冥穴崩壊

 呪術師、東雲は廃人になり、地の王に用意したマンティコラは九尾狐に葬られた。

 若干の違いはあるが、ほぼ予定通り。

 所詮、彼如きがあのお方に適う筈もなく、地の王に遥かに及ばないマンティコラは九尾狐にすら全く及ばない。

「いや、お見事だよ。今回は此方の負けだ」

「勝つつもりも無かったのに、よく言うわね」

 神崎がすっかり冷めた紅茶を口に含む。私は紅茶のおかわりをカップに注ぐ。

「君もどうだい?」

「ありがとう。でも、そろそろおいとましなくちゃ」

 首を振り、立ち上がる神崎。

「ふふ、そんな事言わずに、もう少しゆっくりしていったらどうだい?」

「識りたかった事は見れたのでしょう?そして北嶋さんに存在を見せた。今日はもうご用は無い筈よね」

 微笑を崩さずに私を見据える神崎。

「君の言う通りだよ神崎。今日の用事は全て終えた。だがね」

 私は微笑むのを止めて、神崎を睨んだ。

「不愉快だよ神崎…用事は終えたが、君の存在が不愉快で不愉快で仕方が無い!」

 此方の思考を読み切り、私が言う筈だった『用事は終えた』の一言。

 私の上に立っているつもりかい?

 何よりも、あのお方の傍に一番近い位置に居る君が目の前にいるんだ。押さえていた感情が溢れてくるよ神崎…!!

「君を殺したいと言う感情がね…!」

「あら、あなたでも感情的になるのね。だけど、私も黙って殺されたりはしないわ」

 私達の間の空気が緊張する。どちらかが動いたら、戦いが勃発するだろう。

「互いにまだ早いと思っているようだが…」

「つまりは互いにまだ準備不足って事よね?」

 神崎の言う通り、私もあのお方も、まだ戦力が足りない。力が拮抗している現時点、間違いなく相討ちとなるだろう。

「今は五分。だけど、準備が終わっても五分なら、今戦っても大差ないわよ?」

「やはり不愉快だよ神崎…君とは友達になれそうも無いね」

 私は安物のパイプ椅子から立ち上がる。

「確かに今戦っても大差ないが、今派手に暴れる訳にはいかないんだよ。ヴァチカンが張っているからね」

「そのヴァチカンをロックフォードの力で押さえているのに?」

 どうやら神崎の方は戦いたがっているらしい。今なら彼方に分があるからだ。

 あのお方とヴァチカンはまだ接触していないが、神崎は水谷の力を受け継いだ。

当然、神崎とは繋がりがあるだろう。

そして現時点で二柱の加護、及びここは地の王の冥穴。戦力的には此処に分が悪い。

 いや、それは状況によるこじ付けか。戦いたがっているんじゃない、神崎も、私のように『そうならざるを得ないだけ』か…

 知りながらも私の口が止まる事はない。

「私には、まだ半分も集まっていないと言うのを識っているのかい?」

 あのお方が四神を集めているのと同じように、私も地獄の七王を集めている。

 だが、私はまだ二つの王しか集められていない。七王が揃って初めてヴァチカンともやり合える状態になる。

 尤も、放っておいてくれると言うのなら、ヴァチカンとも構える気は無いけれど、それは許させない事だろう。聖と魔はどこまで行っても混ざり合う事が無い平行な線故に。

「できれば私も今は避けたいけど、やむを得ずならば、受けて立つわよ」

 恐らく神崎の本心だろう。決して挑発ではない。解っている。

 解っているけど……

「ふふ、駄目だね私は…まだまだ未熟だよ」

 言い終えたと同時に私の魔力の質が変わる。

「王を喚ぶのね!!」

 神崎も印を組み、集中する。

 私と同じように、彼女もまた未熟。ここで争う事がどうなるのか、お互い解っているのに、目の前の私に穏やかではいられない…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎と銀髪が戦おうとしている。

 しかも要所要所で俺の名が出てくる。

 これは…

 もしや…

 俺の生涯の憧れのあの台詞を言えるチャンスではないか?

