北嶋対神崎
――馬鹿な!貴様等が戦うなどと!
妾が止める為に間に入ろうと一歩踏み出すが、尚美が手を翳し、それを制した。
「ダメよ。タマは結奈を護らなきゃならないの」
――護る!?貴様等に頼まれれば妾は全身全霊を掛けて願いに応えよう!!だが、貴様等の争いをこのまま見ている訳にはいかぬ!!
構わず歩みを進めようとした矢先、妾の前に巨大な神気が立ち塞がった。
――退け!地の王!
妾は本来の九尾の姿に変化する。
全身の毛を逆立て、牙を地の王に剥き出した。
――貴様の使命は、その女を護る事と言われた筈!手出し無用!!
その神気を膨れ上がらせて妾を止める。その殺気、妾が動けば攻撃するという意志の現れだ。
――貴様、奴等に殺し合いをさせると言うのか!!
――ならば問おう。北嶋 勇が死ぬと、敗れると思うか!?
――ふざけるな貴様!!心配なら尚美の方であろうが!!
妾は地の王に飛び掛かろうと身構える。ここで問答する暇も惜しい。殺してから改めて勇と尚美を止めればいい。
――ならば北嶋 勇が神崎 尚美を殺すと思っているのか!?
妾の身体が硬直する。
如何なる事情でも、勇が尚美を殺す訳が無い。無いが…此の儘大人しく見ていろと言うのか?間違えでもしたら、どうするつもりだ?
――黙って見ておれ、獣の王よ。案ずる事は何も無いのだ
確かに、勇は尚美を殺す事はしない。
だが、尚美が戦いを挑む意味が理解できぬ。
勇の行動に問答無用で攻撃するのには、ヒヒイロカネ云々ではない、何か理由が……?
――…もしも、勇か尚美、どちらかが倒れた場合、貴様の死を以て妾を止めた事を悔いてもらう…!!
尚美の謎の行動が解らぬ今、勇が決して尚美を殺さぬと確信している今、妾にできる最大の譲歩。これすら拒否するのなら、その喉笛を食い千切ってくれる。
――好きにせよ。俺は地の王、冥府の王。逃げも隠れもせん
それは妾の殺意に怯んだわけでもない、自分に対しての自信か?否…やはりなにか理由があるのか……?
妾は踵を返し、女の前に立つ。
「は、話はついたの?」
――どちらかが死んだら命を貰うという約束を取り付けただけだ。貴様は妾の後ろに隠れていろ
苛立ちながら女に言い放つ。
「わ、解ったわ……」
女も事態が理解できぬ様子ではあるが、自分が口を挟むべき所では無いと理解したのか、妾の後ろに素直に隠れた。
「尚美…何故話も聞かないのかな…」
――何か考えがあっての事なのは理解できるが…それに、少し気になる所がある…
気になる所とは、尚美の拳が当たらなかった事だが。何故尚美の攻撃が当たらなかった?
押し黙る妾に対して、女は妾の続く言葉を待っているが、妾は勇と尚美から目を離す事が出来なかったので、応える事はしなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、タマの動きを封じたのは良しとして、北嶋さんに、私の術がどこまで通用するのか?
鏡を外されたら、色んな意味でお手上げだしね。察してよね、北嶋さん。
北嶋さんに向かって再び印を組みながら言う。
「北嶋さん!逃げたりしないで真正面から向かって来なさいよ?」
「お前話を聞けっつーのっっっ!!」
いきり立つ北嶋さん。鏡を外すという選択は無い様子。と言うか何も考えていないだけかも。
それでもいい。いや、困るけれども、寧ろそっちの方がいいかもしれない。いつか気付くと思うから。
安堵しながら術を仕掛ける。
「山をも動かす巨神の力!国造りの腕!」
私の前に巨大な魔法陣が浮かび上り、そこから巨神の腕が北嶋さん目掛けて掌打を放つ。
「うおっっ!!?」
真正面から掌打を両手で突っ張りながら迎え撃つ北嶋さん。
「のおおおおおお!?」
だが、吹っ飛びこそはしなかったが、いくら北嶋さんでも国造りの巨神のパワーには及ばない。
踏ん張っている両脚が、轍が掘れたように窪む。
「ダイダラボッチのパワーをまともに受けても後退するだけなんてね。流石よ北嶋さん」
ダイダラボッチとは、怪談では大入道と呼ばれている、日本の各地で伝承される巨神だ。
山や湖沼を作ったという内容が多いことから、元々は国造りの神と言われている。
そのダイダラボッチの掌打をまともに受けてもノーダメージとは。
驚嘆を超えて呆れる私だが、北嶋さんなら問題ないと思って放った術だ。
悔しいやら嬉しいやら、何か解らない感情を覚える。
「やい神崎!本気で怒るぞ!」
草薙の柄に手をかける北嶋さん。本気になられても困るんだけどなぁ…
でも、本気の北嶋さんか…
全然底を見せていない彼の本気とは、一体何処にあるのだろうか?
