第4話 記憶に咲いた花は
妖精界は、夕暮れを迎えていた。
ひとまず落ち着いて話をしようと、フォースとルルアナの案内で城内の中庭へと赴いたクリアである。
中庭のメインは花園の広場となっており、人間界でも見かける花々のほか、虹色に輝くバラや金の花、銀の花……色とりどりの花で敷き詰められていた。
「きれい……」
「草花の妖精一族がいるの。初代妖精王から直々に命を受けて以来、一族の中から選ばれた妖精が、丹精込めて仕事をしてくれているんだって」
「妖精の一族?」
「人間に人種があるように、この妖精界にも幾つもの種族が存在する。姿も大きさも様々だ」
言われてみれば、花々の間を淡い光が舞うように飛び回っている。目を凝らすと、花びらに似た羽根を背に持つ、小さな人型の妖精たちが見えた。
そんな景色の一角に設けられたあずま屋にて、三人はお茶を飲みながら卓を囲んだ。
「では、改めて自己紹介から失礼する」
クリアと対面する位置に座ったフォースが、軽く会釈をしてから話し出す。
「俺はフォース。三年前から妖精王の親衛隊長を任されている。それから、俺の両親は、父が妖精、母が人間だ」
「えっ。妖精と人間……ハーフということですか?」
そんな人がいるのかと思わず聞き返すと、ルルアナが割って入るように答えた。
「今から五百年くらい前、のちにフォースのお母さまになる人間の女性が、妖精界に迷い込んできたの。それがすべての始まりよ」
「おい、ルルアナ」
そこまで詳細を話す予定はなかったらしく、フォースはルルアナを制するが。
「だって。こうでもしないと、あなたは自分のことを語ろうとしないじゃない。──はい、あとは自分でどうぞ」
勝手に話を進めてしまったルルアナにため息を漏らしながらも、中途半端にするのは性に合わないのだろう。フォース自ら続きを語り始めた。
「……当時の人間界は、『魔女狩り』が頻繁に行われていた時代だった。母は、ルルアナほどではないが強い超能力を持っていたらしく、火炙りにされる直前に
ただ力のコントロールができず、飛躍しすぎて別世界の境界を超え、妖精界へと行き着いた。その時にいろいろと世話を焼いたのが、先の親衛隊長である俺の父だった。以上だ」
淡々と母の辿った経緯を話す声には、あまり抑揚がない。
「もういいだろう? 早く本題に進みたい」
「ええ、充分です。ありがとう」
おそらく彼は、自分のことを話すのが苦手なのだろう。生い立ちそのものを嫌がっているわけではなさそうだが、必要がない限り、こちらからは〝話題〟として持ちかけないほうがよさそうだ。
「……」
(自分のことを誰かに話すのは、私も苦手)
クリアにも似たような気持ちがあるから、フォースのそれはどことなく理解できるものを感じていた。
†
「あっ……。私、先に失礼してクリアの部屋を整えておくわ。着替えとかいろいろ確認しておく必要があるものね!」
フォースが「本題に入る」と言葉にした途端、ルルアナはハッとしたように立ち上がって、足早に城の中へ戻ってしまった。
「……?」
少し切ない表情をしていたように見えたのは、気のせいだろうか。
「今は、何も聞かないでやってくれ」
「!」
「ああやって明るく振る舞ってはいるが、ルルアナなりにいろいろあるんだ」
ルルアナを見送り、改めてクリアと向かい合ったフォースは。
「では──クリア姫。君が見た夢の、幼い少年の正体について」
「はい」
「あれは、君の兄クレル」
「兄……? 私には兄がいるのですか?」
あの記憶を思い出したときに、もしかしたらと淡い期待を抱いていた。
「私の兄ということは、妖精王の息子、つまり妖精界の王子ですよね?」
「そうだ」
ではなぜ。ここに至るまでに一度も姿を見せないのか?
思わず身を乗り出したクリアの視線をかわすように、フォースは立ち上がった。あずま屋から出ると、淡く透明に光る花の一輪にそっと触れ。
「クレル王子は、この花が好きだった」
「!」
好き〝だった〟
「そして、私の大切な親友だった」
親友〝だった〟
その過去形に、記憶の中に咲いたあのやさしい笑顔は、すでにこの世から失われたものなのだと気づいてしまった。
[つづく]
妖精王の娘 万里ちひろ @banritihiro
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