 感涙しそうになり、天を仰いで涙が零れ落ちるのを防ぐ!あの伝説の台詞を言えるチャンスが来ようとは!!

 生きてて良かった!生まれてきて良かった!

 感動に震えている俺に話し掛ける三下の仲間。

「おい北嶋!今は互いにマズい!止めてくれ!」

 日本人が俺の袖をグイングイン引っ張って頼んできた。互いに、とか言われても、俺は喧嘩売って来たんならいつでも買うんだけど。

 まあいいさ、なんつったっけ?止めてくれ、だっけ?

 言われなくても………止めるさ!!

 あの伝説の台詞を以てなぁ!!!

 俺はゆっくりと前に出る。

 神崎と銀髪は互いに目を向けて術を発動しようと詠唱中だ。

 俺は大きく息を吸い、大声で叫んだ。

「二人共!喧嘩はやめろ!俺の為に争わないでくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 決まった………!!

 気持ちいい…

 超!気持ちいい!!

 あの伝説の台詞を二人の女に向かって叫べるなんて…

 再び感涙しそうになり、天を仰ぐ…

「煉獄の大五冠を総べる欲深き王よ!!我の敵に死を示して五体を地に伏させ、嘆き、悲しませよ!!来たれ強欲を司る魔王!!」

「地獄の最下層に流れる悲嘆の川より!現世に現れよ!絶望しか与えぬ冷たき氷の監獄!!氷獄の檻ぃ!!」

 俺の生涯の夢の台詞を無視して、神崎と銀髪が術を発動してしまった。

「ああ!喚んでしまわれた!!」

 頭を押さえて蹲る白人のオッサン。

「北嶋!止めてくれと頼んだだろうが!!なんで呑気に訳解らない事を叫びやがった!?」

 激しく俺を非難する三下の日本人仲間。

「お前等、それよりもだ、あの伝説の台詞を言えた俺の感動を教えてや」

「聞きたくもねぇし、知るか!!」

 三下の仲間が俺様の感動を無碍にする。

 ムッとした。戦闘回避なんて、つまらんもんよりも、俺の感動の方が優遇されて然るべきはずなのに。

「あれは…マモン!?」

――七つの大罪の一つ、強欲を司る魔王か……!!

 千堂とタマが何かビビっている。

「あんなもん、単なる針鼠じゃねーか?」

 そいつはバカみたいにデカい針鼠。蝙蝠みたいな小さな羽根が付いている、まっ黒い針鼠だ。

――格で言えば、海神や死と再生、そこにいる地の王と互角だぞ!!

 タマが解り易い解説をしてくれる。

「ふーん…だけど神崎の氷の檻に閉じ込められてんじゃん」

 針鼠は神崎が喚んだ氷地獄により、身動きが取れない状態にあった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「流石だね神崎!氷地獄とは良い判断だ!!」

 リリスが嘲笑うように叫んだ。

「…くっ!」

 私の氷獄の檻は、マモンの力により、砕け散りそうになっている。

――リリスぅぅぅ…ありゃあ地の王じゃねぇかぁ?宝石やら金やら、たんまり持ってそうじゃねぇかぁ…あん?

 ギシギシと檻が軋む。物凄い力だ…!!

「正に君に打ってつけの相手だよマモン」

 リリスがほくそ笑んだ。いや、余裕の笑み。強欲の魔王への絶対的自信の表れ。

「地の王には近付かせないわっ!!」

――女ぁ、なかなかの術者だなぁ?ヴァチカンにもそうそう居ねぇぞ。お前程の力の持ち主はな

 誉めているマモンだが、檻はもう直ぐ壊れそうになっている。褒めているのは余裕の表れって所か…

「もういいだろうマモン。好きに略奪したらいい」

――そうかい?じゃあ遠慮無く!!

 マモンの針が太く、長く変化した。同時に氷の檻は儚く砕け散った!!

「氷獄の檻が破壊された!!」

――俺に興味あるのは、金!宝石!退け女ぁ!

 私には眼中は無い様子で、マモンは地の王目掛けて突進した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おい、お前んトコの針鼠が虎に向かって行ったぞ?」

「だから止めてくれと言っただろう!!」

 喧嘩売って来た敵のこいつ等の方が慌てふためいている。

 俺は止めた。俺の為に争わないでくれと叫んだではないか?

