復帰

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…マジでキツイ…」

 俺は穴を掘ってクタクタ状態にいた。

 あれから事務所に帰った俺達は、地の王の神体を購入、それを祀る社を建立しようとした矢先の事だった。

――おい北嶋、俺の神体はあそこに祀ってくれ

 地の王の見る先は、裏山の外れ、一番低い位置にある、竹と松が無造作に生えている、裏山の中でも一番手を掛けていない場所だった。

「また遠いな…」

 俺は経費削減の為に軽トラックを借り、その場所まで走らせた。

 遊歩道は完備してあるが、なかなかの湿地。敷き詰めた砕石を掘りながら軽トラックは進む。

「また直さなきゃならねーじゃねーかよ!!」

 ブツブツ言う俺だが、何とか竹、松林に虎の像を置く。

――じゃあ頼むぞ

「あー。ここに社を建てりゃいいんだろ?」

―――おい、何をやっている?

 面倒だが採寸しようとメジャーを出した俺に,不可思議な事を抜かす地の王。

「お前の社を造るんだろうが?屋根無きゃ神体が雨に濡れてすぐに汚くなるぞ?」

――だから俺の神体はそこに置いてくれと言っているだろう?

 地の王が差した場所は地面?

 んん~?と地の王を見る。なんのこっちゃか解らなかったからだ。

――早く掘って俺の冥穴を再現してくれ

 ここで漸く気が付く。

 この虎は地面に穴を開けて洞窟化にして、そこに神体を置け、と言っているのだ!!

「ふざけんな虎!!そんな金と労力をかけろっつーのかよ!!」

 流石に冗談では無いと思った俺は地の王に突っかかる。

――何も地面にとは言わぬ。その多少高くなっている場所を掘り下げてくれれば、多少なりとも手間は省けるだろう?

「その多少高くなっている場所が竹林なんだよっ!!」

 ここを掘り下げるとなれば、竹を切り、根を抜かないと作業ができない。労力としては、こっちの方が上だ!!

――貴様は言ったではないか?俺の好きな場所に神体を置いてくれる、と

 ……確かに言った…

 海神が言うには、神にも属性があるから、なるべく意に沿う場所に建立した方がいいから、と言ったので、俺は地の王に好きな場所を指定しろと言ったのだ。

「……ちくしょう!!その代わり時間は掛かるからな!!それは了承しろよな!!」

――それは無論構わぬ。では頼んだぞ北嶋

 そんな訳で、俺は小型のバックホゥという重機を借り、地の王の神体を置く穴を掘る事にしたのだ。

 しかし重機は精密作業には向かない。どうしても人の手が必要になる。

 そうなったら、俺がスコップやらツルハシやらで人力作業をする事になるのだ。

 更に、ただ穴を掘り進めればいい、という訳ではない。

 崩れ防止の為に、土留めをしなければならない。

 幸いにここは山。木も竹も充分にあるので、穴の中に杭を打ち込んでは丸太で壁を作り、杭を打ち込んでは丸太で壁を作りと、建設業が泣いて喜ぶような仕事を、たった一人でこなしているのだ。

「虎!!もうこれ以上は勘弁してくれ!!」

 斜め下に階段として5メートル、そこから真四角に5メートル進んだ所で地の王に泣きついた俺。一人で此処までやった事に我ながら感心する。

――まぁ…これで我慢してやろう。続きをやれ

 やはりムッとするが、こいつだけただの穴倉って儘じゃ頂けない。

 まず土留めの壁だが、取り外して鉄筋を組んでモルタルで均した。だが、一気にやると崩落の恐れがある。なので一日の施工量を1メートルとして地道に進んで行く事にした。

 斜め下に5メートル、そこから真四角に5メートルだ。単純計算で10日の計算だ。実際はもっと掛かったが。5メートル四方の空間だぞ?そんなに早く出来るか!!

――ほう、なかなかの広さだな?高さが少し足りないが

 高さは約2メートルだが、これ以上はモルタルを塗るのに骨だ。

 次は階段状にコンパネを固めて、やはり生コンを打つ。固まってからコンパネを外せば見事な階段となる。

 んで、神体を置く台座もコンパネで固めた型枠に生コンを打って作って完成。簡単に話したが、実に骨だ。キツイ。一人ではキツイ!!

