それぞれの戦い
リリスの口元が緩んだ。
「ラスプーチン」
瞬時にリリスの隣にいた白人が呪術師に向かって動いた。
「もう用済みなのかしら?」
私はリリスの向かいにパイプ椅子を広げて座る。
「いや何、彼と約束したんでね。少しばかりは手助けすると」
微笑を崩さずに、私に紅茶を煎れて差し出す。
「生憎、こんな片田舎なものでね。満足な持て成しはできないが、紅茶は私の家から持ってきたものだよ」
「ありがとう。戴くわ」
出された紅茶を飲む。敵からとはいえ、持て成されたのだから戴かないと悪い。北嶋さんじゃ無いけど、勿体ないし。
「アールグレイだが、口に合えば良いんだがね」
「薬や毒入りじゃなければ文句は言わないわ。美味しい紅茶ね」
心からの本音を言ったら微笑が苦笑いに変わる。
「私も飲んでいる茶葉だからね。そこまで用意していないのが本音と言っておこうか」
リリスも紅茶を口に入れる。毒は入っていないと見せつけるように。逆に言えば持って来ていたら使っていたと言う事なのか?やっぱり怖いなぁ。
「君とは以前から話をしたいと思っていたんだ。こんな形で話すとは思わなかったが」
「奇遇ね。私もよ。こんな場所で話すとは思わなかったけどね」
穏やかに笑い合う私達だが、互いに目は全く笑っていない。
だが、リリスも押さえているのか、それ程のプレッシャーは感じられなかった。
ラスプーチンが呪術師東雲の顔に手を翳す。
「グリゴリー・ラスプーチンか。転生した有名人を集めているようね」
「何、君達にも強いお友達がいるように、私にもそれなりの人物が傍に居るだけさ」
葛西や宝条さんの事を言っているのか。確かに彼等はラスプーチンに引けは取らないけどね。
「お嬢様……!!」
ラスプーチンは翳した手の力を緩めて首を横に振る。
「どうしたんだい?もう手遅れなのか?」
酷い事を平然と言う。生きていようが死んでいようが関係ないように。実際彼女にはどっちにしても些細な問題なんだろう。
だけどあなた、北嶋さんを追っていたんでしょ?彼の事、まだ理解していないの?
「傷が…塞がっています…!!」
「何だって?」
北嶋さんに目を向けるリリス。
「…銀髪の美人に見られると照れるな」
北嶋さんは本当に満更ではないように、頭を掻いた。この人はいつも通り余裕だ。ムカつくけど。
「…彼の傷を治した…のですか?」
東雲もラスプーチンも、もう一人の日本人も驚きながらリリスを見る。北嶋さんに敬語を使った事に驚いているようだ。
「俺の仕事は、そいつを廃人にしてポリに渡す事だからな。殺す事じゃない」
そう言いながら東雲に蹴りを入れる北嶋さん。
「ぐわっ!!」
吹っ飛ぶ東雲に反応し、立ち上がるラスプーチン。それと同時にラスプーチンの頭を掴む。
「むおっ!?」
「むおっじゃねーよノロマ。まだやり合うつもりは無いんだろ?すっこんでろ木偶の坊」
言い終えたと同時に床に叩き付けた。
「ぐあああ!!」
「!主水、アレを!!」
言われて頷く日本人。私の視界から消える!
