綺麗事かもしれないけど、私達はそうやって生まれてきて、生き抜いてきたから


チャイミー、ルナ、イカロスはある少年と対峙していた。

その名は“レント・エクレエイラ。

その人物はもうわかると思うがチャイミーの実の弟だ。

チャイミーの両親が惨殺された直後に行方をくらました。

レントは両親が惨殺された直後に待人達に追い出されたのだ。

追い出され憔悴しきった様子で歩いているとある魔法陣と出くわした。

それがゼフォン。

レントは何の躊躇いもなく契約して強大な力を掴み取った.....筈だった。

その魔力の大きさにレントの身体が負けてしまったのだ。

レントは身体で魔力と闘った。

しかし駄目だったのだ。力が大きすぎた。

レントは紫色の光に包まれて大地震を残響として残して消えていった。

しかしその直後には地震は起きてはいない。その自身は時空を司って過去へと飛んでいったのだ。

その過去とは“1958年”。

コスモとルカが15歳の時に起きた地震なのだ。

Mマグニチュードは8.7。

勿論震度は7。

その地震があったから二人の運命が紡がれていったのも辻褄が合うであろう。

そしてそのレントはこの身に呪印を残して蘇り、名前のない怪物の前に立ち塞がっているのだ。




チャイミーは震えていた。

魔力で記憶の抹消?

今はそんなことをしても無駄なのだ。

自分を守る為の殺人行為?

ーー無意味。

何故ならチャイミーは



もう“レントにあった直後”に記憶を取り戻してしまったのだから。

全ての記憶が鮮明に、生々しく写真の様に戻っていく。

男達が好む様な体つきの星の下で生まれ。

天才と言われ。

チャイミーを奪おうと家に押し入ってくる街人と口論している両親と奥の部屋で泣いているチャイミーをレントが寄り添っていること。

両親が惨殺されてその憎悪で強大な魔力を手に入れたこと。そして街人に魔封じをかけられて全くと言っていいほど自分の魔法が無力化されてしまったこと。

そしてそのままーー黒い鉄格子の中で男達に強姦されたこと。それも1年間も、もっと長いかもしれない。

チャイミーは全てを思い出してしまったのだ。

強姦されている映像が色々なカメラを設置されたみたいに色々な視点で見ることが出来ていた。

男達のエゴに汚され。

その男達が引いた最悪のレールを強制的に歩かされて。

他人に振り回されて。

その驚嘆の叫び声というか喘ぎ声は半分は態とで半分は本気だったのも思い出した。

痛くて痛くて堪らなくて何より何かが入っている異物感で嘔吐してしまいそうだったしその男達の鼻息と口臭で尚更に嘔吐感が襲っていたのも鮮明に思い出していた。

まるで過去の私と今の私の身体がリンクしているように実態感が鮮明すぎて.....。

そのままチャイミーは芝生の下に力無く跪いた。

ーー嗚呼、どうしてこうなったんだろうか、レントともし会わなかったなら、今の現状は避けられたのかもしれないのに。

混ざる頭の中はその言葉で占めていた。


嫌だ、嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。


真っ黒い感情がチャイミーの頭の中を塗り潰し、蝕んでいく。

薄らと赤い双眸で醸し出されていた赤い世界も、忌まわしい記憶のおかげでどんどん死ぬみたいに黒く、漆黒に蝕まれていった。




その光景はイカロスとルナも鮮明に映し出されていた。

「不味いな、このままじゃあ.....」

ルナは怯えた目でチャイミーを見据えていた。

黒いオーラに身体中が染まっていき、美しかった赤い双眸もどんどん濁って黒く染まっていく。

髪もどんどん黒く塗りつぶされていった。

「駄目だよ、駄目.....!チャイミーが...ッ」

そう思って口に出していた時にはもう行動に移していた。

霞花蓮の矢を思い切り引いて、弓の弦が軋む音がした。

ギリギリに引き留まった矢を躊躇いなくチャイミーに向ける。

そして、弓を引いた。

弓は一秒も足らずにチャイミーに向かっていく、今は自分を黒くする事に夢中だったチャイミーは蹲っているばかりだったからルナの矢に気づくことなくチャイミーの手の甲を勢い良く貫いた。

