冷たい人参。

針衛門

冷たい人参。


「もう、お腹いっぱい。」

「なんだ。もう、食べれないのか?」

 いつもお子様ランチを頼んでいるくせに、今日だけ何故か普通のハンバーグを頼んでたが、案の定、食べきれないようだ。

「まだ、お子様ランチの方が良かったみたいね〜。」

「ち、ちがうもん。今日はちょっとあれなだけだもん。」

 あれってなんだ。あれって。

「そうだなー。明日から小学生だもんなー。もう緊張して、ご飯も食べれないのかなー?」

「んむぅ…」

 俺にとっちゃ、小学1年生なんてまだまだおこちゃまだけど、こいつは一人前のお姉さんになったつもりらしい。お姉さんになったというプライドかなんかがあるのかおこちゃま扱いをするとほっぺをぷうっと膨らまして威嚇してくる。

「まあ。でもそうだな。明日から小学生ってんなら、今はまだお姉さんじゃないからな。明日から真のお姉さんになるんだもんな。」

「そ、そうだよ!明日からしんのお姉さんになるの!で、でも今日はあれだから、えっと、明日はお父さんが入学式でおなか空いてたおれちゃダメだからあげる。」

「あら。人参残ってるわよ〜。」

「いらないー。」

「人参さん食べないと美人になれないわよ〜。」

「今回はお父さんが食べるよ。倒れちゃダメだもんな。」

 そういって、3分の1程残った冷めたハンバーグをズッと自分に引き寄せた。嫌いで食べてない人参だけがきっちり端っこに寄せられている。

 変な言い訳いうもんだ。なんだよ。お腹空いてたおれちゃうって。俺さっき、ステーキ2ポンド食ったんだけど。お父さん食べすぎで血圧上がって倒れちゃいそう。

「あと、人参食べて入学式でイケメンなお父さんを見てもらわないとな。」

「あなたったら何言ってるのよ〜。」

 肩をパシパシと叩かれながら冷めた残りのハンバーグと人参を食べた。




「ただいまー」

「お帰りなさい。お父さん。」

 日々のデスクワークで体中が痛い。そして、靴を脱ぐと俺の蒸れに蒸れた足がくせぇ。

 そのえげつないほどの刺激臭とともに、また別のスメルが鼻を刺激する。

「今日カレー?」

「せいかーい」

 台所から間延びした声が聞こえる。俺は風呂場でくせぇ足を洗う。「くさい。」と顔をしかめられてからショックで毎日帰ってきたらまず風呂場で足を洗うのが日課である。

 んー。せっけんの香りになったぜ。


「お疲れ様。ご飯大盛りにしといたよ。」

「おう。ありがとう。しかし、まあ、美味しそうだなーこりゃー。」

 市販のルーではない凝ったスパイシーな香りがする気がする。

「えへへ〜おいしくないと困るよ。だって私、素敵なお嫁さんになるの夢だもん。いつも、市販のだし、飽きるかなと思って今回は自分でスパイス買ってやってみたの。」

「かーっ。お前オリジナルかこりゃあ。すごいなあ。って夢が素敵なお嫁さんて。今どきの高校生から聞かなくなったなぁ。」

 勤務先のOL達は早く誰かと結婚したいって嘆いてるけどな。

「さあ、どーぞ。召し上がれ。」

「いただきます。」

 こんもりと注がれた凝ったカレーを頬張るとんまぁ、ほっぺた落ちそう。

「うまいぞこれー!めっちゃ、うまいぞー!!」

「でしょー!!未来の素敵なお嫁さんになる人が作ったんだから美味しいに決まってるんでしょ。ふふん。」

 お嫁さんかー。昔はパパのお嫁さんになるーとか全然言ってなかったわ。うん。言ってないな。言ってくれるかなと期待してたけど、今思えば言ってくれてねぇなこいつ。これからどこの馬の骨かもわからねー奴に娘をとられるとなると涙が出てくるぜ。…こいつ、お嫁さんなるっつってっけど、男いんのかな。

「なあ。お嫁さんになる夢はいいんだが、お前、彼氏いるのか?」

 モグモグと小ぶりによそったカレーを頬張りながら、きっちり目を見ながら言った。

「いるよ。」

 と。

「え。」

「へ?なに?」

「お父さん、初知りだよ。それ。お前彼氏いたの!?」

「うん。」

「いつから!?」

「一昨日で8ヶ月になった。」

「えぇ。結構、前からなんだなぁ。」

 え。待て。そいつのお嫁さんになりたいのか?いやいやいや。まだこいつ18だぞ…ってもう結婚できる歳じゃねぇか!!

