魔界編

第8話 魔界ってなんだい? 魔法ってなんだい?

“ぐれーたーでーもん”であり“にとうしょきかん”でもある生き物は、奇妙な身体を持っていた。人間みたいに二本足で歩くのに、化け物みたいに大きな翼を持っているんだ。尻尾なんか大蛇みたいに太くて、角はタケノコよりデカい。体毛だってモコモコだ。


「暮田伝衛門っていうんだろ。どうやって山火事を消したんだ?」


 おいらは暮田伝衛門と名乗った“ぐれーたーでーもん”に聞いた。


「水の魔法で鎮火した。詳しい話はあとだ。まずはタヌ吉の怪我を治療するためにも魔界へいこう」


 暮田伝衛門の手のひらから、丸と三角と四角を組み合わせた模様が浮かびあがった。それは、おいらたち三匹の動物をすっぽり囲んで、ぱーっと太陽を反射する湖畔みたいに光った。


 ――ふと気づいたら、自然の豊かな町中に出現していた。


 木と石をふんだんに使われた建物ばかりで、人間がたくさんいた。それと人間みたいに生活する動物っぽいやつらもいる。牛の頭を持った巨漢とか、二本足で歩くでっかい豚とか。


 そんな町の連中だけど、おいらたち野生の動物が近くにいることを疑問に思っていない。よくよく考えてみたら、豚が二本足で歩く町なんだから、おいらたちなんて普通すぎるよな。


「なぁなぁ暮田伝衛門、ここどこだ?」


 おいらが疑問を投げかけたら、暮田伝衛門は尻尾をピンと立てた。


「魔界だ。転送魔法で空間を移動したのだ」

「さっぱりわからないぜ」

「だろうな。とにかく治療だ。あとで必要なことを説明する」


 タヌ吉の怪我を治してもらうために、黄色い布の印が描かれた建物へ入った。ツンっと鼻を刺すような臭いで溢れていて、清潔な布がたくさん置いてあった。入り口には具合の悪そうな人間と足の折れた獣がいる。なにをする建物だろうか?


「おやおや、二等書記官さんじゃないですか。本日は病院にどんなご用件ですか?」


 ふわふわ空中に浮かぶイカが、暮田伝衛門に話しかけた。なんでイカが浮くんだろう。しかも普通のイカの三倍ぐらい大きい。触手の数も多いな。十本ぐらいある。


 そんな巨大イカだけど、五匹ぐらい同時にふわふわ活動していた。さっきの具合の悪そうな人間や、足の折れた獣に触手を伸ばして、ぴかーっと温かい光を与えていた。ますますわからないなぁ。なにをしているんだ?


「このタヌキを治療してやってくれ。我輩が回復魔法を使えないのは知っているだろう」


 暮田伝衛門がお願いすると、イカの触手がタヌ吉の身体をモゾモゾ上下した。触手の先っぽはホタルのお尻みたいにぽわーっと発光していて、トラバサミで怪我した足首でぴたりと止まった。すると……みるみる傷口がふさがっていく!


「あっしの足、もう痛くないでやんす!」


 タヌ吉が元気になったぞ! すごいなイカ! すごいな魔法! おいらとペリペリは「これでまたタヌ吉と一緒に冒険できるぜペリペリ!」「よかったね、ウキ助くん!」と身体をくっつけて喜んだ!