契約の武器は契約者でもダメージが通るのだ。

それが魔力が溢れ出てて痛みを感じないチャイミーにでも。

「ーーうぁ、ああああッ!」

強烈な痛みを感じたチャイミーは痛みに耐えられなく喘いだ。

痛みが聞いたのかいつもの白い髪に戻り、赤い双眸も取り戻していった。

憔悴しきった目でルナを見つめていた、ルナは堪らずチャイミーに抱きつく。

「大丈夫だよ、大丈夫だよ.....。」

チャイミーの背中をさすってパニック状態に陥っているチャイミーを宥めた。

心臓が明らかに高鳴っている。

ルナの胸越しからドクドクとチャイミーの心音が感じられた。

「どうした事か、チャイミーのエゴが壊れているのか....?レント、チャイミーの弟とはいえなんて奴だ。」

意気消沈した様子抱きつかれるチャイミーの身体には力が入っていない。

こうなったら今は2人だけで戦うしかないのだ。

「惜しいなぁ、もう少しで姉さんは×××になれたのになあ、やっぱりこの2人、要らないよ」

何故か不思議なことに途中の部分はノイズが掛かっているみたいに聞き取れなかった。

やや苛立ったような表情で赤い目をイカロス、ルナに向ける、しかしその狂気にも臆することなく武器を身構えている。

「そんな事言ってる奴の方が要らないのよ!」

「同意だね、君はどれだけ僕達を憎んでいようと正義は悪に必ず勝つという事をやっぱり覚えていた方がいいね」

レントはその二人の馬鹿らしい決心に少しばかり嘲笑し、溜息をついた。

言ってくれるな、と思った。

レントも逃がしてやるという選択もあった。

しかしここで間違った正義感を出してしまった。ーーもうその時点で殺す答えが出ていたかもしれないが。

レントは指を鳴らし、ぶっ壊れていた照射機を強制的に再起動させ、芝の競技場を無機質な白い空間に変えた。

「昔のハルベロスには、サッカーみたいに前半と後半に分けて相手と殺し合いをしていたっていう文献を見てね、絶好の機会だからその戦いをしようじゃないか。」

聞いたことがある、15分と15分に分けて殺し合いをする事が昔のハルベロスの娯楽であり名物だったと、その殺し合いを行うのは差別された人間、つまり捕えられた契約者と契約者が血を血で洗う戦いを繰り広げるのだ。

