契約者と破壊兵器と誘拐と

一番強くて、一番の弱虫になってください



これはチャイミーが目覚める数十時間前を遡る。






チャイミーは集中治療室のベッドで、生死の境を彷徨っていた。

しかし心残りがある、こんなにもレントに敵わないなんて思ってもいなかったし思う筈が無かった。

でも事実レントの攻撃で頭も抉られ、全身血まみれにされた事実は回避できない。

痛みは感じないがレントに殺されかけたという心の傷は暗闇の中で消えずにいた。

「(ああ、私は、私は....!)」

18歳の少女には大きすぎる劣等感と、不甲斐なさに襲われる、声は出ないのに、暗闇の中で彷徨っているのに、心の叫びが実体化してしまいそうだった。

暗闇の中の明かりがキラキラ光って輝きを増していく。

ーー目覚めるのか?

チャイミーは不意にそう思ったがこれだけの深い傷だ、内蔵にも深刻なダメージを負っているっていうのにこんなにも早く目覚めるのは洒落にならないほど魔力が大きすぎるのだ。


チャイミーは暗闇の中から溢れ出す光に手を伸ばした。


光がもっと虹彩を増してチャイミーを呑み込んでいった。

それに比例してチャイミーも静かに瞳を閉じた。



....。



強烈な眩い光がチャイミーの瞳を刺激し目を覚ました。

目をぱちくりさせて自分の容姿を確認する。

いつもの制服。

スカート。

かなり大きい胸。

長い白髪。

そして戻っている自身の記憶も確認する。

両親の惨殺死体

動かない警察

外道強姦

そして自身の手でダリウスの街を滅亡。

そして今に至る。


いきなりズキ、と胸が痛む

それは内臓の痛みでも傷口の痛みでもなんでもない。


名前のない怪物がレントに通用しなく、私も倒されてしまった事が大きく影響しているだろう。


そんな事を考えている内にフッと我に返る。

よく周りを見渡してみると見たことも聞いたこともない光景に遭遇していた。

チャイミーがいる場所は、鉄道。

まるでこの世とあの世の境界線のような鉄道に居座っていたのだ。

まるで銀河鉄道だ。

窓腰の景色を見てみると真っ黒いブラックホールが固まったような漆黒の空が広がっているがチラチラと星座が光っているのが見えた。


そんなに美しくはないが何も無いよりはマシだろう。

鉄道は私の気持ちも置き去りにして空を走って行く、まるで私はあの世に行っている様な不思議な体験だな、と思った。


たしか世界には“臨死体験”なるものが人々がほぼ死んでいる状態で発症するものだと聞いたことがある、なら私も臨死体験なのか?

たしかにあの時私は痛みと血液の大量の減少によって命の危険にされされていたが今は大丈夫らしく眠っていただけなのに今に至っているわけなのだ。


鉄道の席は向かい合う式となっているが私の車両は人が酷く少なく話し掛けるにも困難な状況下に陥っていた。

「(これからどうしようかな.....。)」

ハルベロス学園で読んでいた小説にそっくりだった。

冴えない少年が、死んだ親友とこんな鉄道で旅する物語、まるで夢に出る様な幻想的な空間にチャイミーは居座っているのだ。

確かにこれは臨死体験なのかも知れない、漆黒の空に浮かぶ星と空をレールにして飛んでいる銀河鉄道に居ると思うと尚更にそう思ってしまう。


そんな事を考えても埒も明かないことは目に見えていた。

悩んでも仕方が無い。

チャイミーはおもむろに立ち上がって、鉄道の究明と乗客を調べてみることにした。







鉄道はかなり長い車両のようで第三車両しか存在していなかった。

一車両約30メートル程だろうか。

コツコツと靴の音を立てて次の車両に移動する。

全然人が存在していなく、辛うじて見つけ出した人間はチャイミーに目を向けると現実逃避したみたいに顔を背けるのだ。

ーーそんなに私って世界で嫌われているのかな?