「止めただろ?」

「止めてねぇだろうが!!」

 むぅ、さっきから白人のオッサンと日本人手下に突っ込まれているような?しかし、あの伝説の台詞が全く用を成さないとはなぁ。

「因みに戦ったらどうなるって言うんだ?」

 解らない事は聞く!

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うからな。

「貴様は本当に何も知らぬのだな!ヴァチカンにマークされているお嬢様は魔王を喚んだ事により、ヴァチカンと戦争になる!!」

 興奮しながら喋る白人オッサンだが、なーんだ!俺には全く害がねーじゃん!!

「お前等に不利に働くだけだろ。俺は何にも害ねーじゃん?」

 俺の被害が無いのなら、俺が動く道理も無い。依頼なら動いてやるが、対価は必要だぞ?ちゃんと金払えよな?

「お嬢は七王を従える為に動いてんだぞ!!」

「だから何だよ?」

「だから、まだ従えていない魔王が地上に出て来て好き放題暴れるんだ!お嬢様が御していない状態で!!」

 何を言いたいのかサッパリ解らない。勝手に暴れりゃいいだろうに?

「つまり、全く制御していない魔王達がヴァチカンは愚か、全く関係ない一般人も殺戮しちゃう、って事よ」

 神崎が『やっちゃった!』と頭を抱えながら説明をする。

「んなモン、片っ端からぶっ潰しゃいいだろ?」

 七王だが何だか知らんが、俺は依頼さえあれば動く。

 だがタダ働きはイカンぞ?俺にも生活があるからな。

「馬鹿かお前!七王が全ての配下を動かす事になるんだよ!お前がどれほどか知らねぇが、魔界の住人全て敵に回して無事で済む訳ねぇだろ!!」

 敵に馬鹿と言われる俺。何か切ない。

「じゃ、何で銀髪は、んな物騒な連中を集めてんだよ?七王とやらを集めなきゃ、お前等も平和じゃねーか?」

 そもそも戦争目的で集めている戦力な筈だ。遅かれ早かれ七王とその配下とはやり合う事になる。戦争しないなら集める必要も無いし。

「それは…貴方と並ぶ為、貴方との楽園を築く為…」

銀髪も『やっちゃった!』と、言った感じで頭を振りながら答えた。それはともあれ…

「俺の楽園だと?」

「そうです…貴方はまだ思い出していないでしょうが、私と貴方は遥か昔に…」

 神崎が銀髪の前に飛び出す。

「リリス!今は強欲を司る王を何とかしないと!ヴァチカンに気付かれる前に!!」

「恐らくはもう気付かれているよ。だが、私にも戦争の意思が無い事を知って貰わなければね」

 銀髪と神崎は同時に針鼠を見る。

「…少なくとも、地の王を殺さなきゃ治まりそうも無いね…」

「冗談でしょ!?従えている魔王の一人なんでしょ!?」

「もう互いにやり合って興奮状態だ。地の王も強欲を司る魔王も退きはしまい…」

 銀髪も白人のオッサンも日本人手下も、諦めモードに突入している。

 虎と針鼠はマジで殺し合っているのだ。

「そ、そんな…き、北嶋さん、何とかして!!」

 神崎が俺に頼んできた。腕を取ってグイングインと揺さぶりながら。

「何とかってなぁ…」

 俺に向かって来ているのなら兎も角、虎とやり合っている訳だしな…

「今はまだ何もかも早いのです。私も神崎も軽率でした…」

 銀髪も何か知らんが俺に謝罪してきた。

 仕方がない。俺は頭を掻きながら首をコキコキ鳴らす。

「ちゃんと金払えよお前等!!タダ働きは勘弁だからなっ!!」

 俺はゆっくりと殺し合っている虎と針鼠に向かって歩いた。

 糞面倒だが仕方がない。これも絶対的強者の定めだ。金は勿論貰うけども。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 強欲の魔王…魔界の七王の一柱に俺の領域に侵入されるとは…あの銀の髪の女が喚び出したのだが、改めてあの魔女は何者だ?あれ程の大物を喚ぶ事が出来るとは?

