冥穴へ
………さん…
ん~…?何だようるせーなぁ…
俺は朝、とてつもなく大事な用事があるんだよ。だから起こすんじゃねーよ。
布団の中に潜り、丸まった。
……勇さん…行くんでしょ?起きて下さいよぉ~…
尚も揺さぶり起こすのを止めないとは…俺の起床拒否の姿勢が解らないのか?
ならば、と、身体を硬くし、揺さぶりに耐える。
……勇さん~…もう5時だってば~…
何だと?5時?何で開店9時なのに5時起きさせるんだよ?
昨日打ち合わせしたじゃねーかよ?
鉱山跡地に朝こっ早く潜入するから、5時に起こしてくれってよ!
「うおっ!?もう5時かっっっ!!」
俺は慌てて飛び起きた。やばかった。遅刻(?)する
「やっと起きた!早い従業員は6時に来るから、その前に警備手薄な所から潜入しようと言ったでしょ~!」
千堂がほっぺたをプゥ~ッと膨らませて怒った。
「………すまん………」
俺は半分覚醒した目を千堂に向けて、素直に謝罪した。
高速で顔を洗い、着替えをして飛び出す俺達。しかし、ここで重要な事を思い出す。
「あ、朝飯はっ!?」
朝は一日の始まり。朝飯は一日の始まりのエネルギー。よって朝飯は必要だ。
「途中のコンビニで適当にっっっ!!」
…まぁ、朝飯云々言っている時間は無い。
無いが、朝はその一日の始まりなのだ。よって朝飯はちゃんと食わないといけない。しつこいけど。
俺はコンビニに立ち寄り、おにぎりとかカップ味噌汁とかを購入、走りながら食う。
「ハァハァ…おにぎりは解るけど…ハァハァ…カップ味噌汁は違うんじゃないですかぁ~…ハァハァ…」
「味噌汁は日本人の魂の飲み物だ!魂を操る敵には魂で対抗だ!」
「…ハァハァ…すっごい理屈ですね…ハァハァ…」
千堂が讃辞をくれた。
果たして讃辞じゃないと言われれば、その通りだが、俺は前向きな男、北嶋。素直に誉めていると受け取る事ができる希少種の男!!
「…ハァハァ…タ、タクシーに…ハァハァ…」
「こんな片田舎に朝っぱらからタクシーが走っている訳ないだろ!!」
昨日夜に散歩した時だって走っていなかったのに。
そんな訳で、俺達は行ける所まで走っている最中なのだ。
「タマ、間に合わない!先に行って従業員を化かして来い!」
いなり寿司をモグモグと食いながら走っているタマは、一つ頷くと俺達を高速で抜き去った。
「これで多少は余裕ができた」
「…ハァハァ…余裕できたなら…ハァハァ…タクシー呼びましょうよぉ~…ハァハァ…」
それもそうだ。
俺は立ち止まり、携帯を開いてタクシーを呼ぶ。
しかし、何となくタクシーが到着するまで歩く俺達。止まって待てばいいのだが、本当に何となくだ。
「…ハァハァ…し、心臓が尋常じゃない程高鳴っているわ…ハァハァ…」
「運動不足だ。いかんぞ。いかんいかん」
「勇さんが普通じゃないんですぅ~」
千堂はその場にしゃがみ込んだ。全身で息をするようにハアハア言っているし。
「丁度自販機の前だ。何か飲むか?」
「お、お茶を…」
俺はお茶を買い、千堂に渡した。因みに俺のチョイスはコーヒーだ。朝はモーニングコーヒーに限る。
「……っはぁ!!少し落ち着いたぁ!」
半分程一気にお茶を流し込んだ千堂は、少し息が回復していた。
俺は千堂の十倍のスピードでコーヒーを飲んでしまったから、既に無い。仕方ないので、もう一本買う事にした。
自販機に金を投入する。
そしてボタンを押す。
「出て来ないな…」
返却レバーをコキュコキュと上げ下げする俺。
…やはり金は戻って来ない。
「おい!俺の金返せ!おい!」
尚もしつこく返却レバーを動かす俺。
しかし、金は返却されない!!
「ふざけんなよ自販機!金返せよ金っっっ!!」
しつこくしつこく返却レバーを動かす俺。
その時!
「タクシー来ましたぁ!!」
タクシーが到着してしまった。
「ちょっと待て!俺の金…」
「時間が無いんだから早く早くっ!」
そう言って千堂は俺をタクシーに無理やり押し込む。
ドアが閉じる音と同時に、タクシーが走り出す。
「おおおおおお~!!俺の金ええええええええ!!」
俺の悲痛の叫びなど無視して、タクシーは俺の金を盗んだ自販機から遠ざかる!!