「本気になる前に終わらせる!!」
再び印を組む。
「おおいっ!だから聞けってばよっっっっっ!!」
更に退がって間合いを広く取る北嶋さん。
「国造りの腕っ!!」
北嶋さんの目の前に魔法陣を発動させ、巨神の腕を出現させる。
「うおおいいっっっ!!!」
突如目の前に出現した手のひらに、咄嗟に拳をぶつける。
巨神の手のひらが退がった。
刹那、北嶋さんは更に一歩退がり、抜刀に必要な間合いを取った。
「させないわ!!」
術をキャンセルし、巨神の腕を消す。
「ぬわっ!汚ねーぞ神崎!的を消すなんてっ!!」
地団駄を踏んで悔しがる北嶋さん。
本当に余裕だなこの人。普通敵が目の前に居るのなら、地団駄なんで踏んでいる余裕は無いでしょうに。
しかし、余裕がある北嶋さんだが、私には全く余裕は無い。
証拠に、流れる汗で背中が冷たい…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ちくしょう神崎!!話くらい聞けっつーんだよ!!
いつも問答無用でぶん殴られるけどさぁ。
そのぶん殴られるも今回に限っては躱したけど、なんでだ?
とは言っても『術は』本気で繰り出しているなぁ…
一体何だっつーんだよ?俺には鏡があるんだぞ?何を考えているかなんて、簡単に解るんだよ!!
ん?そうか、鏡に願えばいいんじゃねーか!!
いらん情報を視せるなっつー俺の願いを反映して、鏡は神崎の事を『敢えて』視せていないのだ。
俺はその場に両手を付き、激しく落胆した。
「どうしたの北嶋さん。もう降参?」
神崎が困ったような顔をしながら問い掛ける。
そう、『困ったような』顔だ。降参されたらマズいような、そんな感じだ。
俺は顔を上げて神崎を見る。
成程…そういう事情かよ…
俺は立ち上がり、草薙を抜刀し、切っ先を神崎に向けた。
「バーロー!神崎、誰に何を言っているか理解してんのか?俺は北嶋!!降参という漢字は知らないから書けないんだよ!!」
神崎は安心したように笑う。
「辞書で調べなさい」
そう言って、再び印を組む。
「咎人よ!あらゆる異端の教徒と門徒よ!!火焔の墓孔に葬られよ!!滅尽の炎!!」
俺の前に炎が壁の如く立ち登る。
確か神崎の得意技の浄化の炎を触媒にして現世に喚ぶ地獄の業火だ。だが、今の神崎は婆さんの力を受け継いでいるから触媒なんて必要が無い。
よってこのように単独で繰り出せる。
「うらああああああああ!!」
俺は草薙を振り下ろして炎をぶった斬った。
俺の前に道が
俺はその隙間から神崎目掛けてダッシュした。
「神崎いぃぃぃぃ!!」
「雄叫ぶ盾ぇ!!!」
神崎の真正面に口がある盾が出現し、更にその前に無数の盾が現れる。
「草薙に盾なんか通用するか!!」
一番近い盾に振り被る俺。
その時、神崎の真正面の口のある盾が「オアアアアアア!!」とバカデカい声を上げて絶叫した。
それと同時に、現れた無数の盾も呼応するように絶叫する。
「うるせーなぁ!!」
構わずに草薙を振るう俺。
盾はまっ二つに斬れ、消滅した。草薙の前じゃこんなもんだ。
そのまま別の盾に斬りかかる。
「オアアアアアアア!!」
またまた絶叫する神崎の真正面の盾。
またまた呼応する無数の盾。
ガチでうるせー。騒音公害か?まあ、斬りつける。
「んんん?」
勿論盾はまっ二つに斬れたが、手応えが異質っつーか変わった。
最初に斬った盾より、硬度が増したような感じを覚える。
「オハン!?まさか!?」
千堂が仰天しながら叫んだ。
「そう、オハンよ。流石ね結奈!!」
感心する神崎。さらに続ける。
「ケルト神話の叫ぶ盾…持ち主に危機が迫ると絶叫を挙げて知らせる不思議な力があったという」
「知らん!!邪魔くさいから全てぶった斬る!!」
俺は前に立ち塞がる無数の盾をぶった斬り、神崎に近寄る。
「オハンは激しい叫び声を挙げると、味方の盾も共鳴して叫び声を上げる。ケルト神話では叫ぶのは一種の魔法なの。この場合は無数の盾の硬度アップよ!!」
成程、だから手応えが変わったのか。だけどなぁ…
「草薙に斬れないモンは無い!!」
叫び声を上げる度に硬度が増す無数の盾だが、草薙の前には紙切れも同然だ。
「流石草薙!流石北嶋さん!まぁ、止められるとは思っていないけどね!!」
俺は無数の盾を全て斬り、遂には本体と言うべき神崎の真正面の盾の前に立った。
「残りはこいつだけだ!!」
俺が振りかぶると同時に、神崎が詠唱する。
「地の底の力の塊よ!我が敵を捕えろ!身体を動かす力を奪え!!」
「む?」
振りかぶったまま、地面に膝を付いた。
何だ?地面に引っ張られているような?
