すべての【怪】そのもの

 俺が駆けつけるよりも前、有真に闇が近づいた瞬間、その闇の中から三つの球体が飛び出してきた。

 その一瞬だけで、俺にはすぐさまそれがなんなのか理解できた。

 あれは室居と殻田、そして俺の知らない【無人ピアノの怪】だ。

 それらの球体はまるで有真に吸い寄せられるように宙を舞い、そのまま有真の体内へと溶けていく。

 一方で、二つの【怪】の力を失った遠見は力の制御ができなくなり、膨張した自分の闇に飲み込まれそうになる。

「まったく、世話の焼けるやつしかいないのか……!」

 有真のところへと向かおうとしていた俺は急速に方向転換し、弾き飛ばすように遠見をその場から引き離した。

 二人で階段を転がり落ちるが、それでも、黒くなった階段からは一気に遠ざかることができた。

「……七白さん、どうして……?」

「あれをどうにかするには、どう考えてもお前の力も必要だからな。それに言っただろ、なにより、俺は世界を救いたいってな。お前だって、その世界の一部だ」

 そして俺は再び、上方に広がりつつある闇を見た。

 遠見の代わりにその中心に立っているのは、【怪】ではなかった少女、有真知美だ。

 だが今は全身から瘴気のようなものを放ち、とてもまっとうな人間には見えない。

 その目は虚ろでありながら禍々しい力強さもあり、有真ではないなにかがそこにいることを印象づけた。


『すべての七不思議を知ったものは死んでしまう』

 その口から、有真の声ではないなにかの声が漏れ聞こえた。

 いくつもの声が混ざりあった、男とも女とも、子供とも老人とも取れるような声。

 間違いない、こいつは【怪】だ

「アンタ、何物だ?」

『七不思議の定義とはなにかわかるか?』

 俺の質問に対して、有真の口からそんな質問が返ってくる。

 なんでどいつもこいつも質問に質問を返すのか。

 だがそいつはこちらに答えを求めず、そのまま自らの口で解を語っていく。

『【学園の七不思議】は、七つあるから七不思議という。簡単なことだ。そして私は、その七つ目の【怪】。七つ目にしかなりえない、最初で最後の学園の七不思議。私は【学園の七不思議の怪】だ』