――出来たか。早速俺の神体を運んでくれ

「…お許し頂いてありがとう…早速神体を置くよっ!!」

 若干キレながら、俺は滑車やら重機やらを使用して、クソ重たい虎の像を洞窟に置く事に成功した。

――ふむ、悪くない

「ご満足頂けて良かったよっ!!」

 お褒めのお言葉を頂いたが、やはり若干キレていた。

 そして疲れた身体を引き摺って、虎とのもうひとつの約束の為に動く事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「今頃勇さんは穴を掘っている最中かなぁ…」

 暫く留守にしていた、自分の事務所の掃除をしながら空を仰ぐ。

 鉱山跡地から出た勇さんに、事務所を辞める旨を伝えた時を思い出しながら。


「え?な、何でだよ?」

「勇さんの戦い、私は全く力不足…援護すらできませんでした。それどころか、護ってもらう始末…私には、あの戦いの中に入る実力も勇気も無かった…あの場所は私の居るべき場所じゃなかった…」

 俯きながらも笑顔を頑張って作り、話す。

「だ、だから千堂は経理をやってくれたら…」

 続く言葉を制するように、私が先に口を開く。

「私は経理『だけ』では嫌なんですよ。それとも、経理以上の存在にしてくれますか?」

「い、いや、それは…」

 勇さんは困った様子で頭を掻く。

 私は精一杯笑顔を作り、尚美に向けた。

「じゃあ、お願いね尚美」

「え?えええ?私?」

 吃驚した様に声を裏返す尚美。

「尚美の他に誰があんな化け物達に立ち向かえて、経理もできるって言うのよ?」

 私は尚美の手を両手に包むよう、そっと握る。

「で、でも私も事務所を立ち上げちゃったから…」

 言い訳がましい尚美の耳元にそっと唇を近付けて囁く。

「素直にならないから、他の女の子がチャンス有りと思っちゃうのよ。アンタが全て悪いのよ?責任取りなさいね」

 尚美はギョッとした顔で私を見る。

 私は作り笑いじゃない、本心で笑いながら、尚美から離れてポンと肩を叩いた。

「勇さん、尚美が事務所に戻る事になりました。引き継ぎは必要無いですよね?」

「お、おう…」

 勇さんもいきなり話が決まって困惑気味だ。

――ふん、貴様にしては、なかなかの決断だな?