「黒地の枷…北嶋さんの足元の重力を倍増させたわ!!」
「何ですと!?のおおおおおおおおおおお!!?」
俺は重力に負けて立ち上がれない状態に陥った。
「如何に草薙とはいえ、身体が動かせなきゃ奮う事はできないよね?」
したり顔の神崎。やってやったぜとの表情だった。
「ちくしょう神崎!なかなかやるなあ……のおおおおおおおおおおお~!!」
俺は遂には両手を地に付く。
「お終いかしら北嶋さん?」
「あん?誰に物を言ってんだ神崎。俺は北嶋!お終いという漢字は書けないんだよ!」
「それくらいは書けるようになりなさいよ……」
哀れみを以て俺を見る神崎…もの凄っごい屈辱感を覚える。
「なあああああああああ~!!!」
そうこうしている内に、俺は肘まで地に付いてしまった。滅茶苦茶身体が重く感じる。重力が倍になっただけでこうなるのか…そう考えると悟空はすげえな。精神と時の部屋で修行したんだから。確か重力が地球の10倍だっけか?
「降参する?」
「だから降参なんて漢字は知らないから書けないんだよっ!賢者の石ぃ!地場を戻せぇ!!」
石が微かに光る。
縦に僅かに揺れたと同時に、俺の身体は軽くなった。
「賢者の石は地場まで戻せるの!?」
「全てを変える賢者の石だぜ神崎!!」
俺は自由になった身体で、草薙を神崎に向けて突く。
「く!!」
盾に身体を隠す神崎。
ウオオオオオオオオオ!!
盾が再び叫んだ。神崎を守る為に。
「んなモン問題ない!!」
草薙に斬れない物は無い。貫けない物は無い。草薙は盾を簡単に貫く。
「しまっ……!!」
「うらああああああああああああ!!!」
草薙は神崎の身体…と言うか、顔を貫いた。
「きゃあああああ!!」
ズブズブズブズブ、と、鈍い音がして、鍔が顔に当たったと同時に鈍い音も止む。
草薙の切っ先からは、血が滴り落ちて、地に血溜まりができる所だ。
神崎はピクリとも動かない。勝ったと言う事だ。
「馬鹿野郎が!!俺に勝てると思っていたのか!!」
トン、と、神崎が俺の胸に身体を預けた。
いや、倒れ込んだんだ。
相変わらず草薙は神崎の顔を貫いたまま。
「いやあああああああああああああ!!!」
冥穴の暗闇の中千堂が絶叫する…
俺のシャツは滴り落ちる血で赤く染まり、その部分が不快な生暖かさを発していた…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神崎の視覚から盗み見していた俺は、つい声を挙げそうになった。
神崎が勘違いから北嶋とやり合う事になるとは!!これは嬉しい誤算だ!!
これは、上手く行けば、相打ちでどっちもくたばってくれるかもしれない。
更に地の王と九尾狐だ。
北嶋か神崎どちらかがくたばったら、地の王の命を貰うと宣言した。地の王も受けて立つと。
地の王と九尾狐も、うまく行けば相打ちになってくれるかもしれない……!!
