彼女はかなり終わってる

初イ佳乃

第1話 噂の特進クラス

 向後智幸(こうごともゆき)、32歳。都内の私立高校に国語教師として勤め早8年、四月からは特進クラス――つまりは、成績優秀者の選抜クラス――の担任を持っている。



「向後先生、どうでしたかA組は」


「平均19.4でした……20点満点でしたっけ?」


「20点ですよ。今年のA組は本当にすごいですよね」


「頑張ってるのは生徒ですから……」



 採点し終えた漢字の小テストをまとめて、もう一度最初から目を通す。ほとんどが満点、ちらほらとバツが目立つものもあるが、それでも15点を下回ることはない。


 そんな自分のクラスが誇らしくもあり、こんな自分が担任で良いのかというプレッシャーに負けそうでもあるのが現状だ。



「毎年、外部生のクラスの方が成績が良いんですけどね」


「今年のB組が不出来というよりは、A組の子達がかなり優秀というか」


「これでもうちょっと落ち着きがあれば良いんだけど……」


「内部生しかいないから、まだ気分は中学生のままなんですかねぇ」



(あぁ、また言われてるよ)


 例年、特進クラスは二つに分かれている。付属中学から持ち上がってきた内部生のみのA組と、高校から入学してくる外部生が主なクラスメイトとなるB組である。


 公立高校に落ちて入ってきたような外部生に対し、内部生の学力が劣っているのが当たり前となっていたのだが、その常識を打ち破ったのが智幸の担任するA組。



「向後先生!」


「厚木先生」



 振り返ると、A組の数学を担当する、中年の男性教師が立っていた。


 中学から今年上がってきた先生なので、ずっと高校にいる智幸にはまだ馴染みのない相手である。



「今朝配られた、塾の公開授業のチラシがあったでしょう?」


「あぁ、Banesseの」


「休み時間にあれを紙飛行機にして遊んでました、A組の子達が――霞ヶ丘を筆頭にして」


「霞ヶ丘が……あいつ、また」


「一応叱っときましたけど、懲りてる様子はまるで無かったですよ……」



 智幸と厚木、揃ってため息をついて、思い浮かべるのは同じ顔。


 艶やかなポニーテール、長いまつげ、透けるように白い肌と薄桃に染まる頬。長身ではあるが華奢な印象が強く、窓辺で文庫本を読む姿はとても高校生とは思えない落ち着きと妖艶さに包まれていて――その人形のように整った顔に浮かぶ無邪気な笑顔が、教師陣の目下の悩みの種である。



「あれだけ成績優秀で、やってることが小学生そのものですよ、ほんと」



 厚木の愚痴に、智幸がうんうんと頷く。厚木は中学生の頃の霞ヶ丘も知っている分、積年の思いがあるのだろう。


 厚木の白髪が急増している理由のひとつは、間違いなく霞ヶ丘だ。



「あぁ……そろそろ授業なので、俺はもう行きますね」


「A組の授業ですか?」


「はい……」


「頑張って」



 厚木の励ましを受け、智幸は自分のクラスの授業へ向かう。気分は、負け戦に駆り出される老兵である。


 くたびれかけたスーツの皺を伸ばしドアを開ける。授業開始まで数分も無いが、生徒の大半は立ち歩き、好き放題に騒いでいる。



「先生っ!」


「おう、どした」



 そんな中、教卓の真ん前の席で完璧に教材を揃え、智幸を待ち構えていたのが霞ヶ丘――霞ヶ丘朝霧(かすみがおかさぎり)。



「漢字テストどうでした?」


「お前は満点だよ。いつものことだな」


「私も頑張ってるんですよ! もうちょっと褒めましょーよー」



 人懐っこい笑顔を浮かべ、目をきらきらさせて見つめられ、智幸はたじろぐ。


 生徒を異性として意識するわけではないが、女性経験の少ない智幸にとって、見た目のかなり整った霞ヶ丘は最も扱いに困る部類である。



「先生、体調悪いんですか? 顔色悪いし、大丈夫?」



 智幸の顔を覗きこむ頬は紅潮していて、彼女をよりいっそう色っぽく演出する。



「大丈夫だよ」


「そうですか……」



 少し雑にあしらうと、露骨に寂しそうな表情を浮かべ、霞ヶ丘はうつむいた。


 どうやら智幸は、学年随一の美少女であり問題児に、かなり好かれてしまっているらしい。




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彼女はかなり終わってる 初イ佳乃 @somei_yoshino

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