 …考えるのは後だ。俺は向かってくる強欲の魔王に警告を出す。

――止まれ!!それ以上這入って来るのなら命の保証はせん!!

――地の王とはついているぜ!てめぇの宝石や鉱石、全て貰ってやる!!

 やはり止まる筈も無く、寧ろ身体を丸めて針を伸ばし、突っ込んでくる!!

 俺は爪でそれを止めるも、身体が後退する。

――流石は七王!!俺を後退させるとは!!

――てめぇも流石と言おうか…挽き肉にする予定だったが、まさか止められるとはなぁ…!!

 強欲の魔王から瘴気が立ち昇る。本気を見せると言う事か?それにしても…

――何とも凄まじい瘴気よな…

 地の精霊が瘴気に耐え切れずに消滅していく様を見て慄いた。ここは冥穴。俺の領域。そこに棲んでいる精霊は他と格が違うと言うのに…!!

――てめぇの神気もなかなかのモンだぜ…この期に及んでも尚護っているとはな…俺の瘴気を浴びてまだくたばっていない精霊が無数に居やがる!!

 己の領域なのだからこの程度は当然だが、向こうも改めて思ったのだろう。五分だと。

――しかし、止められたままじゃ頂けねえ。俺は七王!魔界の王!!あああぁぁああああああ!!!!

 後ろに下がり、身体を丸めて、瘴気を撒き散らしながら、好き放題に転がる強欲の魔王。冥穴の壁と言う壁にぶつかって行く。

――何をする!?

――あぁ!?決まってんだろ!!探してんのさ。金や銀、宝石をなぁ!!

 ビシビシと音を立てる冥穴の壁。探していると言うよりは破壊していると言った方がいい。

――貴様如きにこの冥穴を崩壊させられてたまるか!!

 俺は怒号を以て吼える。そして強欲の魔王に向かって爪を薙いた。

 結果、針を数本程破壊する事が叶った。しかし、あの針もかなりの硬度だ。数本程度で終わるとは…!!

――俺の針を…鉱石や宝石だけで終わらせようと思ったが…どうやらてめぇの命も奪う事になりそうだ!!

 針が巨大化し、その針が俺の身体を突き刺すように伸びた。

 神速で躱すも、俺の後ろ脚に刺さる。

――貴様!俺の身体に傷を!

――てめぇこそよくも俺の針を折りやがったなぁ!!

 俺は前脚を地に突いた。

 地割れを起こす冥穴。そこから溶岩が吹き出て強欲の魔王を直撃した。

――おおおお…てめぇ、溶けた岩なんざ浴びせやがって!!

 無傷とは言わないが、ほぼダメージが無い。その身体中に覆われている針を膨張させる事で溶岩を身体に直撃する事を防いだのか。

 追撃しようと一歩前に出ようと脚を踏み出す。

――ぬっ!?

 俺の脚が何かに捕らわれ、動きが止まった。

――てめぇの領域だろうが、俺も魔界の一部位は喚び出せるんだぜ!!

 それは毒の沼!俺は毒の沼に脚を踏み入れたのだ!

――ぐああああああああ!!

 俺の脚に激痛が走り、身体の自由が奪われていく。

――はっはっ!!いい様だな地の王!!

 身体を震えさせ、針を数本発射する強欲の魔王。

 力を振り絞り、針を薙ぎ払うも、三本程身体に突き刺さった。

――ぐはっ!!

 辛うじて膝を付く事は拒否できたが、毒の沼のダメージも相俟って全身に凄まじい痛みが走った。

――勝負あったか?

 強欲の魔王は嘲笑いながら、ゆっくりと俺に近付いてくる。勝利を確信したようだが、まだまだやれる。そうでなくとも、此処は俺の領域、俺の有利に働く事は当然だ。

 先ずはこの毒の沼を消そう。そう思ったその時、北嶋が全くプレッシャーを感じずに、俺達の間に割って入った!!

「おいお前等、そこまでにしとけ」

 自分の言う事を聞くのは当然の如く、威風堂々と!!あの毒の沼を蒸発させながら、緊張感を全く見せずに!!