残酷過ぎるとハルベロス国ではその殺し合いを規制する法律を立てたのだが、裏の世界でその殺し合いが行われているという噂も出ている程だ。

その何百年という時を超えて、グソーの模擬戦闘場で高らかに行われようとしている。

イカロスは跪いたまま動かないチャイミーを尻目に口角を上げて言った。

「いいねえ!そう来なくっちゃあ、決めたよ、君の殺し方は指を1本ずつ切り取っていって最終的には首を切り取ってあげるよ!」

「アッハハハ!出来るものならやってみなよ!僕が逆にそうしてあげるからさあッ!」

「そう言ってるのも今のうちだよ!私達はハルベロス最強のチーム“名前のない怪物”なんだから!」

そのままじっと動かず進展しない状況を変えたのはレントであった。




「まずは小手調べだ。破魔弾はまだん」

黒く巨大な岩石の様な弾がイカロス、ルナに向かって飛んでいった。

「避けろ!」

分かってるとルナが言い息ピッタリに破魔弾をすんなりと避けていく。



しかし、避けたのが仇となった。

破魔弾が地面に着地した直後に大きな爆発が起き、爆風で二人は吹き飛ばされた。

チャイミーは魔力でその爆風を受け流し、弾く事に自然と成功していた。

「不味いッ、隙が。」

イカロスは体重移動で何とか受け流したが吹き飛ばされた衝撃で怯んでしまった。

立ち上がっていてレントの方に矛先を向けたらレントは飛び上がっていた。

レントがポーズをとる瞬間に無数の剣がレントを取り囲んでいた。

その光景に見つめてしまっていたルナは次の行動に移すことが出来なかった。

その光り輝く剣に目がついている如く剣先は名前のない怪物に向いた。



剣は神々しさと、憎しみと、憎悪を乗せて.......今。



「剣雨グラディウス・レインズ」



剣が軌道を激しく変えながらイカロス、ルナに向かっていく。

剣が空を斬り、チャイミーの方にも向かっていく、こんなものをまともに喰らったら怪我どころでは済まない、こんなものモロに入ったら普通に生命は消えてしまうだろう。

逸早く立て直したイカロスは鎌を持ち剣雨に立ち向かっていく。

「チャイミーの方には行かせない.....ッ!次元障壁ディメンション・ウォール!」

彼の鎌が弧を描き、虚空を出現させ剣雨を受け止めるがレントとイカロスの魔力の差はこの次元障壁でも埋めることは出来なかった。

「ぐあぁあああッ!!」

「イカロスッ!」

剣雨を防ぎきれなかったイカロスは剣に身体中を抉られる。しかし契約者と言った所がラッキー、なんと剣雨が次元障壁を貫通した直後に身体を丸めてガード体制を取っていたのだ。

それを行ったイカロスに吉が出たのか急所には当たらず脇腹、両腕を激しく切り裂き、噴水の如く血飛沫を上げた。衝撃で吹っ飛び無機質で白い壁に勢いよくぶつかった。

血を浴びた刃はチャイミーの目の前に突き刺さった。

蹲っていたチャイミーもその剣を見て少しばかり目の色を変えたみたいだった。

しかしそれ以外の進展がない、チャイミーを目覚めさせるにはまだレントの波状攻撃に堪えなければならないようだ。

先の見えない恐怖に目を逸らしそうになるがそんなのは契約者じゃあ無い。今この状況を何とかすることが契約者、否、名前のない怪物なのだから。

血飛沫が上がった瞬間にルナさ必死でイカロスの元へ駆け寄った。

あまり重症ではないようだが傷が痛々しい。

両腕がパックリと裂けており、血液と骨が露になっていた。

そして脇腹が一番出血が酷く止血が難しい所に傷があった。

「ぐ..う、うぅ....ッ」

荒い吐息を漏らしヒューヒューと喉の奥が掠れたような音がしていた。

また戦わせてしまったらイカロスの生命が危ない、今は私が代わって戦わないとと思った。

「イカロス!下がってて次は私が....。」

流石に大丈夫とは言えない状況だとはイカロスは分かっていた。しかし今はこんな簡単に休む訳にはいかなかったのだから。

「だい、じょうぶだッ.....まだ、やれる」

フラフラになって、鎌を持って、両腕が機能しない筈なのに、イカロスは脇腹を押さえるという弱さも見せずに確りと立ち上がった。

この波状攻撃を受けても尚、立ち上がれるのは名前のない怪物としてのプライド、そしてどんなに倒れても諦めない契約者としての証拠。ーーこの身を血で染め、命が尽きようともイカロスは止まることは無い。無論、ルナもそう思っているだろう。

ーー勝つ、何が何でも、ここで死んだら世界が終わる。

「今度は私のターン!行くよ!空間殺戮キラーフィールズッ!」

まるでカードゲームしているような台詞を放った後、矢を放ち、矢は巨大な魔法陣となって形成された。

その魔法陣は段々と収縮されていき紫色の嵐と化す。

その嵐の狭間から剣、矢等の幾千もの武器が姿を現してレントを襲っていく。

この先の見えない攻撃には流石にレントでも交わすことで目一杯の状態になっていた。

偶に暴れ回っている武器がレントの肩や頬を微かに掠ってそこから少量の血が流れていることに気づいた。

「(大丈夫!攻撃は全く効かない訳じゃないから!)」

今だとルナは決断し、イカロスに声を掛けた。

「イカロス!今だよ!」

こくりと頷いて思い切りヘルゲートを突き立てる。

空間殺戮に使われた魔法陣も取り込みながら、新たな魔法を展開していった。

「審判光線ジャッジメント・レイ」

魔法陣が無数に枝分かれし、まるで魔法破の様に小さい魔法陣から無数の光線が放たれていった。

審判光線は魔法破の弱体版だが細かな動きをするレントには最適の技だとイカロスは踏んでいた。イカロスの予想は的中しているようで武器を交わすと同時に光線も交わさなければいけないという重労働を強いられているのだろう。