「ごちそうさま〜。」

 俺がテンパっている間にもう食べ終わったらしい。

「お、お前もう、ご飯終わり?ちょっとしか食べてないじゃんかよ。」

 はっ!!あれか!?彼氏のためにダイエット中ってか!!?

「え?あー。うん。最近、お腹周りが気になってきて。」

 ビンゴか!!?

「充分細いじゃねーか!お前なんかガリガリだ!!ガリガリ!!もっと食え!!」

「そんなこと言ってもーってちょっと勝手にご飯つがないでよー。」

 太ってるわけでもないのにダイエットだなんて、俺の娘の何が気に食わねぇんだ。この野郎。

「もっと食え食え!美味しくできたのに食べないなんて勿体ないだろー。」

「やだ。お父さん、つぎすぎだよ。さすがにこんなには食べれないよ。」

「大丈夫。残ったぶんはお父さんが食べるから。好きなだけ食え。どうせさっきのじゃ足りないんだろ。後から腹減って夜食食べてニキビできるよかマシだろ。」

 俺は知っているぞ。夜中にポテチひと袋食って、鼻の先にニキビができたのをマスクで隠してたことを。

「じゃあ…お言葉に甘えて。」

 ちょっと照れたようにヘラっと笑いながらスプーンを再び手に取ると「あっ。」と声を出した。

「お父さん、人参のけてもいい?」

 自然と自分の口元が緩んだ。

「いいよ。お父さんが食べるから。」

「ありがと。いただきます。」

 こいつ、まだ人参、嫌いだったのか。我慢して食ってたなんて、お姉さんになったもんだなって18歳っつたら大人か?