「瞬間移動?主水…松山 主水?」
その昔、熊本藩で剣術師範を勤めていた 超能力者と同じ名前だ。
約2メートル程の土堀や、約6メートルもある濠を助走もせずに飛び越えたり、垂直の壁に張り付いて這い廻ったり、壁を駆け登り、天井を逆さまに歩いたりしたらしい。
主君に「これまで見た事の無い怪しい術を見せよ」と言われ、足元の畳を一枚、何の物音も立てずに宙へ浮き上がらせ、その下へ吸い込まれるよう消えたと思ったら、畳は次々と宙に舞い始めた。
主水はその下を自由自在にくぐり抜けていった。
居並ぶ人々は、あまりの不思議さに、ただ息を飲む。
人々がはっと気付いた時、主水は既に向こうの廊下に立っていた。
人々は「松山主水は魔法使いではないか?」とか、「妖術を使う術者ではないか?」とか噂しあったという。
「御名答だよ神崎。君の言う松山 主水が彼さ」
リリスは私に拍手をする。
「なかなかの手練れを仲間にしているわね」
ラスプーチンや松山クラスがまだまだ仲間に居るような感じだ。
だけど、相手は北嶋さん。問題じゃない。問題にしない。
「動くなっつってんだよ」
北嶋さんが腕を伸ばす。
「うおっ!?」
松山の後ろ襟を掴んでいる北嶋さん。
「北嶋…俺を捕らえられる、と言うのか!?」
「鏡で視えているからな」
引っ張り、倒れているラスプーチン目掛けて片腕だけで投げる。
「ぐっ!」
「がぁっ!」
倒れた二人を睨み付ける。その二人は茫然と北嶋さんを見上げていた。
「三下に加勢もヒヒイロカネを奪うのも無駄だ。今直ぐにやり合いたいなら容赦しないぞ」
こっちは混じりっ気なしの本気で言う。面倒な駆け引きなんかしないから本心の言葉だ。
「俺が地の王の後ろに回るのも解っていたのか!!」
「ならば私が呪術師を治療しようとしていたのも……!!」
北嶋さんは大きく頷く。
「解ったなら大人しく座ってやがれ。おら三下、的は俺でありヒヒイロカネだろ?俺に勝てたら持って行け」
再び東雲に蹴りをぶち込んだ。ね?問題は無かったでしょ?
そう言う視線をリリスに向けた。だが、彼女は私の視線に気付かずに、北嶋さんをただ見ていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺に蹴りを入れられて顎が跳ね上がる三下。「ぐあ!!」とか言いながら蹲った。
三下如きが俺に挑もうなどとは天に唾する行為も同然だ。ケジメはキッチリ取らないといけない。
ところで天に唾する行為とはどんな行為なのだろうか?
俺は試すべく、真上に『ぺっ』と唾を吐く。
唾はある程度上に上がったかと思ったら、俺の顔面に落ちてきたではないか!!
「うわあ!!汚ねぇな三下!!」
あんまりムカついた俺は三下に再び蹴りをぶち込む。
「があっっ!!き、貴様が勝手に…!!」
三下が言い訳じみた責任転嫁をする。
「うるせー!!何もかもお前が悪い!まず顔が悪い!人相も悪い!顔色だって悪いじゃねーか三下ぁ!!」
再び蹴りを入れようと足を上げたその時、「うわああ!!」とか言って身を翻し逃れる三下。
ほう、と感心した。
「やるな三下、俺の蹴りを避ける奴は結構いるが、お前もその一人だ」
不敵に笑う。結構いるのだから三下から普通の三下に昇格させてやろう。
…何も変わらんな。まあいいや。三下如きに褒美は必要ないしな。
「訳解らない事ばかり抜かすなよ北嶋…俺もただではやられはしないぜ…!!」
三下が懐から呪符を出す。
「リリス…アレを頼む」
三下が銀髪に何か頼み事をする。
「他力本願か?まぁいい。来やがれ三下」
俺は草薙の切っ先を三下に向ける。
「そのつもりで躾たんだから勿論だよ」
銀髪が右手をスッと上げる。
「む?」
銀髪の後ろに真っ黒い穴が現れた。
「魔界に繋げたのね」
冷静な神崎の弁だが、声の質が若干違う。結構驚いている声質だ。
銀髪はその滅茶苦茶美人な顔立ちでフッと笑った。
「生身で冥界に来れる君に驚いて貰えるとは嬉しいね」
銀髪も神崎の声の質を見切ったのか?そんな事よりも滅茶苦茶美人だ銀髪!!
俺の視線は銀髪の脚に移る。
「貴方に見られると恥ずかしいではないですか」
頬が赤く染まり、俺から視線を外して恥ずかしがる銀髪。ほう、これはいいものだ。もっと悶えるがいい。美人が恥ずかしがる様子は目の保養以外にない。
「北嶋さん…」
「はうっっっっ!!」
神崎の闘気が跳ね上がる。
「何故俺が銀髪美人の脚を見ているのが解った!?グラサンの如くの鏡越しで見ていたと言うのに!?」
「わ、私の脚を見ていたのですか?」
「…脚を見ていたのね………」
しまった!藪蛇だ!つか自白させられた!!