当人のレントは交しながら血を拭い、この場から消失した。

その直後に審判光線と空間殺戮は掻き消されていたのだ。

「なんだ?」

するとその刹那。

きゃああああッ!という乾いていて甲高い悲鳴。

まさかと思い頬に冷たい汗を伝いながらルナの方を向いた。

「消失斬バニシングカット」

気づいた時にはもう遅かったのかもしれない。

鮮血を強かに吐き出しているルナの背後にはレント、そしてお腹には空間殺戮で使われていたと思われる剣が貫通していた。

止めどなく溢れ出る鮮血、声を噛み殺して呻き声を上げるルナ。

そして目を見開いたまま硬直して動くことが出来ないイカロス。






ここで白い空間の天井からラップがずんざいて一面に響いた。





15分経過、前半終了だ。


レントは物足りなさそうな顔をして剣を引っ込めてルナを吹き飛ばした。

「あーぁ、もう十五分かあ、まだ時間があったら君たちを嬲り殺せたのにしょうがないよね、ルールはルールだし、三分間待ってあげるよ、経ったら試合再開、今度こそぶっ殺すから。」

まるで魔女が笑ったみたいに高らかな笑い声をあげて奥に消えていった。

イカロスはぐったりと自分の傷の状況を除いた後に寝転がった。

そして消失斬で大ダメージを負ったルナは絶えたえな息を何とか繋ぎ、悶えていた。

出血量が尋常じゃなくイカロスの血とルナの血が混ざりあって白い地面を赤く朱く紅く染め上げていった。

その光景を楽観的に見ていたレントは少し微笑んでいたような気がした。

「ルナ....無事...なのかい?」

「....ッイカロス.....ッ!けほけほ!」

「もういい...!喋るな!」

声を発した瞬間に大きく咳き込み、血を吐き出す。

消失斬で負ったダメージが大きすぎて損傷が内臓まで達していたのだろう。ーー力量の差が、大きすぎる。

イカロスはそう思った。

目の前に立ち塞がっているレントはまるで名前のない怪物に絶望を見せる為の兵器のように思えてきた。

そう、前まではチャイミーの弟であり契約者を滅ぼそうなんて思っていなかったであろうレントなら尚更に。

そして今、チャイミーもレントに記憶を呼び戻され、絶望の淵に突っ立っているのだ。

ルナは血の海に沈んでおり、もうほぼ戦闘離脱状態であった。

そしてイカロスもそのレントの強さに恐れをなして、逃げだそうと思ってしまっていた。ーー嗚呼、こんなにも名前のない怪物が敵わない敵がいたのだ。

契約者最後の希望と言われている名前のない怪物がレントの手で握り潰されたらそこで終わり、ゲームオーバー。

今はダイ、カケル、ショウの援軍はレントの力では期待は出来ないだろう。

ショウなら時間稼ぎ程ならできるのかもしれないが、でもほかの二人はイカロス、ルナと同じ状況になって満身創痍となるだろう。

そう考えれば考えるほどイカロスの頬に冷たい脂汗が伝ってくるだけだった。



無機質なラップ音がもう一度耳に響いた。

あと15分の地獄をどうやって耐えきったらいいのだろうか。



後半開始、絶望がまた始まる。



「あれれぇー?さっきまでの威勢はどうしたのかなあ?」

ルナもボロボロながら立ち上がり、イカロスはしっかり立っていた。

しかし顔つきが違っていた。

その顔つきは“まるで絶望に満ちた”顔、レントはその顔に感無量して逃がしてやろうと思ったが、チャイミーも殺さなければいけないし可哀想だが殺さなければいけない。

「仕方ないなぁ、じゃあイカロス君の戦意をもっと向上させることを言ってあげようかなあ?」

イカロスは押し黙った。

もう言われることは大体予想が付いていたからだ。でも何故かわからない、怒りが込み上げてくるのがわかっていた。イカロスはそれを止めるべく理性を総動員させて止めようとしたが怒りが強過ぎたのだ。