違う、その答えは否だ。

人間はチャイミーを見知っている、チャイミーはその人間を知らないだけ、その人間はハルベロス軍の人間なのだから、その事はチャイミーは知らない。


こうなれば合点は付くだろう。

この銀河鉄道はあの世に干渉し、そして送り届ける鉄道なのだ。

人間はチャイミーが死んだ事を自分の脳が許さなかった。

だからハルベロス軍は目を背けるのだろう。


次の車両は前の車両に比べては人が多く存在していた。

その車両にいたのは.....。



“連合軍”。



なんと名前のない怪物やハルベロス軍に殺された連合軍の魂がこの鉄道に乗っていたのだ。

流石にこの状況にチャイミーは冷や汗を垂らした。

そして思い知ってしまっていた。ーーこれは本当に、あの世に干渉する鉄道だと。

嗚呼、やはり私は死んだのだ。

この重すぎる現実を受け止めることは余りにも受け止め難かった。

心に重くのしかかり、心拍数が異常に上昇していくのが解った。

連合軍はチャイミーの姿を見て、指を指して驚愕の面持ちを見せていた。

「おい!見ろよ!終焉の使者がこの鉄道にいるぜ!」

兵士がそういった瞬間に同じ車両に座っていた兵士達もざわつき始める、その中にはチャイミーの姿を凝視する者もいた。

「本当だ、終焉の使者だッ!チャイミー・エクレエイラだ!」

歓喜の大合唱か、意外の大合唱かで車両は大騒ぎに陥っていた。

どんな感情で騒いでいるのか分からず、チャイミーは少し愛想笑いを浮かべていた。

「どうしてだ!?どうして終焉の使者がここにいるんだ!?」

それはと可愛い声で言って少し押し黙った。

言っていいのだろうか、でも私は迷わないと決めた。




そしてチャイミーは気付いたらここにいたという経緯を全て赤裸々に話した。

難攻不落の要塞に作戦で足を踏み入れたこと。

その経緯でここにいる兵を皆殺しにしたこと。

競技場に行ったら行方不明だったレントが呪印を残して舞い戻ったこと。

ハルベロス古来の殺し合いでレントと殺し合いをしたこと。

レントに私の記憶が全て呼び戻されてしまったこと。

それに絶望して蹲って動かなくなってしまったこと。

その間にイカロスとルナがボロボロにされ、血だらけにされてしまっていたこと。

目が覚めてレントと対峙して戦闘を再開したこと。

でもレントの奇襲攻撃で二人以上に深い傷を負ってしまったこと。



そして、現状である。



そのチャイミーのやられ様に連合軍の兵士は動揺とざわめきが一層大きくなったような気がした。

どっちかっていうとチャイミーの敗北を認められないような表情を示していた。





その連合軍にも別れを告げチャイミーが目覚めた一番車両に戻ってきた。

窓を見ると奥に光り輝く門が見える。恐らくだが、ここがヘブンズ・ドアと言われる所だろう。

美しい門にチャイミーは息を呑んで、打ち震えているのを覚えていた。


チャイミーは力無く鉄道の椅子に座り、呆れたような顔で夜空を眺めていた。

なんかマジマジと見ていたら眠気が襲ってきてウトウトしてしまっていた。

ーー今は....眠っても、良いよね。

臨死体験なのかはたまた本当に死んでいるのか分からないが火照った身体に見を委ねるようにそのまま落ちてゆく、落ちてゆく.....。


それから何時間が経過し目を開ける。

目覚めた場所は鉄道じゃなかった。

前、ショウが見た銀い空間だったのだ。

その夢はチャイミーも知っている、その夢を一度チャイミーも経験しているのだ。

その運命の糸が絡まったようにショウとチャイミーは出会った。

当たり前の様に全身が金縛りにあった如く硬直し動けなかった。

しかし声だけは出るのだ。

何年も前に見た夢のシチュエーションと全くと言っていい程に同じだった。

その空間の先は.....ショウではなかった。

その空間の中に立っていたのは。


チャイミー・エクレエイラ


自分自身だった。

しかし何処か自身に違和感があった。否、違和感を覚えるのは当たり前なのかもしれないが。


チャイミーの髪は真っ黒く、赤く美しい双眸も黒く、瞳が赤く染まっていた。

それはレントに記憶を呼び戻されてから起こった症状と同じだった。

「貴方は.....?」

ほんの一瞬の沈黙が重く感じられた。

そして黒いチャイミーはなんの前触れもなく口を開いた。

「私は貴女の裏の貴女と言った方が早いのかしら、私の名前はガイア、裏のチャイミー・エクレエイラ、貴女自身。」

「私.....自身....。」


まるで黒魔術で契約された様なチャイミーだった。

裏の私とはどういうことか、私もショウと同じ二重人格なのだろうか?