「や、やい神崎!誘導尋問とは汚いぞ!」
「自分で勝手に白状したんでしょ!!」
「脚だけじゃなく、望むなら、全てを見せますよ?」
頬を染めながら銀髪美人がとっっっても素敵な提案をするも、神崎の闘気が上がるばかりだ。
その神崎が軽い溜息を付いて言う。
「リリス、あなたの後ろのアレが出てくるタイミングを失っているけど」
「うん?あ、ああ…どうもあの人との会話は私の心を乱すね…」
銀髪は気を取り直して指をクイッと折り曲げた。
すると、あの黒い穴、銀髪美人の背後から、血にまみれた人の顔がヌーンと現れる。
しかし人の顔より遥かにデカい。俺の身長よりデカい顔だ。
「ふうん、アレがお前が頼っている化け物か?」
三下に問う俺。
「ふ、アレは地の王用だ。貴様の相手はあくまでも俺だ!!」
白い虎と戦わせて、隙を付き、ヒヒイロカネを奪うっつーセコい作戦か。
化け物は草薙が斬り開いた空間から冥穴にのそのそと出て行く。
それは獅子の身体と蠍の尾を持つ血の色をした人の顔の化け物だ。
「マンティコラ…インドの人喰いの魔獣ね…」
神崎の解説だ。有り難い。あれがマントヒヒだと言う事が解ったのだから。あ、いや、マウンテンゴリラだったっけ?まあいいや、なんでも。
そのマントヒヒだかマンなんとかは、白い虎を見るなり、コォアアアアア!!と甲高い声で吼えた。
――『人喰い』マンティコラか…
白い虎が身構える。
「おい虎。お前はすっ込んでいろ。奴等は俺の依頼の一部なんだからな。タマ!!」
言われてタマがマントヒヒの前に飛び出ようとした。
「ダメよタマ!!タマは結奈を護るのよ!!最初にそう言ったでしょ!!」
言われてタマが急ブレーキを掛けたように、前につんのめった。
「何をやっているタマ?マントヒヒくらい瞬殺しろ!!」
「ダメ!!タマは結奈から目を離さないで!!」
タマはオロオロと俺と神崎、マントヒヒと千堂と白い虎を何度も何度も見る。
「行けタマ!!」
「ダメよタマ!!」
俺と神崎との板挟みとなり、かなり困っているタマ。
――貴様等、どっちかにせぃ!!
遂にタマがキレてカッと牙を剥く。つうか、答は一つだろうに、ホント使えない小動物だな。
「だったらどっちもやりゃあいいだろ?」
――ん?
「つまり、結奈を護りながらマンティコラを倒せばいいって事よ」
タマがガーンという感じで口を開ける。
――それは過酷過ぎはせぬか?
「あん?俺なら楽勝だぞ?」
「タマができないって言うなら、私がやるけど?」
そこまで言われちゃ、我が家の愛玩動物も黙ってはいられない。
――貴様等にできて妾にできぬ筈はなかろうが!!
タマは尻尾を伸ばし、千堂の前にそれを被せた。
「きゃ!な、何?」
――貴様はそこから動くな!妾の尾が届く距離がそこだ!
そう言ってマントヒヒの前に身を翻した。
――人喰い如き、お守りをしながらでも問題はない
マントヒヒは、コフォォォォォォォ!!と吼えながら、タマに向かって行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蠍の尾が妾に向かって襲い掛かる。あの尾には毒がある。まともに喰らえば絶命までとはいかなくとも、そこそこのダメージを追う事だろう。まともに喰らえば、だが。
そして妾の九つの尾の一つにも毒はある。先ずは様子見をと女を護っている尾から一尾外して蠍の尾にぶつける。
――貴様!俺と同じ力を!?
マンティコラが驚愕するが、妾としては肩透しだ。『この程度』とは、と。
――心外だな。貴様如きと同じ力だと?
尾と尾がぶつかり合い、均衡している隙を付き、妾はマンティコラの喉笛に牙を振るう。
――おおっっっ!
