第7話 火
クマから逃げ切ったおいらだけど、ようやくペリペリとタヌ吉に追いついた。
でも、まずいことになっていた。
「大変だよウキ助くん。タヌ吉くん、身体が冷たいんだ」
まさか死んじまったのか!? 慌ててタヌ吉の胸に耳を当てた。まだ身体の中がどくどくと動いている。大丈夫だ。死んではいない。
でもかなり弱っていた。水みたいに身体が冷たいし、呼吸が浅くなっていた。腹がぺこぺこなときに、たくさん血を流して、雨に濡れたから、ごっそり体力を奪われたのだ。
「おいタヌ吉。合流する途中でナシをみつけたんだ。食えよ。食わないと死ぬぞ」
おいらはタヌ吉の口にナシを近づけた。
タヌ吉は食べようとした。でも身体ががくがく震えていて、おまけに体力がごっそり削られているせいで、ナシ程度の硬さですら噛むことができなくなっていた。
なんてこった。今すぐ身体を太陽に当てて温めてやらなきゃ震えは止まらない。でも運が悪いことに夜だった。もうしばらくは朝になってくれないだろう。
だからおいらは手のひらでタヌ吉の身体をさすって、ペリペリがタヌ吉の顔を舐めた。でもぜんぜん震えが止まらない。
どうすればいい。なにかいい方法はないのか。タヌ吉をすばやく温められる方法は。
――火があるじゃないか。
でも、ここは川原じゃない。森のど真ん中だ。
もし火の取り扱いを失敗したら、山火事になってしまう。そうなったら寝床になるような木々や茂みは焼けてしまうし、巻きこまれた動物たちは炎に苦しんで焼け死ぬことだろう。
でもタヌ吉が寒さで死んでしまったら…………。
弱気になるな。おいらが失敗しなければいいんだ。火を、うまく使うんだ。“ぐれーたーでーもん”みたいに。
やってやる。やってやるぞ。おいらは通り雨で濡れていない枯れ木を集めると、先端を擦り合わせていく。
目の前がきゅーっと狭まっていた。風の音すら聞こえなくなっていた。木は手のひらと一体化したかのように回転した。
ぽっとわずかな火種が生まれた。そいつを燃えやすい葉っぱで包んで、ふーふーっと息を吹きかけた。
ぱちぱちと火が拡大してきた。あとは適切な間隔で枯れ木を投げこめば、火が絶えることはない。
さっそくタヌ吉を火に当てた。少しずつだけど身体が温まってきた。よかった。あとはナシをしっかり食べられれば、失った血だって取り戻せるはずだ。
「ほらタヌ吉。ナシだぞ。うまいぞ」
おいらはもう一度タヌ吉の口へナシを近づけた。
タヌ吉も、がんばって食べようとした。小さな口を開いて、ナシに噛みつこうとした。でも力が足りない。せっかく焚き火で寒さを乗り越えても、根本的に体力が不足してしまっていた。
万事休す。もう死ぬしかないのか。せっかく仲間になったのに。
「僕に、いい考えがあるよ」
ペリペリが奥歯でナシをすりつぶして食べやすくしてくれた。これだけ柔らかくなれば噛まなくたって飲みこめるはずだ。
今度こそと願って、すりつぶしたナシをタヌ吉の口に入れた。
「飲みこめ! タヌ吉がんばって飲みこめ! 噛まなくていいんだぞ!」
ごくん。タヌ吉が飲みこんだ!
「よし、その調子だ。どんどんナシを持ってくるから、がんばって食べるんだぞ」
おいらとペリペリは希望を胸に、タヌ吉へすりつぶしたナシを食べさせまくった。焚き火は温かいし、食べ物は確保できたし、あとはタヌ吉が出血した分を回復してくれれば、峠は越えられる。
しかし風が強くなってきた。木々の葉がこすれて、亡霊みたいにざわめいていた。
風が吹くほどに地面や木々の葉が乾いてきて、焚き火がどんどん強くなっていく。
あ、火を弱めなきゃダメだ。
そう思ったときには手遅れだった。
あっという間に、焚き火が燃え広がってしまった。
「くっそ、やらかしたぜ……!」
まるで神様に化かされたみたいに火の勢いが強くなっていく。真夜中なのに昼間みたいにあたりが見渡せた。草木がパチンっと爆ぜて、どんどん空気が汚れていく。ごほごほとむせた。頭がくらくらする。
「ごほっ、ペリペリ、大丈夫か?」
「僕は大丈夫だよ。でもタヌ吉くんが……」
タヌ吉は煙をたくさん吸ってしまって、顔色が悪くなっていた。
「あったかいでやんすねぇ……ごほごほ」
せっかく声を出せるぐらいに回復してきたのに、今度は山火事で危機を迎えるとは思わなかった。
火の勢いは、どんどん酷くなっていく。さきほどおいらたちを食べようとしたクマだって火で死にたくないだろう。
火を消す方法なんて知らない。知らないくせに、山の中で火を使ってしまった。
悪いことなのはわかっている。でもしょうがないじゃないか。火がなければタヌ吉が死んでしまったんだから。
むきゃー!
もうどうしようもなくなって、夜空に向かって叫んだ。さきほどみたいに雨を降らせてくれと。
ぺりぺりぃー!
ペリペリも夜空に向かって叫んだ。いるかどうかわからない神様に頼むしかなかったんだ。
頼む、どばーっと雨を降らせておくれよ!
むきゃー! ぺりぺりぃー!
喉が枯れるほど叫んだ。もうダメかと思っても叫んだ。
でも山火事はさらにひどくなって、おいらたちは火に包まれて逃げ場がなくなっていた。おいらの毛もタヌ吉の毛もペリペリの毛もチリチリと焦げていた。
「タヌ吉、山の動物のみんな、ごめんなさい」
心の底から謝ったら――ぶわっと巨大な影が空を遮った。ムササビかと思ったけど違った。普通の動物より大きな身体だし、なにより翼と尻尾だけではなく立派な角まで備わっていた。
巨大な影が空中に留まると、ざーっと雨が降ってきた。
違った、雨じゃない。不思議なことに水の塊が炎上する木だけを包んだんだ。おいらたち動物や、燃えていない木には一滴も降ってこなかった。
謎の水の塊のおかげで、瞬く間に山火事は鎮火して、焦げ臭さが残るだけになった。
生き残ったおいらは、しばし呆然としていた。もしかして全部夢だったんじゃないかと疑ったぐらいだ。でも尻尾の先が焦げているのを見て、まごうことなき現実だったんだと思い知らされる。
あの巨大な影がやってくれたんだろうか。まるで神様みたいな早業だったな。
「もしかして……神様なのかい?」
おいらが恐れながら聞いたら、夜空に浮かぶ月光が巨大な影を照らした。
「我輩は、暮田伝衛門(グレーターデーモン)である」
なんとおいらに尻尾で魚を釣る方法を教えてくれた“ぐれーたーでーもん”であり、おいらの前で火の使い方を実践してくれた“にとうしょきかん”でもあった。
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