第2話チュートリアル②

『カラァーン!カラァーン!』


と、空高くから、綺麗な鐘の音が心地よく耳に届いた。


赤い街の案内ウィンドウには、


《これより先【始まりの街】》──と、表記されていた。


『カラァーン!カラァーン!』


いつまでも鳴り止まない、その音の方へ目を向けると、高さ100mほどの、赤褐色の煉瓦れんがで建てられた、洋風な鐘楼が、堂々と数百メートル先に聳え立っていた。


始まりの街のシンボルとして備え建てられたその鐘楼は、チュートリアルを行う施設らしい。


前もってこの世界についての講習会を国から受けていた僕は、既に大体のことを把握しているつもりだ。


街中には巨大な噴水や、色鮮やかに咲き誇る色相豊かな花々──


他のユーザーはそれに目が行き、初々しい様子で立ち止り、観光気分で見物している。


僕はそれを片目で捉えていたが、そんなことには気にも留めず、僕は真っ直ぐ鐘楼を目指し歩いた。


鐘楼門の前まで来ると、やはりそこはユーザーで溢れかえっており、見渡す限り外人ばかりであった。


人混みを上手く掻き分け、鐘楼の中に入ると、そこは薄暗く、沢山の煉瓦で囲まれていた。


煉瓦の中に埋め込まれた、ルビーの様に赤く輝く石が、唯一の光源体となっており、この空間を赤く、不気味に照らしていた。


上に行くほど暗くなっており、窓も付いていないので、天井が全く見えず、何処まで続いているのかわからない。


鐘楼の中も、色取り取りの点で画面がぎゅうぎゅうに埋め尽くされる様に、沢山の人で溢れかえっていた。


鬱陶しさすら感じる人混みである。


大勢の人が、皆、まばらに列をつくっており、おおよそ10列に並んでいる。


きっと上から列を見ると、くしゃくしゃにうねった蛇の様に思うだろう。


並んだ先にあるのは、銀行ATMの様な形をした、左右が板で防御されている妙な機械。


そしてまたその先にあるのは3つに別れた道とその先にある3つの巨大な門。


機械での手続きを済ましたら、どうやら3つの内のどれかの門へ入るらしい。


大行列である為、どの列が一番空いているかなど、特に判断できなかった僕は、一番手前にある列にテキトーに並んだ。


「…………」


(何だか不自然に静かだな…。)


これだけの大群衆が1箇所に集っているのにも関わらず、聞こえてくるのは──


『ザ…ッ…ザ…ッ…ザ…ッ』


という、地面にかかとを擦らせて歩くだらしのない雑音だけ。


皆、不自然な程に無言。

会話している様子が殆ど伺えない。


──なるほど。


皆、他人と親しく出来ないのだ──。


ここに集められている人は、別々の国籍の人々。

黒人、白人、黄色人、赤色人、茶色人──まさに千差万別である。


それらがランダムかつ、一斉に集ったのだ。


国や個人による偏見的思想や、素性が明確でない為に持たれる警戒心。


皆、それを抱いているとなると、やはり迂闊うかつに知りえない他人と関わろうとしない、という判断は当然である。


しかし国の講習会によれば、どうやらこの移住計画に込められた意、──そしてメリットとしては、


それらの問題を改善し、新たなグローバル化を進めること。

──だったらしい…。


〝各国々の、違う思想や異なる肌色を持った人々が、国境の壁を飛び越え、さらなるグローバル化を果たす。


それにより貿易活動の活発化、異文化交流、技術発展──と言った分野で大きな飛躍を遂げるだろう──〟


政府の存意はその様なものであった。


それを実行する為には、異なる種族に対し、個人的な偏見など持たず、差別的思考を働かせてはならない。


──いささか、立派な志を持つ必要がある。



──そんな事を考えた。…と同時に、僕の脳内では、


こんな事をするだけで、世間では、立派なものだと称賛されるのか──と、僕は些か世間を、いや、人を見縊みくびった。


また──

それほど人は、自分の事しか考え、生きられない生物なのだ。


──…そう思ってしまった…。



列に並ぶ退屈さ故に、僕が卑屈な考えに走っていると、


突然──


『トントンッ』


と、指先で軽く左肩を叩かれた。


左隣を振り向くと、そこには僕より丁度10cm程小さい、160cm位の女性がいた。


「ねぇ君さ…日本人だよね?」


身に纏っている可愛いドレス衣装をフリフリと揺らし、彼女は尋ねて来た。


「ええ、まぁそうですね…。」


容貌を見る限り、彼女も僕と同様に、日本人だった。


清楚で美しい顔立ちに、華奢な出で立ちを兼ね備えた目の前の彼女は、ニコッとした明るい笑顔を絶えず浮かべている。


うっかり頬を赤くしてしまいそうな程、彼女は美しいが、生憎あいにく、感情が顔に出にくい僕には通じない。


「よかったぁーっ!周りみんな外人さん達だったからちょっと不安だったんだぁー!」


胸の前で両手を組むと、上目遣いでそう言ってきた。


「私、初春ういはる 絵梨花えりか。同じ日本人同士、よろしくねっ!」


そう言うと彼女は、笑顔で手を差し出してきた。


雨目あまのめ りくです、こちらこそ宜しく。」


僕は彼女の白く小さな手をギュッと握った。

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セコンド ストーリア〜仮想世界移住計画〜 @1217comic

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