マンティコラは辛うじて躱した。
――女を覆っていなければ、その首は胴から離れていたものを
事実、妾が自由に動けたら、マンティコラは終わっていた。
だが、勇も尚美も『自分はできる』と言うのならば、妾もやらざるを得ない。
――全く、面倒な奴等に仕えたものだ…
そう言いながら笑みを浮かべる。
銀の髪の魔女とマンティコラの様な解り易い主従関係ではない。こればかりは共感を得られぬだろうと。
――あの女が枷か?ならば!
マンティコラは妾から視線を外して地の王を見る。
後ろ脚に重心が掛かる。それを妾が見逃すと思うのか?やはり『この程度』よな。
妾の前からマンティコラが姿を消した。予想通りとは言え、意外と速くて少し驚く。
―――枷があるなら地の王を狙うまでだ!
元々マンティコラは地の王を仕留める為に連れて来られた。動きに制限がある妾だが、奴と尾を交えた時に、『この程度』の奴も感じたのであろう、妾の脅威。
妾とやり合うより、当時の目的を果たそうと言うのだろう。
――貴様の相手は妾と言うた筈だ
妾はマンティコラよりも速く、地の王の前に立ち、撃墜体制をとる。
――掛かったな狐!!
突然身を翻し、女に向かったマンティコラ。妾の尾の護りから外れた隙を狙ったのだ。
「きゃああああ!!」
――死ね!女!貴様が死ねば、護りきれなかった狐の負けだ!!
その血に染まった顔を近付けるマンティコラ。
だが、それは想定内だ。言ったであろう?『その程度』だと。
妾は高速でマンティコラの首目掛けて突っ込んで行く。
突然マンティコラが此方に身体を向けた。
――ははははは!!狐の浅知恵も此処までか!!
女に向かったのは芝居。妾が向かって来る事を読んでいたのか。だが、しつこい様だが言ったであろう?
――だからその程度の相手だ
マンティコラの牙は妾の身体に触れる事は無い。
妾の神速はマンティコラも予測できぬ程の速さだったようだ。
マンティコラの首が地に落ちたと同時に、血が噴水のように噴き上がった。
――がががががが……
首と胴が離れたマンティコラだが、まだ息があった。
――まだ生きているのは驚嘆に値するが、所詮『人喰い』。『国滅ぼし』の妾には及ぶ訳がないわ
言わば『格』が違うのだ。人を喰うのは猛獣でもできる。
――まさかこれほどの力の差があるとは…だが…俺も少しは名の知れた魔獣!ただでは死なん!!
蠍の尾から妾に向けて鋭い矢が放たれるが、妾は尾でそれを払う。
――毒矢も届かぬか…
――他の獣ならばいざ知らず、妾が残心を怠ると思うたか?
爪でマンティコラの首を二つに斬り裂く妾。
――………
漸くマンティコラは動かなくなった。
――王に挑むには小物過ぎたな
残心を解き、再び女の前に立つ。
「あ、ありがとうタマ…」
――頼まれたからな。それより貴様、此処に居ていいと思うておるか?
女は俯いて押し黙った。
――……まぁ良い。この戦い、最後まで見ておれ。己の分を知る機会よ
妾は女に背を向けて勇を見る。
勇は呪術師と対峙している最中だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺は景気よく三下に蹴りを入れる。「うらあああ!!」とか言いながら。
三下は「うわあああ!!」とか言いながら、踊るように冥穴の方に逃げた。
実はこれは狙い通り。あの部屋を大惨事にしたくなかったのだ。
あの部屋は隣町のビジネスホテルの一室だ。流石に惨劇は避けたい。やったのが俺だとバレたら信用問題になりかねんし。そしてホテルに営業妨害で訴えられたら洒落にならんし。
「北嶋……!!確かに俺は貴様には遠く及ばない…だがな!俺にも少しばかりプライドがあるんだよ!!」
冥穴に逃げて、結構な間合いを取った三下が落ち着きを取り戻し、人型の紙キレを出す。
よく見ると、人型には『千堂結奈』と名前が書いてあった。
「千堂を狙うっつーのか?面白い。やれ三下」
俺はズカズカと三下に向かって歩く。
「後悔しろ北嶋!!」
三下は人型に釘をズブリと刺した。しかし釘はボキン!と折れて地面に転がった。
「な、何!?」
三下が慌てている。釘が紙も貫かずにボッキリ折れた事にも信じられん様子だった。
「既に対処済みなんだよ三下」
千堂には事前に俺お手製の札をくれてやっていた。
三下の呪術如きに俺お手製の札が負ける訳がないのは言うまでもない。
俺は一気に間合いを詰める。
「うわっ!!」
「証拠を残さず人を殺せるのが自慢らしいな?だが、その程度なら俺もできるぞ三下」
草薙で三下の心臓すぐ上を貫く。
「ぐわあああ!!」
口から血を吐き出す三下。それを見て草薙を抜く。
「どうだ?刀の刺し傷なんかないだろ?」
三下は血を吐きながら身体を探る。
「外傷が……無い?が………!!」
確かに刺し傷の外傷は無い。だが、肺だけは貫いているのだ。
「動脈、静脈を傷つけずに肺だけ刺したんだよ」
今度は左肩を斬り裂く。
「ごああああああああああ!!!」
無論外傷は無い。無いが、肩の筋肉のみ斬ったのだ。よって左腕は上がらない。
「解ったか三下。お前の術よりも、確実に死因不明で殺せるんだよ俺は」
喉元に切っ先を当てる。
三下は膝を付き、ガタガタと震えていた。
「出せよ三下」
「な、何を……?」
何をってお前、股間を出せと言っていると思っているのか?