――ば、馬鹿者!危険だ!!去ね!!

――俺の毒の沼を…!!ぶっ殺してやりてぇ所だが…てめぇリリスの良人じゃねぇか…見逃してやるから失せろ。じゃねえと容赦はしねぇ

 北嶋は俺達の言った言葉にムッとした様に、明らかの表情が変わった。

 しかし、万界の鏡で覆われた表情が何故解る?『見せて』いるのか?北嶋の表情を?ならば一体何の為に?

「容赦しねぇ?危険?針鼠オイ、やってみろ。虎、お前こそすっ込んでろ」

 北嶋は強欲の魔王にゆっくりと近寄って行く。同時に俺の疑問が飛んで行く。本当に死ぬぞあの男!!

――リリスの良人を殺したくねぇ、と言うよりも、俺達が契約したのはまさにてめぇの為だから殺すのに憚れるが、恐れを知らぬ愚か者には、それ相応の対応をしねぇとなぁ…

 瞬時に身体を丸めて北嶋に突っ込んで行く強欲の魔王。その様子を見て俺は叫んだ。

――退け!!死ぬぞ!!!

「バカでかいボールじゃねーかよこんなモン」

 北嶋は針と針の隙間に身体を滑らせ、その針を抱き込んだ。って、ええええええええ!!?

「うらあ!!」

 そして針を抱き抱えたまま、踏ん張った!!

――おおおっっっ!?

 強欲の魔王の動きが止まる!!

――馬鹿な!?普通に押さえたと言うのか!!

――て、てめぇ…てめぇ如きの小さき人間が、俺の突進を止めるとは……!!

 俺達は信じられない気持ちで北嶋を見た。目の前の現実が理解できない!!

「当たり前だ。俺は一時期SGGKを目指していたんだからな!」

 北嶋が得意そうに笑いながら胸を張る。

――え、えすじーじーけーとは一体…

 唾を飲む俺。強欲の魔王の突進を人間のか細い腕が止めた事実…それは北嶋の奥義に他ならない。どんな術なのだ?どんな技なのだ?その種に興味を引き付けられる…!!

「SGGKとはな、スーパーグレードゴールキーパーの事だ。若林君以外には存在しないのだ!!」

 なんと!!SGGKとは人間の事だったのか!!この答えには流石に面喰った!!

――そ、その若林君とやらと…てめぇとじゃ、どっちが上なんだ…?

 強欲の魔王も戦慄を隠さずに聞いていた。俺も興味があったので、続く言葉を待った。

 北嶋は暫し考え、ゆっくりと口を開く。

「(ゴールキーパーでは)若林君の方が上だ」

――てめぇの他に、俺を止められる人間がもう一人………!!

 強欲の魔王がワナワナと震える…

 俺も若林君とやらに脅威を抱く…!!

「兎も角、この場は退け。どの道いずれやり合う事になるんだろう?」

 強欲の魔王はジーッと北嶋を見る。

――……興醒めしたぜ…おい地の王、今回は退いてやる……

 強欲の魔王は、銀の髪の女の方に踵を返した。興醒めと言うよりは恐れたと言った方が正しいか…

「な、何とか回避はできた…」

 神崎が安堵するも、こっちはそれどころじゃない。北嶋の他にもう一人…この身体の芯から溢れてくるような脅威…!!

「し、しかし流石と言うか、呆れると言うか…」

 銀の髪の女は強欲の魔王を帰す為、術を詠唱し、魔界へ繋がる穴を開けた。

 魔王もそれに素直に従う。だが、入り口に差し掛かった時…

――リリスぅ…あの男、お前の言う通りかもなぁ…そしてあの男を凌駕するかも知れぬ若林君……

「わ、私も詳しくは知らないが、若林君は気にしない方がいいよ……全く影響が無いからね……」

 銀の髪の女が困惑しながら呟く。魔女すらも脅威を抱いているのか、その若林君に。興味を向けないように誘導しているのがその証拠…!!

――だがな、せっかくツラぁ出したんだ…何か置き土産の一つでもなぁ!!!

 強欲の魔王が身体を震えさせたと思ったら、巨大化させた針を冥穴の壁に発射した!!

