第3話 父・妖精王の嘆き
「……!」
そこは、妖精界の中心。妖精王が常に座する、王の間だった。
「あなたが、私のお父さま」
声とともに溢れた光の中から、クリアに向かって差し伸べられた手。近くに寄り、その手をとると、とても温かかった。
「そうだよ、クリア」
玉座からゆっくりと立ち上がった妖精王は、クリアの手を両手で包み込み、額に当てて膝をつく。
「人間界での計り知れない苦難の中に晒してしまったこと、どうか許してほしい」
「いいえ、そんなこと……。私の体を気遣ってのことと聞きました。どうか謝るなどなさらないでください」
クリアも膝をつき、父の手を引き寄せ自らの頬に当てる。
「──!」
すると、まるで封じられた記憶の蓋が空いたような。覚えているはずがない生まれたばかりの赤子のころの、溢れ出す映像があるではないか。
「ああ、これは私が妖精だからなのでしょうか? お父さまが昼夜問わず泣く私を抱き、あやしてくださったこと……。きっと人間界へ行くまでの、わずかな時間のことだったのでしょうが、思い出してきました」
──不思議な光景だった。
知り得るはずのない母のやさしい笑顔、そのぬくもり。高らかでやわらかな子守唄が、虹色に輝きながら妖精界の空へと広がっていく……。
(!)
すると、その傍らにもう一人。
人間でいえば二~三歳ほどの男の子が、ベッドに寝かされている幼き自分を見つめ、微笑みかけている光景があったのだ。
(誰……?)
「あの、お父さま。あれはたぶん、私のお母さまと……。誰か、小さな男の子の記憶が……今」
妖精王の手が、ピクリとした。
「お父さま?」
見れば、懐かしさと哀しみをたたえた表情が、そこにあり。
「ああ、クリアよ。そのわずかでも残された思い出を、どうかいつまでも、お前の胸に抱いていておくれ」
「え……」
──シャラン。
鈴の音か、鐘の音か。
それが合図としたように、クリアとの再会を名残惜しみながら手を離した妖精王は、静かな足取りで玉座へと戻っていく。
「お父さま」
「すまぬ、クリア。今の私は、この玉座から永い時を離れられぬ身なのだ」
「え?」
「後のことは、すべてフォースに委ねてある。聞きたいこと、知りたいことは、彼に何でも聞くと良い」
妖精王は嘆きの表情を残しながら、再び溢れた光の中へと、姿を消したのだった。
†
「フォース……?」
『俺のことだ、クリア姫』
「!」
いつからいたのだろう。声のほうに振り返れば、それはまるで中世の騎士か。だがおそらく人間には扱いきれぬであろう、身長よりも大きな剣を背負った、二十歳前後の容姿の男性が立っていたのである。
「あ、フォース。どこに行ってたのよ?」
ルルアナの知り合いらしい。文句を言いたげな口調で、クリアに近づく彼の横に並んだ。
「一緒にクリアを出迎えようって言ってたのに」
「すまん。魔女ヴィガーラの放った魔物が出たとの通報があって、急ぎ討伐隊を向かわせたところだ」
ルルアナにそう答え、クリアに向き直ると。
「初めまして、クリア姫。俺は妖精王の親衛隊長、フォース。──妖精王が俺に託した、あなたの記憶に関する疑問にお答えする」
クリアに話しかける彼の瞳は、妖精王のそれとはまた違う嘆きを背負っているようだった。
[つづく]
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