「何の為に右腕を自由にしていると思ってんだよ?お前のとっておきを出せっつってんだよ」
俺は三下から離れて白い虎に背を向けて立つ。
「おら、来い三下」
間合いがかなり離れた事に安堵したのか、三下は震える足を踏ん張って立ち上がった。
「くそ…くそ!くそが!!北嶋……!!舐めやがって!!」
三下が懐から呪符を大量に取り、それをバラ撒く。
「やい虎。暇だろ?お前にも見せ場作ってやるよ」
草薙を上段に構えて、三下の術に備えながら、虎に促してやった。
――見せ場だと?一体…
虎が困惑するも、三下の呪符が青白い炎を上げて燃え尽きる状態。詳しい事は説明している暇はあるが、面倒だからしない。
「来るぞ虎。俺が弾いた奴等以外は任せるぞ」
――だから一体何を……むっ?
三下の生気が激減した。虎が反応したのも頷ける事だろう。冥府の王だし、生気が減ったって事は死んじゃうかもって事だし。
「待たせたな北嶋………!!俺の命を触媒にして集めた霊魂を一つにして放つ、俺の最強を見せてやる………!!!」
「勿体ぶらずにさっさと出せ三下」
俺も集中する。厳密に言えば術に集中している訳ではない。選別に集中しているのだ。
「喰らえ北嶋!禍玉怨霊弾!!!」
燃え尽きた呪符から無数の魂が舞い上がる。その全てが無念、無惨な霊魂だ。
その霊魂は一つの光の玉に集まって行く。あれが三下の命の一部なんだろう。
「命掛けとはなかなか天晴れな三下だ。だが、もういいから放て。選別は終わった」
俺はじれったくなりながらも上段の構えは崩していない。
一つに纏まった禍々しい魂が、阿鼻叫喚の肉の塊となり、俺に向かって放たれる。
――むぅ!凄まじい負の霊気!
「呪術としては最高峰に位置する術!!」
タマと千堂が驚愕しているつう事は、そこそこすげー術のようだが、俺には通じないから関係ない。
「なげーよ三下。うらああああああああああ!!」
俺は向かって来る肉の塊に草薙を振り下ろした。
バラッッッ
肉の塊は元の霊魂に分解する。一振りで纏まった魂をバラしたのだ。
――な、何ぃ!?
「な、何だと!?」
虎と三下が驚いているが、気にしてはいけない。これは俺がスペシャルな男故出来た事なのだから。
「うらああああ!!」
俺はバラけた魂、三体を蹴り飛ばした。
「おら虎。見せ場作ってやったぞ。冥府の王の力、見せてやれ」
――な、成程…漸く理解した…
虎はゴラアアア!と一つ吠えた。すると、バラけた霊魂は虎に吠えられてビビって固まった。
――亡者共よ!今から貴様等を在るべき所へと誘おう!
虎は霊魂の前に門を造り出す。門と言うよりも穴だが。
――その門を通るがいい!さすれば閻魔羅紗の地獄門に行けるだろう。そこで己が行く場所を決めて貰うがよい!
