背中側から地べたの石に叩きつけられ、脳みそが四散する程に頭を割られた。だが仰向けの姿勢で発見された彼の顔は、いつものきれいな表情のままだった。両手を空飛ぶように広げ、口元は歌うような笑みを浮かべていた。
死んだ村民の合同葬の手伝いに、崩壊を免れた寺の本堂へ行った母は、お勝手口で清め塩を使いながら呟いた。
「本当にあの子は無邪気なままに仏になったのねえ……」
シベリア出兵に出た兄が戦死したことを、最後までさちおは知らなかった。両親が教えなかったのだ。さちおは『しべりあ』へは飛んで行けなかった。
村はずれの橋が修理されていくのを見るたび、蒼太郎はあの日さちおと見たウスバカゲロウを思い出した。変なトンボがおる、と笑う彼の顔を思い出した。
カゲロウは短い命を全うしたのだろうか。
大正12年の夏は終わろうとしていた。
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