ーーガイア。

聞いたことがある、ガイアは確か世界を創造した大地そのもの。

創造神。

そんな神様が私の中に紛れ込んでいると思うとより一層に変な気持ちが増幅されたような気がした。

ということは危機的状況に陥ると瞳孔が揺れるだけじゃなく、その状況をも上回る状態になったらその“ガイア”は出て来るのだろうか。

変な気持ちの他にガイアに険悪感も覚えていた。

後になって末恐ろしさも込み上げてきた。

何故なら私がそのガイアとやらになったら世界を滅ぼし独りぼっちになった世界で世界をまた創造するのだろう?

創造神イコール上記の様な感覚に見舞われるのだ。

だってカミサマなんて世界を作ることしか目になかった。

人を仁愛したり、人を敬ったりする行為も見られなかった。

だから唯一そういう魔力を持っている私にガイアが結びつくと考えたら私にもその話は納得できるだろう。

「貴方は死んではいない、でも態と私がここに連れてきたのよ。」

「どうして?」

全身が硬直しているのに何故か動き出しそうだった。

夢の中だから気持ちを顕にしても涙も出ない。

無論、なにも感じなかった。

感じているのはガイアの温かみと微睡みだけ。

ガイアは答えは言わなかった。それは自分で考えろと解釈してもいいのだろう。


その刹那に微睡みが大きくなり、空間の光がもっと光っていく。

チャイミーはそれに目を逸らしそうになった。

ガイアはチャイミーに近づいて、両手を差し伸べて、言った。

「もう少しで貴方は目覚める、あの青髪は貴女の病室でずっと待ってると思うわ。」

「ショウが?」

ガイアは優しく頷き、チャイミーに見せなかった微笑みをここで初めて見せた。ーー嗚呼、カミサマは世界を作ることだけの義務ではないのかもしれない。

でも皆カミサマに報われない人生を送っているかも知れない。

でも実際、私はカミサマに手を差し伸べられた。

これはもうカミサマの御加護があったって事で捉えてもいいのだろう。

ガイアは私の黒い姿で美しくない、絶望の色に染まっている私だ。でもそのガイアの凛とした微笑みは、カミサマの温かさを少しだけ実感した。


ガイアはこれだけは覚えておいて、と言って私の手を取り光を更に強くしていく。


「どんな人だって、幸せになれる権利と力を持って産み落とされたの、例えそれが貴方達契約者だとしても。

この世に捨てていい生命と人はいない、例え自分がわからなくなっても、人を愛すことだけは忘れないで、人は愛す為に此処にいて、人は愛される為に此処にいる、それが私達カミサマでも、どうか、それを忘れないで、私は祈り続けますから、貴女の自我が壊れたとき、消えてしまいそうになった時、私は貴女に、貴女は私になる。チャイミー・エクレエイラに、この私“ガイア=ディルディは祈り続けます。」


微睡みに呑み込まれて静かにガイアの笑顔を見送った後、意識を失った。




....。


.......。


....ミィ


.....チャイミー!


チャイミーッ!