レントはニッコリと笑って、軈て口を開いた。






「MKウルトラNo.0361別名、“ブリューナク”イカロス=ファロス君」






「黙れえぇええッ!!!」

怒りが爆発し、まるでケモノの様に吠えた。

「僕はもう、ブリューナクじゃないんだ!僕は.....イカロスなんだぁぁッ!」


イカロスは怒りに任せて鎌をレントに向かって振り回す、それを難なく避けたレントは眼光をギラつかせてイカロスのお腹に蹴りを入れた。


「ーーーッ」

悲鳴も聞こえない高速速度で奥の壁に吹き飛び大きな亀裂を作った。

背中に強烈なダメージをモロに食らったイカロスは口からタラタラと血を滴らせて動かなくなった。

「イカ......ロス」

足を引きずらせて、夢遊病者の様にフラフラと弓を放つがレントは矢を掴み、へし折ってしまった。

そしてレントは不敵な笑みを浮かべたあと、レントは両手を広げ、一歩踏み出す。

「旋風空間ストーム・ゾーン」

その刹那に有り得ないくらいの嵐がイカロスとルナを襲い、何も出来ずに吹き飛んだ。

吹き飛ばされ、地面に力無く落ちた二人は傷が軋み呻き声を上げた。

「名前のない怪物の諸君、まあ三人しかいないんだけどね、これで絶望を思い知った?この一撃で最後にするから君達はこれで終わり!」


コレデ......オワリ。


チャイミーはその言葉に引っかかった。

自分はダメージを全くと言っていいほどに受けていない、蹲っていただけだ。

でも私が悩んで、絶望している時に生命を削って戦ってくれたイカロス達に恩返しをしなくちゃならない、イカロスとルナが〈NO〉と言っても私が招いた事なのだから私で決着を付けなければいけない、答えは〈YES〉だ。

ーー嗚呼、何を私は悩んでいたのだろうか、今イカロス達が戦っている所をこの目で見てみるととても小さく、恥ずかしいものだと思えてくる。

レントが名前のない怪物を滅ぼすのなら、このチャイミー・エクレエイラがレント・エクレエイラを滅ぼすべきだ。

昔の偉人が、誰かが言っていた。


ーー人は現実を見なければならない、何故なら人は現実を見ているのだからーーと。


そうだ、見ているのだ。

私は試されているとでも思っていればいい。

レントの手で全てを終わらせられるのは納得出来ないし、姉である私がレントを止めなければならない。

もう強姦された事実も、両親の殺害が裏で繋がっていた事も全て過去の話だ。

過去の事を悩んでも、仕方の無いことだろう、大事なのは、今を紡ぐ事なのだから。チャイミーは自我を取り戻していった。そして蹲りながら見据えるーーレントを、止めなければならない、弟を。



ひび割れた壁でぐったりとぶっ倒れているイカロスとルナはもう目が虚ろになってほぼもう生命の色を宿していなかった。

その倒れている二人の地には赤い液体が海と成して段々と広がっていっていた。

そんな事を気にせずにレントは呑気に鼻歌を歌いながら近付いていく、勿論、こんなボロボロの身体で抗う事など出来る筈が無い。

イカロスはヒューヒューと喉の奥が掠れたような息をしていた。その命乞いにも思える音はレントにも聞き取れていた。

ーー無様だねえ。

この僕に逆らわなかったらこんな事にはならなかったのにね。

痛いでしょう?

怖いでしょう?

辛いでしょう?

死にたいでしょう?

大丈夫、今楽にしてあげるからね。

レントは飛び上がって両手を広げ魔法陣を形成させた。

魔法陣の色は緑色ではなく赤色、まるで魔法陣が血を纏った様な感じだった。

レントはもうその魔法陣に足を振り上げ、踵落としの体制に入っていた。

そして.....。



「魔法破マジックアンプ」



レントの、破壊の為の一撃が、放たれた。



大きな轟を上げて、白い空間は大爆発に見舞われ、大きな煙が立っていた。

レントはもう終わったと思い立ち去ろうとした。.....その時であった。

イカロスに放たれていた魔法破は全て弾かれて、無力化されていたことに今更気づいた。

それを見てレントは酷く動揺していた。

ーーどうしてだ?何があった?神様があいつらを味方にしてくれたのか?