「金ええええええ!!俺の金えええええええええ!!」
叫んだが金は返って来ない…
代わりに、タクシーの運転手が俺を変人を見るような目で見ていた……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鉱山跡地に到着した私達は、いや、私はタマを捜す。
「……いた!」
タマは従業員入り口に座って出勤して来た人達に幻術をかけていた。出勤して来た人達は、輪になって水を美味しそうに飲んでいた。
「これは?」
――宴会をしている幻覚を視せているのだ。勇は?
私は黙って指を差す。
――何故勇がしゃがんで項垂れておる?
勇さんは、タマの言う通り、しゃがんでズーンと暗くなり、俯いている。
「自販機からお金が返って来ないのに、ダメージを受けているみたいね…」
勇さんの姿は、端から見ても、それはそれは気の毒な程、落ち込んでいるように見える。
――全くあの男は…早くせいと言ったのは自分だろうに…
タマは呆れながら勇さんの元にテクテクと近寄る。
そして勇さんの袖を咬み、グイグイと引っ張った。
「……………なんだタマ…」
漸く顔を上げた勇さんの顔色はまるで土の色のように、生気が感じられなかった。
ジュースのお金が返却されなかっただけで、あそこまで追い込まれるなんて…
改めて勇さんの人並み外れたスペックを垣間見た気がした私は、素直に驚嘆した。別の意味で。
タマが両手(?)を自分の目に、付けたり離したりしている。
「ああ…鏡を掛けろってか…」
勇さんは万界の鏡で造ったサングラスをかける。
――勇!何をしておる!貴様が急かしたのだろうが!
「解っているよ…やれやれ、落ち込んでいる暇すらくれないのか…」
漸く勇さんが腰を上げて立ち上がった。
そして従業員入り口に向かって歩く。
「…なぁ、あいつ等何してんだ?」
タマに幻覚を視せられている従業員に視線を向ける勇さん。
――貴様が化かして時間を稼げと言ったのだろうが!いいから急ぐぞ!
タマに急かされてノソノソと歩き出す。
「横穴はこっちです!」
私とタマは駆け出した。
「よく考えたら、別に手薄を狙わなくても、タマに幻術を仕掛けさせれば、楽に潜入できたんだよなぁ…」
何やらブツブツと言っている勇さんだが、私達の後にはちゃんと続いて来ている。
何かやる気が無さそうな感が多々あるが、多分気のせいだろう。多分…多分…!!
私は自分に言い聞かせるよう、多分を連呼した。
「バリケードに囲われている横穴…これか」
勇さんは何の躊躇いもなく、バリケードを外して横穴に入った。
「バレないかしら…」
「バレても構わないだろ別に」
ズンズン進む勇さん。続くタマ、それに私。
段々と明かりが届かなくなり、暗くなっていく通路…
「前大丈夫ですか?」
「鏡を掛けているからな」
望めば全てを視る事ができる万界の鏡は、洞窟の暗闇すらも昼の如くのようだ。
「…結構歩きますね………」
足元に気を付けて進んでいるとは言え、案外時間が掛かっている。
「ああ。行き止まりまで進むぞ」
勇さんは私に全っったく気遣う様子も見せずにズンズン進んでいく。
「い、勇さん…ち、ちょっと待って…」
「大丈夫だ。怪我したら賢者の石で治してやるから」
だからそーゆー事じゃないのにっっっ!!
憤りながらも、勇さんからなるべく離れないように、早足で進むしかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「行き止まりに着いたぞ」
千堂が軽く息切れをしながら辺りを見回す。
「暗くてよく解りませんが、案外広いんですね」
「ここに白い虎が祀られていたようだな」
ここに白い虎が居る。つまりここが冥穴の入り口だという事になる。
俺は草薙を喚ぶ。
「草薙?ど、どうするつもりですか?」
心配そうな千堂を余所に、俺は草薙を上段に大きく構えた。
「ここをぶった斬るんだよ」
慌てて千堂が止めに入る。
「い、勇さん!いくら何でも岩盤を砕くのはマズいです!そ、それに冥穴は岩盤の向こうに在る訳じゃなく……」
「亜空間みたいなモンなんだろ?」
草薙は望めば斬る。岩盤だろうが、亜空間への入り口だろうが。
「く、空間を切り裂くつもりですか?」
「その通りだけど?」
「この冥穴はこの地を護っている地の王の領域ですよ!?地の王がお怒りになるやもしれません!!最悪、地の王とも戦う事になるかもですよ!!」
そりゃ、他人の家に勝手に侵入する事になるんだから、相手はいい顔をする訳がない。
だが、俺はその方法しか知らないのだから仕方がない。
「まぁ、やり合う事になるなら、そりゃそれで仕方ないし」
いつまでも問答しているのも面倒だ。
俺は草薙を振り下ろす!!