チャイミーはハッとして勢いおく目を見開いた。

此処はハルベロス学園の病棟、設備はしっかりしているので此処じゃなきゃ死んでたかもしれないと不意に思ってみた。

酸素マスクを付けられており私の身体の至る所に幾つものチューブが繋がれていた。

私の片手が温もりを持って宙に浮いている。凪いだ視界でその方向を向いた。

そこには頬を涙で濡らして手を握っている青髪で青眼の契約者の姿、愛していて、いつも思っていて、愛されている人。

ショウ・タチバナ。

彼は私が目ざまる時までほぼ一睡もせずに、私に寄り添っていたのだ。

私は嬉しさで頭の中がパンクしそうだったのを覚えていた。

理性を総動員させたが、間に合わなかった。

もう本能に任せて酸素マスクを外してショウを私の方に抱き寄せて、唇を重ねた。


混ざる舌、混ざり合う唾液、震えた身体で激しく抱き合って病棟で着せられる服ははだけそうになっていた。

ショウも目を閉じてチャイミーに身を委ねていた。

このまま時が止まって欲しいと私は思っていた。

激しいキスを終えた後は唾液が混ざりあっているせいか、舌と舌の間に唾液の糸が作り出されていた。

顔と顔が異常に近かった。

二人の吐息の荒さが直ぐに分かる。

ショウはしゃくり上げながら言った。

「ごめん...ッ、ごめんよ.....ッ」

チャイミーはううんと顔を横に振って微笑む。

「そんな事ないよ....私がただ、弱かっただけで.....」

こんなにしゃくり上げられたら私も泣いてしまいそうだった。

目頭が熱くなって、涙が溜まっているのだなと思った。

人前で泣くのは弱さだと勝手に思っていた。でも今は別だとチャイミーは思う。

目頭から溢れ出た涙がチャイミーの頬を濡らし、ショウを抱き寄せた。

でも、人前で涙を見せるのって、別に弱くなんかない、それだけ強い人間だということ、幾多もの悲劇を乗り越えて、絶望を思い知ることしか無かった契約者はそれを知らないだけ。





ナナシは講堂でチャイミーが歌っていたという歌を調べるという傍ら、次なる作戦の標的の詳細な情報を調べていた。

確かにアメリカのエリア51では物資の運搬が有り得ないほど上昇しているのはすぐに分かっていた。

ハルベロス学園の生徒兵たちは何か大量破壊兵器を作っているのではないかと盗み聞きしていた。

それが幸か不幸か、名前のない怪物に割当たっていた作戦だったのだ。

不審に思ったナナシは今こうやって講堂の大画面でアメリカの物資の状態を確認していた。

勿論、コスモが歌っていたチャイミーの歌を調べるという事を忘れずに。


ナナシはこう見えても調べたいと思ったものは隅から隅まで調べる頑固な性格だった。

歌の解読、歌の作曲元、全てを調べ尽くして納得いくのがナナシの性格だった。

しかしナナシはいくら血眼になってもチャイミーの歌を見つけ出すことは出来なかった。

それにはかなり焦りも加わってイライラも募っていた。

ナナシの机に溜まっていた書類の山をぶっ飛ばして、ああああッ!と頭を掻き毟って叫んだ。

「ああああ!なんでなんでなんでなんで?!なんで出てこないの!?どうして?」

ハッとして講堂のドアを開けてチャイミーの部屋に一直線に向かっていった。


ドアには鍵が掛かっていてどれだけ素手で開けようと思ってもあく気配が無かった。

ナナシ「(まさか何処のサイトでも載っていないということは.....。)」

勢いよくポケットからピストルを取り出して、無我夢中に引き金を引いた。


火薬の匂いと重量を纏って落ちる薬莢、別にコントロールを定めないで撃っている訳ではなかった。

ナナシはドアの弱く、鍵が掛かっていても壊れて開くところも知り尽くしていた。

そこをピンポイントで撃ち抜いたドアは独りでにドアが開いた。

一直線にチャイミーの部屋に入り部屋を物色していく、棚やベッドの裏などを隅から隅まで惜しみなく調べ尽くした。



棚の奥から大量の紙が出てきたのだ。

それは五線譜、作曲をする為の紙。

これを見たらチャイミーが自身で作曲をして、歌っていたのが見て取れる。

「やっぱり.....。チャイミーって作曲もできるんだ。」

五線譜に書かれている歌詞も凝視する。

やっぱりだ、図星。

コスモが口すさんでいた歌詞と似ても似つく、歌詞は同じだった。


“ねえ、今日は何処ですか

ねえ、昨日って何処ですか

ねえ、ミライって何処ですか

穢された日々を継承してみたりするけど

何もわかりゃしない。

何も掴めやしない”


“おやすみって、おはようって

そんな優しい事言うなら

そんな目で見ないで

私は悲しくなるから

悲しくて悲しくて仕方なくなるから。”


“嗚呼、朝が明けるよ

今日も私は私を置き去りにして

今日も私は祈ってる

嗚呼、夜が閉じるよ

今日も私は私を置き去りにして

今日も私は嘆いてる

嗚呼、今日も昨日も明日も

自分を殺し続けながら生きていくのだろう

おやすみ、サヨナラ”


正直、ナナシは歌詞の切なさとかに感動していた。

打ち震えていたのだ。

「やっぱり凄い.....本当に天才なのかも」

チャイミーが作曲までするのは予想外、夢にも思っていなかった。でも実際に、この五線譜が物語っている。

チャイミーも歌っているし、コスモも歌っている。

挙げ句の果てには何処を調べ尽くしても歌の出処を突き止めるのが出来なかったのなら尚更にそう思ってしまう。

ナナシは何か思い立ったのか懐からペンを取り出して、チャイミーの五線譜に何かを書き込んだ。

何かを書き込んだ後、ナナシはパタパタとチャイミーの部屋を後にしたのだった。

五線譜には........





