第6話 クマとの戦い

 おいらはタヌ吉を庇うように抱きしめると、クマにいってやった。


「おいらたちは、この山を抜けたいだけだぜ」

「それは残念。うまそうなタヌキはオレの腹の中に入るからなぁ」


 クマはだらだらとヨダレを垂らした。やっぱり弱ったタヌ吉を食べるつもりだ。


 でもヘンだよな。普段のクマはそこまで熱心に他の動物の肉を食べないのに。よく見ると、クマの目は血走っていて、ぜいぜいと呼吸も乱れていた。もしかしたら冬眠に失敗して荒れているやつかもしれない。


 そんな危ないやつから、どうやって逃げればいいんだろうか。おいらも腹がぺこぺこだから、タヌ吉を背負って逃げるのは難しいだろう。


 もしペリペリが戻ってきたら、試せる手段もあるんだけど、まだ帰ってこないのかな?


 がさり。わずかに茂みの葉っぱが揺れた。その隙間からペリペリの真っ白い体毛が見え隠れしていた。どうやらクマが怖くて表に出てこられないようだ。泣き虫のあいつらしいけど、責めるわけにはいかないだろう。クマは見た目どおり怖くて強いから。


 おいらがタヌ吉を背負って一か八かの脱出を考えたところで、ペリペリが茂みから飛び出してきた。


「ぼ、ぼ、僕だって仲間のためなら――っっ!!」


 もこもこの体毛で、クマの背中に体当たりした! なんてやつだ泣き虫のくせに! しかも不意打ちで決めた体当たりは思ったより効果的で、クマはバランスを崩して尻餅をついた。


 いまだ!


 おいらはタヌ吉をペリペリの背中に乗せた。


「ペリペリ、食べ物は持ってきたのか?」

「ナシを持ってきたんだ」


 ペリペリは複数のナシが実った枝を引きずってきたのだ。


 食べ物さえあればどうにかなる。ナシを両手で頬張って体力を回復させると、近くの石ころを拾ってクマの顔面に投げつけた。


 ぺしんっとクマの額に当たった。


「このサルが! 頭から丸齧りしてやる!」


 クマは、うおおおおっと低い声で唸った。


 よし、クマは挑発に乗ったぞ。あとは出たとこ勝負だ。


「ペリペリ、今のうちにタヌ吉を背負って逃げろ」

「ウキ助くんはどうするの?」

「おいらはサルだぜ。山の中で逃げるのが得意技さ」

「じゃあ、僕の臭いを追ってきてね。ツバでマーキングしていくから」


 ペリペリは木々の合間に臭いツバを吐いて目印にしながら、一目散に逃げ出した。いい逃げっぷりだ。


 さきほどのペリペリが見せた勇気に、おいらだって負けちゃいられないんだ。


「クマさんこちら、屁の鳴るほうへ!」


 ぺしんぺしんっと尻を叩いて、ぶっと屁をこいた。


「何度も何度も舐めたことを、許さんぞ!」


 クマは発狂したように四本の足で地面を蹴った。どたどたどたと岩が迫ってくるような圧迫感。あんなのまともにくらったら、骨ごとばらばらだろう。


 だがギリギリまで引きつける。もしクマがおいらへの興味を失って、ペリペリを追いかけたら作戦失敗だからだ。


 ぺしぺしと尻を叩いて挑発を続ければ、ついにクマの黒い体毛の分け目がわかるほどの距離になった。


 ここらが限度だ。ひょいっと突進をかわすと、近くの木にすいすい登って、またもやぺしんぺしんっと尻を叩いた。


「どうしたクマ公。サル一匹つかまえられないのかよ?」

「うるさい! 絶対にお前を食ってやる!」


 クマは木に登ってきた。こいつらデカイ割に木登りも得意なんだよな。でもおいらにはクマにはない身軽さって武器がある。


「あーらよっと!」


 ひょいっと隣の木へジャンプで乗り移った。


「こら待てサル!」

「ウッキッキー、待てといって待つバカはいないぜ!」


 次にやらなければならないのは、クマを引き離して諦めさせることだ。怪我したタヌ吉を狙ってきたってことは、あいつは楽に狩れる獲物が好みだ。なら逃げて逃げて逃げまくれば、疲れてやる気を失うはずだ。


 クマへの挑発を打ち止めにして、ひたすら逃げに徹することになった。


 木から木へ飛び移りながら、ペリペリのツバの臭いを嗅いだ。


 かなり遠くまで逃げたみたいだ。たぶん牧場の反対側方面から下山するつもりだろう。いい判断だ。危ないやつから逃げることに関してペリペリは優秀みたいだ。もしかしたら故郷の高山で練習したのかもしれない。


 そんなことを考えながら次の木へ飛び移ったら、孤立した木だった。やたらと開けた場所で、おいらのジャンプ力じゃ近くの木に届かない。急いで引き返そうとしたんだけど、なんとクマに追いつかれてしまった。


「叩き落してやるぞ、サルめ!」


 クマが木の根元を両手で突き飛ばした。ずしーんと衝撃。おいらは思わずバランスを崩して、枝の上でゆらゆら揺れた。でも絶妙なバランス感覚で耐え切った。へへーんどんなもんだい。


 なんて油断したところで、乗っていた枝が根元から折れた!


「嘘だろ!?」


 おいらは無残にもクマが待つ地面へ落下していく。


「サルの肉はあんまり食べたことがないから楽しみだなぁ」


 クマは大口を開いて待ち構えていた。サルなんて丸呑みできそうなぐらい大きな口だ。牙は鋭いし、舌も火傷しそうなぐらい赤い。


 あんなのに噛まれたら、痛いなんてもんじゃない。本当に食われてしまう。


 どうにかしなきゃ。


 クマの口に落っこちそうになったところで、咄嗟の閃きでおしっこを撒き散らした。


 しょっぱいおしっこがクマの大口へびしゃびしゃ降り注ぐ。


「げげっー! サルのおしっこなんて飲みたかねぇ!」


 クマが、げぇげぇとおしっこごと腹の中のモノを吐いた。


 今のうちに逃げられるぞ。おいらは別の木にひょいっと登って、次から次へと木を飛び移っていく。


 ようやくクマの姿が見えなくなった。臭いも追ってこなくなった。きっと諦めたんだろう。おしっこで腹の中のモノを吐き出したから、これ以上体力を消耗するのがバカらしくなったんだと思う。


 きっと木の実やキノコを食べて満足するはずだ。


 おいらは、ほっと一息ついてから、ペリペリのツバの臭いをたどっていくことにした。


 通り雨は、いつのまにか止んでいた。でもタヌ吉は、ペリペリの背中に乗って逃げる間に、ぐっしょりと濡れてしまったはずだ。


 まだ、死んでないよな?

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