「空間を斬り裂け草薙!!」
「ち、ちょっとま」
ガゴォン!!
落盤したような音と共に俺の目の前に冥穴に繋がる穴が開く。
「あああああ~……や、やっちゃったぁ~……」
千堂は力が抜けたようにへたり込んだ。
「おい、行くぞ」
行かなきゃ始まらない訳で、へたり込んでいる場合ではないのだ。なので俺はズンズン進んで行く。
「生身で冥穴に入るのに、かなりの抵抗が…」
何やら千堂がゴネているが、聞かない振りをして進む。
――何ならここで待っておれば良かろう
タマは千堂を鼻で笑いながら俺の後に続いた。
「じ、冗談じゃないわ!!私も行くわよっ!!」
元々負けん気の強い千堂は、タマに鼻で笑われた事に憤り、スックと立ち上がり、タマの後に続いた。
「しかし、冥穴って、暗い洞穴そのものだなぁ」
ただ、見渡す限り広い暗闇。
これを観光地化しても、大した儲けにはならないなぁ、と思いながら先に進む。
見渡す限り、とは言ったが目印はあった。奥に鎮座している白い物体がそれだ。
俺達はそれを目指して進む。
「あ、あれってもしかして…」
――おそらく…何とも凄まじい神気よ…
千堂とタマが緊張を露わにしている。って事はだ…
「あれが地の王か」
「な、何もプレッシャーとか感じないんですか!?」
驚く千堂だが、海神や死と再生の神にも、そんな脅威を抱いた事はない。
――裏山の神々と互角の神気…なかなかの格のようだな…
って事は、やはり脅威を抱く必要も無い。俺はあいつ等より強いからな。
………ゥゥゥゥゥゥウウウウウウ………
段々と唸り声が大きくなる。近付いて行っている証拠だな。
ウウウウウウウウウウウウウウウ!!!
歩みを止める俺達。
「お前が地の王か。成程、白い虎だな。デカいじゃねーか」
俺は首がつりそうになるほど見上げて笑った。
――俺を前にして、その堂々たる振る舞い!!貴様が噂の北嶋 勇か!!
ゴオオオォオオッッッ!!
咆哮と共に俺に笑いかける白い虎。
「噂になってんのか俺は?何ならサインやるぞ?」
俺はポケットを探り、紙とペンを探した。
「北嶋さん」
神崎が地の王の後ろからヌッと現れた。
「よう神崎」
俺は挨拶をする。
ん?
「か!!かかかかかか!!神崎ぃぃぃいいいいい!!?」
俺はめっさ驚いてジャンプした!!
何で神崎が此処に居る?
此処は冥穴、死者の死国への入り口だろ?
「かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか神崎!!しししししししししししししししししししししししし死んだ訳じゃねーよな!?」
「まだ生きているよ!北嶋さんこそ、どうして此処に?」
神崎の長い髪がフッと靡いた。俺に向かって歩いてきているって意味だ。
――な、尚美!ど、どうして?
「な、尚美だよね!?何でまた!?」
タマも千堂も、予期すらしていなかった神崎の登場に本気で驚いていた。
神崎は俺の前に立つと、フッと微笑む。
やっぱり可愛いなぁ神崎…
抱き締めたくなる衝動に駆られるも、俺の注意は神崎の右拳に向いている。
「答えて北嶋さん。北嶋さんはどうして此処に?」
「あ、ああ…俺はヒヒイロカネをうおっ!?」
いきなり神崎が右フックを振るってきた。
ギリギリ躱し、後ろに跳ねて、神崎との距離を離す。
「いきなり何すんだっ!?久しぶりに会った恋人にそれはねーだろっ!!」
そうは言うも、違和感がある。
鏡で視る限り、あれは間違いなく神崎本人だ。
いや、違和感とは、いきなり殴ってきた事じゃなくて、『俺が神崎のパンチを喰らわなかった』事だ。
「北嶋さんも地の王のヒヒイロカネを狙いに来たのね。私はそれを護りにきたのよ」
はぁ?この俺がそんなモン欲しがると思ってんのか?
――尚美!先ずは話を聞け!
「タマ、久しぶりだね。タマは結奈を『護って』あげてね」
タマに向かって微笑む神崎。
「な、何を言っているの尚美…!?」
千堂の問いに返す訳でも無く、神崎は何やらブツブツと言っている。
「やい神崎、それは呪文だな?この俺と戦うつもりかようおっ!!?」
俺の足元に、岩でできた牙が現れて、俺を咬み千切り、飲み込もうとした。
「流石ね北嶋さん。『地猟の牙』を初めて見て交わすなんて。何者でもヒヒイロカネを狙う輩は排除するわ!!」
神崎は続けて印を組む。本気で俺とやり合うのかよ!?
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