――な!?貴様!!

――ふははは!!いずれまた会おうぜ!!地の王…そして北嶋ぁ!!ハァッハッハッハッ!!

 強欲の魔王は嘲笑うように、魔界に帰って行った…僅かに残っている瘴気を置き土産の様にして……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 地の王の冥穴が揺れた。地震のような感じで。

「マズいな…主水、運んでくれ」

 松山は黙って頷き、リリスとラスプーチンの手を握る。

「リリス!」

 呼び止める私をゆっくりと見るリリス。

「近い内に会う事になるだろう。それまで私の良人を預けておくよ神崎。君達も帰った方がいい。マモンの針で冥穴に亀裂が入ったのでね」

 そう言い残してリリス達は消えた。

「良人ですって…ふざけ過ぎているわね…」

 拳を握り締める。自分勝手なリリスの振る舞い、思考に怒りを覚えて。そうは言っても北嶋さんの方が数十倍は自分勝手な思考、振る舞いなんだけど、そこはまあ…

「北嶋さんはあなたが思っている人じゃないのよ…北嶋さんは北嶋さんなのよ!!」

 今は消えたリリスに向かって叫ぶ私。

「神崎」

 北嶋さんが私を呼んだ。

 ゆっくりと振り返る。

「何か壁がピシピシ言っているけど」

 指を差している北嶋さん。その先は亀裂が大きくなり、既に崩落寸前のような状態になっていた。

「マズいわ!強欲を司る魔王が最後に冥穴を崩壊させようと…」

 渾身を込めて針を放ったのか。しかし、やはり恐るべきは魔王の力。地の王の領域を破壊するとは…

「じゃあ逃げなきゃならないな」

 北嶋さんは開けた穴に結奈やタマ、私を追いやる。

「ち、ちょ、北嶋さんは?」

「虎をこのままにしとけないだろ?ほら、さっさと行け」

 そう言いながら地の王に向かって歩き出した。

 少し考えて私はタマに駆け寄った。

「結奈をお願い!あと、呪術師も引っ張って逃げて!」

――尚美、貴様は?

「北嶋さんの手伝いをするわ!!」

 駆け出して地の王の元に向かう。

――…勇が居るから心配いらぬか

 タマは呪術師を背に背負い、結奈を促す。

――行くぞ女!!

「私達もお手伝いしないと!」

 こちらに来ようとする結奈を、タマが怒気を孕んだ声で制した。

――貴様は足手纏いにしかならぬ!それに、ここに留まると先に決めたのは尚美だ!

「………くっ!!」

 タマの後ろに付いて冥穴から出て行く結奈を見て、安心して地の王の元に駆け寄る。

 北嶋さんは既に地の王と対話中だった。

「おい虎、ここ崩れるらしいぞ。お前も早く脱出しろ」

――馬鹿を言うな!ここは俺の領域。崩れ落ちようが、俺はここを動く訳にはいかぬ!!

 勿論拒否する地の王。気持ちは痛い程解る。

「幽霊もここにはもう来ないぞ。鉱山は閉鎖されて随分と経つ。事故で死ぬ奴もいない筈だ。ヒヒイロカネを奪いに来る奴も居なくなった。お前の役目は此処には無い」

 言っている事はもっともだが、もう少し、こう、優しくと言うか、オブラートに包むと言うか、気を遣って貰いたいものだ。

――確かに、此処は数ある冥穴の一つでしかない。だが!!やはり俺は此処の守護!!例え用済みとはいえ離れる訳にはいかぬのだ!!