“継承トゥモロー”と書き残されていた。





ルナはダイが持ってきた林檎を何とも美味しそうな顔でがぶりついていた。

確か林檎は禁断の果実と云う。

アダムとイヴがその林檎を食べたら知能が誕生して自分が裸という事が解ったという伝承がある。ーーまああくまでも伝承だ。

とダイは自分勝手に思ってみるが、病棟のベッドで美味しそうにがぶりついているのを見るとすこし可愛く感じて目を逸らしそうになってしまう。

この時のために禁断の果実は大量に買い占めている、ルナが沢山食べると思ったからだろう。どうしてこんな買ったのかは自分でも分からないが、それだけ無邪気で幼さを感じられるアイツを心配しているからの良心からなのだろう。

「お前は腹に穴が空いてたのに数日経てばもうこんなに林檎を食べれるようになるとはお前の尽きない食欲だけは関心するな」

「だって何日間も食わずにチューブで栄養補給よ?そりゃあ林檎ぐらい沢山食べるわよ」

「それでもだ、こんなに食ったらまた傷が開いたりしてな、食欲旺盛女、お前のお陰で俺の持ち手の金が半分を切ってしまった」

それにはルナも少し林檎の果汁を口元に少し付けながら反論した。

「それは酷いわよ!ダイの金なんか私の金と考えていいと言っても過言ではないわ!大体ねぇ.....ッ?!」

「口元が汚いぞ、ほれッ」

なぜルナが驚いたのかというと、ダイはポケットからハンカチを取り出してルナの口元の林檎の果汁を少し強引ながら拭き取っていたのだ。

それには強引さも有るのだが、その行為には優しさも隠れていた。

当然、ルナ本人は頬を朱にして、目をうるうるさせて、声を時々裏声にさせながら言う。

「だ、だだだだダイ!やっぱり私アンタの事大好き!」

まるで怪我しているとは思えないほどにダイの手を取って、ダイをベッドに引きずり込んだ。

「おい!何するんだッ!別に俺はそういう風にやったわけじゃ!」

「そんな事はどうでもいいの!大好き大好き大好きッ!」

ダイは正直ルナのデレデレぶりに引いていた。

ーーホントに違うのにな。

ルナの勘違いはダイの行為が好意に見えたらしく喜びの淵に落ちていったのか抱きしめたのだろう。

「(まあ、いいか.....。こういうのも大事なのか?)」

ダイは動揺しながらもルナに抱かれて数時間を共にしていた。






イカロスは病棟のベッドで静かに佇み、窓越しから差し込む日差しに目を細めながらもう太陽を見つめていた。

今日は見事に雲が一つもない、人間は2割以下の雲の量の時は快晴と呼ぶ、今は誰とも会いたくなかった。

今は一人になった方が落ち着くのだ。

生還した3人は作戦に出向くのに他の自分を含め3人は寝たきりで生還を待つなんて納得出来なかった。

でもレントと戦い、負けたのだ。ーー運が良かったのか殺し合いが終わっただけで、エンドレスだったら確実にいま太陽は見れていなかった。

確実にお陀仏だった。

レントに自分の過去を露わにされて、それでこの結果だ。

徐々に悔しさが込み上げてきて吐き出しそうなくらいに悔しさの塊が溜まっていた。

それを噛み殺して、イカロスはベッドの布団を静かに、強く叩いた。

くそ、くそ、と言って頭を掻きむしった。

チャイミーの弟が呪印を残してこの世に帰ってきて名前のない怪物を一瞬のうちに出し抜くということは有り得るのだろうか、ここまでの為に、悲劇を、絶望を乗り越えてきた意味が全て水の泡になって崩れていくのを感じた。ーー今僕が悔しがって、ベッドの布団を叩いているその時も戦争は続いていて、そして人が死んでいくと思うと強大な不甲斐なさが襲いかかってきた。

