第5話 怪我したタヌ吉を救え
トラバサミに足を挟まれたタヌ吉を助けるために、おいらは歯を掴んでこじ開けようとした。
歯を食いしばっても、腕が折れそうなぐらい力んでも、ピクりとも動かない!
くそっ、人間め、なんてものを使うんだ。あいつらのいやらしい臭いが鉄の歯にびっしりと染みついていやがる。
「ぺりぺりぃ……僕、蹄だから、つかめないよ。ちくしょう!」
ペリペリが地団太を踏んだ。タヌ吉を助けられないことを悔しがっていた。ちょっと前まで牧場のアルパカたちに拒絶されたことで傷ついていたのに、冒険の仲間のために本気で怒っていた。
弱ったタヌ吉が、丸っこい尻尾でペリペリの口元を示した。
「片方の刃をペリペリさんがくわえて、反対側の刃をウキ助さんが掴んで、引っ張るんでやんす」
その手があったか! さすがタヌ吉賢いぜ!
さっそく、ペリペリが片方の刃を加えて、おいらは反対側の刃を両手で握って、同時に引っ張った。
ぐぐぐぐぐっと力んだら、少しずつトラバサミが開いてきて、わずかな隙間が生まれた。
「い、今でやんす!」
タヌ吉の足がすぽんっと抜けた!
「いよっしゃ! 逃げようぜ! きっと人間が血のあとを追ってくるぞ」
タヌ吉の背中を押して雑木林の斜面を駆け上がろうとしたら、激痛に顔を歪めて転んでしまった。
「あいたたた……あっし、足が痛くて動けないでやんす……」
さっきまでトラバサミに噛まれていた足首から、どくどく血が出ていた。おまけに骨まで見えていた。これじゃあ歩くのだって難しいぜ。
「ウキ助くん、タヌ吉くんを僕の背中にのっけてよ!」
おおそうか! ペリペリは身体がデカイから、タヌキ一匹ぐらい楽勝で運べるよな!
おいらは怪我したタヌ吉を担ぐと、ペリペリの背中へ乗っけた。
準備は整った。急いで山に逃げなきゃ。きっと人間のことだからまた鉄砲で撃ってくるぞ。
もう二度とトラバサミに引っかからないように雑木林を抜けて、真っ暗闇となった山へと逃げた。
枯れ葉を踏みしめ、枝を叩き折って、岩場を乗り越えていく。
進めば進むほど草木の香りと獣の臭いが強くなってきた。さすがに人間だって夜の山には入ってこないだろう。
ふーっと一息ついたところで失敗に気づいた。逃げることに夢中で、いつのまにか雪が積もった斜面に入っていたんだ。
雪原にタヌ吉の血痕が点々と続いていた。もしこの山にタヌキを食うほど凶暴な動物がいたら、格好の獲物になってしまう。
おまけにおいらたち、食料を補給する前に逃げたから、腹がぺこぺこになっていた。腹になにも入ってないと寒さに弱くなるんだよ。
いくら毛皮の分厚い動物といえど、雪の山で生き残るには雨風を凌ぐ場所を確保しておかなきゃいけない。
おいらが住んでいた山だったら、食べ物の場所も、雨風を凌げる場所も、なんでも把握しているから、雪が降っても平気だ。でもこの山の勝手を知らない。ちょっとまずいかもしれない。
「あっしを置いていってくだせぇ。足手まといでさぁ」
タヌ吉が弱々しい声でいった。
「なにいってんだよ。絶対に見捨てないぞ」「そうだよ。僕たちはタヌ吉くんを見捨てないよ」
おいらとペリペリはタヌ吉を励ました。
「すいやせん。人間社会に慣れているのに、あんな初歩的な罠に引っかかるなんて……」
「んなことないって。人間に怖い顔で追われたら、誰だって足元まで注意がいかないよ」
おいらはタヌ吉の腹のあたりを叩いて慰めた。それで気づいた。タヌ吉の身体が冷えきっていた。
雪だけのせいじゃない。血を流しすぎたんだ。
サルの仲間も人間の罠にかかって、たくさん血を流したとき、今のタヌ吉みたいに弱っていった。こういうときは体力がごっそり落ちているから、寒いのも暑いのもダメなんだ。
「まずいぞペリペリ。もっと温かいところへいって、ごはんを食べさせないと、タヌ吉が死んじまう」
「えぇ!? そんなに酷い怪我なの?」
「骨まで見えてるしなぁ。とにかく近くに雪があるのはまずい。ここから移動しなきゃな」
「もしかしたら人間が追ってくるかもしれないから、元の道は危ないよ」
「そうだな。思いきって前に進もう」
おいらが木々に登って前方を偵察しながら、ペリペリがタヌ吉を運んだ。
雪原を抜けるのは簡単だったんだけど、おいらがお腹ぺこぺこで動けなくなってきた。
「ウキ助くん。僕がごはんを集めてくるよ。これぐらいの移動ならへっちゃらなんだ」
強がりではなくて、本当にペリペリには余裕があった。アルパカは体力があるんだな。
「よし、おいらたちは、この大きな木の下で待ってるからな」
タヌ吉が怪我しているから、雨と風を避けられる大木の下がいい。怪我しているとき雨ざらしになると、すーっと指先まで冷えるのを体験したことがあったからだ。
「じゃあ、いってくるね」
ペリペリが食べ物を探しに暗がりへ消えていった。
「がんばれよタヌ吉。おいらたちはまだ負けちゃいないぜ」
「前向きなんですねぇ……ウキ助さんは……」
「気持ちが暗くなると、明るいところも暗く見えちゃうからな」
しかし追い討ちをかけるように、雨が降ってきた。山の天候は変わりやすいから、風も強めだ。せっかく大きな木の下に陣取ったけど、横殴りの雨だとタヌ吉に吹きつけてしまう。
近くに生えていた大きな葉っぱを引っこ抜くと、人間が使うカサみたいにしてタヌ吉を守った。
びゅうびゅうと冷たい雨が降るばかりで、ペリペリは戻ってこない。迷子になっていないかな。寒さで震えていないかな。あいつは、いつも不安に怯えて泣いてばかりだから、心配だ。
と思っていたら、がさがさと暗い茂みが揺れた。
「なんだよペリペリ、結構早かったじゃないか――――違うペリペリじゃない」
茂みから出てきた動物を月明かりが怪しく照らした。
巨大なクマだった。くんくんと鼻を動かしてタヌ吉の怪我した足を見下ろしている。どうやら血の臭いに引かれて、ここまでやってきたらしい。
まさか、弱ったタヌ吉を食べるつもりだろうか。
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