第2話 タヌキのタヌ吉登場

 サルのおいらとアルパカのペリペリは、下り斜面の獣道を歩いていた。ボスは人里の近くでアルパカの群れを見たことがあるっていうから、まずは山を降りなきゃいけない。


 うちの山はそこそこ険しい。ちょっと油断すると荒れはてた坂道をごろごろ転がって怪我することだってあるんだぜ。


「なぁペリペリ。足は大丈夫か? 下り坂は気をつけないと足を痛めるぜ」

「僕、山登りは得意だよ。急な崖だって登れるんだ」


 ペリペリは斜面の段差を軽々と飛んで降りていく。


「こいつぁすげぇや。おいらは木登りなら得意だぞ」


 道端に生えていた木にするする登ると、柿をむしりとってバリボリ食べた。


 するとペリペリが目を輝かせて口を開けた。


「ぺりぺりぃ! それ僕にもちょうだい! 食べたことないよ!」

「ペリペリの故郷に、柿なかったのか?」


 木から下りると、柿をペリペリの口元へ持っていった。もぐもぐごりごりと咀嚼して、ごっくんと飲み込む。


「おいしい! うん、やっぱり僕の故郷に柿はなかったよ。ぶどうとりんごがたくさんあったんだ」

「ぶどうだったら、このあたりにもあるぜ」


 ひょいひょいと草むらの奥へ進んで、やまぶどうをもぎとってくるなり、ペリペリに食べさせた。


「見た目も味も似てるけど、僕の山にあったやつとは違うやつだよ」

「だったら、ペリペリの食べたことがあるぶどうとりんごが生えてて、かつ人里の近くにいけばいいんだな。案外簡単に見つかるんじゃないか?」

「うん! ウキ助くんがいてよかったよ。僕、ひとりだったら、不安で不安で動けなくなってたと思う」

「ペリペリは泣き虫だもんな」

「そ、そんなことないよ。ちょっと落ちこみやすいかもしれないけど……」

「まぁまぁ、おいらがいるんだから、どーんと構えていこうぜ」


 どーんっと胸を叩いたところで、山を降りた。


 人間の作った道路が真っ直ぐ伸びていた。硬くて臭い灰色の道で、よくわからない紋様が表面に刻まれている。その上をクルマとかいう鉄の塊がびゅんびゅんっと走っているんだ。


 ちなみにクルマは人間が動かしていて、あんな速さで動くのに前後左右をぜんぜん確認しない。危ないったらありゃしないぜ。


「ペリペリ気をつけろよ。クルマってのに当たると、死んじゃうんだ。群れの仲間も何人かやられてる」

「怖いねぇ。気をつけなきゃ」


 クルマに当たらないように道路脇を歩いていると、なぜかクルマが隣で止まった。がちゃって音で鉄の蓋が開くと、わざわざ人間が外に出てきた。


「まー、お猿さんよ! アルパカもいる! かわいー!」


 お、油断しているな人間め。お前らは嫌いだから、ごはんをわけてもらうぜ。


 おいらは、むきゃーっと勢いよくジャンプすると、クルマのなかに飛びこんだ!


「うわー! サルが襲ってきた!」


 人間が血相を変えて悲鳴をあげた。へへーんだ、今のうちにごはんを探すぜ。


 おや、大きな袋の中にたくさん食べ物が入ってるじゃないか。長老に教わった知恵からして“りゅっくさっく”だったかな? ちょうどいい、こいつを奪ってやる。


 おいらは“りゅっくさっく”の紐をくわえると、ぴょーんっとクルマから脱出した。


「あ、サルが昼飯盗んでいく! こらー! 返せ!」


 誰が返すか人間め! お前らのごはんは、おいらたちが、おいしくいただいてやる。


「よしペリペリ逃げるぞ!」

「ぺりぺりぃ……! 人間も怒ると怖い顔をするんだねぇ……!」


 おいらとペリペリは道路沿いの林を駆け抜けて、人間が追ってこられない険しい森の奥まで逃げた。


 よし、もう安全だ。足音も匂いも追ってこない。


「でもさぁウキ助くん。盗むのはいけないよ」


 ペリペリが責めるような目をしていた。


「なんだよ、他の動物の群れから盗むならともかく、人間から盗むなら別にいいだろ。あいつら悪いやつらなんだから」

「えー、そうかなぁ?」

「それにペリペリだって人間の食べ物に興味あるだろ?」

「……うん、ちょっとある」

「だろ? 食べてみろよ。今あけてやるからさ」


 おいらは“りゅっくさっく”をあけた。中に入っていたのは“こんびにべんとう”だ。黒い板に、肉と米と野菜が乗っていて、透明な蓋で封をされていた。


 人里に降りて食べ物を奪うのは初めてじゃないから、器用に爪の先を使って透明な蓋を剥がした。


「ぺりぺりぃ。ウキ助くんは本当に器用だねぇ」

「だから火だって使えるのさ。さぁて食おうぜ。ペリペリのびっくりする顔が楽しみだ」


 おっかなびっくりで“こんびにべんとう”を食べたペリペリだが、目を白黒させた。


「うっ…………人間の食べ物って、味が濃いね」

「あいつら舌が狂ってるからな。でも背に腹はかえられないぜ。おいらたちは冒険してるんだから、人間の食べ物だろうと食べておかないと、腹が減って倒れちまう」

「そっか。そうだね。それじゃあ、全部食べてから進もうか」


 人間の食料を平らげてから冒険を再開したんだけど、すぐにペリペリが顔を輝かせた。


「あ、故郷と同じぶどうとりんごの匂いがするよ!」


 さっそく匂いに向かって草木をかきわけていけば、見晴らしの良い丘へ抜けた。


 眼下には人間の町が広がっていた。どうやらぶどうとりんごの匂いは市場から流れてくるらしい。


「ってこたぁ、自然に生えてたやつじゃなくて、人間が収穫したやつだろ。どこに生えてたやつを持ってきたのかわからないぜ」


 おいらは腕を組んで唸った。


「でも、故郷と同じ匂いがするよ。大事な手がかりだよ」


 ペリペリは尻尾をぴーんっと立てた。


「よし、盗んで食べてみよう。なにかわかるかもしれない」

「えー、また盗むの? よくないってばー」

「人間だって山から盗んでいくからいいんだよ。マツタケがとれる時期なんてひどいんだぜ。あいつら目の色変えて山に入ってくるんだから」

「でも……やっぱり盗むのはよくないよ……」


 ペリペリが盗みを拒絶していたら、がさがさと草むらから顔を出す動物がいた。


 タヌキだ。愛嬌のある顔立ちで、豊かに実った栗みたいに丸っこかった。


「旅は道連れ世は情けっていうでしょう? 盗むよりも、いい考えがありやすよ、あっしにはね」

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