僕達は名前のない怪物なのに、希望を与えるのではなく、絶望を与えられた身になると今すぐ舌を噛み切りたくなる。


これでも少尉なのに、皆をまとめる身なのに、辛うじてボロボロになって生還した時は大層ショウ達は驚いたであろう。ーー今は、数日立ったので傷は癒え、体力も回復しつつある、のに、今はほぼ名前のない怪物な壊滅状態なのだ。


作戦に支障をきたしていないメンバーは3人しかいない、他の3人は病棟でベッド生活、洒落にならない。

「レントの言う通り、敵わなかった..........か。」

声色は優しく、しかしベッドを握り締めて、言った。








「広野秋桜.....か。」

ノエルは1人のプロフィールを興味津々の面持ちで見ていた。

2人は血に染まった運命を紡がれた唯一無二の1人、否、もう一人いたのだが、ノエルはそれに興味を示さずにはいられなかった。

ノエルは電話越しで話していて、アメリカのエリア51からの着信なのだ。

そして、エリア51から大量物資が届けられている機会を操縦する曹長、“コーシャ”は丁寧語を使って話している。


「はい、コスモを今は廃墟となったキュウスイ家に怪我をさせたまま誘拐させたらカケル、いや凍てつく闇は来ずにはいられないでしょう。」

「そうだな、こっちの状況も聞きたいのだが、どうなんだ?」

「はい、こちらの“シャドウ・レイ”の製造は順調に進んでいます。何時か私が操縦する未来は近いかと。」

「そうか.....ではまた後で電話する。」

「はい。」


通話が途切れ、ノエルは顎に手を当てて考え始める。

「(コスモを血塗れにして幽閉するのが一番か?そうしたらカケルは黙っていないだろう。)」

ノエルはせせら笑って無線機を取り出して最悪の計画を企てる、全ては、契約者の滅亡の為、世界の栄光の為、その為には鬼にだってなろう。

「第参部隊か、これから広野秋桜の誘拐作戦を決行する、呪われた武器を所持しているため最初にそれを無力化するのだ。恐らく一緒にいる西崎流風も撃ち殺す勢いで引き金を引け。」









そして、紅蓮機破壊作戦クリムゾンウォリアーブレイク当日、焦っているのはダイとショウだけだった。

カケルは皆の見守りをするということでナナシに指名されて作戦の介入を強制辞退、2人は大急ぎでハルベロスからアメリカのエリア51に向かうべく走ってメモを見て、耳に付けている小型無線機でナナシの声を聞きながら駆けていた。

「飛空挺でアメリカまで約4時間!アメリカのエリア51の近くに村があるの、そこに名前のない怪物の協力をしてくれる工作員“コザマ”が居るからその人に会ってエリア51に向かって下さいッ、健闘を祈ります♪」


「またショウと作戦か、最近多いな。」

「それ同感、久しぶりにカケル作戦してみたいけどね」

そんな愉快な会話をしながらショウはナナシに手渡されたメモを見て今回の作戦の重要さが物語っているのを見た。

本当に重要過ぎて困る、これで失敗したらすべて名前のない怪物のせいにされ不満の捌け口されてスケープゴートになるのだろう、そう思うとショウは武者震いというか身震いをして心臓の鼓動が波打っているのを感じていた。ーー嗚呼、こんな作戦ハルベロスの生徒兵と名前のない怪物が全員協力でいいのに、その作戦成功率をメモの中身を確認して計算、割り出してみる。


見えた。成功率は約20パーセント。

こんな絶望的な確率でも、名前のない怪物は前を向く、世界を正すために飛行艇に向かって行く、何も臆することもない、今はチャイミー達が復帰するまでカケル、ダイ、そして俺で名前のない怪物を守っていく、そして連合軍を叩きのめしていく。ーーだってハルベロスは絶望だらけって勝手に仮定するなんてすごい怖い事だから。

ショウの双眸は希望を宿している、勿論ダイも静かな瞳に希望を宿しているのだ。

2人は色々な感情を全て引っ括めて飛空挺へと駆けて行った。

«作戦内容»

【エリア51で開発されている実験機、新型アバターはハルベロス国の国家戦力にも及ぶ性能、能力があると判明、これはあくまでも実験機であり奪還作戦に使用された立体空間支配魔法も実験機だった事も分かっている、その為名前のない怪物はその新型アバターの殲滅及び処分をしなければならない(エリア51からの物資量から恐らく30000トンの重さという事が分かっている。)】

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名前のない怪物 いしいんこ @isiinko

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