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!こりゃ愉快だぜ!! はっはっはっはっはっは!!」
笑いが止まらなくなる。声を挙げるのを我慢していた筈だが、すっかり忘れてしまう程に舞い上がった。
「果たしてそう上手くいくかな?」
背後からリリスが微笑しながら呟いた。
「別に相打ちじゃなくてもいいさ。北嶋か神崎どちらかがくたばってくれりゃ、地の王か九尾狐のどちらかもくたばる。生き残った方も、それなりのダメージは負うだろう。俺はとどめを刺せばいいだけだ」
「ふむ、成程。そうなるといいね」
適当に相槌を打っている感じでリリスは頷く。
俺はリリスに背を向ける。
この女は北嶋に好意を寄せていた筈だ。北嶋がくたばるのを黙って見ている訳がない。
「くたばるのは神崎か…」
俺は確信したように呟いた。
北嶋と神崎が戦い始めて小一時間が経過した。
「凄いな………」
リリスが感心したように頷く。
「何がだ?」
「神崎だよ。上級の術のオンパレードじゃないか」
確かに、此処までは神崎が押している感がある。
それは、あの若さに不釣り合いな高度な術を駆使しているからに他ならない。
「お前は神崎に勝てるのか?」
一瞬、キョトンとし、クックッと笑うリリス。
「あれが神崎の全てなら、私は勝てるさ」
「あれ以上の術を持っている、と言いたい訳か?」
静かに首を縦に振る。
「出し惜しみしている訳じゃないだろうけどね。それに、繰り出す術に制限があるようだ」
「制限とは何だ?」
「彼処は冥穴だよ。空が無いから天空の術を出せない」
成程な。神崎にも枷がある訳か。
「聖霊の種類も制限されているようだね。地の聖霊なら種族が沢山いるみたいだが」
いずれにしても、神崎が多少のハンデを負っている訳だ。やはり、勝つのは北嶋か。
どっちに転んでも、俺は漁夫の利を得るだけだ。
神崎を殺したとなれば、北嶋も普通の精神状態じゃないだろう。そこを突く。
化物は恋人殺しによってくたばるって事だ。これもまた愉快な事だ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
神崎、此方を『視』ているね……
術は私に見せる為に敢えて高度な術を出している訳か。
「一種の挑発だね」
「何がだ?」
独り言を呟いた私に、いちいち聞いてくる東雲。
「いや、何でもないよ」
私は彼を無視するように言い放つ。
小物の分際で、私と対等な感じで話す彼を、ラスプーチンも主水も良い顔はしない。
私が制しないと、とっくに命を落としているのに。
無知、無力な彼…なんて可哀想で愚かなのだろうか。
私の保護下でなくば、オリハルコンは手に入らないし、あのお方と対峙もできない小物。
小物は小物らしく、私の為に命を使えばいい。
私の存在をあのお方に認識させる程度しか無い命だが。
その小さき命の対価に、私は多少の協力をしているだけだと言う事も、彼は知らない。
知っているのは…
「神崎だけか。だが、助けるつもりは無いようだね」
再び彼が私に顔を向ける。
私は微笑しながらそれを『見下ろす』。
もうじき終わる彼の命に微笑したのを、やはり彼は知る由も無いだろう。
「草薙が盾を貫いたぞ!!」
驚愕する彼だが、私は特に驚かない。
草薙は全てを斬る刀。あの刀こそあのお方に相応しい武器なのも識っている。
「切っ先が神崎に近づいてくる!!」
あのお方が神崎を殺す訳が無いのも識っている。
「顔を貫いた!!やった!!殺しやがった神崎を!! はっはっはっはっはっはっはっはっはっはあああああああ!!?」
解説して楽しんでいた彼の顔から鮮血が噴き出す。
そのまま仰向けに倒れる東雲。右目を押さえて転がった。
押さえている手からは血が溢れ、もう直ぐで血溜まりが出来そうだった。
「がああああああああああああ!!!何だぁあぁああ!!?」
その時私の耳にあのお方の声が聞こえた。
「……馬鹿野郎が!!俺に勝てると思っていたのか!!…と言っているね」
笑みを浮かべた。
「神崎じゃない、君に発した言葉だね。これが視たかったんだよ」
賢者の石は万物を変える石。神崎の術によって変わった磁場も変えた。これは読めていた。
万界の鏡は全てを識る事が出来る鏡。時空も越えて、欲しい情報を齎す。これは識っていた。
草薙は全てを断ち切る刀。物質でも因果でも、そして空間でも。空間を斬ると言う事は、間合いは意味を成さないと言う事か?超遠距離でも草薙は届くのか?