否、全部違う。

煙が消え去り、視界が凪ぐ。

段々と見えないシルエットが煙が消えるにつれて見えていく、でもシルエットは女性ということしか分かっていなかった。

「.....ッ!?」

白い髪が美しく靡いて、そして濁って絶望に染まっていた赤い双眸も美しい赤に染まっている。



チャイミー・エクレエイラが復活してレントの前に立ったのだ。



「還元世界リバースワールド」

チャイミーが貼っていた結界に反射してレントの魔法破がレントに戻っていく。

そのカウンターは予測していなかったようで慌てて交わしたレントの肩に魔法破が当たり肩の骨までも抉りとった。

肩からは骨と一緒に血飛沫が舞う。


イカロスは、正直、もう死んだと思った。

こんなにボロボロに痛めつけられ、大量に血が流れ作り出した血液が辺り一面に広がり目眩が酷くしているから魔法破を放たれた時はもう終わったと思って目を閉じていたが衝撃がこちらにやってこなかったのを境に全て悟った。


チャイミーが復活してイカロス達を助けに来たことを。


「チャイミー.....なのかい?」

「おそ.....い...よ」

顔に血痕がこびり付いているルナは弱々しいがそれでも満面の笑みでチャイミーに言った。

「ごめん、少し、夢を見てたみたいだから。」

チャイミーは柔らかな笑みを二人に向けた後にレントに眼光を向けた。

その目は怒りでも、憎しみでも、憎悪でも、妬みでもない。

絶望に満ちてもいなかった。

確りと厳しく、弟を見る目で見据えていた。

「レント.....」

「姉さん、僕はもう君を姉だなんて思っていないよ、もう君は僕の“敵”なんだから。」

瞳孔を見開き、レントは淡々と冷酷に告げた。

ーー弟じゃない。

チャイミーはその言葉に引っかかった。

それは血の繋がっている家族に言われて重く受け止めなければならない一言だった。

数年前までは一緒に夜を共にしてきたのに数年たったら掌を裏返ししたように私を敵視しているのだ。

ーーでも、それでも。

後半が終わり、殺し合いが終結するまで私はレントの攻撃を耐え抜くのだ。

耐え抜かなければ名前のない怪物の副隊長として、レントの姉として失格だ。

そしてこの戦いで傷を負った二人は相当な時間を有しての回復となるだろう。

最悪、私が傷を負ったとしてもすぐに戦線に復帰できる、ショウが看病してくれたら尚更に回復時間が早まるだろう。

「私は、貴方を止めるまで、死なない。」

「アハハッ!言ってくれるよ姉さん!」

レントは両手を上げて喜びながら言っているが頬には汗が伝っているのが見えていた。

それは恐らくさっき負った魔法破の反射で交わしきれずに抉られた肩のせいだろう。



レントはイカロスを傷つけた剣の雨を呼び出して、また降り注いだ。

「剣雨グラディウス・レインズ」

レントが剣に命令を促した瞬間に小型ロケットみたいに剣の雨がチャイミーに一直線に降り注いだ。

剣が空を切り、人を傷付けるために編み出された魔法は確実にチャイミーの頭と心臓を狙っていた。

もう少しで剣がチャイミーに突き刺さってしまいそうになるタイミングで、チャイミーは前に手をかざした。


急ブレーキを掛けたみたいに無数の剣はチャイミーを傷つけるのを辞め、そこから剣は動かなくなった。


そしてその剣の前に、30センチ程だが、チャイミーの目の前に何百もの魔法陣が現れた。


「千魔法破サウザンド・マジックアンプ!」


超極細の魔法破が幾千もの剣に降り注ぎその威力に耐えられなくなった剣雨は刃にチャイミーを写しながら粉々に砕け散っていった。

レントは見た事も聞いたこともない技を見て少しばかり感心した面持ちを見せた。

こんな絶体絶命的状況から新しい必殺技を編み出すなんて流石は姉でありハルベロス最強であり名前のない怪物の副隊長と言ったところか。

しかしどんな完璧と言われている技にも必ず何処かに弱点があるとレントは踏んでいた。全て完璧だったら倒せる筈無いじゃないか。