 地の王も薄々は気が付いていたのだろう。此処には自分が護る物は無くなった、と。

 だが、それでも尚、此処に留まるのは、ただのプライド。誇り。

「地の王、私如きが大変無礼な事を言いますが、それより、貴方様を必要としている人を助ける事が先決だと思います!!」

「おーそりゃそうだ!!虎、誰も来ない穴蔵に引き籠っているより、そっちの方がずっと有意義だぞ!!」

 北嶋さん…だからもう少し物言いを気を付けましょうよ…

 地の王の機嫌を損ねる事はやめて欲しいと心から願う。

「神崎、虎を必要としている奴はどこだ?そいつの所に行かせようぜ」

 地の王の意思を無視して北嶋さんが勝手に話を決める。この強引さも頼もしいんだけどね。

――だから俺は…

 当然だが、断るつもりだ。続く言葉を言わせまいとして、咄嗟に口を開いた。

「北嶋さん!北嶋さんが必要としているでしょ!!地の王の御力を!!」

「俺が?そうだっけぐあっ!?」

 否定しようとした北嶋さんの横腹に、ビスッと手刀を入れて黙らせる。

「お願いです地の王!!是非とも北嶋さんに御力を貸して下さいっ!!」

 北嶋さんに言わせまいと頭を下げる。

――貴様の元に…か?

 北嶋さんを見る地の王。北嶋さんの表情はこんな状況でもいつも通りだった。

「来るか?別に構わんぞ俺はぐあっ!?」

 そしていつも通りの口調で、態度で、失礼、無礼な返しをしそうだったので、北嶋さんの足を踵で踏み付けて黙らせる。

「お願いします、地の王!!」

 私は北嶋さんの頭を押さえて、グイグイ下げた。

「何だよ何だよっ!!」

 煩そうに私の腕を払い退ける北嶋さん。

「北嶋さん!!」

 円満に解決を図ろうとしたのを邪魔されて叱ろうと思ったが、それより先に北嶋さんが口を開いた。

「神崎!来る来ないは正直どーでもいい!!だがな、来て欲しいと偽るのは気に入らん!!来るなら客扱いも特別扱いもしない!!五分!五分の関係だ!!どうだ虎?それでも人間、北嶋の元に来るか!?」

 威風堂々たる北嶋さん。胸を追張っての物言いだった。

 当然頭を抱える私がそこに居た。しかし、そうだ。そうなんだ。

「北嶋さん…そうよね…北嶋さんはそういう人よね…」

 どんな神格にも変わらず接し、そこには何の計算も存在しない。だから海神様や死と再生の神様も従っているのだ。

――俺の力が必要と言う訳では無かろう

「後々必要になるかもだが、別に断っても構わないぞ。縁が無かっただけだ」

――ふ、この俺を目の前にし、五分だの縁だの…思い上がるなよ人間…

 笑っているも、多少怒気の孕んだ声。何かヤバいなぁ…

「どう思うかはお前の勝手だっつーの虎。まぁ、来るならお供え物の一つでも…」

 北嶋さんの続く言葉を制して地の王が口を開いた。

――貴様を以て上と認める若林君…奴に会わせてくれるのならば、貴様の元に行っても良いぞ

 ああ、やっぱり条件を付けられたか…そりゃ、あんな無礼な事を言えばそうなる…

「って!今何と!?」

 私の耳が確かなら、若林君がどうとか!?

 地の王は愉快そうにクッと口尻を持ち上げる。

――貴様程に無礼な者でも、自身より上と認めている若林…そいつを俺の力を以て貴様が凌駕できる、と言うのであれば、俺も貴様の元に行く意味があると言うものだ

 目眩がして地に膝を付けた。

「若林君に会いたいのか。よし解った」

 北嶋さんが無駄に胸を張りながら了承した。

 それを慌てて止める。

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ!ちょっと北嶋さん!!若林君って、あの若林君でしょ!?会わせる事なんかできるの!?」

「任せろ!!」

 北嶋さんには微塵も迷いなど無かった!!どんな自信なのコレ!?

――ふ、成立だな北嶋!!貴様の元で世話になろう!!

 地の王も満足そうに頷くが、後がとても怖い!!

「私知らないからね!!本当に知らないからねっ!!」

 もの凄く滅茶苦茶な条件を受け入れた北嶋さん。騙しているのと同じじゃないの!?

「よし、そうと決まれば、護っていたヒヒイロカネを持ってずらかるぞ」

――うむ、崩壊する前に脱出した方が良いからな

 地の王はヒヒイロカネを持ち、愕然としている私を背負いながら、北嶋さんと共に冥穴を後にした。

「私は知らないからねっ!!本当に知らないから!!」

 地の王の背中で本気で訴えた。と言うか逃れようと頑張った。何から逃れる?もちろん罪悪感にだ。

――神崎…お前程の者でも若林君と会わせたくない、と言うのか…益々以て面白い!!