 本当にめでたい。トラバサミも山火事も本当に怖かったからなぁ。タヌ吉の怪我が治ってくれなかったら、悲しみのあまり頭がおかしくなっていたかもしれない。


「暮田の旦那、いつぞやもお世話になりやした」


 元気になったタヌ吉が、暮田伝衛門にぺこりとお辞儀した。どうやら以前からの知り合いだったらしい。


「おせっかいタヌキのタヌ吉とは縁があったな。本当におせっかいだった……」

「ははは。あのときは酷い目にあいやしたからねぇ……」


 またイカがふわふわ飛んできて「いくら怪我が治っても、疲労と栄養不足には適切な休憩と食事が必要ですよ。お大事にどうぞ」と、おいらたちに切り分けた果物をくれた。


 見た目と匂いはナシにそっくりだ。瑞々しくて丸々と実っている。食べごたえがありそうだ。でも味は食べてみないとわからない。さっそくもらったナシを食べてみた。


 へー、味にちょっとだけ辛みがあるな。見た目と匂いはいつも食べるナシと一緒なのに。


 ちなみにペリペリが変わった味に喜んだ。


「故郷の味がするよ! うん、やっぱりこの辛さがないとダメだよ!」


 どうやらペリペリの故郷に近づきつつあるらしい。冒険の終わりも近いんだな。ちょっとだけ寂しいかもしれない。


 おいらたちが腹いっぱいになったところで、いきなり暮田伝衛門が頭を下げた。


「ウキ助に頼みがある。もう二度と火を使わないでくれ」


 頭を下げられたことにびっくりしたけど、それ以上に火という言葉が心を駆け巡る。そっと目を閉じれば、暗闇を赤く照らす山火事の揺らめきがよみがえった。恐怖と罪悪感で、ぶるっと肩が震える。


「もう火は使わない。絶対にさ」


 おいらが誓ったら、暮田伝衛門が安心したようにうなずいた。


「では魔界にきた理由を説明しようか」


 暮田伝衛門は、ペリペリをじっと見つめた。


「ペリペリは地球のアルパカではなく、魔界に生息するアルパカだ。だから雑食性で、魚も食べられる」


 どういう意味だ? 地球と魔界でアルパカの種類が違うのか? たしかに牧場で会ったアルパカは草だけを食べて魚を食べないみたいだけど。


「そもそも僕が住んでたところは魔界っていう名前だったの? 高山に住んでるってことだけしか知らなかったよ」


 ペリペリが暮田伝衛門にいった。


「この次元は魔界・地球の二層構造だ。ウキ助とタヌ吉が暮らすのは地球。ペリペリの出身地は魔界。二つ世界は似ているようで似ていない。たとえばさきほど食べたナシが、地球のモノと似ているようで似ていないように」


 かつてのペリペリも、地球の市場にあったブドウとリンゴを、自分の群れが住んでいたところに生えていたやつと同じ見た目と匂いだといっていた。でもいざ食べてみると味が微妙に違った。その理由は魔界と地球の違いだった


「でも、なんで僕は地球にいたの?」


 ペリペリは、白くてモフモフした顔を暮田伝衛門に近づけた。


「実はわからないのだ。ペリペリの群れが生息する高山は外部との接触を断っているから、理由を調べたくとも調べられない。ペリペリが魔界という名称を知らなかったぐらいに、彼らは閉鎖的なのだ」

「うん。僕、ぜんぜん知らなかったよ、外の世界のこと」

「だからこそ大変だ。彼らは一度でも高山の外へ出てしまったものを部外者として扱う。ペリペリが帰ることを認めてくれないだろう」


 おいらたちの後ろを、大きな馬車が通過していく。ぱからぱからゴロゴロという音が、とても冷たく感じた。


 泣き虫のペリペリが、ぽたぽたと涙をこぼしながら、暮田伝衛門に聞いた。


「僕、自分の群れに帰れないの?」

「…………難しいだろうな」

「だって僕、なにも悪いことしてないよ。ただ川で魚を食べていただけなんだ。帰りたいよ。群れに帰って、お父さんとお母さんに会いたい」


 ペリペリはわんわんと泣き出した。


 ちくしょう。おいらも泣きたくなってきたぜ。だって、ペリペリはなにも悪いことをしてないんだ。それどころか、ここまでがんばってきたんだ。なのに、どうして自分の群れに帰れないんだ?


 おいらは、怒りまかせに暮田伝衛門の角を掴んで揺さぶった。


「そんなのひどいぜ! 高山の掟がおかしいんだよ!」

「そうだな。普通に考えればあまりにも理不尽だ。しかし高山の人々は部外者をこっぴどく嫌う」

「だったらペリペリはどうすりゃいいんだ。自分の群れには戻れないし、牧場で暮らすアルパカの群れからは拒絶されたんだぜ。このままじゃひとりぼっちになっちまうよ」


 群れで暮らす動物が群れからはぐれるなんて、不幸以外のなにものでもない。なんとかしなきゃいけないんだ。たとえここがおいらの住んでいる地球じゃなくとも。


 すると暮田伝衛門が、ペリペリの頭を優しく撫でながら聞いた。


「どうしても帰りたいのだなペリペリ?」

「僕は、自分の群れに帰りたいよ」

「わかった。なら我輩がなんとかしよう」


 暮田伝衛門の顔つきが、雪解け水みたいに澄みわたった。

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