私が今回識りたかったのは、この一点。
振るえるのならば、届くならば。
「何処に隠れても無駄、と言う事になる。いや、君のおかげであのお方の力をまた一つ識る事ができたよ。ありがとう」
私は転げ回っている東雲に、心から礼を言った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「いやああああ!!尚美い!!!」
その場にへたり込み、絶叫した。
――そ、そんな………まさか…そんな馬鹿な事が………
タマも四股に力が入らないように、膝を付く。
尚美は勇さんに抱かれている。その様子を見ながら絶望に苛まれていた…
尚美の後頭部からは、草薙の刃が突き抜けていて、切っ先から血がボタボタと地に落ち、血溜まりとなっていた…
――あああああああああああああ!!!
急にタマが地の王に飛び掛かる。
――何をするのだ九尾狐?
それを躱して疑問を呈する地の王。
――どちらかが命を落とした場合、貴様の命を以て悔いて貰うと言うた筈!!
――良く見ろ愚か者が。気持ちは解らないでもないが、些か短絡的であろう
跳ねたタマだが、言われて勇さんと尚美に目を向ける。
「あ、あれ?」
――な、 尚美?
尚美の腕が、勇さんの背中に回ると同時に、尚美が顔を上げた。
「ご苦労様北嶋さん」
顔に鍔まで貫かれた状態で、勇さんを見て笑う尚美。これは一体…?
「か、神崎っ!!」
勇さんは尚美に唇を近付けようとしていた。なんでこのタイミングでそんな事をするの!?
ガッ
「ぐわっ!!」
勇さんは勢いよく唇を草薙の柄に強打した。自業自得の自爆。え?こんなシュエ―ションでキスをしようとするの!?
「いたた…馬鹿ね。先ずは草薙を抜いてから。と言うかしないから」
鍔が思いっ切り顔に当たった状態になった尚美は痛そうにしていたが、笑っていた。
「た、確かにそうだな…つかしないのか…頑張ったんだから褒美くらいくれたって良いもんだろうが…」
唇を押さえながら、尚美から草薙を抜く勇さん。
――な、尚美…お前…勇に殺されたのでは……
アワアワしながらタマが聞く。
「北嶋さんが私を殺す訳ないでしょ?」
「俺が神崎を殺す訳ねーだろ」
草薙を抜かれた尚美の顔には傷一つ無し。いや、鍔が当たった痣がうっすらとあるが…
「じ、じゃあ、そ、その血は?」
血溜まりに指を差し、訊ねる。
「これは敵の呪術師の血だ。因みにA型みたいだな」
「け、血液型はどうでもいいけど…」
「実は呪術師に視覚を共用されていたの。おかげで色々解ったけどね。北嶋さんが来るなら、丁度いいから、視覚を返して貰ってちょっとお仕置きみたいな?言わば、呪詛返しみたいな感じね」
クスクス笑う尚美。愉快そうに。だけどそれって結構なリスクがあるんじゃ?勇さんが尚美の意図に気付かなかったら?
……やめよう。これ以上は考えない。辛い事になるから。
――き、貴様等…早く言え…
再びへたり込んだタマ。その気持ちは解る。
「何言ってんだお前等?ここからが本番だぜ」
勇さんが何も無い空間に草薙を向ける。
「視ての通りだ三下。今引きずり出してやるから待ってやがれ」
そのまま勇さんが草薙を降り下ろした。
ガコン!!と、空間が斬れる!!
「あ、あれは!!」
そこはどこかのビジネスホテルの一室みたいな部屋。そこに顔を押さえながら唸っている男。
その真後ろには、黒いワンピースを着た銀色の髪の女が椅子に座って此方を笑いながら見ている!!
女の両脇には、大きな身体の初老の白人と、日本人。
「お客さんも来ているのか?ライブで見ていくがいいぞ。俺様の強さをな」
不敵に勇さんが笑う。
「貴様!!北嶋あ!!!」
押さえている手から血が溢れている。
「あれが呪術師…そして…」
全身が総毛立つ!!
銀の髪…銀の瞳……冷たく深い気…!!
「初めましてリリス。私をご存知でしょう?」
「初めまして神崎…君も私をご存知の様子だね」
尚美と銀髪の女が互いに見合って微笑を作っている…
何故尚美は平気なの!?見ただけでも死を想像する相手なのに!!
「まぁまぁ、自己紹介は後でゆっくりやれ。やい三下、もう一度聞くぞ。俺に勝てると思っていたのか?ん?」
こっちも威風堂々。勇さんが呪術師にゆっくり、ゆっくりと近付いて行く!!
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