 タマが私に嫌味じゃなく、本心で感心した。

 解る。私には本心か嫌味か解る。

 タマに絶対認められなかった私だが、今初めて認められたような気がした。

「こう見えても諦めは早い方なのよ。だけど手続きとか引っ越し準備があるから、2、3日はまだ顔を合わせる事になるよ」

――できれば今すぐに消えて貰いたいものだがな。致し方ない

 これも本心。やはりタマは私の事が嫌いなのだ。

 初めて会った日から、私の事が嫌いだったタマ。それは今も変わらなかった。

 だけど、私は嫌いじゃない。凄く邪魔されたけど、この妖狐はむしろ好きだった。


 軽く伸びをして再び掃除をする。

 掃除が終わったら、留守中にあった依頼をこなさなければならない。

 一応、そこそこ名の売れている私だ。私が居ないと困る人もいるようで、留守番電話に何回も同じ人から連絡も入っていた。

「勇さんの所ではお手伝いさんだったけど、また頑張らなきゃね」

 海神様と死と再生の神様から御教授を戴き、私も以前よりは力を付けた。

 これからは師匠が選別した依頼以外にもこなして行きたい。

 以前の私なら慢心し、力量も知らずに立ち向かっていただろうが、今は違う。

「沢山化け物見たしねぇ…」

 あの戦いの輪に入れずに、身を引いた。


 ポタッ


「あ、あれ…?」

 身を引いたと思った瞬間、私の目から涙が零れ落ちた。

「埃でやられちゃったかなぁ…」

 袖で涙を拭い、窓を全開に開けて空気を入れ換える。

 だけど、暫くは涙が止まる事は無かった……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ただいまぁ~」

 タマと散歩から帰って来た私は、裏山で作業しているであろう北嶋さんの元に向かう。

「へぇ~…いいじゃんいいじゃん!!」

 まだ重機とか道具を片付けていないが、洞窟は完成し、地の王の御神体も既に置かれていた。

――勇にこんな特技があったとはな

 感心するタマ。

「そりゃ、北嶋さんは建設現場でアルバイトしていたからね」

 大型トラックや大型重機に跳ねられたり、轢かれたりした話しか聞いていないが、北嶋さんは見て覚える事ができる。

 きっと優秀な作業員だったのだろう。

 アルバイトしかしていない筈だが、土砂崩れなど起こりそうもない、立派な空間となっていた。

――来たか神崎

 地の王も満足そうに笑っている。

 私は一礼して地の王に訊いてみた。

「北嶋さんはどこかに出掛けたのですか?」

 地の王は嬉しそうに返した。

――若林君を迎えに行ったのだ

 嬉しそうな地の王とは真逆に、私の身体から血の気がサーッと引いて行った…!!

「あ、あの、地の王………」

 何とかフォローしようと模索したが、全っっっったく言葉が思い浮かばない!!

――いや、何とも楽しみな事よ!!

 地の王は心を踊らせ、今か今かと北嶋さんの帰りを待っている様子…

――妾も楽しみじゃ!!

 北嶋さんが自分より上と豪語した事により、タマまで興味津々となっていた。

「タマ、あのね…」

 せめてタマだけには本当の事を言おう。そう決心したその時、タマの耳がピクピク動いた。

――来た!

「え!帰ってきた!?」

 微かに聞こえる車のエンジン音…借りてきた軽トラックを返却し、自分の軽自動車で帰宅して来た!!

「ど、どどどどどどどどどど、どーするつもりよ!?」

 遠くから近付いてくる軽自動車に目を向けながら、この後の惨事を想像して身震いをした!!

 車が私達の前に止まる。

 ドアを開け、北嶋さんが平和そうに現れた。

「おー神崎、帰ってきたか!」

 北嶋さんの表情はムカつく程にこやかだった。

「どうするつもりよ北嶋さん!………ん?」

 北嶋さんの手に、紙袋があるが…

「ほら虎、ご要望の若林君だ」

 紙袋をひっくり返し、中身を出す北嶋さん。

――んん?文献か?

「若林君はその中だ」

 頭を抱え込んだ。抱えるなと言う方が無茶だろう。

「それは文献じゃなくて漫画です…」

 おそらくリサイクルの本屋さんから買って来たであろう単行本だ。

 確かにあの中に若林君が居る…

 居るけども!!

 地の王はペラペラと漫画を捲る。

――何だこれは!!若林君とは架空の人物か!!

 怒気を孕んだ声!!

「昔のサッカー少年の聖書バイブルだぞ、それ」

 聖書と言われて唸る地の王。

――成程、聖書か…

 そう言いながら再びページを捲る。

「若林君は、最初は甘ったれのGKだったが…」

――少し黙れ。今いい所なのだ

 地の王が漫画に没頭し始めた!?

「あ、あの、若林君とは…」

――ああ!煩い!貴様等少し一人にさせてくれんか!!

 そう言って一巻を置き、二巻目に手を付ける。

「ハマったようだな。まあゆっくり読むといいさ。行くぞ神崎、タマ」

 車にタマを乗せ、私を助手席に追いやる北嶋さん。そのまま車を走らせた。

「ハマった!?地の王が漫画に!?」

「娯楽作品だからハマってもいいだろ別に」

 北嶋さんは平然としていた。と言うか当然だと言っている。

 そして続ける。

「俺は松山君が一番好きだったけどな」

 もんのすごくどうでも良い情報を提供してくれた。

 しかし意外だ。北嶋さんのキャラなら日向君辺りじゃないのか?