 あいつは家が人参農家だったからか、人参めっちゃ好きだったな。献立に人参がない日はなかった。毎日人参。人参料理のレパートリーが鬼のようだったわ。

「もう、こんくらいで終わりにしとく。お父さん、残りどうぞ。」

「おう。食べる食べる。」

 自分の空いた皿と入れ替えて食べる。にしても美味いなあ。

「お父さんってさ、私が小さい頃から大食いだよね。」

「んー。そうだな。まあ、お父さんがお腹空いて倒れたらいけないしな。」

「もう、それずっと言ってるよねー。健康診断とかで、引っかかったりしないの?」

「食べるわりにはまだ1回もないね。」

「そーなんだ。意外ー。んじゃ、ごちそうさま〜。皿洗いよろしく。」

「おう。任せろー。」

 はー食べた食べたーとソファに寝転がるのを見ながら、残りの冷めてきた人参多めカレーを食べた。




「お前の娘、べっぴんさんだなー。」

「あたぼーよ。俺の遺伝子ついでんだから。」

「バカ言うんじゃないよ。ありゃ、嫁さん似だね。」

「そりゃ、超男前の夫と超美人の妻の間に出来た子はとんでもなく美しいに決まってるじゃねぇかよ。」

「だから、なんで自分入れてんだよ。」

 こんな場でもなけりゃ、旧友と会うことも少ない。久々に、会ったけどこいつ、老けたなぁ。俺も老けたんだろうけど。

「ほら。お前そろそろそのとんでもなく美しい娘のとこに行かないといけないんじゃないの?」

 腕の時計に目をやると、確かにスタッフに言われた時間ギリギリだった。

「やべぇな行ってくるわ。あ。俺の娘見て泣くなよ。美しすぎて。」

「お前もな!!」

 ほんと。俺の方が泣いちゃうかもな。


「お父さん、遅いよー。」

 そう言った娘は真っ白なドレスに身を包んで、綺麗な顔で俺の方を困ったように笑って見ていた。

 やっぱ、お母さん似だな。あいつとまんまだ。

「わりぃわりぃ。さっすが、俺の娘だ。綺麗だぞ。」

「ふふ。ありがとう。お父さん。」

 ああ。可愛い。いつになっても、自分の娘は可愛いもんだ。これから毎日、こんな顔を拝める新郎が羨ましいぜ。

「ねぇ。お父さん。」

「なに?」

「私、素敵なお嫁さんに、ちゃんとなってる?」

 上目遣いで、そう聞いてくる娘の頬をそっと撫でてやる。

「ああ。お父さんの目の前には素敵なお嫁さんがいるよ。しかもとびきり綺麗なお嫁さんがな。」

「…お母さんも見てくれてるかな。」

 潤む目に、つられて俺もなんだか涙が出そうになる。

「当たり前だろ。お母さん、私にそっくりだわ〜ってびっくりしてるよ。」

「ぷはっ。何それ、お母さんの真似〜?」

「人参きちんと食べなさ〜い。」

「あははは!!その裏声やめてっあはは!!」

 笑う娘の両頬を両手で優しく包んだ。

「素敵なお嫁さんの笑顔はいいな。本当に綺麗だよ。」

「…うん。」

「まもなく、入場となります。」

 スタッフが告げたあと、俺の腕に白い腕がまわされた。そして、音楽とともにたくさんの笑顔が目に映った。


 娘はたくさんの友人たちに祝福された。娘の相手もまあ、誠実で良い奴で、顔も悪くない。俺には、及ばないがなっ!!

「よっ!!娘さん、結婚おめでとう!!」

 バンッと思い切り背中を叩かれ、酒が気管に入ってくる。

「ごほぉおぉえぇっ。っ何すんだよもー!!さっきも話しただろうが!なんだよ。お前、目赤いけど、娘見て泣いたのか?」

「泣いてねぇよ。目赤いのはあれだ。酒だ!」

 こいつ、もう、酔ってんのかよ。酒弱いくせ飲むから。

「にしてもよー。あのウエディングドレス姿はお前の嫁さんそっくりだな。まんまだよ。お前の結婚式見てるみてぇだわ。」

「俺の方があの新郎より男前だろうが!!」

「なんだよその意地は。お前も、もうおっさんだろうがっ!!」

 うるさいやい!!俺のハートは永遠の18歳なんだい!!

「なに、お前。人参嫌いだったっけ?」

 俺の皿の隅っこにポツンと残った人参のマリネを見て言ってきた。

「どうもねぇ、なんか土臭い感じ?が苦手でな。」

「お前の嫁さん、人参農家だっただろ?」

「そうだよ。そりゃ、もう俺も大人だから、子供みたいに好き嫌いして食わねぇなんてことはねぇけど」

「ねぇけど?」

「もう、今日で食べてあげなくても良くなっちまったからなぁ。」

 俺も人参が嫌いだったけど、あいつの家が人参農家ってことで食べれないと言うわけにもいかず、あいつの料理上手にも助けられて人参嫌いは克服できた。

 が、娘は俺に似て人参が嫌いで一向に食べようとはしなかった。残すのもあれなんで、毎回俺が人参を代わりに食ってた。

 それももう今日で終わる。

「お父さん顔しやがってよぉ。娘さんでも普通に、人参食ってたぞ。」

「え。マジ?」

 そっか。食えるようになったのか…。

「なに?ちょっと、しんみりした顔すんなよ。」

「してねぇよ。うるせーなぁ。あっちで酒でも飲んでろ。」

「おう!飲んでくるわ!!じゃあなー。」

 足の運び方が怪しい友人の背中を横目に、皿に残った人参のマリネをプスっとフォークで刺す。

 もう、本当に、俺が食わなくてもよくなっちまったんだなぁ。

 新郎の横で幸せそうに笑う娘を見ながら、残りの人参のマリネを食べた。



 fin.

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冷たい人参。 針衛門 @hari_389_hari

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