etc.2 雲




「何で曇ってあんなに大きいのかな」



 僕は一つの積乱雲を見つめ、彼女に語りかけた。


 五月の初旬。とてもよく晴れた炎天下の中、二人で大の字になって空を見上げている。





「雲になれたら何も考えなくていいのになぁ……」





 ため息混じりに僕はつぶやく。


 五月五日こどもの日。ゴールデンウィークも終盤の今日は、幼馴染の彼女と一緒に遊んでいる。


 先程まで、蝶を追い掛け回したり、持参してきたボールを使って二人とも遊戯に没頭していた。






「雲には、なれるよ……」






 彼女は、僕と同じ積乱雲を見つめながら言葉を発した。


 何を言っているのだろうか。日差しを遮る物が何も無いこの場所に長いこと滞在しているせいか、彼女の頭がおかしくなったのかと僕は思った。


 本当になりたくて言ったわけでもないし、なれるものならなってみたい。僕はただ、間のつなぎとして言葉を発しただけだ。








 喋っておかないと、気が狂いそうになるほど……。








「知ってる?」





 僕の思考回路がままならない中、彼女は続ける。






「昔、お母さんが言ってた……。雲は人の想いなんだって。大きい雲も小さい雲も人の想いを乗せて流れてる。雲は前、人間だったんじゃないかって。だから雲になることは出来るの」






 僕はクスリと笑い、そうなんだ。と聞き過ごした。


 茹だるような暑さの中も相まって、説得するような話し方をする彼女に対し、少し嫌気が差した。





 しかし、僕の頭の中に彼女の言葉が一つだけ引っ掛かっている。


 ”雲は人の想い” そう伝える彼女の目はまっすぐで嘘をついているようではなかった。






「僕にもなれるかなぁ……」






 暑さのせいでアスファルトがゆらゆらと踊っている。







「なれるよ。一緒の雲に、なれるといいね」








 花が満開に咲き誇ったような笑顔をこちらに向ける彼女。


 その一輪の花を僕は持って帰りたい。ずっと見守っていたいと感じた。









 あぁ……。僕は彼女のことが好きなんだ。










 彼女の野放しにされている左手を、僕は右手で覆う。









    

 雲は、この茫洋ぼうようたる空を流れている。



 何のために存在しているのか。



 どこへ向かって流れているのか。



 どこに行き着くのか。



 その答えは誰も知らない。全く見当もつかない。



 幾千の雲が大空を流れるとき、様々な人の想いもまた大空に流れていくのだろう。



 その流れる雲に身を任せ、下の景色を見下ろせたらどんなに素敵な景色が待っているのだろうか。







『雲は人の想いなんだって』







 そうか……。僕たちは雲になることが出来るのか……。










 急に、乾いた爽やかな心地よい風がさっと僕たちに吹き入る。






「私、






 その風が彼女をさらっていったかように言葉だけを残し、消えていった。







「うん、僕も後で行くよ」







 その言葉を風に乗せ、彼女に届けと想いを雲に乗せた。


 そして、僕はゆっくり目を閉じた。








 救急車の音が近づく五月のこの場所。先程までとは打って変わって賑やかになったものだ。



 体に突き刺さる数々の破片。左手の感覚が無い。意識を保つのすらやっとの状態。



 いていった大きい車は、もう見えなくなっている。



 家に帰ればお父さんが鯉幟こいのぼりを揚げるって言ってたっけ……。



 この今の想いも、雲に乗せよう。






 ありがとう。そしてさようなら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

etc.'s 二階堂ウチ @2kaidou_uchiiii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