コケ物語

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コケ物語

 ここは、川沿いの道路の端っこ。おいらは、ここを住処としている。誕生から五年が経つが、おいらはまだまだここに住んでいる。そして、これからも、住むつもりである。何せ、おいらは、動けないから。おいらは、ゼニゴケの「ブンブン」。この、常に湿ったところに母コケ、姉コケと共に住んでいる。動けないから、あんまりやることはないけど、俗に言う、光合成をしているんだ。これが、意外に面白い。おいらたちの好物「にさんかたんそ」をぎゅっと吸い込んで、ひなたぼっこをする。人間の好きな「さんそ」と「でんぷん」を出すんだ。でも、一番楽しいのはおしゃべり。コケ界での5年は長い。やることがないからね。僕が生まれた頃はお母さんとおねえちゃんしかいなかったけど。今は、周りにたくさんいる。僕の向かいにいるのは、「デンデン」。僕の左は「ギガ」。そして、右にいるのが僕のガールフレンドの「ポン」。二年前から一緒にいるんだ。お父さんはどこにいるかって?それは、ちょうど去年に遡る。住民がこの辺一帯を掃除するんだ。男の人は川の中を掃除するから平気だけど、問題は、女・子供。お父さんはちょうど一年前。五歳の健太って奴にやられた。僕らは、なんとか一部分を残すことができたけど、お父さんは根こそぎ取られたしまったんだ。川掃除が去年から、始まったみたいなんだ。それから、今日で一年。すなわち、地域川掃除の日。きっと健太もやってくるに違いない。道に含まれる水分を思いきり蓄え、元気になる。地面にしがみつく。手はないけどね。 

 太陽も昇りはじめ、辺りはだんだんに明るくなってきた。そこにやってきたのは清掃会長の高橋明とその子供の健太だ。そう、健太とは奴だ。黄色の帽子を被り、手には鎌とスコップがある。まさかの2本だ。このままでは、おいらたちが根こそぎとられてしまう。形勢を立て直す好手を俺たちは探すが、それは無駄なことだ。声に出すこともできないし、逃げることもできない。おいらは、ポンのほうに目をやった。その時だった。さらに、人が集まってくるのと同時に、健太がスコップを振りかざしたのだった。真っ先に狙われたのは「デンデン」だ。デンデンは何かを悟ったようにもう抵抗はしなかった。デンデンは、スコップで運ばれ、大きな白い袋の中に消え去っていった。だが、おいらにはデンデンを心配する余裕なんてなかった。まだ健太はすぐそこにいる。今はデンデンの所を少しずつ刈っているが、いつこっちにやってくるかは分からない。おいらたちに緊張の汗が走る。おいらは、涙ぐんでいるポンを見つめ、またポンもおいらを見つめていた。だが、反対側を刈り取った健太はお構いなしにこっちにやってくる。狙われたのはポンだ。おいらは、焦ったが、どうすることもできない。そんなときに、姉ちゃんがおいらとアイコンタクトを取った。

「あそこに行って助けてあげなよ。」

そう、聞こえたわけではないが、おいらにはそう聞こえたのだ。こうなったら、おいらもあの中に行くしかない。おいらは、あせを掻きながら、脱力し、健太のスコップによって同じ袋の中に入っていった。ポンは驚いてはいるものの、喜んでいた。袋が地面に置かれたときに強い風が吹いた。おいらとポンは顔を上げ、風に乗って元の場所に戻った。

「健太、終わりだよ。」

清掃会長の言葉が聞こえてくる。健太は、スコップと鎌を放り捨て、会長の所へ去っていった。また一年生き延びることができた。おいらは、隣にポンを連れ、今日もおしゃべりに勤しむ。天高く上がった太陽がおいらたちを照らしていた。

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