 それが、有真の中にいる存在の正体だった。

『私が現れたということは、すべての【怪】を知るものが現れたということ。私の『願い』は、すべての【怪】を倒すというもの』

 容赦のない言葉と、それに合わせた容赦のない攻撃。

 そいつの足元から広がり続ける闇から、無数の光の剣を持った手が伸びる。

 掃除用具が飛び出し、それが龍の形となって衝撃波を伴いながら襲いかかる。

 俺と同じように、いや、俺以上にすべての【怪】の能力を使えるのだろう。

「まったく、厄介な相手だな」

さすがのミラも敵の力を目の当たりにしては余裕がないらしく、ぼやきながら必死に攻撃を掻い潜ることしかできないようであった。

 少しでも気を緩めれば、あっという間に波状攻撃に飲み込まれてしまう。

「【魔の十三階段】、あなたの闇で相殺できないんですか?」

「無理ですよ。向こうの方が他の怪を取り込んでいる分だけ出力が上ですし、そもそもこちらの相性に合わせてなんでもできるんですよ……これは、どうにも……」

 初瀬川が遠見に問うが、返ってくる答はあまりにも弱気なものだ。

「きゃっ……!」

 そしてその態度と言葉が正しいと証明するように、箒の牙が一番無防備な初瀬川を捉える。

 噛みつかれ、それを振りほどこうともがくが、今の初瀬川では太刀打ちできそうにない。

「そいつを離せよ!」

 俺がなんとかその龍に突撃して初瀬川を引き剥がすが、龍から生えた光の刃に俺も全身を貫かれる。

「な、七白くん……」

「俺の心配はいらない。俺は不死身らしいからな……」

 崩壊寸前の身体を支えながらそんな言葉を絞り出す。

 だが強がりなどではない。なにしろ俺が不死身なのは事実だからだ。

 こうしている間にも傷はどんどん塞がっていく。

 これはなんの【怪】なんだろうな……。

『まだ諦めないのですか。あなたたち【怪】は今回はここで消える。この【学園の七不思議】はここまでです。すべてを知れば、あとは消えるのみ』

 またそれか。

 俺はその言葉にずっと引っかかっている。

 そういう時は口に出すのが一番だ。

「それはそっちが勝手にそう思っているだけなんだよ。有真も、ここの誰も、欠けた【怪】があるだろうが」

 そうだ、誰も本当の【怪】を知らないのだ。

 初瀬川や遠見は【開かずの教室】の室居を知らないし、有真や俺だって【無人ピアノの怪】を知らない。どんな事象なのかもわからないし、怪ではない人間名すらわからない。

 有真が知ったと言っているが、なんかよくわからない球体を触って、知った気になっているだけだろう。

 もっとも、それを聞き入れるような知性など持ち合わせていまい。

 柔軟性に欠けるただの機械のような存在。俺の一番嫌いなタイプだ。


 最後の七不思議、【学園の七不思議の怪】は、すべての【学園の七不思議】の能力を持つ。

 ただの真似ではない。すべての【怪】そのものなのだ。

『すべての七不思議を知ったもの』に待ちかまえる末路は、すべての可能性を秘めているということ。

 ゆえに、【学園の七不思議の怪】はどの七不思議でもあるといえる。

 俺は、それを知った。

 その目で【怪】の能力を捉えると、俺はそれを知る事ができる。

 それはこいつにすら有効であるらしい。


 最初は、どれもどこかで語られた、それぞれが独立した【怪】だった。

【開かずの教室】

【鏡に映る少女】

【トイレの花子さん】

【魔の十三階段】

【動く人体模型】

【無人で鳴り響くピアノ】

 これらがこの学校で語られた七不思議だ。

 誰かがそれらを集めて、七不思議を作ろうとしたことで、そこにさらに一つの噂が生まれた。

『七不思議を最後まで知ってしまうと、その人物は死ぬ』 

 七不思議がなければ存在しない、学校の七不思議のための【怪】。

 必ず七番目でなければいけない、最後の【怪】。

 この噂に正体などない。

 そこに実態はない。

 あるのはただの噂と、死という結果。それだけの話だ。

【学園の七不思議の怪】

 誰にも語られなかったこの【怪】は、これまで他の七不思議と触れてきた有真が【開かずの教室】【無人で鳴り響くピアノ】の球体と接触したことによって、彼女を器として顕現したのである。

 七番目以外の【怪】をすべて知り、有真はその【七番目の怪】の器となってしまった。

 この【怪】は、つまりそういう存在だった。

 他の【怪】たちは自らの意思を持って具現化し、その心に願いを秘めて戦っている。

 その願いの抑止力として立ちふさがるのが、この【学園の七不思議の怪】というわけだ。

 七不思議に最後に残された空白の【怪】。

 それは最後の障害であり、同時に究極の願望機でもある。

 その力を使えば、どんな願いでも叶える力となりえるのだ。

 だが、今の話は一つ大きな見落としがある。

 矛盾と言ってもいい。


 この【学園の七不思議の怪】で七つの【怪】が揃ったのなら、俺は、いったいなんだ?


 今度こそ本当に、俺は何者でもなくなったわけか。

 いや、違う。

 俺はもうそれを知っている。

 ならば、俺は誰だ?

 俺自身はもうその定義を知っているのだから、これはただの確認作業だ。

 むしろあいつのために確認してやるんだ。

 探す。すべてを思い出す。

 少ない記憶をひっくり返してかき集める。

 室居との戦い。

 ミラとの出会い。

 教室の初瀬川。

 殻田に絡まれる有真。

 第三新聞部。

 初瀬川との戦い。

 遠見とミラの戦い。

 奪われた部室。

 学食での相談。

 生徒会室。

 殻田との戦い。

 俺が救った少女の記憶。

 俺が救おうとした少女。

 遠見の願いのための暴走。

 ミラとの戦い。

 この【学園の七不思議の怪】に呑まれた有真

 俺は何度もこの少女を救おうとしていた。

 今だってそう。

 昔からそう。

 そうだ、そうなのだ。

 あの中に一つだけ、【学校の七不思議の怪】が把握していない記憶がある。

 有真の過去。

【赤マントの怪】

 そこに現れたもうひとりの【赤マント】。

 それについてはまだなにも思い出せないままだが、一つだけわかることがある。

 俺は確かにあそこにいた。

 そして俺は気付く。

 やっぱり、俺の『願い』は、まだまだ続いているというわけだ。


 俺は『願い』を叶えるため、目の前の問題を分析する。

 有真知美は【怪】になったのか?

 いや、違う。

 器という表現からもわかるように、それが有真を乗っ取って動いているだけだ。

 先程からの言動でも読み取るに、今目の前に出てきているこいつ自身は、自動的に現れたシステムのようなものなのだ。

 無機質な、感情を失った有真の顔を見ながら、俺はゆっくりとそいつとの間合いを測る。

 まともに取り合ってもしかたがない。

 システムへの対処法は、シンプルに、だ。

 なら、俺のすることもシンプルだ。

 万能と真似事、どっちが強いか決めようじゃないか。

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