 不敵に笑う地の王だが、若林君の正体を知ったら、どうなるのだろう…

 修羅場になる事を恐れる私を余所に、地の王は心を躍らせている様子だった。

 北嶋さんが冥穴に開けた入り口に入り込んだ瞬間、ガラガラガラガラガラガラと音を立てて、冥穴の壁が崩れ落ちた。

「結構ギリギリだったんだなぁ」

――しかしあそこまで崩壊するとは…強欲の魔王…いずれ決着を付けなければならぬ!!

 渾身を以て放ったとはいえ、例え一部とはいえ護っていた領域を崩壊されたのだ。地の王の怒りも当然と言える。

「そ、それより、横穴は立ち入り禁止だよね。私達が出て来たら、やっぱり怒られるよね?」

「仕方ないだろ。ルールを無視したのは俺達の方なんだからさ」

 とか言いながら全く悪いと思っていない北嶋さん。

「それよりも虎、お前人前に出ても大丈夫なのか?」

――…一応姿は消しておくが、視える者ならば視えるだろうな…

 地の王もイマイチ自信が無いようだ。これ程の神格、神気も相当なものだ。解る人には解ってしまう。

「じゃあこれに入っていろ」

 北嶋さんが賢者の石を地の王に翳した。

――入っていろと言われても、入り方が解らない…お、おおおおおお!??

 地の王の驚きと共に、そのお姿が石に吸い込まれた。

「そう言えば、海神様もそうして運んだのよね…」

 死と再生の神様は空高く飛んで家にやって来たから、賢者の石の中には入った事は無い。

「その中って、どうなっているんだろ?」

「何も無い空間だ」

「何も無い…?」

「そう。強いて言うなら宇宙的な空間だな」

 そんな空間で物質をどうやって変える事が出来るのだろうか?

 私の疑問を北嶋さんが答える。

「この中に入って行った物質は、一度素粒子レベルに分解されるんだよ。変える場合は別の素粒子と結合したり、その工程で科学反応とか起こしたりすんだよ」

 北嶋さんから素粒子という単語が出て来たのに物凄く驚く。違和感は半端無かったからだ。

 ってか、それよりも…

「何で知っているの?」

 北嶋さんが賢者の石の謎を知っている方に最初に驚くべきだったけど。

「視たからな」

 万界の鏡で造ったサングラスを指でコンコンと叩きながら笑った。

「そっか、それは全てを知る事ができるのよね…じゃあ草薙や鏡の謎も知っているの?」

「勿論だ。それはだな…お?明かりが見えて来たぞ。もう出口だな」

 答える前に出口に差し掛かる。

 草薙や鏡の謎は気になるが、今は早く日の光が見たい。

 私達は足早に出口に向かって歩き出した。

「出口だな…」

 そぉ~っと出口から顔を覗かせる北嶋さん。

「あれ?」

「どうしたの?」

 私もそぉ~っと顔を覗かせる。

 出口には全く人は居らず、結奈とタマだけが私達を待っていた。

「お帰りなさい……」

 笑顔を作って出迎える結奈。

「何だか出口の周りに怪しい雰囲気が漂っているな?」

――妾が結界を張って人間を寄せ付けないようにしたのだ

 威張っているように胸を張るタマ。

「おお!偉いぞタマ!よくやった!」

 グリグリとタマの頭を撫でる北嶋さん。普通にペットと飼い主のようだ。と言うか、その通りなんだけど。

「菊地原さんに連絡しておきました。呪術師は先程地元の警察官に連行されましたよ」

 やはり作った笑顔で話す結奈…

「そうか。ご苦労」

 普通に労う北嶋さん。

 結奈の気持ちはともかく、北嶋さんは社員に接している所長だった。

「では帰りましょうか。帰ったら手続きをお願いします」

「ん?手続き?」

 やはり作り笑いをしながら続ける結奈…

 だが、はっきりとした口調で言い切った。

「はい。本日を以て退社するので、その手続きです」

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