霊魂は言われるがまま、門を通る。
やがて俺が蹴り飛ばした三体を残して、全ての霊魂は地獄門に向かって消えて行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
俺の最強が…全く通用しなかったばかりか…三体を残して全て還した…だと…?
いや、還したのは地の王の力。そこはそれ程驚く所では無い。地の王は冥界神だ。それこそ神の領域だから簡単な事なんだろう。
それよりも、俺が驚いたのは、残した三人だ!!
「北嶋!その三人は!」
「あー?お前の元顧客と俺の手下とその女房だろ。お前、つい最近殺したばっかだろー?もう忘れたのか?」
霊魂に蹴りを入れて跪かせた北嶋。
そいつは、健寿教教祖、漆原とリリスが金を渡した中年、そして中年に憑いていた女房!!
「あの刹那で!!」
北嶋の言う選別とは、奴等を見付ける事だったのか!!なんという力量だ!!
「まぁ、お前は殺し過ぎたから顔まで覚えちゃいねーだろうが…」
北嶋は中年の顔面に拳をぶち込む。
――ぶへへっっっ!!
噂では聞いていたが、この目で見て改めて肝を冷やした。中年は霊魂なのに、普通にぶん殴られ悶絶していた。霊力も、加護も無い、ただの生身の拳で普通にぶん殴って!!
「おうオッサン!はした金の対価が今のお前だ!ご希望の人生で良かったな!ああ?」
更に腹に蹴りを入れる北嶋。やはりなんの力も感じない。ただの生身の蹴りで霊魂にダメージを与えていた…!!
――ぎゃあ!黙っていた事は…本当に悪いと…ぐああっ!!
「知るか!俺を裏切った罪は殺されただけじゃ償えねぇぞオッサン!」
問答無用とばかりに蹴りを乱打する北嶋。
殴る蹴るを霊魂に普通に行っている北嶋…霊魂が泣き叫びながら殴られる事に怯え、蹴られる瞬間に身体を固く強ばらせている様を、信じられない気持ちで見ていた。
中年は許してくれとか助けてくれを連呼し、懇願している…
「だから許さねーっつってんだろオッサン!!もう一回死ね!!」
拳を振り被る北嶋の前に、女房が身を呈して中年を庇う。
「オバサンよぉ…オッサンが自堕落になったのは、オバサンの責任でもあるんだぞ?」
――え?
女房は涙を流しながら呆ける。
「お前が取り憑いている形になってたんだよオバサン。取り憑かれちゃ、マトモな生活はできねーんだよオバサンよぉ!!」
北嶋が怒号を上げる。
女房は暫く固まった後、声を上げて大粒の涙を流した。無自覚とはいえ罪を犯した自分の愚かさに対してか?
――に、女房は俺を案じただけだ!!死んだのもアンタを裏切ったのも、全て俺の責任だ!!
今度は中年が女房を抱き締めながら、北嶋に叫んだ。
「ほぉオッサン…裏切ってくたばった上に、罪人を庇って俺に上等な口を叩くとはな…」
北嶋は笑いながら中年と女房の襟を掴んで引き摺る。
――アンタの願いどおり、もう一度殺せ!その代わり女房に酷い真似はやめてくれ!
――全て私の責任…どんな罰でも受けます!だけどこの人だけは!
訴えなんぞ聞かずに北嶋は地の王の前に放り投げる。
「聞いた通りだ虎。罪を認めりゃ、罪は軽くなるんだろ?」
中年と女房は驚いた顔をしながら北嶋を見上げる。勿論俺もだ。
――この者達だけか?他にも…
北嶋は首を振り、続く言葉を制した。
「多少の縁だけで此処までしてやったんだ。みんな面倒見てやる程善人じゃねーよ」
中年と女房は北嶋に地に両手を付けて感謝した。
――ありがとう!!ありがとう!!ありがとう!!
――ありがとうございます…本当にありがとうございます…
「面倒臭え頼み事を持ち込むなオバサン!ったく、俺はタダ働きが大っ嫌いなのによ!とは言え、オバサンの頼みはオッサンを働かせる事だったが、勝手にくたばったんだ。これで我慢しろ」
北嶋は手で追い払うような仕草をする。
中年と女房は、地の王が造り出した門に、北嶋に何度も何度も頭を下げながら入って行った…
門の中に消えて行った中年夫婦を確認した後、北嶋は漆原に目を向ける。
――お、俺にも善処してくれるのか!?