「松山君?意外ねぇ。私はやっぱり翼君だったかなぁ」

 私もすんごくどうでも良い情報を提供する。そう言えば、夢中になって読んでいた時期があった。

 もの凄い無茶苦茶だが、地の王も娯楽作品として漫画を楽しんでくれる事に期待しよう。

 その方がきっと平和に違いない。

 私は無理やりそう思う事にした……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ………スゥ…

 この深夜に地の底から私を呼ぶ声。

 ………リリスゥ………

 やり過ごそうかとも思ったが、無視もできない。

「なんだいマモン…こんな時間に…悪いが寝かせてくれないか?」

 用件は解っている。

 あの日、あのお方と出会った日から、地の王と対峙した時から、マモンは昼夜問わずに私を呼ぶのだ。

――リリスゥゥゥ…続きだ…早く持って来いぃぃぃぃぃ………

「主水に買いに行かせている最中だと先程も言っただろう…少し待ってくれないか…」

 うんざりしながら返す。

――明和との…日向君との試合が気になって気になって仕方ないのだ!早く続きを持って来い!!!

 あれからマモンに若林君の事を聞かれた私は、漫画の登場人物の一人だと教えた。

 漫画と言われてもピンと来なかったマモンに、単行本の一巻を渡したのだが…

「こんなにハマるとはね…やれやれ…」

 流石私の良人…このような方法で私の睡眠時間を奪い、強欲の魔王の興味を逸らすとは…

「一回戦は私の完全敗北だよ…だけど、次は…」

 頭を掻きながら苦笑いをする。

――続きだリリス!!早く持って来い!!リリス!!聞いているのか!!リリス!!リリスゥゥゥゥゥ!!!

 あんまり煩く要求をするので、取り敢えず揃えた分だけ直ぐに持ってくるよう、主水に連絡を入れた。

 主水は『そっちは夜中だろう?そんな用事でわざわざ…』と、呆れたような、驚いたような声を挙げ、私の元に瞬間移動で単行本を持ってくる事を約束した…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 朝、海神様と死と再生の神様の御神体を洗い、社を掃除し、地の王の元へと向かった。

「やっぱり水道通して貰わないとダメね…」

 水は海神様の池から汲んで行くのだが、やはり遠い。

 北嶋さんにお願いして、水道を通して貰おうと心に決めながら地の王の社…洞穴に到着する。

――神崎か…北嶋は?

「水を汲んで此方に向かっています」

 北嶋さんはヒーヒー言いながらバケツの水を零さないように歩いて来た。

「や、やっぱり水道通そう…」

「そうね…そうしましょう」

 掃き掃除をし、御神体を洗い、竹林と松林の手入れをする。

「ん?んんん?」

 北嶋さんが手を止めて、地面を食い入るように凝視している。

「タケノコでも見つけたのー?」

「タケノコもだが、それだけじゃないぞ!!」

 興奮しながら私の元に駆け寄った北嶋さん。

「タケノコは旬だから、別に珍しい訳じゃ…ん?」

 北嶋さんが持って来たのは、確かにタケノコ。その他、春だと言うのにキノコを数本持っている。

 そのキノコを手に取り、よく見た私は仰天した!!

「ま!まままままままま!松茸!?」

「やっぱり松茸かこれ!!」

 北嶋さんはジャンプして喜びを表した。私は唖然として固まった儘だが。

――この山には真水だと言うのに海の生物が生息している池があったり、四季を関係せずに実る果物があったり。ならば俺も奴等に遅れを取る訳にはいかぬだろう

「こ、こここ!!この松茸は地の王が!?」

 面白く無さそうに地の王が返す。

――他に誰がやると言うのだ?本来ならば、俺の仕事ではないが、まぁ、これぐらいは

「おい!!舞茸も生えているぞ!!」

 北嶋さんが喜んで収穫している。その様子を見て地の王が若干嬉しそうに話した。

――北嶋…奴には人間の欲、物欲があまり無い。だが、食料は喜ぶようだな。生物の基本だ

 裏を返せば、物欲が人並みならば、松茸や舞茸など生み出さなかった、と言う事だろう。

「北嶋さんを喜ばせる為に…?」

 フッと顔を背けて漫画に目を向ける地の王。

――対価としては互角になろう

 ニヤニヤして漫画を読み出す。

 私は北嶋さんに目を向けた。張り切って収穫作業をしている北嶋さんに。

「北嶋さん…あなたは本当に訳が解らない程凄い人だわ…」

 おかしな感心をしながら、今日のお昼は松茸ご飯にしようと考えて、私も頬が綻んだ…

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北嶋勇の心霊事件簿9~地の王~ しをおう @swoow

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