狼少年の憂鬱なハロウィン
なんだか今日は町が騒々しい。
楓花と一緒にコンビニを出ると、町の異様な雰囲気に、鼻の良い優真はすぐに気がついた。
スンと鼻を鳴らすと、手で前髪をぐしゃっとさせて、その雰囲気を探るように周囲を見渡す。
空いている手をくいっとされたことにより、優真の集中力はすぐに霧散した。
「おにいちゃん?」
「……なんでもない。早く帰ろうな」
青い瞳に見つめられて、優真は表情を和ませると、楓花と手をつないで歩きだした。
きっと異様な雰囲気は、気のせいなのだろう。そう思うことにした。
十月三十一日。文化祭まで、あと一週間ほど。学校に通うのはもちろん、学校の催し物というものも初めてな優真は、少しだけ楽しみに……いや、準備が些か面倒だったのだから、下手に終わるのはごめんだった。
コンビニから、『花鳥風月探偵事務所』のある、昔からあるマンションを改築した建物に優真は入って行く。
扉の鍵を回すとき、ぞわりと優真の背筋が逆立った。昔とある
だから、いつもとは違う匂いに、優真は警戒心から足を止めた。
「おにいちゃん?」
さらっさらのストレートの金髪に、青い瞳の少女が見上げてくる。
安心させるように表情を和ませると、優真はもう一度鼻をスンとして、事務所に入る扉を開くべくドアノブを掴んだ。
きっと気のせいだ。腐った鉄のような匂いがするのは。そんなの、ありえない。
探偵助手の女性の顔が思い浮かぶが、彼女は探偵である英の命により、外出している。帰ってくるのは明日だ。あの女性がいるのなら、この腐ったような鉄の匂いに頷けるのだが、彼女はいない。
本当に微かしか匂いはしないのだけど。
優真は、いつでも楓花を守れるように彼女の身を傍に寄せて、いつでも対応できるように身構えながら、扉を開く。
――得体の知れない生物がそこにいた。
ひとに似た、ひとではないモノ。
体は優真より大きく、顔も大きい。纏っている服装はボロボロで、露出している顔も、腕も、足も、ツギハギだらけの無様な醜態。
ゾンビ、だと優真は思った。
この世界に異能力を持つ人間がいるのだから、醜いゾンビの一体や二体、いてもおかしくはない。
それに、優真は「ネクロマンサー」という人物を知っていた。
これまで優真は家族ではない英の一家にお世話になるかたちで長いこと過ごしてきたが、そろそろネクロマンサーに自分の居場所を突き止められている可能性がある。今更、逃げ出した実験体にいったい何の用なのか知らないが、この時優真は、この目の前にいるゾンビのような醜い男を、敵だと認識した。
「おにいちゃん、なぁに、これ……?」
怯える楓花を背後に回すと、優真は拳を構えた。
「え、ちょ、ちょっと、待っ」
なにやらゾンビがひるんで後退っていくが、そんなこと関係ない。
楓花を守るためなら、優真は誰だろうがぶん殴って、蹴り倒して、ボッコボコにしてやるつもりだった。
「ま、待って」
「問答無用ッ!」
「ゆ、ゆうぐほっ!」
優真の重たい拳は、醜いゾンビのようなツギハギだらけの男の鳩尾へ見事に叩きこまれた。
数時間後。
「ゆ、ゆう、ま……。お腹、まだ痛い」
「お前が悪い」
ソファーに寝転がった男が呻いたので、対面のソファーに座りながら楓花に絵本の読み聞かせをしていた優真は、男を睨みつけた。
ツギハギだらけのゾンビのような醜い姿をしていた男の正体は、この「花鳥風月探偵事務所」の所長兼唯一の探偵である英だった。楓花の実の父である。
英曰く、「フランケンシュタインを目指してみたんだよ」ということだが、リアルさを醸し出すためにいろいろとやらかしたのがいけない。血糊の匂いも相成り、優真は嗅ぎなれているはずの英の匂いを識別できなかった。
だから敵だと思って、必要以上に痛みつけてしまった。
(でも、悪いのはこいつだ)
そもそも英が、こんな格好をしなければよかったのだ。
ハロウィンだとかなんだかしらないが、たがが仮装をするのに力を入れ過ぎた英が悪い。楓花も怯えていたし。
そんな楓花は、化粧を落としていない英が怖いからか、労わるような眼差しをしながらも、近づいていく気配がない。まだギュッと優真の服の袖を掴みながら、優真の絵本の朗読(棒読み)に耳を傾けている。
しくしくと声に出して嘘泣きをする英。
自業自得だと、優真はただ哀れに思った。
闇夜に奏でるノクターン(旧) 槙村まき @maki-shimotuki
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