漆原は目を輝かせる。
北嶋はズンズン漆原に近寄り、静かに前に座る。漆原を見る目が邪悪そのものだが…まさか奴も救済するつもりか?
奴は情状酌量の余地なんかない程の犯罪者で、救済する必要が無い程のクズだが…
「お前を殺した三下だがな、今滅茶苦茶弱っているぞ?」
「なっ!?北嶋、貴様!?」
流石に声を挙げた!!まさかこいつ、漆原に仕返しさせる機会をくれてやったのか!?
漆原はゆっくりと俺を見た。北嶋に負けず劣らずの邪悪そのものの目で…!!
――まさかアンタ、俺に復讐のチャンスをくれたのか…?
「あん?俺はただ、三下は弱っている、と言っただけだぞ?」
北嶋は立ち上がり、漆原から離れた。
少し遅れて、漆原がいやらしく笑いながら立ち上がる。
――先生ぇぇえ~!生前はお世話になったねぇええ!!!
「馬鹿が!いくら弱っていようが、貴様にやられる俺じゃねぇぞ!!」
呪を唱えようとする俺だが、禍玉怨霊弾のおかげで霊力がほとんどない。加えて寿命も短くなった。今の俺に扱える呪は…ない…!!
――また潰して殺すってのかい先生ぇぇえええ!!
漆原は素早く俺に抱き付く。
「ふざけるな貴様!があっっっっっっっ!!!」
漆原が俺の胸元に腕を突っ込んでくる!こいつ、俺の魂魂を直接握りやがった!!
――へへへへへへ!!くたばって解ったが、魂ってのは簡単に身体と切り離せるんだなぁ!!
漆原は俺から魂を切り離そうと、グイグイと引っ張った。それは確実の俺を死へと誘う行動だった…!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――貴様、何を企んでいる?
北嶋に問うた。
先程は確かに二つの霊魂を救った形になったが、今度は救うとはとても思えない。
本気で何を考えているか解らなかったからだ。
「依頼は廃人にしてポリに渡す事だ」
つまらなそうに答える北嶋。殺すつもりは無いようだが…
――あの男は信者から金品を略奪した上に、殺しまでやっているのだぞ!!
呪術師から魂を引き抜かんとする霊魂は、悪しき過ぎる程の魂だ。どうやっても罪は軽減する事はない。よって俺の仕事にはならん。
「んな事より見てみろよ。あのオヤジ、死神に向いてそーだな。部下にどうだ?」
やはりつまらなそうに軽口を叩く北嶋。
――あのような汚れた魂を部下にできるか!
「冗談だ虎。お?そろそろかな?」
漸く動き出す。
呪術師の魂の尾が切れ掛かり、呪術師は絶命する寸前になっていた。
――おらおらおらおらぁあああああああ!!ゲヘヘへへへへ!!ぐあっ!?
男に蹴りを浴びせて呪術師と切り離す。そして胸倉を掴み、持ち上げて凄んで見せた。
いやいやいや、霊魂の胸倉を普通に掴むとは!?
「おうオヤジ!『取り憑いて殺そう』なんて、お前罪を重ねたなぁ?」
北嶋は男の髪を引っ張り、男を冷たい形相で睨んだ。
――な、何!?アンタ、復讐のチャンスをくれたんじゃなかったのか!?
男は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をする。
「あー?弱っているっつーのがか?ありゃお前、ただ言っただけだオヤジ」
ブンと投げ捨てる北嶋。草薙の切っ先を男に向ける。
「オヤジ、お前は俺が直接地獄送りにしてやろう。門を潜るとか順番なんか必要ないだろ?」
そう言って俺を見る。成程、そう言う事か。この男、なんだかんだ言って甘くは無いな。
――死しても尚『罪を重ねた』か。俺の加護は必要のない男だ。貴様の好きにしろ
先程の夫婦と真逆だ。地獄からはなかなか出られないだろう。転生しても、人以外。虫からやり直すかもしれぬ。
「聞いたなオヤジ。生きている間、散々良い思いしたんだ。死んでから悔いろ」
草薙を振り翳す。
――ま、待て!!騙したのかお前!?俺は本当はやりたくなか
最後まで言わせずに男を斬る。
断末魔をあげる暇すら与えず、男は黒い霧状となり、そのまま飛散した。
「どこに堕されるか、はたまた最初から歩かされるかは知らんが、取り敢ず俺の気は晴れたぞ」
鞘に草薙を納めて満足するが…
――気は晴れた?どういう事だ?