幾千もの剣が弾け飛ぶ光景を見ている中、“一つの弱点”をチャイミーには可哀想ながら見つけてしまった。


ーーこれで君もお陀仏なのかもね。


ニヤッと不敵に笑い、魔法破がずんざく音をBGMにレントは頭の中で変えながらこの場から消失する。


これは消失斬の構えに入っていた。

その構えはわかりきっていた事だから千魔法破を周囲に展開し、レントの奇襲を待った......筈だった。


レントは頭上にいた。

頭上に居ることは余りにも予想外、上を見たままチャイミーは動けないでいた。

意識が動揺したのか、チャイミーが打ち放っていた千魔法破も消失してしまっていた。

「ーーッ?!」

レントはもう一度剣を現出させ両手で持った。


そして高速な動きでチャイミーの周りを周回する。


「剣の舞」


高速な動きは突風となり、カマイタチとなり、ハリケーンとなり白い筈だったハリケーンは朱く染まっていく。

脇腹、頭、腕、太もも、全ての部位を剣の舞で傷つけられたチャイミーはハリケーンの中で強烈な痛みが迸り痛みに堪えられず強かく喘いだ。


「うぁッ、ーーああああああああああああああああッ!!!」


言った筈だが契約者が契約者に攻撃したらどんな契約者でも攻撃が通る。

ということは魔力が溢れ出ていて全く痛みが感じないチャイミーもこんな攻撃を受けたら痛みも感じる筈だ。ーー急所の頭を狙われたら尚更に。

その場で倒れ込んだチャイミーの背中は無駄に暖かく感じた。

何故なら全てはレントの剣の舞でできた傷から流れ出る鮮血が池を作り始めているのだから。

「まさか......チャイミーでも敵わないのか?」

「殺しちゃダメ......やめて」

血の池を作りながら倒れているチャイミーを見おろひてレントはせせら笑っていた。

「無様だねえ!姉さんは僕にも勝てないんだ!だから君も要らないよ」

ーー痛い

ーーイタイ

ーー死んでしまう

まずチャイミーの頭の中はその言葉で占めていた。

これですべて終わってしまうの?

それも弟の手で終わるの?

でも強い目眩に襲われて立つことすら出来ないのだ。

全身に力が入らずどんどん四股の感覚が薄れていっているのを覚えていた。

「苦しいなら仕方ないや、もう皆殺しちゃうよ?」

持っている剣を握り直し、ゆっくりと焦らす様に剣を振り上げていく、もうチャイミーの瞳孔も赤く濁りユラユラと眼差しが揺れていた。

そして剣を振り下ろした....。





甲高いラップ音が響いた。

後半終了、殺し合いは終了だ。

その直後に白い空間がいつもの闘技場に戻り照射機がまた力無く崩れ去った。

運が味方したのかチャイミーの心臓を突き刺す手前でラップ音が鳴っていた。

土壇場からの生還はこのことを言うのだろう。

「もう終わりか.....、じゃあまた今度ね。」

高らかな笑い声を響かせて消失していった。

上にはハルベロス軍の救助隊の飛空挺が見える。

チャイミーは薄れ行く意識の中でその飛空挺に手を伸ばした。






その後、大怪我を負った3人は無事に救助され救急搬送された。

それには逸早く帰還していた3人も立ち会って集中治療室で朗報を待っていた。

この中で一番の怪我を負っていたのはチャイミーらしい。

全ての傷の深さは5センチを超えていて意識があったのはほぼ奇跡に近いと言われていた。一番深い傷は内臓にまで達していた。

ルナとイカロスの傷は内臓は少々損傷していたが生命に別状は無いという。

チャイミーが目を覚ましたのは3日後だった。

ずっとショウがチャイミーの傍にいて目が覚めた時は良かったと何度も繰り返ししゃくり上げながら言っていた。

この怪我のお陰で、暫くは3人は戦闘離脱は免れないだろう。












次の作戦、通称紅蓮機破壊作戦クリムゾンウォリアーブレイクまであと残り18時間。





2章、契約者の継承、end.....

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