凄く嫌な予感がしたが、俺は取り敢えず聞いてみた。
「あのオヤジは生前インチキカリスマ気取って信者を騙して金品を奪い、三下に殺しを依頼し、見返りに信者を提供したりと、散々好き放題やっていたろ。それが羨まし…いや!!気に入らなかったのだ!!」
言い直したが、意味は全く変わっていない!!
――貴様は裁く大義名分が欲しくて陥れたのか!?
「ば、ばばばばばばばばば!馬鹿な事を!俺の正義の血が許さなかっただけなのだ!決して『騙されたな、ザマァ!』とは思っていないぞ!!」
慌てて言い訳するが、それは肯定したも同然だ。
――なんという身勝手な人間だ!!
流石に呆れた。この男も地獄が相応しいのかもしれん…
「そうだ!俺は人間、北嶋 勇!!気に入らない人間は気に入らねーんだよ!!文句あんのか虎!!」
何か逆に怒って俺に突っかかってくる。
しかし、人間、北嶋か。
救うも救わないも気分一つ。だが、筋は通っているか…
――ふはははははは…まぁ良い。貴様は間違っていない。正しいとも思えないがな
久々に面白い人間に会えた。
俺は満足して笑った。
「んー…いい感じに壊れたかなぁ?」
俺から視線を外して呪術師を見た北嶋。呪術師は失禁してヘラヘラと笑っていた。
――無理も無かろう。魂を直接引き抜かれそうになったのだからな
死神の鎌で魂の尾を斬られるのと同じような状態に陥ったのだ。
尾は何とか肉体と結び付いているが、その損傷は激しい。
頭では肉体に命令を出しているだろうが、肉体はそれを拒絶し、魂もボロボロ、意識と肉体がバラバラに機能している状態だ。
加えて禍玉怨霊弾とかいう術で、命を使っているので、確実に寿命は縮んでいる。
「じゃ、まぁ…これくらいにしてやろうか」
北嶋はヘラヘラ笑っている呪術師に追い討ちをかけるように蹴りを入れる。本当に人間かこの男?慈悲の欠片も無い!!
「おら、行くぞ三下。菊地原のオッサンに渡さなきゃならないからな」
そう言って気遣いなど微塵も見せずに、呪術師の髪を引っ張り、引き摺って歩く。
少し歩いた後、ピタリと止まり、ポケットから何かを取り出して俺に放った。
――む?これは!!
「お前の宝物なんだろ?ヒヒイロカネだよ。さっきのオッサンが持っていたんだ。確かに返したぞ」
それは確かにヒヒイロカネ!!俺が護ってきた、古の超金属だった!!
――お前!!この金属の価値を知っているか!?
ヒヒイロカネと聞いて反応を見せる者ならば、ポケットに入る程度の大きさでも、決して手放そうとはしない!!
「知らん。そんなモン必要なら造ればいいだけだ」
北嶋の胸元がキラッと光る。
――そうか………お前は賢者の石を持っていたのだったな!!
全てを変える賢者の石は、ヒヒイロカネを造り出す事も造作ない、と言う訳か…!!
「まぁ、そんなモン俺には必要ないよ。寧ろ欲しいなら造ってやるけど?」
地の王の俺に鉱石を造ってやる、とは!!
――ふははははははは!!気に入ったぞ北嶋!!
「そうか?どこがツボだったんた?まぁいいや」
そう言って北嶋は冥穴に繋げた一室を見る。
「神崎、終わったぞ。帰ろうぜー!」
「うん、解った。だけど、もう一波乱有りそうよ?」
答えた神崎。銀の髪の女が微笑を浮かべて此方を見ている。
――凍り付きそうな笑顔よな…
俺は自分が身構えているのに、何ら疑問を持たずに女を見ていた…!!
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